表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/400

【BOG-3】戦火の中の休息

 オデッサ陥落をよそに黒海を抜けたオリエント国防海軍第8艦隊はボスポラス海峡、ダーダネルス海峡を通過してエーゲ海方面へ離脱。

ギリシャの港湾都市ピレウスで補給を受けた後、地中海方面への航行を再開している。

全領域艦は陸上を飛行しても技術的には何ら問題無いのだが、それ以外の大人の事情により洋上航行のほうが主流なのだ。


「なるほど……最前線の噂は聞いていましたが、やはりヨーロッパ方面は相当厳しいみたいですね」

アドミラル・エイトケンの艦長席に座る金髪の女性士官―メルト・ベックス少佐はHIS表示装置に投影された勢力図を見ながら唸っている。

彼女は第8艦隊所属の全艦長によるテレビ会議に参加しており、今回のオデッサ防衛戦に関する報告を艦隊司令官サビーヌ・ネーレイス中将など他の艦長へ行っていた。

艦長たちが見ているであろう勢力図はルナサリアンの占領下に置かれている地域を赤、それ以外を青で色分けしているが、パッと見て分かるほど西ヨーロッパは真っ赤に染まっている。

ワルシャワ-ブダペスト-ローマを線で繋いだ辺りから西側はほぼ全てルナサリアンの手に落ち、それ以降の東側もオデッサを始め所々に赤い染みが生まれていた。


「うむ、特にローマでは首都防衛を懸けてイタリア軍が必至の抵抗を続けているというが、戦線を押し返すのは難しいだろう。ルナサリアンがイタリア占領に本腰を入れてなさそうのは幸いだが……」

そう言うとサビーヌはイタリア半島の部分を拡大表示させる。

緒戦で波状攻撃を受けたイタリアは瞬く間に国土の北半分を制圧され、ローマ以南に残された軍事力で何とか抵抗している状況だ。

だが、追い詰められつつある彼らがいつまで猛攻に耐えられるかは分からない。

仮に首都ローマが陥落したら防衛線はあっと言う間に崩壊し、戦線を立て直せないままイタリアは敗北を迎えることになるだろう。

イタリアの後方に控えているバルカン半島の国々がルナサリアンの侵攻を食い止められるとは思えず、東ヨーロッパを押さえられロシア本土まで攻め込まれるのが最悪のシナリオである。

宣戦布告前に宇宙で行われた戦い以降、ルナサリアンがオリエント連邦の存在を警戒しているのは明白であり、いずれ仕掛けてくるであろう直接対決が本土決戦になるのは避けたいところだ。


「上層部……いや、レティ元帥は決断された。今朝、我々第8艦隊に対し『イタリア軍と共同でローマを防衛せよ』との通達があった」

「元帥が直接ですか……!?」

レティ元帥―レティ・シルバーストンは30年前の「バイオロイド事件」から更に昇進を重ね、現在は陸海空軍全てとスペースコロニー防衛部隊を指揮できる最高司令官にまで成り上がった。

オリエント国防軍において元帥が直接命令を行うことは「緊急事態」とされている。

つまり、多くの将官たちと同じくレティもまたローマ防衛を重要視しているのだろう。

現場の指揮官に近い思考をできるのが彼女の人気の秘訣である。

「理由は教えてもらえなかったが、レティ元帥はメルト少佐の可能性を高く評価している。そこでだ、君が率いる第17高機動水雷戦隊を先遣隊としてイタリアへ向かわせたいのだが……」

テレビ会議の内容はいつの間にか次の作戦のブリーフィングへと変わっていた。


 艦長会議の終了後、メルトは作戦内容を通達するためセシルを艦長室へ呼び出していた。

……というのは表向きの理由で、本当は黙々と働いていることが多いセシルとお喋りしたいからである。

「確かに……西ヨーロッパに敵勢力がいる状況で追撃されるのは良くないな」

もっとも、真面目な性格の彼女がメルトの乙女心を理解しているかは定かではないが。

ちなみに、セシルとメルトは所属こそ違えど同階級且つ大学では同級生だったため、二人きりの時は友達感覚で話していることが多い。

「実際にローマへ展開するのは第8艦隊の主力艦隊で、私の水雷戦隊は―」

「本隊に先行して敵を叩け―だろ? 快速の水雷戦隊にやらせる事といえば偵察、奇襲、攪乱、護衛の4つぐらいだ」

言いたい事を先に言われたメルトは色白な頬を不満げに膨らませる。

残念ながら童顔な彼女が行っても可愛らしさが増すだけであり、威嚇効果は見込めない。

「むぅ……分かってるなら話が早いからいいけど。それはさておき、イタリア軍の偵察によるとルナサリアンの前線基地はこれらしいわ」

そう言いながら彼女は北イタリアの地図と一枚の空撮写真を取り出し、テーブルの上に並べた。


「見た感じは飛行場のようだが……ん? こいつは違うな? すまない、少しPCを貸してくれ」

何か思い立ったかのようにセシルはデスクの上にある艦長用ラップトップコンピュータへ向かい、検索エンジンの画像検索へ「monza circuit」と入力した。

出てくるのはレースゲームのコース図や自動車レースの写真ばかり―と思いきや、手元の空撮写真とほとんど同じアングルの画像もチラホラ引っ掛かる。

「そういうことか……どうやら、ルナサリアンはサーキットを軍事施設か何かと勘違いして占領したみたいだな」

「確かに、ハイウェイを代替滑走路として使う事例は山ほど有るけどねえ……」

メルトは「そんな間違いある?」といった感じの表情でセシルを見つめた。

それに対する彼女の答えは……質問である。

「メルト、モンツァ以外にルナサリアンが拠点を置いている可能性が高い地域は分かるか?」

「いえ、情報筋では大きな軍事拠点はそこだけみたいよ」

「ふむ、やはりルナサリアンにとってイタリアはそこまで重要な場所ではないのだろう。こう言ってしまうとイタリア人を怒らせそうだがな」

自身の発言とはいえ思うところがあったのか、セシルは肩をすくめる。

「『私たちはごく短期間で国を落とせるぞ』っていうデモンストレーションかもしれないわね。彼女らにとってヨーロッパ侵略は小手調べで、本当の目的は日本やアメリカ―そして私たちの国に対する脅しだと思うの」


 2週間ほど前にアフリカ大陸へ降下してきたルナサリアンは瞬く間に西ヨーロッパ戦線の主導権を握り、数日前からは東南アジアにも大艦隊を派遣し日本軍と戦いを繰り広げている。

だが、彼女らが攻め落としたのは軍事大国とは言い難い国ばかりだ。

日本は本国と太平洋の戦力を温存しているし、ロシアやオリエント連邦も総力戦になるほどの衝突には至っていない。

アメリカも全面戦争へ臨むか否かに対し慎重な姿勢を示している。

ルナサリアンの綿密に計画された先制攻撃が地球側へ大きな衝撃を与えたのは事実だが、彼女らの母星はあくまでも月であることを忘れてはならない。

月の大きさは地球の4分の1にすぎず、しかも表面に広がっているのは荒れ果てた大地である。

いくら豊富なエネルギー資源が地下に眠っているとはいえ、自然豊かな星の4大国を同時に相手取るだけの力がルナサリアンにあるのだろうか?

……彼女らでさえ確信を持てないからこそ、緒戦で見せた「コロニー落とし」のような攻撃は最終手段とし、可能ならば全面戦争以外の方法で敵を屈服させようと考えているのかもしれない。

宣戦布告の際にルナサリアンの指導者アキヅキ・オリヒメは「我々月の民と野蛮人の言う『ホモ・ステッラ・トランスウォランス』は本来同じ民族であり、共通の先祖を持つ」と述べていた。

もし、彼女の言葉が地球侵攻の大義名分ではなく真実だとしたら……。


「……ここだけの話なんだけどね。あ、今から話す事は最高機密だから誰にも言いふらさないでよ?」

メルトの顔が引き締まった表情へと変わる。

バーでカクテルを飲みながら交わすようなレベルの会話とはワケが違う、とても重要な内容であることは間違い無い。

「安心しろ、口は堅いほうだと自負している」

「じつはね……軍の上層部って一枚岩じゃなくてさ。ルナサリアンの指導者さんの言葉を信じて和平交渉に臨もうっていう勢力もいるのよ」

それを聞いたセシルは思わず眉をひそめる。

「おいおい、笑えないジョークだな。宣戦布告と同時に攻撃してきたのはいいとしてだ。建造中だったとはいえスペースコロニーを地球へ落とした連中など私は許せん」

コロニー落としの惨状を思い出した彼女の握り拳は怒りに震えていた。


 宣戦布告からわずか1時間後、ヨーロッパ各国が共同建造していたスペースコロニー「ユーロステーション」がルナサリアンの手で大質量兵器へ変えられ、南米大陸のブラジル高原に巨大なクレーターを穿った。

落下地点は住民がほとんどいない奥地であったが、巻き上げられた微粒子が農業地帯を襲ったことで南米大陸の経済へ致命的な大打撃を与えただけでなく、太陽光の遮断が動植物にも悪影響を及ぼしている。

あろうことかルナサリアンはその混乱に乗じて南米大陸への侵攻を開始し、カリブ海の制海権を確保した。

噂では資源採掘のため現地住民を過酷な肉体労働へ駆り立てているという。

そして今、ルナサリアンは占領したオデッサで同じことをしているのだ。

……異星人を野蛮人だと一方的に決め付け、奴隷の如くこき使う連中と和平交渉?


 そんなもの、どうせ決裂するに決まっている!


「気持ちはよく分かるわ。だけど、相手も私たちと同じ人間なのよ。万に一つでも可能性が存在するのなら、やってみる価値はあると思うの」

セシルの不満げな表情を見たメルトは優しく諭す。

抜群のプロポーションやおっとりとした声質のせいで並んでいるとメルトのほうが姉のように見える。

「……そうだな。まあ、日本やアメリカがその意図を理解しているといいのだが」

そう言い残すとセシルはテーブルの上に広げられた資料を抱え、一礼したのち艦長室から退室していく。

「(はぁ……私たちはフロリア星人とのファーストコンタクトから何一つ学んでいなかったのかしら)」

部屋に一人残ったメルトは(ぬる)くなった紅茶を混ぜながらため息をつくのだった。


 時を同じくしてここはルナサリアンのモンツァ前線基地。

セシルの予想通り、彼女らは訝しみながらもモンツァ・サーキットを「地球人の軍事施設」と判断し制圧、特徴的なロングストレートを突貫工事でコンクリート製滑走路へ改修していたのだ。

ルナサリアンが「自動車レース」という文化を持っていないが故に起きてしまった出来事である。

「―そうか、やはり野蛮人どもはローマ方面に戦力を集中させているのだな」

将官と思わしき一人の女性は整備中の機体を眺めながら副官の報告に耳を傾ける。


 彼女の名はアキヅキ・ユキヒメ。


ルナサリアンの軍事を司る「軍事武門」の最高司令官にして指導者オリヒメの妹である。

地球侵攻作戦を指揮するユキヒメは自ら蒼い惑星へ降り立ち、今日はたまたまモンツァの視察に来ていたのだった。

「ええ、ですが気になる情報もあります」

「ふむ……」

「ローマへ集結している敵戦力の中に先日のオデッサ戦でヨミヅキ隊へ損害を与えた部隊の母艦がいるようです」

仮説格納庫の前を歩いていたユキヒメの足が止まる。

ルナサリアンのサキモリ部隊で最強と言われるヨミヅキ隊が被害を受けたニュースは地球上の兵士のみならず、本国や地球人側にも広がっていた。

ちなみに、ヨミヅキ隊はオデッサで最低限の補給及び修理を済ませた後、イタリア侵攻部隊への合流を目指している途中である。


「スズランの戦歴に初の黒星を付けた奴……しかも野蛮人お得意の汚い戦いではなく、正々堂々とした決闘だったのだろう? フッ、できることなら自ら出陣して手合わせしたいものだ」

未だ慣れない青空を見上げながらユキヒメはそっと微笑む。

幼い頃から月の伝統武術「カグヤ」を学んできた彼女はその実用性を確かめたいと考え、姉の言う事も聞かずに地球降下部隊の陣頭指揮を執っているのだ。

「出陣って……ユキヒメ様のツクヨミはまだ地球へ届いていませんよ」

ツクヨミには一般兵仕様と装備が異なる2種類の指揮官仕様の計3種類が存在するが、特に高い操縦技量を誇るユキヒメとスズランは専用に調整された特別仕様機を持っている。

だが、ユキヒメ専用機は要望が多いせいで調整が遅れており、今も本国の技術者たちが必死に作業を行っているのである。

「私が何に乗ってここへ来たのか忘れたのか?」

そう言いながらユキヒメは後ろを振り返り、牽引されている1機の全領域戦闘機を指し示す。

「サキモリは鞘に収められた刀であり、安易に振りかざす物ではない。小手調べなどアレで十分だ」

他人に頼るのを嫌うユキヒメは移動も自ら乗り物を操縦してこなすことが多い。

無論、彼女を護る近衛兵は苦労することになるが。

今回もルナサリアンの主力全領域戦闘機「アメハヅチ・キ-32 ヤタガラス改」の個人専用機で前線基地を置くジブラルタルから飛んで来たのだ。


「私の心配などしないで良い。それよりも……例の作戦の状況はどうだ?」

先ほどまでのある程度肩の力を抜いた状態から一転、ユキヒメは表情を引き締め副官へ「例の作戦」の確認を行う。

「はっ! 『ジェノヴァの風は吹いているか?』とのことです」

それを聞いた彼女はこう告げるのだった。

「よろしい、ならば『ローマの休日は水浸し』と返信しろ」


 イタリア映画のようなこの言葉、一体何を意味しているのだろうか……?

バイオロイド事件

前作「スターライガ」で描かれた戦いのこと。

詳しく知りたい方は同作を読んでください。


ホモ・ステッラ・トランスウォランス

オリエント連邦など俗に「オリエント圏」と呼ばれる国々を中心に分布しているヒトの学名。

セシルやメルトといったオリエント人は生物学的にはホモ・サピエンス・サピエンスと異なる種である。

200年近い寿命と非常に緩やかな老化、女性が極端に多い性別比と雌雄同体に近い構造が種の特徴とされる。


カグヤ

ルナサリアン(月の民)の伝統武術。

剣術や白兵戦に関する記述が多いが、兵站の重要性や戦いへの心構えにも触れられていることから軍事武門では必須科目とされている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ