【BOG-43】混迷の空(後編)
「ねえ……様子がおかしいわ! アメリカ軍機が互いに攻撃し合ってる!」
戦場の異様な空気を察したスレイが声を上げる。
HIS上で青いボックスに囲まれている友軍機が、別の友軍機の後方から機関砲を撃っていたのだ。
IFF(敵味方識別装置)が正常に機能している場合、味方として登録されている物を攻撃するのは不可能なはずだが……。
「何だこれは? どういうことだ!」
「こちらプロキオン1。AWACS、状況を知らせろ!」
フェルナンド率いるプロキオン隊は母艦で待機する予定だったが、ブフェーラ隊が出撃できなくなったことで急遽ピンチヒッターを務めている。
「ポラリスよりオリエント軍の全機に告ぐ! 我が軍の中にルナサリアンへと内通する裏切り者がいた!」
「何ですって!?」
AWACSの衝撃的なカミングアウトに驚きを隠せないローゼル。
ホワイトウォーターUSAとルナサリアンが水面下で繋がっていることは公然の秘密だが、そのスキャンダルにアメリカ軍が一枚噛んでいる可能性も浮上してきたのだ。
「アメリカ野郎め、侵略者に尻尾を振りやがって!」
「クソッ、そいつらから情報が漏洩していたのか!」
戦争の裏側を垣間見てしまい、ざわつき始めるオリエント国防空軍の面々。
だが、仲間割れの現場を目の当たりにしながら動じない者もいた。
「裏切り者とはいえ、同胞殺しはあまり好ましくない――だから、アメリカ軍にとっては部外者である我々にヤらせるというワケか」
「……新たな識別情報を送る。ゲイル1、『地球の裏切り者』を全て始末せよ。生きて帰すな、コックピットを狙っても構わん」
レーダー上に映る青い光点が赤色へと変化し、同時に友軍機を攻撃する「敵」がロックオンできるようになる。
同僚たちが少なからず戸惑いを見せる中、ゲイル1――セシルだけは躊躇う事無く攻撃態勢へ移行していた。
「ケツにつかれた! ……クソッ、懲罰部隊の分際で腕だけはいい奴らめ!」
「フンッ、戦闘機のコックピットのほうが独房よりもマシだからな!」
ゲイル隊の近くでは空軍州兵のF/A-18Eと懲罰部隊のF-16Cがドッグファイトを繰り広げている。
古き良きジェットファイター同士の空中戦はなかなかの見応えだが、このままでは空軍州兵側が落とされてしまうだろう。
「(裏切り者は6機――これだけの数でよく仲間割れを起こせたものだ。いや……WUSAの連中も同じ穴の狢だとすれば、実質的な敵戦力はもっと多いかもしれん)」
レーダーディスプレイを確認しながら冷静に状況分析を行うセシル。
普通に考えれば物量も機体性能も勝る正規部隊にボコられそうなものだが、彼らは懲罰部隊からいいように弄ばれていた。
「……俺は降りさせてもらう」
その時、ゲイル隊の左隣を飛んでいたプロキオン隊が南西へと針路を変える。
「仲間を売ったクソ野郎どもとはいえ、乗っているのはオンボロ飛行機じゃないか。スコアの足しにもならねえよ」
フェルナンドはこう言っているものの、おそらくは「元友軍機の処理」という汚れ仕事を嫌がっているだけであろう。
そんなの、誰だってイヤに決まっているが……誰かがやらねば空軍州兵の連中が死ぬことになる。
「……ゲイル1より全機、血生臭い汚れ仕事は私がやる。損傷を受けている機体は後退、残りはWUSAのチンピラどもを片付けろ」
「こちらポラリス。ゲイル1、勝手に指示を出すな。ここはアメリカ合衆国の空だ」
セシルがいつもの感覚で指示を出したところ、AWACSに叱られてしまった。
とはいえ、素直に「はい」と言えるほど彼女もいい子ではない。
「だが、厄介な裏切り者さえ消してくれればいい――本音はそうだろう?」
しばしの沈黙の後、ポラリスは呆れたようにこう告げる。
「――お前が汚れ仕事を引き受けたいのなら、好きにするがいい。全機、ゲイル1の指示は覚えているな? 彼女以外の機体はWUSAの敵航空戦力を迎撃し、これを撃墜せよ」
ポラリスから正式に指示が下されたことで、各隊は行動を開始。
プロキオン隊を先頭とするオリエント国防空軍の航空部隊が南西へ向かう中、ゲイル隊はその場に留まり正規部隊の援護を始めるのだった。
MFと戦闘機の相性についてだが、低速域でのドッグファイトは前者、高速域でのヒット&アウェイなら後者のほうが一般的には有利とされている。
ただし、最新鋭の可変型MFと100年落ちのロートル機であれば話は別だ。
22世紀の技術で設計されたオーディールはあらゆる面で20世紀のジェットファイターを凌駕しており、少なくとも機体性能で負けることは無い。
「捉えた! ゲイル1、ファイア!」
正規部隊のF-16Vを追い掛けるF-16Cの背後へ忍び寄ると、セシルは何の躊躇いも無く攻撃を仕掛けた。
彼女のオーディールから放たれた蒼い光線は敵機の左主翼を溶断し、翼をもがれた敵機は制御困難な錐揉み状態へと陥る。
「主翼をやられた! ダメだ、操縦できない!」
あのF-16Cは放っておいてもいずれ墜ちるだろう。
だが、思い出してほしい。
ポラリスは「裏切り者は生きて帰すな」と言っていたはずだ。
仮に敵機が射出座席を使用した場合、ベイルアウトしたパイロットがどこかへ逃げる可能性がある。
……命令を確実に果たすため、彼にはここで死んでもらわなければならない。
HIS上のボタンを操作し、愛機オーディールMを人型のノーマル形態へと変形させるセシル。
「ゲイル2と3は散開して他の敵機を始末しろ!」
「こちらゲイル2、了解! ローゼル、ここは二手に分かれて相手をしよう」
「ゲイル3、了解。私は一番遠い味方機の援護に入りますわ!」
スレイとローゼルの機体が散開するのを確認しつつ、セシルはスロットルペダルを踏み込み敵機との間合いを一気に詰める。
コックピットだけを潰すのならビームソードを直接突き立てるのが確実だ。
敵機の未来位置を予測しながら自機を動かし、交錯する瞬間に一撃を叩き込む。
「(悪く思うなよ。バカは死ななきゃ治らないってことだ)」
F-16Cのコックピットに座るパイロットと目が合った。
その瞬間、セシルのオーディールは光の刃を突き出しながら吶喊。
黒煙を吐きながら飛ぶ敵機の機首を素早く切り裂き、即座に離脱する。
コックピットを失ったF-16Cは垂直に近い急降下へ移行した末、そのままモニュメント・バレーの大地に砕け散るのだった。
その頃、散開したローゼルは懲罰部隊のF-15Dに対し攻撃を仕掛けていた。
「(イーグル……私たちの世代から見れば、古代兵器その物ね)」
大気圏内でしか使えないジェットエンジンを懸命にぶん回し、22世紀生まれの現代兵器を振り切ろうと頑張るF-15D。
21世紀半ばまでは確かに一線級の実力を持つ戦闘機だったが、本物の全領域戦闘機や無人戦闘機、そして「究極のドッグファイター」たるモビルフォーミュラが航空戦の主役となり、大気圏内用戦闘機の時代はついに終焉を迎える。
……それでもなお、懲罰部隊送りとなった「老いぼれ鷲」は必死に空を飛んでいた。
「ゲイル3、ファイア! ファイア!」
HIS上のレティクルと敵機が重なる瞬間、ローゼルは操縦桿の機関砲発射ボタンを押し込む。
MFの固定式機関砲は小口径ではあるが、ロートル機の装甲なら簡単に撃ち抜けるほどの火力を有している。
もちろん、比較的タフなF-15でも掃射をもろに浴びたら一溜まりもないだろう。
「クソッ! 俺をやったのは誰だ!?」
「バヨネットの機体が燃えているぞ! やったのは蒼いMF――ゲイルの連中だ!」
「トドメを刺すつもりか! バヨネット、早く脱出しろ!」
懲罰部隊のリーダー格――バヨネットが駆るF-15Dは直撃弾で燃料タンクを貫かれており、機体の後ろ半分は真っ赤な炎に包まれていた。
「バカ野郎! お嬢ちゃん部隊にナメられてたまるか!」
ちっぽけなプライドからベイルアウトを拒み、彼は戦闘を継続する。
「……メカニックの連中、俺をハメやがったな。射出座席に細工をしやがって」
いや、バヨネットは単に意地を張ったワケではない。
囚人兵になった時点でベイルアウトの権利すら奪われていたのだ。
「何ですって……! 懲罰部隊とはいえ、そこまでやるというの!?」
無線の混線でたまたまバヨネットの独り言が聞こえてしまい、啞然とするローゼル。
「聞こえていたのか、ゲイルの嬢ちゃん。これがアメリカ空軍第666飛行隊――通称レモン隊の末路さ」
そして、ショックに震える彼女の声も相手へ届いていたのだ。
「同胞を撃つという業に手を染めた結果がこれだ……ハハッ、笑えるじゃねえか」
自らの最期を嘲笑うバヨネット。
彼のF-15Dは「FIRE BREAKOUT(火災発生)」という警告音声を繰り返している。
「援軍はすぐに到着する! もうすぐなんだ!」
「諦めるな、バヨネット! 頑張るんだ、バヨネット!」
懲罰部隊のパイロットたちが必死に励ましているが、彼らにできることはそれぐらいしかなかった。
「おせぇんだよ……もうここまで火が回ってやがる」
火災は機体の前半分――コックピット付近まで到達し、内部の様子を視認することは叶わない。
中にいるパイロットの最期はおそらく……。
「ゲイルの嬢ちゃん、俺たちの……アメリカ軍が懲罰部隊を有していることを公表してくれ!」
「ポラリスよりゲイル3、奴の戯言を聞くな! 奴はお前を誑かそうとしているだけだ!」
「うっせぇや! 参謀本部の犬は黙ってろッ!」
通信回線へ割り込んできたAWACSを一喝するバヨネット。
彼の指摘が図星だったのか、ポラリスは何も言い返さない。
こうしている間にもF-15Dの火災は激しさを増していく。
「嬢ちゃんたちが上級将校になる頃には……戦争なんてもんが無くなっていることを願う……」
その時、大きな爆発と共に鋼鉄の鳥が真っ赤な炎へ包まれる。
「……それじゃ、またな……レモンども――」
通信が不快な音で途切れた直後、バヨネットのF-15Dが空中で爆発四散。
「バヨネット! 応答しろ!」
「ダメだ……完全に消滅した……」
彼が飛んでいた場所――生きていた証は何一つ残っていなかった。
「懲罰部隊隊長機の撃墜を確認。よくやった、ゲイル3」
ポラリスの淡々とした報告だけが戦場に響き渡る。
「クソッ……人類初の月面移住者になるって言ってたのに……!」
「……バヨネットを殺したのはゲイルの女だ! 奴を地獄へ叩き落としてやる!」
レモン隊の面々の悲しみは怒りへと変わり、憎しみの炎はバヨネット機を撃墜した張本人――ローゼルに向けられた。
「ベルリナー、FOX2! FOX2!」
「グラーフ、FOX3!」
懲罰部隊の残存機から放たれた空対空ミサイルが、僅かに反応の遅れた蒼いMFへ襲い掛かる。
「ッ……! 外れて!」
戦闘機以上の運動性を誇るオーディールとはいえ、回避運動の出だしが遅いと話は別だ。
いくつかのミサイルは角度が悪いおかげでかわせたものの、残りのヤツがしつこく喰らいついてくる。
ローゼルは各種防御兵装と複雑な三次元機動を駆使し、回避を試みるが……。
「2人掛かりで狙ってくるとは、なんて破廉恥な連中なの!」
ストーカー気質なミサイルを振り切ったのも束の間、今度はF-16CとF/A-18Cのジェットファイターたちに絡まれてしまう。
「怯えてやがるぜ、このMF……!」
蒼いMFの背後を取り、舌なめずりしながら機関砲発射ボタンに指を掛けるグラーフ。
「……ッ! グラーフ、ミサイル! ブレイク! ブレイク!」
攻撃行動へ移ろうとした時、警告音とベルリナーの声がミサイル接近を否応なしに突き付ける。
だが、目の前の獲物に夢中だったグラーフの反応は少し遅かったらしい。
「振り切れねえ! ベルリナー、援護を――!」
遠距離から飛来してきたミサイルが見事に直撃し、抵抗空しくグラーフのF/A-18Cは文字通り爆散する。
ベイルアウトする猶予は……無かっただろう。
「まさか……俺一人!? WUSAもルナサリアンも……どっちでもいい! 援軍を!」
別の場所で戦っていた2機は既に死んでおり、懲罰部隊の生き残りはベルリナーだけとなっていた。
「囚人どもはもうお終いだ。ゲイル隊、フィニッシュに取り掛かれ」
淡々とした声でトドメを指すように命じるポラリス。
「ゲイル2、あと1機だ! お前が仕留めろ!」
「了解、これでラスト!」
スレイ機から放たれたミサイルが最後の囚人を追い詰め、エンジンノズルへと狙いを定める。
22世紀の基準で作られたミサイルを20世紀生まれの戦闘機が振り切れるはずも無く、直撃弾を受けた機体は一瞬で火の玉と化す。
「F*****! ゲイル――め――!」
ベルリナーが呪詛にも近い断末魔を残した直後、バラバラに空中分解していくF-16C。
パイロットのベイルアウトは……いや、あれでは助からないだろう。
「プロキオン1よりポラリス、こっちはWUSAの連中を片付けたぜ」
「了解、戦闘空域の敵影が全て消滅したことを確認。よくやった、これで俺たちの仕事はひとまず終了だ」
ゲイル隊が裏切り者の処理をしている間、プロキオン隊など別の部隊はWUSAの航空戦力と交戦し、圧倒的な実力差を以ってこれを撃退していた。
「ま、逃げ帰ったところでスターライガに迎撃されるだろうけどね」
「ざまあみろ、WUSAのバカ野郎め!」
予想外のアクシデントはあったが、それを払い除けモニュメント・バレーの制空権を完全に確保した。
あとはスターライガがWUSAを壊滅させ、アメリカ空軍の本隊が「ドラゴン」を墜とせば三面作戦は終わる。
扱い易い手駒と強力な超兵器を失えば、さすがのルナサリアンも弱体化を強いられるだろう。
北アメリカ大陸から侵略者を追い出し、家のベッドで休みたいという思いは皆同じであった。
寒冷な雪国生まれのオリエント人にとって、アメリカ南西部の暖かな気候はむしろ身に堪えるのだ。
「助かったぜ、ゲイル隊。この借りはいつか返してやるよ」
ゲイル隊の迅速な対応もあり、空軍州兵側の損害は24機中3機で済んだ。
撃墜された機体はオリエント国防空軍が駆け付ける前にやられていたので、ゲイル隊が守れなかった味方機は実質ゼロということになる。
「帰ったらお偉いさんに獅子身中の虫を潰すよう進言してくれ。友軍の中に裏切り者がいると思うと、落ち着いて戦えないからな」
「悪いな、ゲイル1。ウチの基地司令は石頭のバカ野郎なんだ。その代わり、奴に比べたら話のデキる副司令へ相談してみよう」
空軍州兵の部隊に別れを告げ、セシルたちは味方部隊の集合を待つ。
エドモントン解放作戦では数多くの戦友を喪ったが、今回はみんな一緒に帰れそうだ。
「……待て、レーダーに新たな所属不明機を捕捉。機数は――何だこれは!?」
しかし、そうは問屋が卸さないらしい。
ポラリスの動揺がパイロットやドライバーたちの不安を掻き立てる。
「ゲイル3より1へ、こちらでもアンノウンを捕捉しました……嘘でしょ、これが全て航空機なの?」
「30……いや、ざっと数えただけでも40以上は確かだ。北東からということはルナサリアンの増援か!」
HIS上のレーダーディスプレイに映った大量の機影を目の当たりにし、思わず呆気に取られるセシルたち。
少なくとも、こちらの戦力と同等かそれ以上の数の航空機が向かって来ている。
「チッ……全機、戦闘態勢へ戻れ! 状況次第ではアンノウンと戦うことになるぞ!」
「おいおい、勘弁してくれよ!」
「ここは内陸部だぞ! なんで敵機がそんなに湧いて来るんだ?」
帰路に就こうとしていた部隊を引き留め、未知なる敵の迎撃を命じるポラリス。
もはや大勢は決したというのに、なぜ今更になって現れるのか……。
その答えをセシルたちは身を以って味わうハメになる。
【FOX2】
アメリカ軍及び日本軍における符丁。
AIM-160 サイドワインダーⅡや118式空対空誘導弾といった赤外線誘導ミサイル発射時に使用される。
【FOX3】
こちらもアメリカ軍及び日本軍における符丁。
AIM-120X スーパーアムラームなどアクティブ方式の電波誘導ミサイル発射時に使用される。




