【TLH-108】最終決戦Ⅺ:懺悔
俺が子どもの頃からライラック博士とは知り合いで、彼女は自分に沢山優しくしてくれた――。
「……」
急激に覚醒した純心能力でライガが大事にし続けている"記憶の欠片"に触れ、納得したかのように静かに頷くオリヒメ。
彼の話は聞かなければならない――そう感じたオリヒメは戦闘行動を一時中断する。
「なぜだろうな……あの人は優しかったのに、ある日突然行方を晦ましてしまった。捜索願が出されたが結局見つからず、法的には死亡扱いとなった」
彼女と同じくファイティングポーズは維持しながらも戦意を解き、少しだけ思い出話の続きを始めるライガ。
彼が高校入学に伴い上京すると流石に会う頻度は減少し、最後に直接言葉を交わしたのはオリエント国防空軍にいた時だった。
当時はライラックが外部協力者としてオリエント国防軍に出入りしており、データ分析などが必要な場面では何度も助けられたものだ。
もっとも、異星人との戦いが終わると彼女は何処かへ去ってしまったが……。
「次に俺たちの前に姿を現した時、彼女はバイオロイド軍団を率いる人類の敵となっていた」
それから数十年後、突如沈黙を破ったライラックは秘密裏に研究を進めていた人工生命体による軍隊を作り上げ、世界に対し宣戦を布告した。
その無謀なテロリズムに積極的に立ち向かい、野望を阻止したのが当時創設されたばかりのスターライガであった。
組織名の由来となったライガも主力メンバーの一人として戦いに身を投じ、最終決戦ではライラックを倒す寸前まで追い詰めていた。
「……生まれ故郷であるはずの地球で酷い仕打ちを受ければそうもなるでしょう」
「いや、気性難は元々らしいぜ! あまり言いたくはないが、地球から追放されたのは流石に自業自得だ!」
ライラック本人から来歴を聞いたことがあるオリヒメは"同志"を擁護するが、当事者として散々辛酸を舐めさせられたライガは強く反論。
今も昔も変わらず尊敬している人とはいえ、性格の問題点とテロ行為についてはハッキリと苦言を呈する。
「バイオロイド事件……そのケリを付けるために俺たちスターライガは戦い続けている!」
全ての始まりとも言える31年前のあの戦いはライラックを倒さない限り終わらない。
バイオロイド軍団の特性を熟知し互角以上に渡り合えるのは、ライガ率いるスターライガチームだけなのだから。
「誰がその出来事を解決してくれと頼んだの? 何の実りも無い慈善活動など馬鹿げているわ!」
「頼まれなくたってやってやる! ライラック博士と彼女の研究成果であるバイオロイドが危険だと考え、人類の脅威になる前に対処すべきだと判断したのは俺たちだ!」
世間は31年前の出来事などとっくに忘れているし、それを今更解決したところで報酬も褒め言葉も貰えない――。
乗機イザナミ決のオールレンジ攻撃と共に繰り出されるオリヒメの指摘は確かに正論であったが、その言葉を否定するようにライガのパルトナ・メガミは戦闘行動を再開。
白と蒼のMFはスプリンターの如き猛ダッシュで三次元的な攻撃を掻い潜り、近距離戦が苦手なイザナミの懐へ一気に肉薄する。
「自分たちの判断と行動には最後まで責任を持つ! それはお前も同じだろう!」
「補助肢がッ……!?」
素早く反撃へ移ろうとした白と紫のサキモリの格闘攻撃を掠めるように避け、体勢を立て直される前に手刀で左補助肢(フレキシブルアーム)を粉砕するライガのパルトナ。
この程度なら機体本体へのダメージは無いとはいえ、貴重な攻撃手段を失ったのはオリヒメにとっては痛手になるかもしれない。
「お前は国民を戦争へ巻き込んだことに責任を感じているから、その罪を清算するために戦っている!」
ライガは前々から感じていたのだ。
"月の専制君主アキヅキ・オリヒメ"として振る舞うため、彼女が自分自身を偽り続けていたことを。
本当は人として当然の優しさと弱さを併せ持つ、ごく普通の女性なのだ――と。
「本土決戦が始まる前に国外逃亡することもできただろうに……お前、悪人にはまるで向いてないな」
「フフッ……あなた、私の両親と同じことを言うのね」
逃げも隠れもしない不器用なやり方での贖罪をライガから指摘されると、まだ両親が健在だった頃を思い出したオリヒメは苦笑いを浮かべるのだった。
アキヅキ・オリヒメ――。
地球の暦で栖歴2032年5月1日、彼女はルナサリアン有数の名門アキヅキ家の長女として生を受けた。
その時点で彼女の人生は"勝ち組"となることが決まったはずだったが……。
「ユキが学校へ通うようになった辺りかしら。両親と親族の会話を偶然聞いてしまったの」
それから4年後、アキヅキ家に次女ユキヒメが生まれる。
オリヒメによると妹の素質は自分とは比べ物にならないほど高く、小学校へ入学する頃には既に"天才"の片鱗を覗かせていたという。
そして、両親や親族の期待と関心はすぐにユキヒメへ移っていった。
「『オリヒメには一族を引っ張れる才能は無い。アキヅキ家の頭領に据えるならユキヒメ以外にあり得ない』」
遥か昔、偶然聞いてしまったという会話の内容を思い出しながら呟くオリヒメ。
彼女は夜の廊下を歩いてトイレから部屋へ戻っていただけだったし、両親たちも最悪のタイミングで娘が通りかかっていたとは予想できなかっただろう。
しかし、最も多感な時期に下された低評価――優秀な妹との直接比較はオリヒメを歪ませるのに十分過ぎる仕打ちであった。
「私ね、自分の一族の役に立てるよう子どもの頃から英才教育を受けてきたの。勉強や習い事、それに武道を毎日毎日疲れるまでやらされたわ。休日が無かったわけではないけど、同年代の子と遊ぶ暇なんて殆ど存在しなかった」
両親たちは次女を後継者に据えるつもりで物事を進める一方、長女オリヒメに対する英才教育も継続した。
その目的は次女の身に不測の事態が起きた場合のバックアップ――所謂"プランB"であったが、当然ながらそれをオリヒメに明かすことは無かった。
結局、両親に対する不信感や将来への不安から逃げるようにオリヒメは勉学と修行に励み続けた。
一度きりの青春時代を全て捧げ、友情や恋愛に一切の現を抜かすこと無く……。
「青春時代を犠牲に努力してきたのに……あの一言のせいで自分の人生を完全否定された気がした」
ルナサリアンの貴族は基本的に世襲制であり、尚且つ年功序列の考え方が根強く残っている。
つまり、長女のオリヒメが家を継ぐことは既定路線だったはずだ。
少なくとも過去のアキヅキ家の当主たちはそうだった。
姉妹がいた場合でも原則として年長者が世継ぎとなっていた。
なのに……オリヒメの父親(女性)は当主権限によって突如ルールを変え、"出生順は継承順位に影響しないものとする"という文言を付け加えたのだ。
期待度が高いユキヒメを合法的に次期当主とするために。
「……だから、自分を過小評価する人々を見返してやろうと思ったのか?」
「ええ……私はめげずに努力を続けて相応の地位に就くことができた。そこで初めて私を悪く言っていた人たちがじつは大したこと無いのを知った」
戦闘行動を止めて静かに話を聞いていたライガがようやくリアクションを示すと、彼の質問に答えるためオリヒメは身の上話の続きを再開する。
大学院を優秀な成績で卒業した彼女は流石に能力を認められ、アキヅキ家の活動に深く関わる仕事に就くことができた。
この時点で才能が無くとも努力だけは怠らなかったオリヒメは多くの凡人を追い越し、彼女らを見下ろせる位置へと辿り着いていた。
「私の方が彼女たちよりもずっと上手くやれる――その自信が私を強くしてくれた」
妹の存在を過剰に意識せず自分のやるべきことに集中した結果、オリヒメは自分に絶対の自信を持てるようになった。
そこで満足して後は飄々と生きられる図太さがあればよかったのに……。
「だけど、これまで私を見下していた人たちが今度は私より下の立場になる――それが怖かった。少しでも油断したら足元を掬われ、背中から刺されるのではないかと強迫観念に囚われ始めた」
元々繊細な性格のオリヒメは周囲の視線の変化に耐えられず、自分に対する妬みや僻みが具現化して襲って来るかもしれないという恐怖を感じるようになった。
そして、実績を重ね続けアキヅキ家のナンバー2まで上り詰めた彼女は、自分の弱い心と不安定な地位を守るためには手段を選ばないようになっていく。
「気に入らない人を皆殺しにするほど外道じゃないわ。でも、私に恭順しない潜在的脅威になり得る人々は抹殺してしまった」
"排除すべき相手は絞り込んでいた"と予防線を張ったうえで、改めてルナサリアンにおける不可解な暗殺事件への関与を認めるオリヒメ。
彼女としてはなるべく穏便に済ませるつもりだったが、相手が極めて反抗的な態度を取るのであれば仕方が無かったのだ。
「……私が心の底から殺意を抱いていたのは実の両親だけだった。それ以外の親族たちはやむを得ず手を下しただけなの」
自らの権力掌握を完全なモノとするべく、ついにオリヒメは親殺しという大罪に手を染める。
母親の誕生日祝いという名目で親族を集め、予め買収しておいた料理人たちに毒を盛った料理と酒を提供させた。
妹ユキヒメには嘘の頼み事を任せて会場から離れさせ、誤って料理を口にしないよう配慮した。
一方、何の疑問も持たず料理に舌鼓を打とうとした両親たちは……。
【気性難】
ライラックに限らずオリエント人女性は基本的に気性が荒いので、これに関しては彼女だけを責めるべきではない。
ただ、それを考慮してもライラックは人付き合いが苦手で孤高の人となっていたようである。
ちなみに、ライガなどオリエント人男性は対照的に穏やかな気性の人が多いという。




