【TLH-105】最終決戦Ⅷ:舌戦
ビームソードから発せられる熱エネルギーを加熱装置として利用し、周囲の水が沸騰する際の圧力で水上へと吹き飛ばされたライガのパルトナ・メガミ。
「(推進剤のマッピングを変更、ビームソードを投棄!)」
咄嗟の機転により窮地を脱した彼はすぐに推進剤の濃度を戻すと、短時間に大量のエネルギーを流したことで使い物にならなくなった専用ビームソードの柄を手放す。
「(よく無茶な運用に耐えてくれた……!)」
ライガの期待通り、パルトナのビームソードは本来想定されていない運用方法にも応えてくれた。
困難な状況を切り抜けられたのは優秀な装備のおかげでもある。
「(機体内部の温度が低すぎる。もう一度熱入れをしないといけないな)」
しかし、水中というMFにとって不向きな環境はライガのパルトナに悪影響を与えていた。
外気温よりも冷たい湖水に浸かり続けた結果、機体内部の温度が適正範囲を大きく下回る"オーバークール"が発生していたのだ。
逆パターンのオーバーヒート(過熱)よりも対処は楽とはいえ、それでもパフォーマンス低下は避けられないため速やかに機体全体に熱を行き渡らせる必要がある。
「ッ……!?」
「ハァァァァァァッ!!」
だが、戦闘中にそれを行うような余裕は無かった。
ライガのパルトナが上空へ脱出した直後、それを追いかけるように水中から白と紫のサキモリ――オリヒメのイザナミ決が姿を現し、雄叫びを上げながら水中戦で猛威を振るった専用カタナによる斬撃を繰り出す。
「くッ……!」
その攻撃に辛うじて反応できたライガは左腕の実体シールドを構え、先端部分の格闘戦用クローで銀色の刃を受け止めながらへし折ってみせる。
「(機体への熱入れが間に合わない! くそッ、俺自身は反応が追い付いているのに……!)」
まだ暖まり切っていない白と蒼のMFはライガのずば抜けた反射神経に全く追従できていない。
「うぐッ……!」
そこへ武器を捨てての肉弾戦を仕掛けられたら流石にかわし切れず、鉄拳をシールド越しに食らったライガのパルトナは大きく体勢を崩してしまう。
「(スラスターの反応が鈍い! チクショウ!)」
普段なら彼の操縦技量であれば容易にリカバリーできるはずだが、何かしらのトラブルでスラスターが上手く機能せず機体を思い通りに操れない。
「がはぁッ!」
そして、不安定な姿勢のままライガのパルトナは転倒するように月面へ叩き付けられるのだった。
転倒したままの白と蒼のMFに5基のオールレンジ攻撃端末が一斉に迫る。
「(オールレンジ攻撃……! 次は必ず避けないとマズイぞ……!)」
これまでは愛機パルトナの運動性と自らの操縦技量で何とか回避することができた。
しかし、機体にダメージが蓄積している状態では難しいかもしれない。
かと言って防御態勢で受け止めても関節部などを正確に撃ち抜かれ、却って事態を悪化させてしまうだろう。
「……ふぅ……逃がさない……!」
浸水が酷いヘルメットを脱ぎ捨てたオリヒメの素顔が露わになる。
ヘルメット内に入り込んでいた水と自らの汗で髪はベッタリとしており、今の彼女はこれまでとは別人のよう見えた。
そして、その自信過剰で凶暴な戦い方もオリヒメらしくなかった。
「(立ち上がり――違う! ここはローリングだッ!)」
普通に立ち上がる動作では絶対に間に合わないと判断したライガは思い切った行動を取る。
彼のパルトナはそのまま地面を横に転がることでレーザーの雨を回避しつつ、シールドの先端部分をつっかえ棒のように用いて最小限のタイムロスで再び大地に立つ。
「次は当てるッ……!」
「(スラスターは駄目そうか……仕方ない!)」
オリヒメのイザナミのオールレンジ攻撃による猛攻はまだ収まらない。
先ほどの転倒以降メインスラスターの調子が悪いライガのパルトナは満足な回避運動が難しく、やむを得ず安心と信頼のシールド防御及び固定式機関砲による迎撃でこの窮地を凌ぐ。
オールレンジ攻撃端末のうち1基は機関砲で撃ち落とせたものの、残る4基から放たれる蒼く細いレーザーがシールドと装甲の表面を掠めて融かしていく。
「ええいッ!」
「くッ……パワー負けしている……!」
今のオリヒメは相当ノリにノっており、格闘武装の"試製光刃薙刀"を抜刀しオールレンジ攻撃との連携技で一気に攻め立ててくる。
対するライガはシールド防御中に出力を上げていたツインビームトライデントで切り結ぶが、純粋なパワー勝負ではやはり分が悪い。
「(それに、奴からこれまでに無いほど強いチカラを感じる……だが、この感覚は何だ?)」
ライガが劣勢に立たされている要因は機体の出力差だけではない。
彼のイノセンス能力は白と紫のサキモリから"極めて強大なチカラ"を感じ取っていた。
「うふ……フフッ……このチカラが欲しかったのよ! ついに手に入れたのよ!」
過去の苦戦が嘘のように絶好調なオリヒメは無邪気な少女の如き笑顔を浮かべる。
満身創痍の彼女の快進撃を支えているのは"極めて強大なチカラ"――おそらく純心能力と見て間違い無い。
格上の強敵との一騎討ちがオリヒメに覚醒を促したのだ。
「今の私なら端末たちを自由自在に扱えるし、あなたの一挙手一投足でさえ手に取るように分かる!」
彼女の愛機イザナミの試製立体機動攻撃端末は脳波コントロールを採用しており、純心能力者の特殊な脳波を受信させることで電子制御だけでは対応できない領域でのコントロールを可能とする。
また、純心能力による超感覚の獲得は操縦技量があまり高くないオリヒメにとって、世界最強クラスのエースドライバーであるライガとの実力差を埋めるために多少役立つかもしれない。
「(俺と同じ能力者になったのか……しかし、レガやラヴェンツァリ姉妹とは毛色が違う気がする)」
オリヒメがチカラを手に入れたことは紛れも無い事実。
それはライガのイノセンス能力の反応が証明している。
ただ……彼は明らかな違和感を抱いていた。
「これでやっとあなたと対等に戦える! あは……アハハハハハハッ!」
自らのチカラに酔いしれながら4基の端末による猛攻を続けるオリヒメのイザナミ。
彼女の愉悦に満ちた笑い声は狂気を孕みながらもどこか愁いを帯びていた。
「(何と言うべきか……あれは俺たちと同じはずなのに……禍々しくて歪なチカラだ……!)」
地球人のイノセンス能力とルナサリアンが持つ純心能力は、名称が異なるだけで本質的には全く同じ存在とされる。
にもかかわらず、ライガはオリヒメの純心能力が自分たちのモノと同類とは思えなかった。
彼の身近にはレガリアやラヴェンツァリ姉妹など能力者が複数人いるが、目の前の相手から発せられる"黒いオーラ"は仲間たちの誰とも異なっていたのだ。
「どうしたの? 地球では勇者と呼ばれる男が、そんな逃げ腰な戦い方をしていいのかしら?」
「(それに気付け、オリヒメ! そのチカラはお前自身を滅ぼすかもしれないんだぞッ!)」
オールレンジ攻撃を自在に操るオリヒメのイザナミの猛攻は凄まじく、スラスターがほとんど使えないライガのパルトナはサイドステップなど脚部を活かした動きでの回避運動を強いられる。
当然、二次元的な甘い動きでは多方向からの射撃をかわし切ることができず、ライガの技量を以ってしても小さな被弾が着実に重なっていく。
直撃弾を免れているのは彼が"絶対に当たってはいけない攻撃"を瞬時に見極め、その回避に集中しているからだ。
「ッ……! 私よりも少しだけ早くチカラに目覚めたからって……あなたもそうやって私を見下すのね!?」
純心能力はただ脳波を増幅し、闇雲に暴力を振るうだけのチカラではない。
それを証明するかのようにオリヒメはライガの訴えを感じ取る。
だが……彼女はその言葉を自分に対する当てつけだと認識してしまった。
「お前が欲しかったのは――くッ、本当にそんなチカラかッ!? 心身を侵食して蝕んでいく、破滅へと向かう危険なチカラなんだぞッ!」
一方、ライガにとっては上から目線か否かなど全く関係無い。
彼はヘルメットの頭頂部が焦げるほどの至近弾を辛うじて避けると、自分の考えをオープンチャンネルで聞こえるようにハッキリと述べる。
「あなたと戦うためには必要だったのよ! あなたさえいなければ、このチカラなど使うまでも無いのに!」
このチカラ――純心能力の多用により消耗が早くなったオールレンジ攻撃端末を戻し、リチャージの間は試製光刃薙刀による接近戦へと切り替えるオリヒメ。
本来苦手なはずの間合いへの移行を躊躇わないのは、戦い方の凶暴化が進行している証拠かもしれない。
「……イノセンスが災いを呼ぶチカラだと言いたいのか」
対するライガはツインビームトライデントで白と紫のサキモリの連撃を冷静に切り払うが、オリヒメの物言いだけはどうしても見逃せなかった。
二機の機動兵器は打ち合いを一旦止め、得物を握り締めたまま互いに距離を取る。
彼女たちの戦いは力のぶつかり合いだけではない――そう、異なる主義主張をぶつけ合う舌戦だ。
「人間は妬みと僻みの生き物。あなたや私のようなチカラが選ばれし者にしか与えられないと知ったら、それに反感を抱くかあるいは利用してやろうと考える者共が現れるのは当然でしょう」
イノセンス能力は災いを呼ぶチカラなのか――。
ライガの疑問に対して自分なりの意見を述べるオリヒメ。
"人間は時として負の感情に突き動かされるもの"という彼女の指摘を否定することは難しい。
「能力者候補の情報収集に始まり、その人物が対抗勢力へ取られないようにするための囲い込みは必ず行われる。適当な候補者が見つからないのであれば、人工的に再現する試みも十分あり得るわね」
今は能力者の絶対数が非常に少ないので大きな問題は起こらないだろう。
しかし、イノセンス能力や純心能力を持つ人はこれから増えていくかもしれない。
能力者が何物にも代え難いアドバンテージを持っていると判明した時、"持たざる者"たちは何を思うのだろうか。
未来のことは誰にも分からないが、少なくともオリヒメは自身を含む能力者たちの将来について楽観的な予測はできなかった。
「俺は信じたくないな……誰かの能力を羨んで嫉妬し、それで道を踏み外すなんて」
ライガは"信じられないし理解できない"と首を横に振る。
恵まれた環境で伸び伸びと真っ直ぐに育ち、溢れんばかりの才能を持つ彼は誰かに嫉妬したことなど一度も無い。
「そうね……あなたはあまりにも天才過ぎる。ゆえに凡人のことを真には理解できないし、彼らが暖かく迎え入れてくれる保障も無い」
彼が世間一般で言う"天才"であることはオリヒメも認めている。
しかも、能力も人格も全く問題無いと思われる完璧超人に近い男だ。
だからこそオリヒメは残酷な事実を突きつける。
強大過ぎる存在は逆に恐れられ、いつか必ず排斥される定めである――と。
「人間はあなたが信じているほど利口ではないのだから」
「……」
オリヒメの人間不信論を全面的に否定するつもりは無いのか、人生経験に基づいているであろう彼女の言葉を深く受け止めて黙り込むライガ。
確かに、この世界には"敬意と信頼"に値しない者共も少なからず存在するが……。
「……僕は人間だ。人間に対する信頼の欠如は、すなわち自分自身を信じることができないという意味になってしまう」
暫しの沈黙の末、ライガはオリヒメに視線を合わせながら自分なりの答えを導き出す。
他人を信頼できない者が自分自身のことを信じられるわけが無い――と。
【Tips】
イノセンス及び純心能力者は通常の人間とは無い特殊な脳波を発する。
これは個々人によって異なるパターンを持つため、クローン人間でもない限り全く同一の脳波パターンになることはあり得ない。
また、経年変化が少なく外的要因による書き換えも難しい特殊脳波は"信頼性が高い生体認証"への応用が期待されている。




