【BOG-57】暁の空へ
Date:2132/06/04
Time:05:11(UTC-5)
Location:Charlotte(North Carolina),USA
Operation Name:CANDLE LIGHT
ゲイル隊の諸君、これまでよく戦ってくれた。
貴官らの活躍もあってルナサリアンは超兵器を損失、北アメリカ戦線は地球側が主導権を取り戻しつつある。
本国へ帰還したら昇進手続きに勲章授与――そして、長期休暇が待っている。
まだ戦争は終わっていないが、今は身体をゆっくりと休ませてくれ。
――と言いたいところだが、由々しき緊急事態が発生した。
本日未明、アメリカ軍の所有する極秘ミサイル基地が外部よりクラッキングを受け、同基地に配備されている多数の巡航ミサイルが強制発射されてしまった。
おそらく、ルナサリアンによる大規模なサイバー攻撃である可能性が高い。
アメリカ陸軍及び海兵隊がすぐに基地のコントロールを奪還したものの、発射された巡航ミサイルは未だ迎撃できていない。
いや、正確にはインターセプトさえ不可能と言うべきか。
「ドラゴン」との2度に亘る戦いでアメリカ空軍は壊滅的な損害を被っており、人員・機材共に不足しているのだ。
そのため、現在北アメリカにおいて最も強大な航空戦力を有する我が第8艦隊に対し、アメリカ統合参謀本部より直々の援軍要請が送られてきた。
巡航ミサイルの攻撃目標はワシントンD.C.――つまり、アメリカ合衆国の首都だと予想される。
この都市に多数ある重要施設のどれを狙っているかは不明だが、ミサイルの着弾を許せば大勢の命が失われることは間違い無いだろう。
先の戦闘で一部のアメリカ軍将兵が犯した、国際人道法に反する行為を許せない者もいるかもしれない。
だが、今だけはそれを忘れろ。
我々職業軍人の使命は一般市民を戦禍から守ることだ。
ワシントンD.C.の住民は我々オリエント人から見れば異国人だが、地球という蒼い惑星に生まれ育った同胞でもある。
そう考えれば、多少なりとも戦意は湧き上がるだろう?
……とにかく、今回の緊急出撃にはブフェーラ隊も参加させる。
彼女らと共に巡航ミサイルをインターセプト、これを全て撃墜し首都攻撃を阻止せよ。
時間が無い。
ブリーフィングが終わり次第、緊急発進を急げ!
ノーフォーク海軍基地に停泊する母艦から発艦したゲイル隊及びブフェーラ隊は、巡航ミサイルの針路上にあるノースカロライナ州シャーロット上空へ急行していた。
現在時刻は東部夏時間の午前5時11分。
東の空は既に明るくなっているが、朝に弱いオリエント人は普通ならまだ眠っている時間帯だ。
「ミサイル基地をクラッキングされた挙句、首都に撃ち込まれるだって? 目覚まし用のブラックコーヒーにしちゃ、少々カフェインの効きが強すぎるな」
「全くよ。いきなり隊長に叩き起こされて、すぐにブリーフィングルームへ来いって言われてさ。まさか、こんなことになってたとはね……」
軽口を叩くアヤネルに対し、少し眠そうな声でそれに同意するスレイ。
ねぼすけスレイを起こすのには少々苦労したが、そんなことは重要じゃない。
「ポラリスより全機、会敵予想地点へ急行しろ。遅れれば遅れるほど、攻撃チャンスが減ると思え」
空中管制は今回もポラリスが担当してくれる。
こんな朝早くから失敗が許されない作戦を任されるあたり、彼もなかなかに運の悪い男だ。
「お前も災難だな。鬼軍曹に叩き起こされブリーフィングルームへ招集、そして管制機に乗せられたんだろ?」
「朝から冴えてるじゃないか、ゲイル3。鬼軍曹のくだりは間違いだが、それ以外は正解だ。外部からのクラッキングで基地の中枢部を一時的に掌握し、ミサイルサイロを誤作動させるとはな……笑えないジョークだぜ」
早起きしすぎてテンションがおかしいのか、アヤネルとポラリスの遣り取りは絶妙に息が合っている。
「……ブフェーラ3、どうした? 遅れているぞ」
しかし、さすがはアメリカ空軍の最優秀AWACSと言うべきか。
ポラリスはブフェーラ3――ヴァイルの不調をしっかりと見抜いていた。
「大丈夫だ、すぐに追い付く」
AWACSからの指摘で編隊からの逸脱に気付き、スロットルペダルを踏み込むヴァイル。
彼女が先の戦闘で目の当たりにした「凶行」を引きずっていることを、周囲の仲間たちはこの時点で察していた。
「ヴァイル、心が苦しいのなら戻れ。巡航ミサイルの相手ぐらい、お前抜きの5人でなんとかなる」
かつて助けた後輩の精神状態を心配し、あえて厳しい口調で後退するよう促すセシル。
数にもよるが、決められたルートを飛ぶだけの巡航ミサイルの相手は容易い。
……もっとも、「トマホークⅡ」巡航ミサイル以外が飛んで来る可能性も否定できないが。
「いえ、後退しません。何かあった時に『6人目』は必要ですから」
「――これが彼女の答えだ、セシル。私が責任を持ってリードするから、一緒に戦わせてやってくれ」
心の中に未だモヤモヤが燻っていることぐらい、自分自身が最も理解している。
だが、ヴァイルには職業軍人としての矜持があった。
その覚悟を認めたリリスは前線まで連れて行くことを決め、自身と部下の意志を親友に伝える。
「……分かった、私から言うべきことは無い。その代わり、降り掛かる火の粉は自分で払えよ」
それに対するセシルの答えは素っ気無いものだったが、内容に反して少し嬉しそうな声音をしていた。
セシルたちの視界の端にシャーロットの町並みが映る。
もしかしたら、地上の人々の中にはこれから起こる戦いを目撃する者もいるかもしれない。
可能ならばこの辺りで巡航ミサイルを全て落とし切りたいが……。
「こちらポラリス、本空域へ接近する巡航ミサイル群を捕捉した!」
AWACSの報告を聞いた面々に緊張が奔る。
「方位2-4-4、機数6! 一匹たりとも撃ち漏らすなよ! ここで逃がしたら、次に現れるのは首都上空だと思え!」
6機のオーディールのレーダーも接近中のアンノウンを捉えていた。
サイズ、飛行速度、挙動、識別信号――これらの要素を見る限り、少なくとも戦闘機ではない。
ポラリスの言う通り、ルナサリアンの手に落ちた巡航ミサイルと見て間違い無いだろう。
ノーフォークから南下してきたゲイル隊及びブフェーラ隊は、北上中の巡航ミサイル群と正面から対峙するカタチになる。
用意周到なルナサリアンのことだから、第2波や第3波を準備している可能性も高い。
現在捕捉しているミサイルは手早く処理したほうが良いだろう。
「ゲイル3より全機へ、巡航ミサイルの排気煙を確認した。1人1機ずつの割り当てだな」
空の明るさに対して巡航ミサイルの排気口が放つ光は大変よく目立ち、アヤネル以外の面々も目視で捉えていた。
「そうだ、ミサイル如きに手こずっている暇は無いぞ。ゲイル1、交戦!」
手近な相手に向かって加速していくセシルのオーディールM。
彼女が駆る蒼いMFを先頭に、残る5機もそれぞれ迎撃態勢へと移行するのだった。
侵略者から放たれた矢を撃ち落とすため、「蒼い悪魔」は暁の空を翔け抜ける。




