【BOG-48】純白の飛竜(前編)
周辺の基地から離陸してきたアメリカ空軍及びカナダ空軍の航空部隊と合流し、ゲイル隊以下オリエント国防空軍遊撃隊は北上中の『ドラゴン』を引き続き追い掛ける。
「アメリカ軍の奴ら……ついにMF部隊を最前線へ持って来たか」
友軍部隊の機種――ホークスワース・FM-10A ピーコックを確認したリリスが驚くのも無理はない。
なぜならば、アメリカ空軍の戦闘ドクトリンにおいてMFはあまり重要視されていないからだ。
むしろ、戦闘・攻撃・偵察とあらゆる任務にMFを投入したがるオリエント国防空軍が異端とも言える。
欧米諸国や日本は戦闘行動半径が比較的短いMFを「拠点防衛及び特殊作戦用の局地戦機」と位置付けているため、航空戦力の主役は固定翼機から変わっていない。
一方、世界で初めてMFを実用化したオリエント連邦は小さな機動兵器に無限の可能性を見い出し、「MF同士の戦い」が起きた場合に備えて技術開発を進めてきた。
異星人のオーバーテクノロジーがもたらされてから約1世紀――それらに適応したMFは今もなお進化を続けているように見える。
「聞こえてるぜ、ブフェーラ1。ウチのお偉いさんたちもようやくMFの重要性に気付いたらしい。ったく、変な意地張って戦闘機に拘るから、ルナサリアンのMFにボコボコにされるんだよ」
「これからの時代はMFだ。『ドラゴン』を仕留めることでそれを証明してやろう」
アメリカ空軍におけるMF部隊は閑職扱いだったのか、重要な作戦へ動員された彼らの士気は極めて高い。
MF乗りとしての道を選んだ以上、自分たちの存在意義をその戦いぶりを以って証明したいのだろう。
「ハハッ、そういう前向きなところはアメリカ人の長所だね。よし、小さなハエでドラゴンを倒せるか……やってみる価値はあるぞ」
笑いながらアメリカ軍人たちの話に混じるリリス。
部下を喪った悲しみを彼女は乗り越えたのか……それとも、無理に明るく振舞っているのか。
真相は親友のセシルでさえ分からなかった。
「ポラリスより遊撃隊全機、レーダーで『ドラゴン』らしき巨大な機影を捕捉した! 高度制限を解除する――作戦開始! 可及的速やかに敵護衛戦力を排除せよ!」
AWACSから交戦許可が下りた数分後、遊撃隊のドライバーたちも敵超兵器の姿を目視確認する。
ここにいる面々は前回の「ドラゴン」撃墜作戦には参加していないため、実物を見るのはこれが初めてであった。
「ゲイル2より全機へ、作戦目標を視認した!」
「デカい……! なんて大きさだ!」
驚いているのはスレイやアヤネルだけではない。
全長320m・全幅532m・全高100mという純白の巨竜が悠々と飛ぶ姿を受け入れられる地球人など、少なくともこの戦場にはいなかったのだ。
「まるでファンタジー小説の騎士になった気分だ」
「ああ、まさかドラゴン退治をするハメになるとはな」
「仕留めれば王様から報酬が出るかもしれん。やってやろうじゃないか」
アメリカ軍やカナダ軍のドライバーたちも似たような反応を示していた。
あまりにも現実離れした超兵器を目の当たりにし、誰もがフィクションの世界へ迷い込んだかのような錯覚を抱く。
だが、これが現実。
綿密に計画された設計を持つ月生まれの「ドラゴン」は、確かに地球の空を飛んでいたのである。
「艦長! 6時方向より接近する敵航空部隊を捕捉しました!」
戦闘指揮所へ息を切らしながら滑り込む副長。
MF部隊のレーダーに超兵器の機影が映った頃、それよりも遥かに強力な電探を搭載するドラゴン――正式名称「ヤマタオロチ」のほうも当然敵部隊を捉えていた。
「やはり来たか……敵戦力の内容は?」
「モビルフォーミュラと思わしき航空戦力が40機。おそらく、少数精鋭による奇襲攻撃が目的と考えられます」
その報告を聞いたヤマタオロチ艦長は少し考える。
小回りに優れ電探による捕捉も困難な、モビルフォーミュラの持ち味を活かした夜間奇襲攻撃――地球人にしては悪くない作戦だ。
しかし、戦闘機や爆撃機を大量投入してもヤマタオロチの堅い守りを突破できなかったのに、たった40機のモビルフォーミュラで本当に勝てると思っているのだろうか。
……いや、ハッキリ言ってこれが本命だとは考えにくい。
敵は何か秘策を持っており、それに自信があるから再戦を仕掛けてきたのかもしれない。
「これが敵の総力とは思えんが……とにかく、『オンリョウ』とサキモリ部隊を発艦させろ。電波妨害装置の作動もだ。工業地帯への爆撃まで耐えればいい」
「了解、すぐに全部署へ通達します!」
第一種戦闘配置へ移行し、急に慌ただしくなるヤマタオロチの戦闘指揮所。
「(さて……今度は力押しではないだろう、地球人?)」
外していた軍帽を被り、艦長も臨戦態勢へと気持ちを切り替えるのだった。
「……!」
ヤマタオロチの動きに最初に気付いたのは、本作戦よりブフェーラ隊3番機として戦うヴァイルであった。
「ブフェーラ3より1へ、敵超兵器から増援が出現!」
「報告にあった『ゴースト』か?」
それ以外の可能性はあまり考えられないが、念のために新たな部下へ聞き返すリリス。
「ええ、無人のパラサイト・ファイターです――いや、待って!」
ヴァイルが驚いた理由はすぐに分かった。
レーダーに無人戦闘機よりも小さい機影――サキモリの姿が映ったからだろう。
無人機についてはブリーフィングでかなり触れられていたが、サキモリに関してはノータッチだったのだ。
「どうした!?」
「隊長、胴体側面を見て! あそこから有人機が発進しています!」
ローゼルの報告を聞いたリリスはヤマタオロチの胴体部分を確認してみる。
……確かに、機体の後方部側面から小さな機動兵器が次々と射出されている。
また、広大な主翼の裏面へ回り込むと、無人戦闘機を収めるためと思わしき窪みが見えた。
どうやら、この超兵器は巨大戦略爆撃機にして航空機運用母艦でもあるらしい。
「くッ……ブフェーラ1より各機、孤立しないよう連携して戦え! 物量では相手のほうが上だ!」
「ブフェーラ2、了解」
「ブフェーラ3、了解!」
敵機はざっと数えただけでも自分たちの倍以上――少なくとも80機程度はいるだろう。
僚機の状況を気に掛けつつ、包囲攻撃を受けないよう自分の周りにも注意しなければならない。
四方八方から撃たれて蜂の巣にされるのだけはゴメンだ。
「行くぞ、まずは護衛機を叩き落とす!」
互いの位置関係を確認し、リリス率いるブフェーラ隊は「ゴースト」の群れへ攻撃を仕掛けるのであった。
ヤマタオロチの作戦目標はあくまでも「工業地帯への爆撃による生産施設破壊」であり、極論すれば自らの生還や敵航空戦力の撃墜は含まれていない。
とはいえ、黙って袋叩きにされるほどルナサリアンは辛抱強い性格ではなかった。
「ハヅキ隊、準備が整い次第発艦せよ。『蒼い悪魔』を止められるのは君たちだけだ」
「こちら赤1、私はいつでも行ける。赤2はどうだ?」
肩部装甲を赤く縁取ったツクヨミ指揮官仕様が少しだけ前進し、発艦位置に機体を固定する。
赤1のコールサインを持つエイシの名はハヅキ・アカネ。
ルナサリアンの精鋭エイシの一人にして、サキモリ部隊の最小単位である2機編隊の研究者だ。
もちろん、彼女が率いる赤部隊も2機1組で作戦行動を取るようになっている。
「赤2より赤1へ、問題ありません」
赤部隊の2番機を務めるのはハツヅキ・イブキ。
新兵時代からアカネと組んできた、彼女と完璧に歩調を合わせられる唯一のエイシである。
「よし、周囲の作業員を退かしてくれ! 赤1、出るぞ!」
作業員の退避を確認したアカネはスロットルペダルを踏み込み、固定解除と同時に素早く加速できるよう準備を整える。
発艦直後は基本的に速度が遅く、敵にとっては格好の攻撃チャンスだからだ。
「6番及び7番射出口の固定解除! 私が整備した機体だ……必ず帰って来い!」
整備班長の指示と同時にハヅキ隊の機体から固定具が外され、2機のツクヨミ指揮官仕様は勢いよく夜空へ飛び立つのだった。
出撃後すぐに戦闘態勢へ移ったハヅキ隊は、手近なところを飛ぶカナダ空軍のMF部隊へと襲い掛かる。
「8時方向から2機のMFが急速接近! 速すぎる!」
「こっちは4機だ。数的優位を活かすぞ」
単純な戦力比なら確かに有利かもしれない。
だが、MF部隊の隊長はハヅキ隊の実力を甘く見過ぎていた。
「ダメだ、避け切れな――!」
反撃のための方向転換中に接近を許した結果、正確無比なヘッドオン射撃で1機撃墜されたのだ。
2機のMF――ツクヨミ指揮官仕様はお手本のような一撃離脱戦法で距離を取り、そこから反転して再攻撃を試みる。
「もう一度仕掛けてくるつもりか。各機、ギリギリまで引きつけてから撃て!」
「クソッ、レーダーがおかしい! 敵にジャミングされている!」
必中を狙えるタイミングで攻撃するというのは良い判断だが、彼我の実力差が大きすぎる状況では逆効果になる可能性も高い。
また、突然のレーダーシステム異常もMF部隊に対する逆風となっていた。
「当たれ! 当たれッ! ……く、来るなぁッ!」
僚機のドライバーたちは隊長の指示に従い、アサルトライフルの最低射程付近まで誘き寄せたところで攻撃を仕掛ける。
しかし、敵機は驚異的な反応速度と運動性で冷静に回避し、いつの間にか抜刀していた光刃刀でカナダ空軍のCRM-200 スパイラルを真っ二つに切り裂いていく。
「ば……バケモノか……!?」
この後、戦慄する隊長機も容易く撃墜されたことは言うまでも無い。
戦場では平静さを欠いた者から死んでいくのだ。
アカネ率いる赤部隊が猛威を振るい始めた頃、ゲイル隊は夜空を覆い尽くすほどの「ゴースト」をひたすら落とし続けていた。
3人で既に結構な数を撃墜しているはずだが、減っているようには見えない。
というより、ヤマタオロチのジャミングのせいでレーダーが機能低下を起こしており、周囲の敵味方の位置関係すら把握し辛いのだ。
「敵無人戦闘機は確実に減っているぞ。全機、その調子だ」
まあ、自分たちよりも強力なレーダーで監視するポラリスがこう言っているので、敵戦力は確かに減少しているのだろう。
「ん……? 隊長、敵機の動きが急に変わらなかったか?」
その時、敵機に違和感を抱いたアヤネルから通信が入る。
ドッグファイト中にマニューバの変化を見抜けるようになったあたり、彼女は開戦時よりも随分と成長している。
……いや、この瞬間でさえ進化を続けているのかもしれない。
「ああ、護るべき親鳥から離れ始めたな。どういうことだ……?」
セシルが追い掛けていた「ゴースト」もある時を境に突然行動パターンを変更し、まるでヤマタオロチから一定の距離を置くような挙動を取り始めたのだ。
護衛機が護衛対象から離れなければならない状況――まさか!
「警告、警告! 『ドラゴン』の周囲に高エネルギー反応を確認! 全機、すぐに敵超兵器から離れろッ!」
ポラリスの緊迫した指示のおかげで全てが繋がった。
それを悟ったセシルはすぐにスレイたちへ反転を指示し、敵機が集中しているエリアまで後退する。
バリアを展開するために有人機を使い捨てるとは思えないので、敵機の集まるところが「セーフティゾーン」だと彼女は判断したのだ。
「クソッ、鉄壁のバリアフィールドを張るつもりだ! 巻き込まれたらバラバラにされるぞ!」
普通のバリアフィールドはレーザー攻撃を軽減ないし無効化できる程度であり、エネルギーを一点集中させるビームや実体兵器には効果が無い。
生身の人間でもすり抜けられるというのは有名なトリビアだ。
ところが、ビームや実体兵器まで弾くとなると話は変わる。
あまりに高出力なバリアフィールドは例えるならば「光の壁」であり、物理的に突破することは実質不可能となる。
大量のエネルギーが流れている壁へ触れた時、どんな結末を迎えるかは想像に容易い。
――運が良くて真っ黒焦げ、下手すればチリ一つ残さず消滅だろう。
ポラリスやセシルが離れろ離れろと言っていたのは、そういう理由があったからだ。
「オーディールのビームシールドの巨大版か……ぶつかった時のことは考えたくないな」
一度は「バリアの内側に突撃しよう」と提案するつもりだったアヤネルだが、リスクの大きさから諦めざるを得なかった。
ビームシールドも「エネルギーの塊」という点では全く同じであり、それに起因する事故を開発中に起こしたことがある。
違いと言えば「純粋な高出力化による範囲拡大」か「展開範囲の限定による疑似的な高出力化」でしかない。
ちなみに、ビームシールド自体は地球製の対レーザー用バリアフィールド「プリズムフィールド」から派生した技術だ。
かつて異星人がもたらしたバリア技術を、地球人が独自に発展させたビームシールド。
それと原理的に限り無く近い――というよりほぼ同一であるルナサリアンのバリアフィールド。
ファーストコンタクトを経験したばかりの2つの文明が、なぜ同系統の技術を持っているのか?
その答えを人々が知るのは、もっとずっと後の時代の話である。
「『ドラゴン』の周りに虹色の光が……あれ、プリズムフィールドと同じ色よ」
ヤマタオロチのバリアフィールドを間近で見たスレイが声を上げる。
プリズムフィールドは虹のような色相を持つ、不思議な性質から名付けられたのだが、ルナサリアンのバリアフィールドも全く同じ色合いをしていた。
虹色のバリアフィールドは約30秒という早業で球体状に展開され、純白の巨竜を完全に包み込む。
残念ながら、MFの火力ではこの鉄壁のディフェンスを突破することは叶わない。
しかし、打つ手は有る。
これから援軍として現れる先遣隊――その高火力を以ってバリアフィールドを撃ち破るのだ。
「バリアを張られたか。ゲイル各機、敵機を減らすことに集中するぞ。先遣隊到着までに排除し切れている状態がベストだ」
超兵器のバリアフィールド展開を見届けた後、セシルは敵航空戦力の相手を僚機へ指示する。
先遣隊が攻撃を行う際の射線を確保し、できる限りクリーンな状態で攻撃を叩き込ませるためだ。
敵機が残っていると身を呈した援護防御で防がれる可能性があり、その分だけ火力の期待値が低下してしまう。
――そして何より、ルナサリアンの中にはゲイル隊との戦いを望むエースがいるらしい。
「(挑みかかる者は拒まない。誰が相手だろうと私は打ち勝ってみせる)」
エースの相手はエースが務める――。
それはドライバーとエイシ、オリエント人と月の民に共通する流儀であった。
【ホークスワース】
アメリカ・アイオワ州デモインに本社を置く同国初の純粋なMFメーカー。
かつては航空機の部品なども開発していたが、現在はMF事業に一本化されている。




