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【BOG-4】武人見参(前編)

2132/03/21

15:55(UTC+1)

Monza,Italy

Operation Name:PARABOLICA

 モンツァはイタリア・ロンバルディア州にある商工業の盛んな都市。

ランブロ川やモンツァ公園といった豊かな自然に恵まれているが、世界的にはF1イタリアグランプリの開催地であるモンツァ・サーキットで有名だ。

しかし、宇宙からやって来たルナサリアンによってイタリアは国土の約半分を占領され、サーキットも仮設飛行場へと変貌してしまった。

―今回セシル率いるゲイル隊に与えられた任務は「敵基地の無力化」である。


 オリエント国防海軍第8艦隊は当初の予定通り第17高機動水雷戦隊と軽空母1隻を北部方面へ向かわせ、それ以外の艦艇はローマ近郊の最終防衛ラインに展開している。

敵の勢力圏には全領域情報収集艦「エニグマ」やイタリア空軍の電子戦機「トーネードECRⅡ」が持つジャミング能力で忍び込み、迎撃に警戒しつつ戦域へと近付いていた。

「艦長、イタリア空軍機から入電です。ええと……『金髪の美人艦長さん、我々が付いていけるのはここまでだ。作戦が上手くいったら希少なカベルネで一杯やろうぜ』だそうです」

アドミラル・エイトケンのオペレーターであるエミール・カザマ少尉が呆れたようにメルト艦長へ報告する。

「『電子支援ありがとう。でも、うちの艦長はカベルネよりシャルドネ派なの』って返信しといて」

「はぁ……了解しました」

「それが終わったらフライトデッキへ準備ができ次第すぐに艦載機を発艦させるよう伝えなさい」

本作戦の指揮を任されたメルトは戦闘指揮所(CIC)の各種モニターと睨めっこしており、イタリア人のジョークに付き合っている暇は無い。

「(勢力圏の奥地まで踏み込んだわりには迎撃の意思が見えづらいわね……敵の司令官はどんな戦略を用意しているの?)」

ここまで一度も敵戦力と遭遇していないのは単なる偶然か、それとも敵の術中に嵌められたのか。

不審に思いながらもメルトはブリッジにいる副艦長と通信を交わすのだった。


「軽空母1隻分の航空戦力が心強い援軍か」

「まあ、そう言うな。『3機のMFと水雷戦隊の艦砲射撃だけで基地を潰せ』と言われるよりは遥かにマシだ」

自軍戦力に不満を述べるアヤネルをセシルが隊長らしく窘めた。

ゲイル隊のオーディールMはスレイ機とアヤネル機が対地特化、セシル機のみ対地・対空兵装混載となっている。

第17高機動水雷戦隊の指揮下に入っている全領域軽空母「ロナ」の航空部隊がモンツァへ先行しており、彼女らの働き次第では対地兵装が不要になると判断したからだ。

また、洋上迷彩に近い塗装を採用するオーディールMでの対地攻撃はリスクが高いというのもある。

……実際のところ、格闘戦を得意とするセシルが重たい対地兵装を好んでいないだけだが。


「基地の所々から煙が上がっているわ。でも、対空砲火と迎撃機はあまりやる気が無いみたい」

敵基地の姿を確認したスレイは不思議そうに首を傾げる。

既に基地周辺の制空権は地球側が掌握しているのだが、敵の迎撃態勢がやけに鈍いのである。

実際に出撃している迎撃機や対空兵器の数が事前情報よりも少なくさえ見えるのだ。

「スレイ、このままだと私たちが着く前に焼け野原になっているかもな」

「ここって元々サーキットだったんでしょ? ルナサリアンも酷いことをするよねえ」

「お前たち、お喋りはそこまでだ。御自慢の対地兵装をばら撒く準備でもしておけ」

緊張感が足りない部下たちを咎めつつ、セシルも自機の武装の安全装置を解除する。

これで操縦桿のトリガーやボタンを操作すれば即座に火器を使用できるようになった。

「各機、対地攻撃に気を取られすぎて上から食われないようにしろ。それが分かったら……交戦を許可する」

「了解! ゲイル2、交戦(エンゲージ)!」

「ゲイル3、交戦」

手近な目標へ向かって加速していくスレイとアヤネルのオーディール。

「(対地攻撃はあまり好きじゃないがな……)ゲイル1、交戦!」

先走る僚機を追い掛けるようにセシルもスロットルペダルを踏み込むのだった。


 航空部隊が敵基地への空襲を開始した頃、アドミラル・エイトケンのCICは慌ただしい空気に包まれていた。

「クソッ! ……あ、ごめんなさいね」

らしくない言葉で激昂するメルトの姿に驚いたブリッジクルーが一斉に振り向く。

CICへ降りて来ていた副艦長のシギノ・アオバ少佐だけは全く動じていなかったが。

「どうした、艦長」

「ヴェネツィアとローマ周辺に敵増援が出現だってさ……どうやら、こちらの戦略は相手に筒抜けだったみたいね」

首を横に振りながら悔しさを滲ませるメルト。

通信内容によるとローマへ戦力を割くため守りが手薄になっていたヴェネツィアは瞬く間に占領され、肝心のローマも敵増援の猛攻で戦線が崩れ始めているらしい。

そう、迎撃機の数がやけに少なかったのは「主戦場」たるローマ方面へ戦力を抽出したからに他ならない。

「エミール! 本隊からの指示は無いのか!?」

「ダメですッ! 混線してるみたいで……通信ができません!」

「通信回線の復旧を優先しろ! ……艦長、我々も後退して本隊との合流を試みるべきだ」

シギノの言う通り、敵の作戦目的が判明した以上モンツァに長居する必要性は薄くなった。

ローマにどれだけの戦力が殺到しているか分からないが、このままでは防衛線が崩壊するのも時間の問題だろう。

「私もそう思うわ。展開中の全ての航空部隊を一度帰艦させましょう」

「待ってください! 攻撃中の基地から通信文が届いています!」

エミールに呼び止められたメルトはオペレーター席へ向かい、モニターに表示されている通信文に目を通す。


 内容は「貴艦の航空隊を墜とし、我々は栄誉を得る」―。


「貴艦」がどの艦を指しているのか不明だが、仮にアドミラル・エイトケンだとしたら……。

「セシル……!」

大画面モニターに映し出される広域レーダーをメルトは心配そうに見つめていた。


 激しい空襲のさなか、1機の全領域戦闘機がホームストレートをコンクリート舗装化した臨時滑走路へと進入する。

「ユキヒメ様……ご武運をお祈りします!」

サーキットの施設を流用した管制塔では最後まで残った兵士たちがユキヒメの機体へ手を振っていた。

「よし、お前たちはこの基地を脱出しヴェネツィアの友軍と合流しろ。雑兵を追い払う役目は私が務める。無事に辿り着くんだ……お前たちの指揮権を持っている以上、簡単には死なさんぞ」

そう言うとユキヒメは通信回線をシャットアウトし、操縦席の中で深呼吸をする。

「(私は月の民を戦争へ駆り立てたアキヅキ・オリヒメの妹だ。ならば、兵たちを一人でも多く生き長らえさせることが贖罪になるかもしれん)」

無論、ユキヒメもこんな辺境で命を投げ捨てるほど愚かな女ではない。

彼女は野蛮人の習性を利用した「秘策」を基地に仕掛けているのだ。

「(発動機の回転数を上げるのが億劫だな。ツクヨミが間に合っていればこんなことには―)」

その時、離陸準備中のこちらを狙う1機のMFと目が合った。

「(野蛮人が……! 戦い方がいちいち汚い!)」

離陸したくても即座に上がれない状況に唇を噛むユキヒメ。

「ユキヒメ様をやらせるわけにはいかない!」

「お前……!?」

敵機のレーザーライフルが光を撃った次の瞬間、1機のツクヨミがユキヒメのヤタガラス改を庇うように斜線へ割って入る。

援護防御を買って出たツクヨミは直撃を受け爆散してしまったが、死に際に繰り出した一撃が敵のMFのコックピットを貫いていた。


「(名を知らぬほど末端のエイシだったが……お前の勇気、決して無駄ではなかったぞ!)」

発動機がようやく本調子になったのを確認し、ユキヒメはエンジン出力を調整する「出力制御桿」を前へ押して機体を加速させる。

そして、ほんの少し浮き上がる感覚が伝わってきたところで丁寧に操縦桿を引く。

ピーキーな調整が施されているユキヒメ専用ヤタガラス改は乱暴に扱うと姿勢を崩しやすいからだ。

大地を離れた鋼鉄の鳥は降着装置を引き込み、モンツァの空を翔け抜ける。

「(見せてもらおうか……地球の『エースドライバー』の実力とやらを!)」

ユキヒメの視線の先には編隊飛行をしている3機の蒼いMFの姿があった。

エイシ

ルナサリアン(月の民)におけるサキモリの搭乗員を指す。

地球側でいう「(MFの)ドライバー」とほぼ同じ意味合いである。

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