【BOG-54】竜が滅ぶ日(後編)
ヤマタオロチの着艦デッキに突撃し、敵地のど真ん中へと降り立った蒼いMF。
「(敵機は整備作業を切り上げたツクヨミが2機か)」
格納庫内を一瞥しながら蒼いMFのドライバー――セシルは状況を確認する。
彼女が突入するや否や、作業員たちはすぐに全ての整備作業を中断し、たまたま着艦していた2機のツクヨミを再起動させた。
無抵抗のまま破壊されるよりは少しでも応戦しようという、殊勝な心掛けの表れだろう。
事実、白いサキモリのうち片方は両脚の内部フレームが剥き出し、もう片方の機体に至っては右腕が切断されたままの姿――そして何より、搭乗者たちはヘルメットを被り直す時間さえ削っていたのだ。
言うまでも無いが、格納庫という場所は飛んだり跳ねたりできないほど狭い。
そして、最低射程が定められている銃火器の使用も困難だ。
自爆上等で零距離射撃をしたいのならともかく、ここは命を投げ捨てるステージではない。
上下移動を制限された閉所戦闘での基本は、平面的な立ち回りと格闘戦である。
戦闘機や戦車にはできないショートレンジでの殴り合い。
人型ロボットであるMFの四肢が最も役立つ局面と言える。
もちろん、それはMFに限り無く近い構造を持つサキモリにも当てはまっていた。
「『飛んで火にいる夏の虫』とはまさにこのこと。まあ、地球人は知らない『コトワザ』だろうがな」
腕無しツクヨミを駆るエイシは、「蒼い悪魔」から漂うプレッシャーに物怖じしない度胸があるらしい。
彼女の機体は残された左腕で光刃刀を抜刀し、フル加速でセシルのオーディールへと襲い掛かるのだった。
「(この私に格闘戦――それも剣の打ち合いを挑むつもりか……面白い! こっちは先祖代々騎士を輩出してきた家系なんだ!)」
相手の挑戦へ応じるかの如く蒼いMFも右手首のビームソードを抜刀。
腕無しツクヨミの斬撃をいとも簡単に切り払い、態勢を立て直すため一旦後退する。
幼少期はご先祖様に憧れ、おもちゃの剣を振り回して遊んでいたのだ。
それが高じて中学校から大学までは伝統剣術「ティアオイエツォン」の部活動に熱中し、全国大会での優勝も複数回経験している。
とにかく、刀剣類の扱いに関しては絶対の自信があった。
「離脱が遅い! ここは……私の距離だ!」
敵機の動きがワンテンポ遅れた瞬間をセシルは見逃さない。
相手よりも先に床を蹴り、ビームソードの出力を上げ今度はこちらから斬りかかる。
「もらったッ!」
大推力を乗せた刺突で腕無しツクヨミを狙うセシルのオーディール。
蒼い光の刃は敵機のコックピット――そこに座るエイシを睨みつけている。
「くッ、機体の調子が変だ! 思い通りに操れない!」
どうやら、修理が終わっていない状態で強引に動かしたツケが回ったらしい。
セシルのプレッシャーさえ恐れなかったエイシも、突然の機体トラブルには困惑の表情を隠し切れない。
「運が悪かったな。だが、この一突きで楽にしてやる」
ビームソードの刃先が瞬く間に腕無しツクヨミの胸部へと迫る。
理由はどうであれ、不調の機体で戦うことは相応のリスクを背負うことを意味する。
自ら分の悪い賭けを選んだ者に、手加減してやる必要など無い――。
この一撃でセシルはトドメを刺すつもりだったし、これまでの実戦経験から直撃を確信していた。
だが、戦場には常に「計算外のリスク」が潜んでいるもので……。
「ッ、危ないッ!」
その時、一騎打ちを静観していた別のツクヨミが突然割って入り、僚機を庇うように力尽くで退かす。
仲間の為に自らを盾にするという、強い決意と覚悟がなければ取れない行動である。
そして、さすがのセシルもこのタイミングで攻撃対象を切り替えることはできなかった。
次の瞬間、ビームソードでコックピットを焼かれたフレーム剥き出しツクヨミは、崩れ落ちるように着艦デッキへと倒れ込む。
救出作業を行うために大勢の作業員たちが駆け寄って来るが、あの損傷状態で搭乗者が無事だとは思えない。
ビームソードが敵機の胸部を貫いた時、セシルは操縦桿を通して「人間が死ぬ感覚」を感じ取っていたのだ。
無名の戦士の英雄的な行動により、状況は再度仕切り直しとなる。
セシルにとっては望まぬカタチではあったが、敵機が減ったことは確かだ。
ならば、残る1機ぐらいは正々堂々と討ち取ってやろうではないか。
「救出作業の邪魔をするほど外道ではない。こっちに来い、今度こそ一突きで仕留めてくれる」
オープンチャンネルでこう呼び掛けつつ、言葉が通じない可能性も考慮しマニピュレータで手招きをするセシルとオーディール。
怪我人の周りで暴れるなど言語道断である。
相手に全力を発揮させるため、セシルはあえて「場の状況を利用しない」という選択をした。
「挑発しているつもりか……その拘りが、お前の破滅を招くと思い知れ!」
腕無しツクヨミのエイシに意図が伝わったのかは分からない。
だが、彼女の機体は残された力で光刃刀を構え直し、「蒼い悪魔」に最期の攻撃を仕掛けるのだった。
セシルが「ドラゴン」の体内で大暴れしていた頃、外部では戦局を揺るがすほどの動きが見られた。
「ポラリスより全機、『ドラゴン』のエンジン破壊を確認した! これで少なくとも爆撃は阻止できる!」
航空部隊の努力が実を結び、ついに18発の複合サイクルエンジンを全て破壊できたのだ。
推力を失いつつある「ドラゴン」の飛行速度は目に見えて低下しており、このままでも遅かれ早かれ墜落することになるだろう。
しかし、自棄になったルナサリアンがトンデモないことをしでかす可能性も否定できない。
このままシカゴへ自爆特攻されたら、どれほどの犠牲が出るのか……。
考えるだけで寒気がしそうだ。
「チッ、隊長はまだ中で遊んでるのかよ! このままじゃ『ドラゴン』諸共あの世逝きだぞ!」
セシルのことを信じて待つアヤネルだったが、さすがの彼女も苛立ちを見せ始めている。
「通信にも応答してくれないし……大丈夫なのかな」
「こうなったら私も装備をパージして、『ドラゴン』のケツに突撃してやろうか?」
「落ち着いて、アヤネル! 隊長のことを信じてあげなきゃ!」
一方、その心情を理解しつつもスレイは冷静に振舞い、イライラする相方を窘めていた。
そして、彼女たち以上にセシルを知る人物もそれに加わる。
「スレイさんの仰る通りですわ。便りが無いのは良い便り――セシル姉さまが後れを取る相手など、スターライガのエースたちだけでしょう」
付き合いが長いローゼルは幼馴染の無事を確信していたのだ。
幸い、世界屈指のエースドライバーを擁するスターライガはオリエント国防軍と協力関係にあり、戦場で敵対する可能性は低い。
つまり、セシルを本当に苦戦させるような相手はそうそう現れないと考えられる。
……もちろん、将来的にスターライガと対立する可能性も否定はできないが。
「侮っているな、ゲイル3。お前はまだセシルの本気を見ていないから、そんなことを言えるんだ」
「どういうことです、リリス少佐? 隊長がこれまで遊んでいたとでも?」
部下の言葉を肯定するリリスに対し、若干不満げに問い返すアヤネル。
セシルが死力を尽くすような場面は一度も見たこと無いが、それでも彼女が戦闘で手を抜いていたとは思えない。
隊長の生真面目さは部下であるアヤネルたちが最もよく知っていた。
100%の力を引き出せるのは当たり前、101%以上をコントロールできれば一流、90%しか使わない奴は恥を知れ――。
初めてゲイル隊の3人が顔を合わせた時、セシルが持論として述べていた言葉である。
当時は「どうせこの人も裏では手加減してるんだろ。貴族のお嬢様は口達者だからな」と思っていたが、その予想は良い意味で裏切られた。
彼女は自らの行動を以って「口達者」なだけではないことを証明し、程無くして若い部下2人の信頼を勝ち取ったのだ。
元々オリエント人は「多少強引でも牽引力のあるリーダー」を求める傾向が強いものの、その国民性を加味してもアヤネルたちは歳が近い上官にリーダーシップを見い出せたのであった。
「あらゆる敵を打ち倒す強さと、どんなことがあっても必ず帰って来る生存力――これはエースの絶対条件だ。セシルが上層部から高く評価されているのはな……」
「無愛想で分かり辛いけど、あの人はホントは優しいんだよ」
リリスとヴァイルの言う通り、国防空軍内におけるセシルの評価は極めて高い。
無茶な操縦などで叱責されることも多いが、それを実現できるだけの高い技量や勤務態度に関しては非の打ち所が無い。
そして、国防軍の上層部の中には「仲間を想う気持ち」へ着目する者もいた。
別に他の将兵が自己中心的だと言いたいわけではない。
ただ、ほんの少しだけ仲間想いな一面が強いだけだ。
「アヤネルさん、スレイさん。貴女たちがセシル姉さまを信頼している以上に、彼女も貴女たちのことを信じているのよ」
時に無茶をしでかすのは、アヤネルたちのことを誰よりも気遣い、そして信頼している証――。
セシルの戦友たちに対する友情を一番理解していたのは、彼女の人となりを知るローゼルだったのである。
そこまで熱心に言われたら仕方あるまい。
「へッ、分かったよ……! ちょっと不安になっただけさ」
リリスたちの言葉を信用し、アヤネルは辛抱強く隊長を待つことを決めた。
「とはいえ、『ドラゴン』の墜落も時間の問題ね。もうそろそろアクションがあってもいいと思うんだけど」
一方、突入からだいぶ時間が経っている現実に懸念を抱くスレイ。
内部構造に関する情報が少ない敵超兵器とはいえ、攻撃位置をマーキングするだけならさほど時間は掛からないはずだ。
もしかしたら、内部で戦闘状態になっているのかもしれない。
セシルの技量なら負けはしないだろうが、いずれにせよタイムリミットは迫りつつあった。
「人気者は辛いぞ。何せ、ルナサリアンはセシルの首に賞金を懸けているなんて噂も――」
「隊長、『ドラゴン』の上部から複数の飛翔体が!」
リリスによる噂話は少し面白そうだったが、彼女の声はヴァイルの報告で掻き消されてしまう。
もちろん、他愛のない話をしている間もリリスは周囲の状況をしっかり把握していた。
誰がどう見ても巡航ミサイルその物な飛翔体――間違えるはずが無い。
「『アポローン』! クソッ、私たちもあの世に連れて逝くつもりかよ!」
エドモントンの街並みを火の海に変えた戦略兵器。
進退窮まった「ドラゴン」はそれを敵航空部隊へ放ち、死なば諸共の覚悟で徹底抗戦する道を選んだのだ。
「ゲイル2、3、私の指揮下に入れッ! 『アポローン』の発射口を破壊するのを手伝え!」
「了解、ブフェーラ1! こちらゲイル2、一時的に貴官の指揮下へ入ります!」
「ゲイル3、了解! 隊長の親友なら信頼できる!」
スレイとアヤネルを急遽指揮下へ加え、フォーメーションを5機編隊用に整え直すブフェーラ隊。
「ブフェーラ1より各機、爆発を掻い潜りながら攻撃するぞ!」
「「「「了解!」」」」
突然の攻撃により混乱状態に陥る地球側。
そんな中、5機の蒼いMFは取り乱すこと無く「アポローン」へ挑もうとしていた。
「ッ! なんだこの揺れは!? ゲイル2、3、応答しろ!」
オーディールと腕無しツクヨミの対決は、あまりに呆気無く終わっていた。
手負いの機体の斬撃が蒼いMFへ通用するはずも無く、白いサキモリは既に物言わぬ屍と化していたのだ。
「通信障害か……悪い予感がするな」
状況確認のためセシルは僚機へ交信を試みるが、どうも無線の調子が悪い。
先ほどの揺れの件もある。
さっさと攻撃位置をマーキングし、広大な夜空へと脱出してしまおう。
「(あの壁の向こう側が怪しそうだ。試しに一発撃ち込んでみるか)」
アヤネルに攻撃させる予定の隔壁へレーザーライフルを向けた時、これまでで最も巨大な揺れが着艦デッキを襲うのだった。
工具や機材が床へ散乱し、作業員たちの中には悲鳴を上げながら転倒する者もいた。
今のはただの被弾ではない。
MFが踏ん張らなければならないほどの衝撃だったからだ。
……まさか、友軍部隊の攻撃で弾薬庫か核融合炉が爆発したのだろうか?
「(マーキングはできた! すぐに脱出しなければ!)」
セシルが「ドラゴン」からの脱出を決めた直後、マーキングした隔壁を突き破るように赤い爆炎が噴き出し、近くにいた作業員たちを容赦無く火達磨にしていく。
急がないと自分もあの炎の餌食になってしまう。
「(変形すべきか? いや、今はコンマ数秒でさえ惜しい! このまま行くしかない!)」
機動力自体はノーマル形態よりもファイター形態のほうが上だが、変形している間は安全性の問題で推力を絞らなければならない。
外までの距離は比較的短いため、変形せずに加速したほうが結果的に速いのだ。
「(これだけの爆発が内部で起きている。『ドラゴン』といえど無傷では済まないだろう)」
機体を反転させながらスロットルペダルを踏み込み、セシルは全速力で脱出を急ぐ。
後方からの圧力で機体が押されているのが分かる。
今起きている爆発はそれぐらい大規模だった。
「(確実に間に合うぞ! 狭苦しい所からはおさらばだ!)」
純白の飛竜の尾部から飛び出す、一機の蒼いMF。
その直後、彼女を追い掛けるようにヤマタオロチの尻から真っ赤な炎が吐き出されていた。
「隊長! ったく、心配させやがって……!」
「すまなかったな、アヤネル。ちょっと喧嘩を吹っ掛けられ、返り討ちにしていただけだ」
部下たちへ一言詫びを入れつつ、「ドラゴン」の損傷状態を確認するセシル。
ちなみに、正確には喧嘩を吹っ掛けたのは彼女のほうである。
「どうやら、私がマーキングしたデータは不要なようだな」
「ああ、『アポローン』の発射口に一斉攻撃を叩き込んだら、とんだ大当たりだったらしい」
正解を言うと、セシルの予想した場所にバリア発生装置や核融合炉は無かった。
ただし、そこには「アポローン」――正式名称「熱圧力弾頭誘導弾」の発射装置及び弾薬庫が設置されており、先ほどの大爆発はこの部分の誘爆が最大の原因だったのだ。
既に全ての推力を失い、今では炎に呑まれつつあるヤマタオロチ。
奴は不死鳥ではない。
このまま放置していても、いずれは北アメリカの大地に墜ちるだろう。
「ポラリスよりゲイル1、『ドラゴン』にトドメを刺せ! お前ならできるはずだ!」
だが、追い詰められたルナサリアンは何をするか分からない。
確実に「ドラゴン」の息の根を止め、エドモントン解放作戦からの因縁に終止符を打とう。
それが……あの日、あの戦いで死んだ全ての者への手向けになるのだから。
【コトワザ】
ルナサリアンの間で昔から言い伝えられる、風刺や教訓を含んだ簡潔な文のこと。
地球の諺と大変よく似ており、ほぼ同じ内容の文も存在するらしい。
【ティアオイエツォン】
オリエント連邦及び旧連邦構成国で盛んな伝統剣術。
その名はオリエント古語で「実用的な剣技」を意味し、起源は騎士や剣士の訓練内容にあるという。
オリエント圏では国内全ての学校に「ティアオイエツォン部」が設立され、近年はヨーロッパ諸国にも進出している模様。




