【TLH-109】最終決戦Ⅻ:罪と罰
オリヒメが赤裸々と語ってくれたのは、優秀な妹と比較され続けた屈辱的な青春時代。
そして……その結果として犯してしまった取り返しのつかない大罪。
「……俺は聖職者じゃない。罪の告白をされても困るな」
暫しの沈黙の末、ライガは淡々と感想を述べる。
「お前も色々と思い悩んだ末の結論だったのだろう。それが正しいのか否かを決める術を俺は持たない」
無論、彼としても冷酷な言葉で突き放すことは本意ではない。
オリヒメの過去に対する深入りした議論は避け、この話題については穏便な返答で茶を濁す。
「だが……お前は侵略戦争を始めた。それに関しては間違った選択であったと断言できる」
ただし、戦争責任だけは曖昧にしておくわけにはいかない。
これに関しては自分の意見をハッキリと述べるライガ。
この場にはいない地球人の同胞たちも恐らく同意見のはずだ。
「たとえ、戦争が何かしらの利益をもたらすとしても――だ。その利益を得るために人命や資源を消費することは認められない」
そもそも、本当に何のメリットも得られないのならば誰も戦争などしない。
領土拡大、資源や捕虜の獲得、傭兵や武器商人のビジネス、実戦的な技術開発、独裁者の自己満足、国民の不満を逸らすためのガス抜き――。
目的があるから人類は様々なカタチで争い続けてきた。
ある者は武器を持って戦場に立ち、またある者はスポーツという別の戦争に身を投じた。
競い合うことで互いを高めていくのは人間の本質かもしれない。
しかし、全てを滅ぼすリスクの方が大きい"進化"をライガは否定する。
「お前が戦争を起こしてまで何が欲しかったのかは知らないがな」
そのうえで彼はオリヒメに問い質す。
大罪を背負ってでもお前が手に入れたかったモノは何だったのか――と。
「……私は……自分の存在価値を示すための……確固たる結果が欲しかったのかもしれない」
人生で一度限りの青春時代、どんなに不仲でも血の繋がりは確かにあった両親、力尽くで手に入れた権力と国民からの信頼――。
大切なはずの全てを引き換えにする覚悟でオリヒメが欲したのは、彼女自身の存在価値。
「前人未到の偉業を成し遂げれば、もう誰も私のことを見下さないから……」
ライラックと出会ったオリヒメが考えた"前人未到の偉業"――それこそが地球侵略だった。
あの蒼い惑星を完全に手中に収めた者は未だ誰一人としていない。
かつて地球人が初めて接触した異星人は最初から武力侵攻を目的としていたが、彼らの闘争心と軍事力を以ってしても支配率は地球全体の約85%が限界であったという。
「やはりか……そんな承認欲求のために俺たちの星を踏み荒らしたのか!」
その戦いで侵略者へ果敢に立ち向かった人物――現オリエント国防軍総司令官レティ・シルバーストンを母親に持つライガの怒りは当然だ。
イノセンス能力で薄々気付いていたとはいえ、いざ野望を公言されるとあまり気分が良いものではない。
しかし、一人の女のエゴイズムが事態をここまで深刻化させることになるとは……。
「ええ、あなたの言う通りよ! この戦争は私の一存で始めたもの! よって全ての戦争責任は私にある!」
自分が抱えてきた悩みを"そんな承認欲求"と切り捨てられたオリヒメはついに開き直る。
別に同情してほしかったわけではないが、まるで自分が小さい人間のように見下されている気がして少し腹が立った。
もし、彼女が本当に小物ならば全ての戦争責任を背負う覚悟を示せるだろうか?
「母なる星を蹂躙されたことに対する怒り、嘆き、悔やみ――そして憎しみは私にぶつければよかったものを!」
いや……オリヒメは小物と呼ぶにはあまりにも高潔であった。
現在進行形で祖国を焼かれている月の民として彼女は訴える。
地球人は怒りの矛先の向け方を間違っている――と。
「あなたたち地球人はやり過ぎた……どの国も戦災で疲弊しているにもかかわらず、報復攻撃のためだけになけなしの戦力で我が国へ送り込み、無差別爆撃で都市を焼き払うのを見過ごすことはできない」
武力侵攻を受ければ誰だって抵抗ぐらいはする。
本当ならルナサリアンの地球降下作戦を退けたところで休戦協定を結び、戦後復興にリソースを注ぐべきだった。
だが、地球の列強諸国はルナサリアンの優れた技術や月に埋蔵された豊富な資源を欲しており、それを手に入れることで戦後世界の主導権を握るべくルナサリアン本国への逆侵攻を開始した。
オリヒメが指摘している通り、地球側のルナサリアン本土攻略作戦は明らかに報復と略奪が目的であった。
緒戦でルナサリアンが犯した戦争犯罪と同じことをやり返してやろうというわけだ。
「ここをどこだと思っているの!? 私の――私たちの星なのよッ!」
これ以上の会話は不要とばかりに背部から4基の試製立体機動攻撃端末を射出するオリヒメのイザナミ決。
「くそッ! 少なくとも俺たちは無差別攻撃などしていない! 文句があるならヤンキー共に直接言いやがれ!」
不意打ち的に放たれるオールレンジ攻撃をサイドステップとバックステップで全てかわしつつ、ライガは"同じ列強諸国でも自分たちオリエント人とそれ以外を一緒にするな"と主張する。
ヤンキー――アメリカ軍のごく一部が月面都市の市街地に対し無差別攻撃を行ったという証拠は既に挙がっている。
地球には"勝てば官軍"という少々理不尽な言葉があるが、戦争が終われば彼らの非道には必ずや裁きが下されるだろう。
もし、勝利者たちが自らの罪を揉み消そうとした時は……。
「あなたを倒してからそうさせてもらうッ!」
「そう簡単に殺れるとは思わないことだ!」
自分に対する罰と勝利を求めるオリヒメの欲深い攻撃のわずかな隙間を見極め、彼女が苦手とする間合いへ機体を捻じ込ませるライガのパルトナ・メガミ。
「懐に飛び込みさえすれば! ここまで近付けば四方からの攻撃は無理だな!」
実際のところ彼もそこまで接近戦に強いわけではないが、この場面で重要なのは厄介なオールレンジ攻撃を封じることだ。
自機に対する誤射のリスクを考慮した場合、射線の制約が大きい至近距離では使えないというのが一般論である。
さもなければ敵機を狙っているうちに射線上に入ってしまい、自分自身を撃ってしまうことになりかねなかった。
「あなただけを撃ち抜くまで!」
しかし、今のオリヒメはリスクを背負うことを躊躇わない。
彼女は端末たちを制御しながら白と蒼のMFを誘い込むと、自機が格闘攻撃を繰り出しつつ端末からもレーザーを一斉発射。
相手に回避運動の選択肢を与えない状態で強引な命中弾を狙う。
「チッ……自滅覚悟での攻撃だと!? 正気の沙汰じゃねえ!」
卓越した操縦技量で挟撃を凌ぎ切ったライガは左頬を押さえながら悪態を吐く。
攻撃自体は全て回避してみせたものの、背後からコックピット付近を掠めたレーザーにより彼は軽い火傷を負ったのかもしれない。
とはいえ、この程度の負傷はMFドライバーならば常に想定しておくべきリスクだ。
痛みを感じられるうちはまだまだ戦える。
「正気で格上の相手を倒せるものか!」
一方、自滅覚悟の博打が不発に終わりながらもオリヒメは戦い方を切り替えない。
彼我の実力差を考慮すると"正攻法では勝てない"という彼女の判断は正しかった。
「あなたはここで討つ! この命に代えてでもッ!」
この対戦カードにおける数少ないアドバンテージであるオールレンジ攻撃を駆使しつつ、オリヒメのイザナミは右肩の接近戦用補助肢(フレキシブルアーム)を展開。
相手が端末たちに気を取られている間に素早く距離を詰め、先端部から出力される光刃刀によるリーチ延伸を活かしてゴリ押しを狙う。
「やぁぁぁぁぁぁッ!」
「そうかい……そんなに死に急ぐ気かよ!」
オリヒメの気合が込められた攻撃は速度・威力共に申し分無かった。
だが、常に死角から隙を窺ってくる端末たちに苦労しながらもライガのパルトナは防御態勢を取り、表面がボロボロになりつつある実体シールドで蒼い光の刃を受け止める。
「人は死という名の滅びに向かって進み続ける存在! 終末が避けられぬ運命ならば、私は私自身の命の炎によって輝き続け、最期はあなたと共に燃え尽きてやる!」
徐々に一回当たりの稼働時間が短くなっている端末たちをバックパックに戻し、補助肢だけでなく機体の四肢による徒手空拳も織り交ぜた格闘攻撃で押し込んでいくオリヒメ。
そこには自分を捨てて戦おうとする者の覚悟があった。
「星は燃え尽きない! お前という人間は嫌いじゃないが、罪の意識から来る破滅願望にまでは付き合ってやれないな!」
それに対してライガは白と紫のサキモリの猛攻を柔軟な動きで受け流すと、一瞬の隙を突き実体シールド先端部のクローで敵機の右腕を取り押さえる。
彼はこの世界に絶望などしていなかった。
パルトナ・メガミとイザナミ決――。
純粋なパワーで勝るのは間違い無く後者だが、前者を駆るライガは効率的な出力配分でそれに対抗する。
要は攻撃や防御に使う部位にだけ一時的にパワーを回せばいい。
「くッ……!」
いくら高出力なオリヒメのイザナミといえど右腕だけでは発揮できるパワーに限度があり、シールド先端のクローで捩じ上げられた瞬間凄まじい音を立てながら右腕を引き千切られてしまう。
「大体、"死を以って償えば何でも許される"という考えが甘ったれなんだよ! しくじったらすぐにハラキリしたがるジャパニーズじゃあるまいし!」
引き千切った白と紫のサキモリの右腕を投げ捨て、反撃の徒手空拳を繰り出しながら死に急ぐような考え方を否定するライガ。
彼に限らずオリエント人は"生き残ること"に対する執着が非常に強く、その思想に則るなら他人が死を望むことも許せなかった。
たとえ、彼女が死という一見すると重い罰を求めているとしても――だ。
「飛び降りや首吊りは贖罪ではない! お前には才能があるのだから、その力を正しく使えるようになるまで修正してやる!」
オリヒメが犯した罪はあまりにも大きすぎる。
だから、本気で贖罪するつもりなら重い十字架を背負って生き続けるべきだとライガは苦言を呈する。
彼はオリヒメを嫌っているわけではないので、彼女を殺さずに分かり合える方法を最後まで模索していたのだ。
「(お前には才能がある――か。そう忖度抜きに褒めてくれたのは、身内を除けばあなたとライラック博士だけよ)」
若干トゲのある言い方だが、自分の能力を率直に認めてくれただけでなく、その先の"贖罪の道"まで与えようとしていることにオリヒメは少しだけ微笑む。
妹ユキヒメなど身内でも自分を高く評価してくれる人はいたが、それらの評価の大半には"アキヅキ家の人間だから"という前提条件が付き纏っていた。
「(フフッ……本質的には似た者同士なのね)」
そういった偏見抜きにオリヒメと向き合ってくれた部外者はライラックとライガだけだ。
きっとこの二人は似ているところがあるのだろう――そう思うと彼女は笑いが止まらなかった。
【Tips】
ハラキリ=切腹。
オリエント人は日本人が全員侍か忍者だと思っているのかもしれない。
しかし、本物の侍や忍者は簡単に自らの命を絶つことはしないだろう。




