【BOG-52】竜が滅ぶ日(前編)
遊撃部隊の活躍によって敵護衛戦力は壊滅した。
さて、「ドラゴン」撃墜作戦はここからが本番だ。
大火力を複数回叩き込める戦艦及び巡航ミサイル搭載爆撃機をかき集めた「先遣隊」が到着し、その圧倒的攻撃力を以って「ドラゴン」のバリアフィールドを無理矢理抉じ開ける。
先遣隊が開けた風穴へ遊撃隊が突っ込み、内部からの攻撃で強引にダメージを与えるというわけだ。
そして、守りが脆くなったタイミングで「本隊」に総攻撃を仕掛けさせる。
何かしらの方法でバリアフィールドを機能停止にできれば最高だが、簡単に事が運ぶとは考えにくい。
……最悪の場合、先遣隊が捨て身の攻撃で活路を拓かねばならないかもしれなかった。
今回の作戦に文字通り命が懸かっているアメリカ軍は、再編制された残存戦力に加えて太平洋方面に展開していた海軍第7艦隊を呼び戻し、バリアフィールド突破の切り札として先遣隊へ送り込んだ。
全領域航空戦艦「アイオワ」を旗艦とする第7艦隊は4隻の戦艦を擁しており、アメリカ海軍において最も強力な支援砲撃を行える艦隊である。
戦争継続の要となる工業地帯を――いや、全ての合衆国国民を守るため、艦隊司令官トミー・バッセル大将は二つ返事で作戦参加要請に応じていた。
「こちらアメリカ海軍第7艦隊旗艦『アイオワ』。AWACS、我が艦隊の姿が見えるか」
「レーダーではハッキリ捉えていますよ、バッセル艦長。当機のコールサインは『ポラリス』、アメリカ空軍の空中管制機です」
普段とは違い丁重な対応を見せるポラリス。
おそらく、彼が畏まるほどバッセル艦長は偉い人なのだろう。
「北極星か……良い名前だな。攻撃タイミングは空軍の判断に任せるから、君は遠慮無く指示を出してくれたまえ」
「ハッ、お心遣いありがとうございます」
上級将校の中では比較的珍しく、バッセルは兵や下士官から信望を集めていた。
元々気さく且つ人当たりの良い性格で知られているが、実戦における能力の高さや正念場での粘り強さも人気の要因らしい。
事実、平和ボケした腑抜けが多い中でバッセル指揮下の艦隊は少なくない戦果を挙げ、戦争初期の太平洋戦線防衛に貢献していたのである。
「ポラリスよりオリエント艦隊、そちらの状況を知らせよ」
「こちらオリエント国防海軍第8艦隊所属の戦艦『フェルツァー』。僚艦の『サングリエ』及び『アドミラル・エイトケン』も引き連れている。我々はいつでも総攻撃に参加できるぞ」
オリエント国防海軍から先遣隊に回されたのはこの3隻だけだが、51cm4連装砲6基を搭載する超弩級戦艦2隻と、ハリネズミのように武装を満載するミサイル巡洋艦の火力には期待できるはずだ。
その頃、アドミラル・エイトケンの戦闘指揮所(CIC)は緊迫した空気に包まれていた。
虹色の光球に護られながら飛ぶ「ドラゴン」の姿は、遠く離れたここからでもよく見えている。
あそこでは今も遊撃隊が懸命に戦っているに違いない。
「珍しく緊張しているな、艦長?」
ゼロアワーの時を淡々と待ち続けるメルト艦長を見かねたのか、彼女に対し背後から声を掛けるシギノ副長。
「えっ!? あ……まあ、緊張してないと言えば嘘になるわね」
不意打ちに驚いたメルトは頭を掻きながらこう答える。
確かに、この状況で緊張感を保てない人間はとんだ大馬鹿野郎だろう。
ただ、シギノには少し肩の力が入り過ぎているように見えたらしい。
「いつも通り全力を尽くせば問題無い。私たちはそうやって生き残ってきたし、これから先も戦い抜くまでだ。それに――」
「それに?」
「我々にはゲイル隊という『勝利の鍵』があるじゃないか。今回も彼女たちが魅せてくれることに期待しよう」
困った時のゲイル隊頼み――。
自分たちの不甲斐無さをメルトは嘲笑うしかなかった。
困難が予想される作戦では大抵セシルたちに無茶を押し付けている。
有能な人材ほど仕事が集まると言えばそこまでだが、このまま綱渡りのような戦いを続けていたら……。
「あいつらのことは心配いらないさ。だから……艦長、我々も遊撃隊の働きに応えよう」
その時、メルトの左肩に手を置きながらシギノが優しく励ます。
年齢が比較的近いこともあり、若い艦長の扱い方は心得ているらしい。
「そうね……! 遊撃隊が切り拓いてくれた射線を無駄にはできない。副長、一斉攻撃開始までの時間は?」
「残り2分! 指示を出せばいつでも発射できる状態だ!」
副長の報告に耳を傾けつつ、CIC内に設置されているデジタル時計へ視線を移すメルト。
現在時刻は20時43分。
この表示が20:45になった瞬間が一斉攻撃の合図である。
「一斉攻撃まで残り1分! あのバリアフィールドは『マギア』じゃないんだ! 人の手で造られた物は必ず壊れる――それを不遜なルナサリアンに教えてやるぞ!」
シギノの言う通りだ。
人間が無限を生み出すことはできない。
人の手が少しでも入っている限り、どんなに優れた物でもいずれ朽ち果てるのだから。
「一斉攻撃まであと10秒! 9、8、7、6――」
ポラリスによるカウントダウンがついに始まった。
遊撃隊は友軍の射線から既に退避しており、「ドラゴン」の護りが脆くなる瞬間を窺っている。
「――5、4、3、2、1……攻撃開始ッ!」
彼の号令と同時に南東及び西から大量の飛翔体――巡航ミサイルが接近してくる。
夜空を覆い尽くさんとするミサイルの嵐。
だが、これだけの攻撃を以ってしても「ドラゴン」のヤタノカガミを撃ち破れる確証は無いのだ。
「巡航ミサイルの着弾を確認! ……まあ、ここまでは予想通りか」
ミサイルが虹色の光球に阻まれる瞬間を目撃するが、特に驚いた様子は見せないアヤネル。
1回目の総攻撃でバリアフィールドを突破できるとは誰も思っていなかった。
……そう、少なくとも1回目だけでは。
「艦長、総攻撃1回目の命中を確認しました。バリアフィールドは――まだ健在です!」
ここはアメリカ海軍第7艦隊旗艦「アイオワ」のCIC。
副長からの報告をバッセルは静かに聞いていた。
「うむ、想定の範囲内だ。兵装の再装填を急げ! 次の総攻撃ではレールキャノンも使用するよう各艦へ伝えろ!」
「了解! すぐに通達します!」
今回の作戦は時間との戦いでもある。
可及的速やかにバリアフィールドを破らなければ本隊が攻撃できない。
先遣隊が手間取り過ぎると「ドラゴン」の進攻を許してしまい、工業地帯は無差別爆撃に晒されるだろう。
そうなってしまったら「ドラゴン」を撃墜できても作戦自体は失敗――戦略的敗北に終わり、アメリカの戦争継続は不可能となるのだ。
「5、4、3、2、1……攻撃開始ッ!」
2回目の総攻撃では最初にレールキャノンの砲弾が命中し、次に大量の巡航ミサイルが少し遅れて着弾する。
「遊撃隊各機、敵超兵器の様子はどうだ?」
「ミサイルが何発か抜けて行った! バリアフィールドは確実に脆くなってるぞ!」
ポラリスからの質問に一人のアメリカ軍MFドライバーが答えた。
巡航ミサイル以上の弾速を有するレールキャノンでもバリアフィールドは貫けなかったが、効果を弱体化させることには成功していたらしい。
一部のミサイルは虹色の光球の内側へ突入し、対空砲火で迎撃されるまで飛翔し続けていたのである。
「私からも見えたわ! あと少し……もっと守りを切り崩せれば!」
スレイを含む大勢の将兵が手応えを感じ始めていた。
――もしかしたら次の総攻撃でいけるかもしれない、と。
一方、こちらは「ドラゴン」ことヤマタオロチの戦闘指揮所。
「ヤタノカガミの出力さらに低下! 艦長、一旦防御兵装の冷却を……!」
地球側はヤマタオロチのバリアフィールドに時間制限は無いと予想していたが、そんな便利な防御兵装はルナサリアンといえど実用化できていない。
確かに、エネルギー供給と発生装置の冷却が間に合う限り、ヤタノカガミを展開し続けること自体は一応可能である。
前の作戦ではアメリカ空軍の攻撃力が低かったため、特に問題も無く完全に防ぎ切れた。
だが、今回に関しては少し事情が異なる。
執拗且つ強力な連続攻撃でバリア発生装置が過熱した結果、ヤタノカガミは出力低下を起こしていたのだ。
このままでは発生装置の破損――それに伴う厄介なメカニカルトラブルを招くかもしれない。
「ダメだ! ヤタノカガミの展開を優先しろ!」
「でも……!」
「少しでも守りを緩めたら、その瞬間に集中攻撃を浴びて落とされる! 攻撃可能圏内までは何としてでも持たせるんだッ!」
艦長の物凄い剣幕に圧倒され、火器管制官は命令に応じざるを得なかった。
「(ヤタノカガミが簡単に破られるものか……! 野蛮人どもめ、お前たちの思惑通りにはいかんぞ!)」
攻撃可能圏内までは残り数十km。
あと1回だけ敵の総攻撃を防げればいいのだが……。
「艦長、AWACSポラリスより入電! 『2回目の総攻撃にして手応えあり』――とのことです!」
空中管制機からの通信文を興奮気味に伝えているのは、アドミラル・エイトケンのオペレーターを務めるエミール少尉。
今まで手も足も出なかったバリアフィールドを破れるかもしれない――その希望が地球人たちの士気を大いに高める。
「各員、ここからが正念場よ! 次の総攻撃で我が艦のありったけの火力を叩き込み、鉄壁のディフェンスを撃ち破ってみせましょう!」
「お前たち、気合を入れろッ! 気迫を見せろッ! 魂を込めた一斉攻撃で壁をぶち抜くぞッ!」
性格的には正反対なメルトとシギノだが、部下思いな一面と互いをリスペクトできる点――そして、心の奥底にある熱さは共通していた。
二人の上官のやる気満々な姿を見せつけられたら、ブリッジクルーたちも全力で仕事に取り組まざるを得ない。
「フランチェスカ少尉は巡航ミサイルの発射準備、エミール少尉はポラリスの通信音声を中継して!」
「「了解!」」
次の総攻撃――最後のチャンスは約30秒後だ。
弾薬消費の都合上、これでしくじったらバリアフィールドを貫けるだけの火力は出せなくなるだろう。
「(いくわよ、ルナサリアン! 人の手で造られた物は人の叡智で壊してみせる!)」
この一撃に全てを懸ける……!
軍帽を深く被り直し、メルトは静かに総攻撃の合図を待つのだった。
「5、4、3、2、1……攻撃開始ッ!」
3回目の総攻撃では巡航ミサイルやレールキャノンだけでなく、戦艦部隊の強烈な艦砲射撃も弾幕に加わっている。
レーザーはバリアフィールドとの相性が悪いため、約80km先から飛んで来るのは安心と信頼の徹甲弾だ。
「セシル、この総攻撃でバリアフィールドを貫けると思うか?」
先遣隊の攻撃が「ドラゴン」に迫る中、リリスは率直な疑問を戦友へと投げ掛ける。
「確信は持てない……だが、こいつを沈めなければ勝利は無い」
それに対するセシルの回答はいつもと変わらない。
立ち塞がる敵は全て倒す――超兵器だろうがエースドライバーだろうが、彼女はそのスタンスで戦い抜いてきたのだから。
「着弾確認! やったかッ!?」
ポラリスの期待を抱かせるような声とは裏腹に、バリアフィールドが消えそうな様子は……いや、あった!
純白の飛竜を護っていた光球が色褪せ、虹色から蒼色へと変化していく。
仮に「ドラゴン」のバリア技術が地球側と同一である場合、これは出力が弱まっている兆候なのだ。
光学兵器での突破はまだ難しいかもしれないが、ミサイルなど実体兵器ならば容易く貫通できるに違いない。
「いいぞ! このまま消えてしまえ!」
「私たちも総攻撃に加わりますわ!」
ダメ押しと言わんばかりに蒼い光球へ攻撃を叩き込むヴァイルとローゼル。
彼女ら以外の遊撃隊参加機も持てる火力を振り絞り、鉄壁のディフェンスを切り崩そうとしていた。
「この世に無敵の盾は無いことを教えてやるぞ、ルナサリアン!」
リリスのオーディールから放たれたマイクロミサイルがバリアフィールドを突破し、その先にいる本体へと向かっていく。
「出し惜しみは無しよ! 最大火力で抉じ開ける!」
「ゲイル3、シュートッ! 貫けぇッ!」
スレイは空対空ミサイル、アヤネルはレールランチャーの魂を込めた一撃に全てを懸ける。
「お前たちのバリアフィールドは『マギア』ではない! 人の手で造られた物は必ず壊せる……それが先鋭化した『シエンス』の産物だとしても!」
そして、格闘戦のほうが得意なセシルはマイクロミサイルを撃ち切り、愛機オーディールMのG-BOOSTERをパージしながらノーマル形態へ変形。
背部ハードポイントに装備していたギガント・ソードを抜刀し、前方へ突き出しながら蒼い光球に向かって突撃する!
「鍛え上げられた剣は……どんなに堅い盾をも貫く!」
ギガント・ソードの刀身が突き刺さった瞬間、「ドラゴン」を護るバリアフィールドは蒼い光の粒子を残しながら消滅していくのだった。
【4隻の戦艦】
アイオワ、アイダホ、ユタ、フロリダの4隻のこと。
彼女らは「アイオワ級全領域航空戦艦」に分類される姉妹艦である。
【マギア】
オリエント語で「魔法」を意味する。
ちなみに、対義語のように扱われる「シエンス」は現代オリエント語が普及してから生まれた言葉であり、こちらは「科学」を意味している。
【レールキャノン】
電磁投射砲の中でも戦艦に搭載されているタイプを指す。
砲塔型なので射角が広く扱い易い反面、消費電力や重量の問題で搭載は戦艦級に限られる。
その戦艦でさえ連装砲1基が精一杯なため、実戦では文字通り「切り札」として使われることが多い。




