【BOG-56】祖国への家路
超兵器との死闘を終え、無事に母艦マグノリアへと戻って来たブフェーラ隊。
トドメ役を果たした彼女らは同僚や乗組員たちに揉みくちゃにされ、艦内食堂で行われる即席の祝勝会へ連れて行かれることになった。
……ただ一人、ヴァイル・リッターを除いて。
「あ、隊長……! ヴァイルの様子はどうでしたか?」
席を外していたリリスが食堂へ戻って来たのを確認し、彼女に対してこう尋ねるローゼル。
ヴァイルはそこまで人付き合いが悪いタイプではない。
食事に誘えば大抵は快く応じてくれる。
だが、今日の戦いで起こった出来事に彼女は少なからずショックを受けていた。
それが肉体的な疲労とは全く異なる、心を締め付けられるような精神的苦痛であることは明白だ。
「帰艦してからずっと自室に閉じこもっている。無理はないよ……目の前で人道に反する行為を行われたら、まともな人間なら動揺するだろう」
そう言いながら部下の隣の席に座り、テーブル上に盛られたパスタを取り分けるリリス。
「後で食事は持って行くつもりだけど、今日のところは一人で休ませたほうがいい」
「ええ……私たちがあれこれとちょっかいを掛けるべきではありませんね」
彼女が示した今後の対応にローゼルも同意する。
明日になったらいつものヴァイルに戻ってくれるといいのだが……。
「ドラゴン」撃墜作戦の翌日、ここはアドミラル・エイトケン艦内の休憩スペース。
ブリッジ及びCICに最も近い場所であるため、休憩時間になると憩いを求めるブリッジクルーが集まって来ることで有名だ。
「うぅ……昨晩は呑み過ぎた……」
頭を抱えながらミネラルウォーターをゴクゴクと飲み干すメルト。
その隣に座っているセシルの冷ややかな視線が痛々しい。
「そりゃあ、『保安部を説得して秘蔵酒を持ち込んでいたから、今日は一緒に呑もうよ♪』って言いながらヴォトカのボトルを開けた挙句、私が帰ろうとすると『一緒に寝たい』って泣き付くほど酔ってたもんな。ホント……勘弁してくれ」
何より、親友のやけに上手い声真似がメルトを申し訳ない気持ちにさせていた。
オリエント国防海軍(O.D.N.F)も日米と同じく艦内への酒類持ち込みは厳禁だが、実際には「士気高揚」の名目で少量の積載が認められることも珍しくない。
一度出港すると数か月間は母国へ帰れない主力艦隊に至っては半ば黙認されており、往年のイギリス海軍のようにラム酒を「装備」する艦もいるという。
22世紀になっても古き良き船乗りの伝統が残されている点は、良くも悪くもO.D.N.Fの魅力であった。
「お二人さん、私もいいかな?」
昨晩のやらかしについてメルトが何度も頭を下げていた時、技術士官用のタブレットを抱えたミキが姿を現す。
普段は格納庫辺りを仕事場としている彼女が、ブリッジまで足を運ぶのは珍しい。
「私の部屋じゃないし別に構わんが、ここで顔を合わせるとは意外だな」
親友の承諾を得るよりも早くベンチに腰を下ろし、休憩スペースの自販機を物色し始めるミキ。
「今回の戦闘で消費した燃料弾薬の補給を承認してもらいたくてね。ここに艦長がいるのなら丁度いい――メルト艦長、この資料のご確認をお願いします」
「分かりました……ねえ、ギガント・ソードとビームソード2基を失くしたのは誰かしら?」
「さあな、妖精の仕業だろう」
メルトからの追及に対しセシルがしらばっくれている間、ミキは笑いながら自販機でアイスティーを購入していた。
「はい、補給の仮承諾は行っておきました。私と副長のサインが必要だから、また後で正式な書類を渡してちょうだい」
「分かりました、艦長」
「それじゃ、私はそろそろブリッジに戻るからね。二人ともあまり油を売ってちゃダメよ」
タブレットをミキに返し、手を振りながら仕事場へと帰って行くメルト。
艦長がエレベータに駆け込むのを見届けた後、紙コップの中身を揺らしながらミキは本題を切り出す。
「そういやさ、風の便りで聞いたぞ……アメリカ軍の連中、戦争犯罪をやらかしたってな」
「ああ、あの時戦場にいた大多数のドライバーとパイロットはその瞬間を目撃しているはずだ。AWACSも状況を把握していたし、言い逃れはできまい」
技術陣にまで話が知れ渡っていることに驚きつつ、セシルは親友の発言を肯定した。
状況証拠は完全に出揃っている。
凶行に奔った兵士たちがいくら自己弁護したところで、逆転無罪を勝ち取ることなど不可能だ。
「……そう上手くいくとは思えないがな。謝れと言われて素直に頭を下げられるほど、人間は殊勝な生き物ではない」
「どういうことだ、ミキ?」
親友が発した不穏な言葉に反応し、その真意を聞き出そうとするセシル。
「この戦争では何千人ものアメリカ人がルナサリアンに殺されている。軍規上は違反だとしても、『敵討ち』という御託さえ並べれば報復を正当化できるのが人間だ」
「やられたらやり返す、たとえどんな手を使ってでも――ということか?」
「虐殺をした連中はむしろ、『敵前逃亡を図った侵略者を倒し、同胞の仇を取った英雄』に仕立て上げられるかもな」
「そんなはずは……! そこまで腐敗しているとは思えん」
セシルはアメリカ軍が適切な処分を下し、これ以上の再発を防ぐ努力はしてくれると信じていた。
一方、ミキは腐敗した上層部によって事実が揉み消され、むしろプロバガンダとして利用されると考えているらしい。
何かしらの情報操作で自分たちの戦争犯罪を隠し、ルナサリアンの侵略行為を過剰に書き立てるなど造作も無いことだろう。
だが、人類は……地球人類はそこまで愚かではないはずだ!
「セシル……お前は『正しい心』を持っていると思う。でも、世の中はお前みたいにクリーンな人間ばかりじゃないんだ。怒り、嘆き、悔やみ――そして憎しみに突き動かされるのが、人間の哀れで不毛な性なのさ」
そう言い残すと紙コップのアイスティーを飲み干し、休憩スペースから足早に立ち去って行くミキ。
その後ろ姿をセシルは無言で見送るしかなかった。
「(私には分からない……怒ったり嘆いたり悔んだりはするが、憎しみに呑まれたことなど……無い)」
負の感情に屈しない「正しい心」を持つがゆえ、彼女には親友の悲観論が理解できなかったのかもしれない。
「(なあ……人類がお前みたいなヤツばかりだったら、ある意味では平和な世の中だったのかもな。だが、現実は厳しい。嫉妬、裏切り、憎しみ――そして殺し合う。このままじゃ、人類は永遠に一つになれないぞ……!)」
そして、ミキもまたセシルの純粋さに羨望を抱き――それを否定しようとしていた。
所変わってここはアメリカ・フロリダ州にあるケネディ宇宙センター(KSC)。
戦前はアメリカの宇宙開発における前線基地だったが、現在は隣接するケープカナベラル空軍基地共々ルナサリアンの占領下に収められている。
アメリカ軍はこの重要拠点の奪還作戦を度々実行していたものの、侵略者の戦力に阻まれ最初の防衛ラインすら突破できなかった。
結局、超兵器撃墜を優先した軍上層部はKSC奪還作戦を延期とし、東海岸に展開していた航空部隊も「ドラゴン」との戦いへ動員させたのだ。
最初の攻撃に参加したのがこの東海岸方面の部隊だったが、彼らが壊滅的な被害を被ったのは周知の通りである。
KSCの滑走路――かつて、スペースシャトルが着陸していた場所へ降り立つ1機の輸送機。
この機体にはルナサリアンの要人と重要な機材が乗せられていた。
「長旅お疲れ様です、ユキヒメ様」
「いや、月から地球へ下りるよりは楽だったな」
わざわざ滑走路まで出迎えに来てくれた北アメリカ方面軍司令官と握手を交わし、彼女のこれまでの働きを労うユキヒメ。
北アメリカ戦線の劣勢を追及するようなマネはしない。
仮想敵国同士だと報告されていたアメリカとオリエント連邦が共同戦線を張り、しかも後者が派遣したのが「蒼い悪魔」を擁する部隊であることなど、軍事武門の上層部でさえ予想していなかったのだ。
むしろ、責められるべきなのは「蒼い悪魔」を侮っていたユキヒメのほうだろう。
「私の心配はいい。それよりも、乗ってきた輸送機に積んでいる『機体』の整備を急がせてくれ」
仮にも軍事武門のトップであるユキヒメには、姉のオリヒメと同じく司令部偵察機を改造した専用機が用意されている。
だが、彼女は今回の移動に専用機を使わなかった。
速度性能と快適性を重視した専用機は積載能力が低く、予め分解しないとサキモリを積めないからだ。
そのため、急遽確保した輸送機に完成状態の「機体」を積み込み、自らも同機へ添乗することで輸送効率の削減を狙ったのである。
「しかし……なぜこの基地まで自ら足を運ばれたのですか? 『機体』をわざわざ持って来るほどの理由など――」
司令官は「軍事武門のトップを乗せた輸送機が来る」ということは当然知っていたが、その理由までは聞かされていなかった。
しかも、ユキヒメ用に改修されたツクヨミ指揮官仕様のオマケ付きである。
まさか……前線の将兵たちの不甲斐なさを嘆き、自ら戦場に立つつもりだろうか。
その疑問にはユキヒメが笑顔で答えてくれた。
「最初はヨミヅキを『彼女』へ対抗するために送り込むつもりだったが、私も再び刃を交えたくなったのさ」
そう言った直後、彼女の表情が誇り高き戦士のものへと変わる。
「ヤマタオロチを沈めたのだろう? どうやら、奴は更にできるようになったらしいな……!」
既に母国への帰路に就こうとしているオリエント国防海軍第8艦隊。
一方、今更になって強力な援軍を送り込んだルナサリアン。
北アメリカ戦線の決着はまだ付いていなかった。
【ヴォトカ】
日本語で言う「ウォッカ」のこと。
オリエント連邦ではロシア語本来の発音に近い「ヴォトカ」と呼ばれ、ワインやビールに次ぐ消費量を誇る。




