【BOG-53】竜が滅ぶ日(中編)
「こちらポラリス、バリアフィールドの消滅を確認! 全機見せ場だ、『ドラゴン』を叩き落とせ!」
純白の飛竜を護っていた壁がついに崩された。
だが、バリアフィールドの発生装置自体を破壊したわけではない。
再びバリアを張られてしまう前に手を打つ必要がある。
「遊撃隊及び先遣隊へ、これより本隊が戦闘空域に到着する。彼らとの総攻撃を以って敵超兵器を撃墜せよ」
レーダーディスプレイの広域モードで確認すると、本隊と思わしき友軍の姿が多数映っていた。
生まれた国や所属の違いなど関係無い。
共通の敵を倒すため、3つの国の軍人たちが同じ夜空の下で戦っているのだ。
「ドラゴン」ことヤマタオロチの機体サイズは全長320m・全幅532m・全高100m。
戦艦や正規空母からすれば「少し大きいかな」程度の相手だが、10分の1以下の戦闘機やMFにとっては絶望的なサイズ差に映るだろう。
馬鹿正直に攻撃を繰り返すだけでは勝つことなど叶わない。
いきなり正面から突撃するのは避け、堅実にダメージを与えていくのが賢明だと思われる。
バリア発生装置、エンジン、対空兵器、艦載機着艦デッキ――問題は攻撃目標の優先順位だが……。
「闇雲に殴っても埒が明かないぜ。プロキオン1よりポラリス、誰がどの部位を攻撃すればいい?」
今回は本隊の一員として遅れて来たプロキオン1――フェルナンドがAWACSに攻撃目標の指示を仰ぐ。
各々が勝手に動いて効率低下を招くよりは、より俯瞰的に戦場を見渡せる者へ任せるべきだ。
「プロキオン1、優先順位はバリア発生装置及びエンジンの破壊だ。この2つはすぐに対処する必要がある」
「了解、じゃあ俺たちは発生装置の位置を探ってみる。ルナサリアンのことだから、面倒な所に搭載してそうだがな」
ポラリスの指示を把握したフェルナンドは僚機に合図を出し、距離感を失わせるほど巨大な「ドラゴン」へと近付くのだった。
対空砲火と味方の攻撃を掻い潜りながら、「ドラゴン」のエンジン破壊に勤しむゲイル隊。
3発1セット×6――合計18発の複合サイクルエンジンは分厚い装甲で守られており、簡単にはダメージを与えられない。
つまり、反復攻撃ないし味方部隊との連携が必須というわけだ。
「(実体兵器を防ぎ、尚且つ機体全体を覆うだけのバリアフィールドか。核融合炉のようなエネルギー源がどこかにあるはずだが……)」
そんなことを考えながらセシルは装甲板を剥がし、剝き出しになったエンジンへ僚機の攻撃を撃ち込ませる。
バリアフィールドを形成できるだけのエネルギー源がどこかにある――それが彼女の予想だった。
エネルギー源を潰せば電力供給を遮断し、「ドラゴン」の各種装備を無力化できるかもしれない。
「ゲイル1よりポラリス、『ドラゴン』の機体構造とかに関する情報は無いのか?」
あまり期待はしていないが、一応AWACSから情報を引き出そうと試みるセシル。
「残念だが内部構造に関する詳細は不明だ。プロキオン隊に調べさせたが、外部からはよく分からないらしい」
「捕虜にキチンと尋問したのか? まさか、男性兵士のストレス発散に使ったんじゃないだろうな?」
アメリカ軍の捕虜の扱い方については、あまり良い噂を聞かない。
知っての通りルナサリアンは女性兵士しか確認されておらず、「雌雄同体で男性は存在しない」という珍説が真剣に語られている。
一方、女性の社会進出が進んだとはいえ、普通の国の軍隊では未だに男性兵士のほうが多い。
女性捕虜の管理は女性兵士が行う――国際人道法には明記されていないが、先進国では慣習となっているルールだ。
……もちろん、それには「相手も自分たちと同じ人間だ」という前提があるのだが。
世の中には前提条件を勝手に独自解釈して「異星人」を人間とは認めず、彼女らを非人道的に扱っている輩がいるらしい。
衛生状態の悪い収容所に放り込まれるだけならまだいい。
これはあくまでも噂……正直言って信じたくはないが、一部の捕虜は男性兵士たちの慰み物になったり、あの「エリア51」で人体実験のモルモットにされているという。
それが事実だとしたら……全ての戦争犯罪が明るみに出た時、地球人に釈明の余地などあるのだろうか?
……今はキナ臭い話に気を取られている場合では無い。
目の前を飛んでいる「ドラゴン」への攻撃に集中しなくては。
「ルナサリアンの連中はえらく口が堅いらしい。マニュアルで認められている最もハードな尋問にも屈しないそうだ」
やはり、超兵器に関する機密をペラペラ喋る奴はいないか。
諦めたセシルが地道に機体構造を見究めようと決めた時、ポラリスが一つの見解を示す。
「ゲイル1、これは個人的な予想だが……重要な装備は最も被弾に強い区画に配置されていると思う」
確かに、彼の「個人的な予想」には一理ある。
ヤマタオロチは一見すると巨大航空機のようだが、構造的には艦艇に近い点も少なくない。
特に、胴体部分は飛行艇に喩えるのが適切だろう。
そして、核融合炉や弾薬庫といった損傷時の二次災害発生が怖い設備は、船体中央底部に配置する――これは地球製全領域艦艇における基本的な設計だ。
仮にルナサリアンも地球人と同様の設計手法を用いている場合、最も攻撃し辛い位置にバリア発生装置を置く可能性が高い。
「地球人もルナサリアンも、考えることは同じというわけか……ならば!」
何か妙案が浮かんだセシルはすぐに通信回線を開き、僚機へ大胆な指示を下すのだった。
「ゲイル各機、着艦デッキの奥に攻撃を集中させろ!」
セシルは「バリア発生装置は胴体中央部にある」と予想していた。
無論、外部の分厚い装甲を貫いて攻撃を仕掛けるのはかなり難しく、限られた時間と弾薬を浪費するおそれがある。
そこで、彼女は開けっ放しになっている「ドラゴン」の着艦デッキに着目した。
エンジンを破壊する合間合間に確認してみたところ、内部はそこまで防御されてないように見える。
おそらく、設計者は「濃密な対空砲火をくぐり抜けて機内へ突入し、脆い内部から食い尽くす敵などいない」と思っていたのだろう。
その気持ちは分からないでもない。
セシルだって本当はハイリスクな戦い方は避けたいと考えている。
だが……「ドラゴン」に限らず超兵器は正攻法だけでは勝てない相手なのだ。
時には常識を覆すような作戦を編み出し、傑出した操縦技量を以ってこれを実行する必要がある。
「見てる分には綺麗な花火だけどな。隊長、レーザーライフルの射程では対空砲火に晒されることになるぞ」
セシルの指示には従うつもりだが、念のために忠告を送るアヤネル。
着艦デッキ付近に限らず「ドラゴン」は機体全体に豊富な対空兵器を備えており、迂闊に接近して撃墜される友軍機も少なくない。
対空兵器は短射程空対空ミサイル及び機関砲をメインとしているらしく、これらは大気圏内でも射程が落ちないのが強みだ。
逆にレーザーライフルのような光学兵器は弾速こそ速いものの、大気の状態に左右されやすいのが弱点と言える。
そのため、地球上では実体兵器のほうが射程が長い傾向にあり、光学兵器主体の機体はアウトレンジ戦法に苦しめられることも珍しくなかった。
「分かっている。ゲイル3、お前はレールランチャーで着艦デッキの奥を狙い撃て」
「隊長、私の仕事は?」
「ゲイル2は着艦デッキ周辺の対空兵器の排除だ。得意のマイクロミサイルで一網打尽にしてくれると助かる」
マイクロミサイルは複数目標に対する同時精密攻撃に向いているが、それはあくまでも「対象をロックオンできること」が絶対条件だ。
何かしらの理由で誘導装置が対象を認識してくれない場合、ミサイル系の武装は全く使い物にならなくなる。
マイクロミサイルは主に赤外線誘導を用いる都合上、熱源反応が弱い物体は上手くロックオンできない。
そのため、同武装を使い慣れているスレイには対空兵器の掃除を任せることにした。
対空砲火がある程度静かになったら、セシル機が内部へ突入し攻撃位置を特定。
彼女がマーキングしたデータをアヤネル機へ送信し、レールランチャーによる狙撃でダメージを与える――という作戦だ。
当てが外れていたら骨折り損のくたびれ儲けに終わるが、やってみる価値はあるだろう。
「無茶苦茶な作戦ね、ホントに……!」
「ツキが無かったな、スレイ。まあ……女は度胸、何でも試してみようぜ」
無茶な作戦であることを分かっているにも関わらず、スレイとアヤネルは隊長のやり方に最後までついて行くつもりだった。
「(フェンケ少佐、貴女の教え子たちは最高の戦友になりましたよ)」
彼女らの遣り取りを無線で聞き、静かに微笑むセシル。
そう、確信を持てるまではあらゆる手を尽くすべきなのだから。
「ハリネズミみたいな対空兵器の山ね……だけど!」
まずはスレイが隊長のために対空兵器の排除を行う。
友軍機がいくらか片付けてくれたとはいえ、「ドラゴン」の迎撃能力はまだ衰えていなかった。
「ゲイル2、シュート!」
ロックオンしたらすぐにミサイル発射、そして素早く離脱という模範的な一撃離脱戦法で、的確に対空砲火を沈黙させていくスレイ。
「やるじゃない、ゲイル2。とても3か月前が初陣の娘とは思えないわ」
彼女が撃ち漏らした対空兵器を丁寧に処理していくデアデビル1――ニュクス・ニーケー大尉は、感心のあまり思わずそう呟いていた。
今の自分なら同程度以上の働きはできるだろうが、ニュクスがエース扱いされるようになったのは初陣から3~4年経ってからだ。
実戦経験僅か3か月――しかも2年前までは普通の大学生であったことを考慮すると、すぐにMFドライバーの才能に目覚めたスレイは「天才」と言っても過言では無かった。
よし、スレイやその他の友軍機のおかげで対空砲火はだいぶ大人しくなった。
これぐらいの弾幕なら「安全に」突破できるだろう。
「ゲイル1よりポラリスへ、これからお前の『個人的な予想』を確かめに行ってやる」
「おいおい、正気の沙汰じゃないぞ。悪いことは言わん、やめておけ」
やめろと言われて素直に従うほど、セシルが良い子ではないことをポラリスは知る由も無い。
オリエント連邦有数の名家に生まれた、気高き誇りを持つ現代の女騎士――。
それは、プロバガンダで作り上げられた「セシル・アリアンロッド」のイメージであった。
「フッ、MF乗りはお前が思っている以上にイかれているのさ。それに……正気で戦争などできるものか」
AWACSの制止を振り払うようにスロットルペダルを踏み込み、「ドラゴン」の尻へ向けて愛機オーディールMを加速させるセシル。
飛び交う弾幕や生き残りの敵機には見向きもしない。
彼女の黒い瞳はヤマタオロチの着艦デッキの奥だけを捉えていた。
「(随分とタフな野郎だ……このペースで間に合うんだろうな?)」
フェルナンド率いるプロキオン隊はバリア発生装置の位置を特定できず、結局エンジン破壊の仕事へと移っていた。
巨大航空機にとっては生命線ということなのか、ヤマタオロチの複合サイクルエンジンはとにかく頑丈に作られているらしい。
装甲板を引き剥がして露出させた部分に集中攻撃を加えているが、1基破壊するだけでも相当時間が掛かっている。
あまり良い状況とは言えないだろう。
「隊長、味方機1機が凄いスピードで突っ込んで来る! ……ゲイル1だ! カミカゼでもぶち込むつもりなのか!?」
その時、エンジンの装甲板を力尽くで剥がしていたプロキオン3が大声で叫ぶ。
彼女はカミカゼ――特攻を仕掛けるつもりだと早とちりしているようだが、フェルナンドはセシルが命を投げ捨てる女ではないことを知っていた。
「んなワケねえ、あの人は心臓が止まっても剣を振るうタイプだぜ。『ドラゴン』のはらわたを食い千切るとか……凡人じゃ思いつかん秘策を実行するつもりなのさ」
セシル中佐が困難な状況を打開してくれる――。
偉大な勇者の決意に応えるため、プロキオン隊は引き続きエンジンと対空兵器の破壊に注力するのだった。
多数の空対空ミサイルと曳光弾が飛び交う中、セシルは自機をヤマタオロチ内部に突撃できるルートへと乗せる。
これが自軍の空母だったら完璧な着艦進入だ。
「『ドラゴン』の尻に突っ込むぞ、オーディール!」
突入直前に蒼いMFは人型のノーマル形態へと変形し、滑り込むようにヤマタオロチへと「着艦」する。
普通に考えたら当然だが、着艦デッキ上には驚きのあまり立ち尽くす作業員の姿も確認できた。
そりゃ、「今時自分の母艦を間違える奴がいるのか」と思ってしまうだろう。
「……なるほど、来客のもてなし方は心得ているようだな」
ルナサリアンたちの反応を見たセシルは不敵な笑みを浮かべる。
彼女の眼前に広がる、敵陣中央の光景とは……?
【エリア51】
正式名称はグルーム・レイク空軍基地。
「UFOや宇宙人の研究を行っている」という都市伝説で有名だが……?




