【BOG-50】純白の飛竜(後編)
ハヅキ隊の巧みな連携攻撃に苦しめられるが、かといってG-BOOSTERをパージすることもできないアヤネル。
「アヤネル、聞こえているか」
彼女が狭いコックピット内で悪戦苦闘していた時、セシルから通信が入ってくる。
「バッチリ聞こえてますよ、隊長」
「耐Gリミッターの解除を認める。『G-FREE』――今のお前なら翻弄されることなく使いこなせるはずだ」
G-FREE――オリエント製MFに採用されている一種のリミッター解除。
セシルは実戦で度々使用しているが、アヤネルとスレイはシミュレータで数回テストしただけだ。
ちなみに、その時は急激に上昇した運動性へ振り回され、リミッター作動時以下の成績しか残せなかった。
……もっとも、それはジブラルタル攻略作戦の頃の話である。
あれから約2か月の時が経ち、実力を身に付けた今ならば……!
シミュレーションで事前データを得ているとはいえ、G-BOOSTER装備状態での高機動戦闘は未知の領域だ。
「了解、隊長。ここが使いどころだと言うのなら……!」
アヤネルは右手で操縦桿を動かしながら左手でHISを操作し、リミッター解除のためのコマンド入力を行う。
「いくぞ……コード『G-FREE』!」
これで彼女のオーディールMは首輪を外された野獣となった。
本能のままに暴れ狂うか、理性を以って敵を食い千切るか――それは飼い主たるアヤネルの操縦技量に懸かっている。
「(本当に乗りこなせるのか……いや、必ず手綱を引かなければ!)」
リミッター解除で機体の挙動も過敏になるため、まずは慎重に操縦桿を右へ倒す。
下手な操作をすると予想外の動きを起こし、最悪の場合操縦不能に陥ってしまうからだ。
今のオーディールは人間が辛うじて制御可能な「モンスターマシン」である。
限界領域を超えてしまわないよう、細心の注意を払わなければならない。
「何だ……? 機動が急に鋭くなった」
敵機後方から攻撃を仕掛けていたイブキは、蒼いMFの動きが突然変化したことに違和感を覚える。
次の瞬間、蒼いMF――アヤネルのオーディールは強烈な加速力でツクヨミ指揮官仕様を振り切り、スラスターの光跡を残しながら縦横無尽に夜空を翔け始めた。
「ついに本性を現したか、蒼い悪魔! これまでの空戦はお遊びだったらしいな!」
アカネの操縦桿を握る手に力がこもる。
モビルフォーミュラにも荷重制限機能とそれを解除した高機動戦闘状態があるのは知っていたが、重装備の機体をあそこまで振り回すとは……。
地球人の技術力は決して侮れないということか。
「待ってください、隊長。あの機体……動きが乱れているようです」
ただでさえ高いオーディールの機動力が更に跳ね上がる――それだけで十分驚異的だ。
しかし、イブキの指摘通り安定していた機動が急に落ち着かなくなったように見える。
「ふむ、限界性能を追求し過ぎた結果だな。人機一体を考えないからこうなる」
ルナサリアンの主力機であるツクヨミは搭乗者と機体の融合――すなわち「人機一体」を重要視し、開発段階から人間ありきの設計が行われている。
指揮官仕様では高性能化のためにピーキーな調整が為されるものの、本来持ち合わせている素性の良さは変わらない。
一方、オーディールの設計思想には「量産機が達成し得る最高性能の追求」「エースドライバーのためのモンスターマシン」が含まれており、そもそも根本的な考え方から異なっていた。
「赤2より1へ、今のうちに仕掛けます!」
敵機の挙動がおかしいと見るや否や、すぐに愛機ツクヨミを加速させ攻撃態勢へ移るイブキ。
「落ち着け、早まるな! 強敵と戦う時は堅実に動け!」
長年の経験から嫌な予感がしたアカネは部下を制止しようとするが、彼女はそのまま「蒼い悪魔」との直接対決に向かってしまった。
「(敵機の搭乗者はまだ機体をモノにしていない。だが、彼女がコツを掴んだらイブキは……)」
アカネの脳裏をよぎる一抹の不安。
まさか、それが最悪のカタチで証明されることになろうとは……。
ごく短時間でアヤネルは「野獣」と化したオーディールの特性を把握し、辛うじて制御できるようになっていた。
彼女の天才的な操縦センスに疑いの余地は無い。
だが……「野獣」を完全に手懐けるには、まだ何かが足りないようだ。
「(よし、良い子だ……少しずつお前の本気の姿が分かってきた)」
イブキのツクヨミ指揮官仕様と一進一退の攻防を繰り広げつつ、頭の中で愛機の力を引き出すための方法を考えるアヤネル。
敵隊長機と戦いながらその様子を見ていたセシルは、僚機の挙動から一つ気付いたことがあった。
「(アヤネルの奴、かなり無理をしてねじ伏せているな。あれじゃ身体が持たないぞ)」
そう、外部から分かるほど負担が大きい操縦をしていたのだ。
まだ「ドラゴン」との戦いが残っているのに、これでは機体もドライバーも余計な消耗を強いられてしまう。
何かアヤネルに伝えやすいアドバイスがあれば……待て、たしか彼女は元々音楽業界にいたな。
アヤネル・イルーム――。
彼女の名前をインターネットで調べると、オリエント連邦サンリゼ市出身の元芸能人が真っ先に出てくる。
幼少期から容姿と歌声に恵まれていたアヤネルは子役タレントとして頭角を現し、高校卒業後は女性アイドルグループ「シークレットシスターコンプレックス(SSC)」の初代ボーカルを務めた。
誰もが芸能界ないし音楽界での成功を確実視するほどの歌姫だったが、彼女の人生は2年前に地球を襲った「宇宙からの脅威」により一変する。
この戦いで失われた兵力を補うために施行された「緊急時徴兵」は芸能人も例外無く対象となり、多くの若手タレントが業界からの引退を強いられた。
彼女らの大半は広報課や基地職員など、比較的安全な職場をあてがう配慮が為された一方、才能を見い出され実戦部隊へ送られる者も数名ほどいたという。
幸か不幸かアヤネルは適性検査でMFドライバー向きだと判断され、一人だけ国防空軍へ所属することになったのである。
ちなみに、メンバーの半分以上を失ったSSCは当然活動休止となり、今もなお再開の目処は立っていない。
「聞こえるか、アヤネル」
「隊長、今度は何ですか?」
既視感のある遣り取りを繰り返すセシルとアヤネル。
集中してるんだから話し掛けるな!――といった感じの反応だ。
「無理にねじ伏せるな。音を奏でるようにリズム良く――お前のメロディでオーディールを乗りこなせ」
「私のメロディ……か」
そう、隊長の言葉でアヤネルはようやく気付くことができた。
これまでの彼女は身の丈に合わない超高性能機を無理して扱っていた。
だが……そのままではいずれ壁にぶち当たってしまう。
壁を乗り越え更なる高みを目指す方法――それは、自分のやり方で機体と息を合わせること。
セシル隊長のアドバイスを受け入れ、アヤネルは自分の愛機と無言で向き合ってみる。
彼女にとってオーディールは「道具」にすぎなかったが、セシルに言わせれば決してそうではないらしい。
「(ミキ大尉も『同じ機種でも個体差がある』と言っていたな。オーディール……お前のクセを教えてくれ)」
その時、操縦桿とスロットルペダルを通して「リズム」が伝わって来るような気がした。
「(そうか……分かったぞ!)」
これが……これがセシルの言う「乗りこなす」の意味だ!
今、アヤネルとオーディールMは人機一体の領域へ足を踏み入れつつある。
「(お前が奏でる旋律に私の歌声を合わせれば……!)」
「直撃、もらったッ!」
照準内に蒼いMFの姿を完全に捉え、イブキは操縦桿の引き金を引く。
彼女は命中を確信していた。
「な……! かわされた!?」
しかし、敵機はこれまでに無い鋭いマニューバでツクヨミの攻撃をかわし、一気に距離を突き放す。
「この短時間で乱れを修正してきたか。あの機体のエイシも良い腕をしているようだな」
ゲイル隊の高い実力を改めて実感させられるアカネ。
同時に、相手が機体をモノにしてしまった以上、簡単には落とせない可能性も彼女は危惧していた。
「ここまで来たんだ! あいつだけは落とす!」
最大推力でオーディールを追い掛けるイブキのツクヨミ指揮官仕様。
「無理をするな、イブキ! 今までとは動きのキレが違う!」
それを見たアカネは部下を止めようとするが、その時には既に手遅れであった。
さて、勢い良く飛び出したのはいいものの、アカネ隊長が叫んでいた意味をイブキはすぐに思い知る。
「何なんだこいつは……!? 付け入る隙が全く無い!」
そう、敵機の動きが鍛え上げられた刀のように鋭くなったのだ。
照準内へ捉えても抜群の加速力で逃げられ、逆に反撃のチャンスを与えてしまう。
先ほどまではアヤネルが自分の機体に振り回されていたが、今は彼女が人機一体の力でイブキを翻弄していたのである。
「良いぞ、アヤネル! お前が完全にペースを握っている! そのままフィナーレを決めろ!」
「イブキ、ここが正念場だ! 私も援護に――チッ、そっちも2機掛かりで向かってくるか!」
「私もいるわよ! ゲイル隊は三つの心を一つにして戦うんだから!」
ゲイル隊とアカネが激しいドッグファイトを繰り広げる中、アヤネルとイブキの戦いもクライマックスを迎えていた。
「ここからは私のターンだ! 一発だけで落としてやるよ!」
アヤネルがスロットルペダルを踏み抜くと、オーディールは殺人的な加速力で夜空を翔け上がる。
遥か下方から蒼い光線が飛んで来るが、そんなものに当たるほどヘタクソではない。
「(レールランチャーのセーフティ……解除! 6発装填されているとはいえ、無駄撃ちをするつもりは無い!)」
レールランチャー――。
G-BOOSTER装備状態でのみ運用可能な、MFサイズにまで小型軽量化された電磁投射砲である。
オーディールに採用されている「EC-X718 ライデン」は評価試験中だったが、「MFが扱える最強の実体弾射撃武器」「大気圏内でも火力の期待値が変動しない」ということで急遽実戦投入が決まったのだ。
唯一準備が間に合った、とても貴重な1基をアヤネル機が装備しているのは、彼女がオーディール乗りの中で最も高い射撃命中率を誇っているからであった。
評価試験用なので運用上の制約は少なくないものの、攻撃力に関しては実戦可能なレベルに届いているらしい。
「(そ、速度が違いすぎる! 光線銃の射程じゃ全く届かない!)」
急上昇していく蒼いMFを撃ち落とそうとするイブキだったが、ルナサリアン標準の光線銃ではあっという間に射程外となってしまう。
彼女が見上げる先に浮かぶのは……蒼く輝く月。
全てのルナサリアンの故郷である月を背景に、一機のモビルフォーミュラが夜空を舞っていた。
「(反転して再攻撃を仕掛けるつもりか!)」
月に対して武器を向けるのは大変無礼な行為だが、今はそれを気にしている場合では無い。
次に敵機が仕掛けてくるタイミングに備え、イブキは操縦桿の引き金へ指を掛けるのだった。
どこまでも翔けて行きたくなる、とても綺麗な夜空。
眼前には星の海への入り口が広がっている。
アイドルのままだったら決して見ることの無かった光景だ。
「(月を背負っての精密射撃……フッ、悪くないね)」
ある程度の高度まで上昇したところでアヤネルは機体をクルリと反転させ、レールランチャーのレティクルへ小さな敵影を捉える。
レールランチャーには誘導性がほとんど無いため、発射前に照準をしっかり合わせなければならない。
僅かな補正は機体側で行ってくれるが、あまり期待はできないだろう。
「(照準は完璧……! 狙い撃つぞ!)」
機体と同じリモネシウム・コバヤシウム合金製の砲身に蒼い電流が奔る。
「ゲイル3、ファイアッ!」
大気を切り裂くような轟音が空を震わせる。
アヤネルが操縦桿のトリガーを引いた直後、イブキのツクヨミ指揮官仕様は文字通り跡形も無く砕け散っていた。
「(話には聞いていたが、ここまで強力だとはな……)」
レールランチャーの凄まじい火力を目の当たりにし、思わず操縦桿から手を放してしまうアヤネル。
元々は軍艦や要塞といった頑丈な目標を破壊するために開発された武装であり、サキモリ相手には過剰な攻撃力を持っていた。
事実、直撃弾を受けたツクヨミ指揮官仕様は被弾した瞬間粉々にされ、火災を起こす暇すら無かったのだ。
……もちろん、搭乗者の生存は絶望的である。
「(G-FREEにレールランチャー――RMRめ、とんでもない機体を作りやがって)」
従来の量産型MFとは比べ物にならない、圧倒的なポテンシャルを持つオーディール。
人間が制御可能な領域を超えつつある「モンスターマシン」に対し、アヤネルは不安を抱かずにはいられなかった。
【サンリゼ市】
オリエント連邦最東端の山間部に位置する、真夏のバカンス期間以外は閑静な地方都市。
例年7~8月には有名な避暑地として世界各地の富裕層が訪れるほか、F1グランプリもこの時期に市郊外のサーキットで開催されている。
ちなみに、前作「スターライガ」ではスターライガチームの初陣となった土地でもある。




