【TLH-103】最終決戦Ⅵ:捨て身
オリヒメのイザナミ決を呑み込んだ蒼い爆発は、少し離れた場所で戦闘を繰り広げていたレガリアとスズヤからも視認することができた。
「ッ……!?」
大爆発が発生した時、一瞬だけ背筋が凍るような感覚を覚えたレガリアは思わず顔をしかめる。
「(アキヅキ・オリヒメの存在が消えた……? あの憎たらしい女がそう簡単にくたばるとは思えないけど……)」
そして、彼女の優れたイノセンス能力は抽象的ながら"オリヒメの死"を知らせていた。
あまりに突然すぎて呆気無い結末のように思えるが、少なくとも今のレガリアにオリヒメの存在は感じ取れなかった。
「一騎討ち中によそ見をするバカがあるかッ!」
「くッ……!」
イノセンス能力が逆に災いし動きが鈍った深紅のMFに対し強襲を仕掛けるスズヤ。
だが、不意を突かれながらもレガリアは反射的に操縦桿とスロットルペダルを動かし、藤色のサキモリの斬撃を掠めるように避けてみせる。
「よそ見運転しながら攻撃をかわしたのか……バケモノめ!」
今の強襲攻撃は並の相手ならば間違い無く当てられただろう。
それほどまでに自信があった攻撃を回避してきた深紅のMF――バルトライヒをスズヤは改めて"バケモノ"と呼ぶ。
「さっきの蒼い爆発はあなたにも見えたでしょう? あれは恐らくアキヅキ・オリヒメの機体のもの……あの爆発で無傷だとは思えないわね」
先程から自分のことを悪魔だのバケモノだのと罵ってくる親衛隊隊長の言葉には耳を貸さず、"オリヒメが死んだ"という事実をその目で直接見ただろうと窘めるレガリア。
オリヒメと交戦していたライガ機の方である可能性を除外しているのは、戦友の実力に強い信頼を寄せているからであった。
「撹乱しているつもりか!? オリヒメ様がそう簡単に討たれるはずが……あの御方の技量が中の上程度だとしても……!」
一応、スズヤはその気になれば現実を受け入れられる大人だ。
自身が仕えるべき対象としてのオリヒメは信頼しているが、エイシとして見た場合その戦闘力は世界最強クラスとされる者たちには一歩劣ることも当然知っている。
「人間誰しも爆発を間近で受ければ痛いし、運が悪ければ死ぬ! それは私もあなたも――もちろんオリヒメも同じこと!」
それでも言葉を詰まらせ、どうしても納得がいかないという感じの若者に向けてレガリアはこう言い放つ。
この世に"不死身のエース"など存在しない――と。
「私が不甲斐無いあまりに! 早急にあなたを倒し、オリヒメ様の援護に馳せ参じていれば……!」
皇族親衛隊隊長でありながら取り巻きに翻弄され続け、護るべき主君を見殺しにしてしまったことを悔やむスズヤ。
彼女は自らを不甲斐無いと責めているが、今回に関しては相手が悪すぎたと言えるかもしれない。
「……あり得ない仮定の話をしても意味が無いわね」
「あり得ないですって?」
まだ全力を出していないであろうレガリアが珍しく挑発した瞬間、スズヤは露骨に不愉快そうな表情を浮かべる。
こういう下らない挑発――いや、単なる独り言などに過剰反応すべきではないと頭では分かっていたが……。
「そんなこと……やってみなければ分からないでしょうッ!」
二刀流スタイルで構えている改良型光刃刀の出力を引き上げ、怒りのままに突撃を仕掛けるスズヤの試製オミヅヌ丁。
「やってみなさいな」
「どこまでも上から目線で……あなたはそんなに偉いのですか!?」
ギリギリまで回避も防御も行わないどころか煽り立てる余裕さえ見せつけてくるレガリアに対し、その言動を"上から目線"だと指摘しながらスズヤは力強い連続斬撃を繰り出す。
「なッ……!?」
「人並み以上に機動兵器を扱える自信はあってよ」
しかし、彼女の鋭く正確な攻撃を深紅のMFは最小限の横移動だけで難無くかわしてみせる。
レガリアの"人並み以上に機動兵器を扱える"という発言に噓偽りは無いようだ。
「無礼めないでッ!」
「殺気が前に出過ぎているわよ! だから攻撃を読まれて防がれる!」
それでもスズヤのオミヅヌは上半身を捻りながら再攻撃へと繋げるが、その一撃もまたレガリアのバルトライヒのシールドに受け止められてしまう。
イノセンス能力による先読みがある程度可能な"紅い悪魔"に殺気のこもった攻撃は通らないらしい。
「(殺気を抑えて戦うですって? ああいう物言いをするということは、あの人にはそれができるというの?)」
敵からのアドバイスを素直に聞き入れるわけではないが、仕切り直しが必要だと判断したスズヤは固定式機関砲を発射しながら後退を図る。
「(少し遊びが過ぎたかもしれないわね……あなたが初めてよ。このバルトライヒのシールドに大きな傷を付けたのは)」
一方、圧倒的実力差で相手を退けながらもレガリアは本気を出す必要があるかもしれないと感じ始める。
バルトライヒの左腕に装備されている小型実体シールドには、光刃刀を受け止めた際に刻まれた溶断の跡が残っていた。
距離を取ったスズヤのオミヅヌはなかなか仕掛ける素振りを見せない。
度々攻撃を当てることができているとはいえ、迂闊な攻めでカウンターのチャンスを与えるのを恐れているのだろう。
「(変形してこちらも距離を取るか……いえ、あの娘の技量ならば変形時の硬直時間を必ず突いてくる)」
対するレガリアは変形によるモードチェンジなど戦術選択の幅は広いが、彼女の方も変形時を狙われるリスクなどを慎重に考えていた。
MFドライバーとしてのレガリアが世界最強クラスに強いだけで、皇族親衛隊隊長のスズヤもその役職に相応しい超一流レベルの技量は有している。
超一流の実力者相手に付け入る隙を見せることは許されない。
「(相手の誘いに乗るようで癪だけど、格闘戦を挑む必要がありそうね)」
互いのカードの読み合いの末、ここは自分から攻勢に打って出るべきだと結論付けるレガリア。
格闘戦が得意なのは彼女も同じなのであまり問題は無さそうだが……。
「(冷却システムの調子が悪いけど……リミッターカットのタイミングをマニュアル操作すればいいか)」
レガリアのバルトライヒにとって数少ない懸念事項は、冷却システムの不調により機体がオーバーヒート気味なことだ。
先の攻撃で左胸エアインテークを破損した際に内部機構にもダメージを受けたのかもしれない。
機体の温度が上がり過ぎると各部に悪影響を及ぼすため、それを避けるには温度管理に神経を尖らせながら操縦する必要がある。
ただし、リミッターカットで一瞬だけE-OSドライヴの出力を引き上げる程度の余裕はまだ残っていた。
「(まだ仕掛けてこない! 殺気が見えないから動き出す瞬間が判断しにくい……!)」
「(ビームソードの出力を下げた! 今だッ!)」
激しい機動で力任せの攻撃を振り続けてきたスズヤのオミヅヌは余力が無かった。
エネルギー節約のため藤色のサキモリが光刃刀の出力を下げた瞬間、レガリアは待ってましたとばかりにスロットルペダルを踏み込み機体を加速させるのだった。
「ぐぅッ……!」
深紅のMFの辻斬りのような一閃にスズヤは反応できなかったが、反射的に光刃刀を構えて防御態勢を取ったことで難を逃れる。
「やる! でも甘いッ!」
本気の攻撃を奇跡的に防いだ藤色のサキモリの動きを評価しつつも、防御後の隙を突くようにレガリアは再攻撃の態勢に入る。
「敵を貫けッ! ビームジャベリンッ!」
「速いッ……!?」
ポストストールマニューバで急旋回しながらビームジャベリンの出力を最大まで上げると、それを方向転換の終わり際に投擲するレガリアのバルトライヒ。
不安定な姿勢から放たれたその槍の飛翔速度はこれまでで最も速く、完全に不意を突かれるカタチとなったスズヤは左腕でコックピット付近を庇うだけで精一杯であった。
「(左腕部の損傷甚大……操縦席に直撃しなかったのは幸いとはいえ、光刃刀と光学盾を失ったのは厳しいか!)」
その直後、極めて正確に投擲されたビームジャベリンがスズヤのオミヅヌの左腕を装備諸共粉砕していく。
使い捨てられた蒼い光の槍はそのまま地上へ落ちていったが、それ以上にスズヤ機は大きなダメージを負う結果となった。
ただでさえ機体性能に差があるのに、腕部欠損及び装備ロストというハンデまで加わったら更に勝ち目が薄くなってしまう。
「アタックッ!」
「ッ!」
トリッキーな技を防がれることはある程度予想していたかもしれない。
投げたビームジャベリンを追いかけるように動いていたレガリアのバルトライヒは一気に間合いを詰め、相手が反応するよりも早くビームソードによる刺突を繰り出す。
「コックピットを狙ったつもりだったけど……!」
バルトライヒのビームソードが藤色のサキモリの左鎖骨付近を掠めた瞬間、その莫大な熱エネルギーにより命中箇所の装甲を溶かしていく。
「(目がチカチカして痛い……!)」
しかし、ヘルメットの表面が焼けるほど至近距離で攻撃を受けながらもスズヤのオミヅヌは光刃刀を縦に振り、深紅のMFの左肩を斬り落としていた。
「(これで互いに左腕を使えなくなった。少しだけ差が縮まった感じね)」
機体のダメージを庇いながら一旦離脱を図るレガリア。
"少しだけ"とは言っているものの、実際には変形が不可能となったこちらの方が影響は大きかった。
可変機は機体全体を変形機構に組み込んでいるため、四肢を失った状態での変形は推奨されていないことが多い。
「(頼れるのは右腕の光刃刀だけか……しかし、肉を切らせて骨を切れば勝機はある!)」
一矢報いたと言えどスズヤが劣勢である事実に変わりは無い。
だが、彼女はついに"紅い悪魔"を倒す方法を見つけた。
捨て身の反撃を繰り返せばいつかは必ず……!
【Tips】
高度なアビオニクスを多数搭載するMFにとって冷却性能は非常に重要である。
電子機器は高温に弱いため、適切な冷却能力の確保は機体その物の安定稼働及び性能発揮に必須となる。




