【BOG-42】混迷の空(前編)
2132/05/21
14:00(UTC-7)
Monument Valley,United States of America
Operation Name:LASTRESORT
「まさか、グランド・キャニオンの近くで大規模な空戦をやるハメになるとはな」
「ポラリスより全機、針路をそのまま維持せよ。間も無く作戦空域へ到達する」
アメリカ空軍は実戦に堪え得る部隊を片っ端から掻き集め、ホワイトウォーターUSAとの決戦及び「ドラゴン」撃墜作戦の双方へ投入した。
超兵器潜水艦ナキサワメに対する奇襲作戦が大失敗に終わった教訓から、今回はかなりの大戦力を「ドラゴン」に差し向けている。
SF-15EやF-22Cといった主力戦闘機による肉薄攻撃に加え、巡航ミサイルを搭載できるステルス爆撃機「B-2B スピリット」及び「B-21 レイダー」も総攻撃へ参加する。
大空を埋め尽くすほどの航空戦力だ。
いくら超兵器とはいえ、これだけの一斉攻撃を食らえば一溜まりもないだろう。
一方、対WUSA戦には旧型機である「F-16V ファイティング・ファルコン」や「F/A-18E スーパーホーネット」「F-22A ラプター」などを運用する空軍州兵の部隊と――これはアメリカ軍パイロットによる噂だが、員数外の懲罰部隊も「数合わせ」として投入されているらしい。
……いくら相手がプライベーターとはいえ、軍紀もクソも無い連中を連れて来て大丈夫なのだろうか。
「来たぜ、アレが『懲罰部隊』とやらじゃねえのか」
「随分と古いタイプの機体に乗ってやがる。今にも空中分解しそうだ」
4機のF-16Vで構成された部隊の後方へ6機編隊が就く。
定数外の編制で組まれているのも気になるが、それ以上に注目すべきは機体のラインナップだ。
具体的にはF-15Dが1機、F-16Cが3機、F/A-18CとDが1機ずつと全くもって統一性が無い。
しかも、モスボール状態から引っ張り出してきたかのような汚れ具合を見る限り、パイロットよりも遥かに年上のロートル機だろう。
これらの機体の退役は2020年代後半――第1次フロリア戦役前後だと聞いている。
つまり、懲罰部隊は100年以上昔の骨董品に乗せられているのだ。
「(所詮は懲罰部隊か。編隊飛行の技量はイマイチなようだな)」
連携が取れているようには見えない懲罰部隊を心配するF-16Vのパイロットたち。
その時、会敵前にもかかわらずコックピット内に警告音が鳴り響く。
「レーダー照射!? 敵はまだいないぞ!」
「嘘を言え! 探知距離はこっちのほうが上のはずだ!」
計器盤のレーダースクリーンを確認する。
少なくとも、F-16Vの機上レーダーで探知できる範囲に敵機影は無い。
――ということは、まさか……!
「あんたに恨みは無いんだがな、空軍州兵の隊長さん。俺たち『囚人』の保身のため……お前らの首を『月の姫様』への手土産とする」
月の姫様――彼女が何者であるかは言うまでも無いだろう。
そう、軍のやり方に不満を抱く懲罰部隊の連中は祖国を裏切り、WUSAという仲介人を経てルナサリアンへの鞍替えを図っていたのである。
「囚人ども、何をやっている!? それは味方部隊だ! 独房の中で目まで腐ったのか!」
異常事態に気付いたポラリスが声を荒げているが、懲罰部隊からのレーダー照射は収まらない。
「野郎ども、躊躇うな。トリガーは迷わずに引くものだ」
「ポラリスよりレモン隊、攻撃を中止せよ! さもなければ撃墜も辞さない!」
レモン隊――。
アメリカ英語におけるレモンは「無価値なヤツ」といったスラングを持っている。
正規部隊から見れば「捨て駒」の囚人どもにはお似合いの名前だ。
「レモン各機、果汁をばら撒いてやれッ!」
次の瞬間、懲罰部隊の戦闘機は何の躊躇いも無く機関砲弾や空対空ミサイルを放つ。
精鋭部隊に比べると練度が劣る空軍州兵のパイロットたちは、「味方機」の裏切りに全く対応できなかった。
「チクショウッ! どうして、俺――!?」
「被弾した! ベイルアウトする!」
突然の奇襲攻撃に為す術無く墜ちていくF-16Vたち。
もちろん、裏切り者に対する反撃へ転じようとするが……。
「ポラリス、IFF(敵味方識別装置)を更新してくれ! このままじゃ一方的に嬲り殺される!」
戦場での敵味方識別を可能とするIFF。
だが、現代戦に必要不可欠な技術がこの状況では足枷になっていた。
識別情報を更新しない限り、空軍州兵側は懲罰部隊に対しレーダー照射さえできないのだ。
「ダメだ、すぐに更新することはできない! 今はとにかく持ちこたえるんだ!」
「どれだけ逃げればいい!?」
「分からん! 新たな識別情報ができるまでは回避に専念しろ!」
反撃したいのはやまやまだが、同士討ちのリスクを考慮すると今は逃げに徹するしかない。
やりたい放題の懲罰部隊に一方的に追い詰められる正規部隊。
そして、更なるバッドニュースが彼らを絶望へと引きずり込む。
「ポラリスより全機、悪い知らせだ。こちらへ接近する多数の敵機影を確認した。マズいぞ、このままでは串刺しにされてしまう」
前には敵、後ろには裏切り者。
援軍を要請しようにもアメリカ軍の本命はあくまでも「『ドラゴン』撃墜」であり、HQが戦力を割いてくれるとは考えにくい。
「(くッ……こういう時に『あいつら』がいてくれたならば……!)」
何かと共闘する機会の多い「あいつら」は、機材の損失により出撃できないと噂になっている。
無いものねだりをしても仕方がない。
歯がゆい思いをしながらポラリスは識別情報の更新を急ぐのだった。
ゲイル隊の諸君、「ラストリゾート作戦」の内容については先日コーデリア大佐から説明されたと思うが、出撃前に貴隊の任務の再確認を行う。
スターライガとの度重なる戦闘で消耗したホワイトウォーターUSAはグランド・キャニオン国立公園――そう、あの世界的に有名な観光地の峡谷内へ籠城し、文字通り「玉砕」するまで戦うつもりらしい。
虫の息とはいえWUSAは徹底抗戦可能な規模の戦力を残しており、その中には国立公園内の空港を拠点とする航空部隊の存在も確認されている。
彼らの大半は峡谷上空に展開しているが、北東のモニュメント・バレーへ向かった部隊もいるようだ。
おそらく、当該空域で作戦行動中のアメリカ空軍州兵を迎撃するためであろう。
貴隊の任務は簡単だ。
戦闘空域のアメリカ空軍機と合流し、グランド・キャニオン周辺の制空権確保に協力せよ。
空中管制はAWACS「ポラリス」が担当しているが、現在同機との通信が不可能となっている。
状況不明瞭のため、細心の注意を払いながら戦闘空域へ向かえ。
なお、先の戦闘で機体を失ったアヤネル・イルーム中尉は予備機の調整が間に合わなかったため、本作戦には参加できない。
その代わり、補充人員の機種転換で同じく出撃できないブフェーラ隊から、ローゼル・デュラン中尉を一時的に合流させる。
普段とは異なるメンバーだが……セシル中佐、貴官の指揮能力ならば問題無く戦えるはずだ。
繰り返すが、戦闘空域の状況はAWACSとの連絡が取れないため不明瞭である。
敵戦力は強大ではないものの、慢心すること無く作戦に臨め。
今日のゲイル隊はいつもと様子が違う。
同隊はオーディールM型を運用する部隊だが、今日の3番機はM型ではないオーディールに搭乗しているからだ。
「こちらTACネーム『プリンセス』。これより『ゲイル3』として『ブレイヴ』の指揮下に入る」
オリエント国防空軍は全ての実働部隊にコールサインが割り振られているため、軍規により通信ではそちらを使用することが多い。
ただし、複雑な名前も珍しくないオリエント人の事情を考慮し、「MF乗りとしてのソウルネーム」程度の意味合いでTACネームの併用も認められている。
「プリンセス(PRINCESS)」はローゼル、「ブレイヴ(BRAVE)」はセシルのTACネームだ。
もちろん、スレイも「メイジ(MAGE)」という立派なTACネームを持っている。
エース格の実力者にもなると、経歴とTACネームに因んだ異名を付けられることも珍しくない。
「セシル姉さま、今は貴女の僚機です。いつでもご命令を」
指揮下へ入ったことを示すため、セシルに対し機体を振って見せるローゼル。
「こちらゲイル1、了解。私はリリスのヤツよりも突っ走りがちだから、子どもの頃みたいにしっかりついて来るんだぞ」
「任せてください、『隊長』。貴女の背中は必ずお守りします」
彼女たちが実戦で編隊を組むのは今回が初めてだが、少なくともアヤネルの穴を埋められるだけの連携は取れている。
WUSAのチンピラども相手なら十分すぎるレベルだろう。
「……姉さま姉さまって、本当にセシル中佐と仲が良いのね」
一方、蚊帳の外に置かれているスレイはコックピット内で口を尖らせていた。
別にローゼルと組むのが嫌というワケではないが……。
「ええ、あなたよりも遥かに長い付き合いですわ」
「ちぇっ……ま、私の足を引っ張るのはいいけど、隊長の手を煩わせるのは勘弁してよ」
「肝に銘じておきます。私はあくまでも『代役』ですもの」
やはり、この二人は仲良くケンカするのが性に合っているようだ。
生真面目なセシルもそこは諦観しているらしく、戦闘空域へ到着するまでは好きに喋らせていた。
逆に言えば、戦闘状態へ入る時はこいつらを黙らせなければならない。
「ゲイル1より各機、FCS(火器管制システム)をオールグリーンにしろ。即席チームの戦いを見せてやろうじゃないか」
FCSのオールグリーン――これで全武装を使用できるようになる。
すなわち、いつでも攻撃行動へ移れるようにしておけという意味だ。
「ゲイル2、了解!」
「ブフェ……じゃなくて、ゲイル3了解!」
即席チームは綺麗なデルタ隊形を維持したまま戦場へ突入。
だが、彼女らが見たのは混迷を極める空であった。
【レーダースクリーン】
レーダーディスプレイと呼ぶのはオリエント圏のみである。
オリエント語では「スクリーン(大型画面)」と「ディスプレイ(小型画面)」でニュアンスが異なるためとされる。




