【TLH-98】最終決戦Ⅰ:両面作戦
アキヅキ・ユキヒメの戦死により首都ホウライサンの防衛線が崩れ始めた頃、彼女の姉オリヒメは因縁の相手である白と蒼のMF――ライガのパルトナ・メガミとの一騎討ちに集中していた。
「ッ……ユキ……!?」
しかしその時、突如心を引き裂くような痛みがオリヒメを襲う。
無意識のうちに口から漏れ出したのは妹の名前だった。
「(あの子に何かあったのかしら……心が……痛い……!)」
この時点ではオリヒメに妹が戦死したという悲報はまだ届いていなかったが、明らかに異質な痛みが不吉な予感を表していた。
「(……仮にそうだとして、どうしてそれを感じているというの……?)」
そして何より、自分自身の超感覚にオリヒメは戸惑いを覚える。
「動きが乱れた……? 想定外だが仕掛けてみるか!」
一方、その集中力の乱れを機体の挙動で見抜いたライガは予定よりも早く攻撃態勢に移行。
敵機――オリヒメのイザナミの戦闘機動の癖を分析し、偏差射撃が行えるよう位置取りを試みる。
「(この装備はドッグファイトをするには重すぎる。まずは有効な攻撃を行いつつ機体を軽くしなければ)」
ライガのパルトナ・メガミはウェポンモジュール"KNM106 アキツシマ"を装着した、最終決戦に相応しい重装備形態となっている。
だが、対多数との戦闘を想定している決戦仕様は1000kg近い重量増加により運動性低下を招くため、いくら火力を投射できると言えど対サキモリ戦には本来向いていない。
ウェポンモジュール側の武装から優先的に使うことで軽量化を図り、最後はモジュールを切り離し運動性を上げた状態で中距離戦に持ち込む――というのが彼の作戦だ。
「ファイア! ファイア!」
「くッ……!」
ただし、ライガの極めて高い操縦技量を以ってすれば運動性については十分カバーできるので、彼は本命を叩き込む前に専用長銃身レーザーライフルの二丁持ち連射で牽制射撃を仕掛ける。
追いかける側から追われる側となったオリヒメのイザナミは少し苦しそうな回避運動で蒼い光線をかわしていく。
「(やはり、機体性能が同等なら腕はこっちの方が上だ!)」
パルトナ・メガミとイザナミ――。
共に装備換装に対応した射撃戦寄りの超高性能ワンオフ機であり、総合力ではほぼ互角と言える。
にもかかわらずこれまでの交戦で常に前者が圧倒的優位を示してきたのは、搭乗者の卓越した実力が機体のポテンシャルを常に引き出しているからだ。
「HVAR、ファイアッ!」
「"カムイ"でッ……!」
もちろん、技量で劣るオリヒメも今回は格上相手に一矢報いるための対策を用意してきた。
白と蒼のMFが一斉発射してきたHVAR――MF用12連装ロケット弾に対し、白と紫のサキモリは"カムイ"と呼ばれる新装備での迎撃に賭けるのであった。
カムイ――月の言葉では「精霊」という意味の単語だが、そこから転じて一つ一つが意思を宿したかのように動くオールレンジ攻撃端末もそう呼ばれている。
対MF戦のための装備換装を受けた決戦仕様"イザナミ決"には、ルナサリアン製オールレンジ攻撃端末として唯一実用化が間に合った"試製立体機動攻撃端末"が6基追加されていた。
「くッ……ううんッ……!」
全方位攻撃が可能な端末の特性を活かし、Gが身体に圧し掛かるほどの急旋回をしながら回避し切れないロケット弾だけを正確に撃ち落とすオリヒメのイザナミ決。
「オールレンジ攻撃端末……! 前の戦闘では装備されていなかった武装だ!」
必中を期した偏差射撃を全て無効化されたライガは、ごく短期間で新装備が追加されていたことに少しだけ驚く。
「(操縦に対する追従性が良くなっている……博士が採用を進言してくれた"新素材"のおかげかしら)」
イザナミ決に施された改良は新装備の運用能力追加だけではない。
博士――ライラックが発見し実用化のために技術を確立した"新素材"をコックピット周辺のフレームに採用したことで、重量級サキモリながら操縦性が飛躍的に向上していた。
オリヒメの技量でも自由自在に機体を振り回せている辺り、この"新素材"とやらの効果は後付けながら極めて高いことが窺える。
「(オールレンジ攻撃とは厄介だな……しかし、博士ほどは使いこなせていないみたいだ)」
それに対してライガの方はライラックとの戦闘で苦しめられたオールレンジ攻撃を強く警戒していた。
ただ、同時に彼はオリヒメのオールレンジ攻撃は"博士よりはマシ"とも考えている。
先ほどの迎撃行動を見る限り、端末の動きを突き詰め切れていない感じがしたからだ。
「(……戦闘中に熟練度が上がる前に短期決着を付けるべきか!)」
無論、戦いの中でコツを掴んでいくだけの学習能力をオリヒメは持っているだろう。
彼女がオールレンジ攻撃をモノにする前に戦闘を終わらせるべきだとライガは判断した。
「ターゲット、ロックオン!」
ウェポンモジュール側のマイクロミサイルコンテナを先に消費するべく、最低射程に注意を払いながら再度攻撃態勢を取るライガのパルトナ・メガミ。
「目標捕捉!」
同じくオリヒメのイザナミも左大腿部のカバーを開き、その内部に装填されたマイクロミサイルをいつでも発射できるよう狙いを定める。
「マイクロミサイル、シュートッ!」
「高機動誘導弾、発射ッ!」
次の瞬間、パルトナ・メガミとイザナミは同タイプの武装を全く同じタイミングで発射する。
「(オリヒメ自身の反射速度も以前より上がっている!? くそッ、CF散布!)」
「高機能自己防衛装置、作動開始!」
攻撃後の回避パターンに至るまで両者は見事に酷似しており、ライガは防御兵装としては一般的なチャフ及びフレアの散布、オリヒメは機体に搭載された高機能自己防衛装置による自動防御をそれぞれ選択。
「(しつこいマイクロミサイルめ! 一度ロックを外しても再追尾してきやがる!)」
この判断自体は状況的には正しかった。
しかし、ライガにとっては白と紫のサキモリが特殊なマイクロミサイルを搭載していたことは"想定外のリスク"であった。
「(まずは1機……!)」
1回のコンタクトで敵機を1機撃墜する――。
自分自身に課した小目標を達成し、厄介な皇族親衛隊の戦力を着実に削いでいくレガリア。
「あの女……よくもヤマヅキをやりやがったな!」
「奴はもう一度攻撃を仕掛けてくるはずだ! 接近した時に再度集中攻撃を浴びせる!」
堅実な一撃離脱戦法で僚機を撃墜した深紅の重可変型MFに激怒する部下を一旦落ち着かせ、スズヤは前回と同じく反撃戦法で迎え撃つ方針を示す。
「さっきは散開した一瞬の隙を突かれた。次は回避運動中も編隊を維持するべきかもしれない」
皇族親衛隊第1小隊の3番機を務めるアリヅキが指摘している通り、先ほどは一時的に相互援護が不可能となったことでヤマヅキ機が体勢を崩した際に誰もカバーに入れなかった。
幸いにも深紅の重可変型MF――重機動型バルトライヒは広範囲を薙ぎ払うような武装は持っていない。
密集陣形が裏目に出て一網打尽にされる可能性は低いだろう。
「(次はレーザーキャノンを連射しながら編隊を切り崩す!)」
一方、レガリアは1対2の状況に持って行くまでは一撃離脱戦法に徹するべきだと判断し、射撃武装による高速戦闘を継続する。
前回と異なるのは弾切れとなったマイクロミサイルの代わりに簡易連装レーザーキャノンを使う点だ。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
「射撃開始ッ!」
機動力を活かして高速接近してくるレガリアのバルトライヒを今度は散開せずに待ち構えると、スズヤ率いる皇族親衛隊はレーザーキャノン3連射を回避しながら素早く反撃を開始。
相対速度の高さから直撃弾は与えられなかったものの、深紅のMFの増加装甲を一部破壊することには成功した。
「(今度は編隊を崩さない? くッ……少々厄介ね)」
対抗戦術を切り替えてきた敵部隊の判断に珍しく顔をしかめるレガリア。
どうやら、敵の小隊長は柔軟な思考の持ち主のようだ。
「(でも、次のコンタクトでは絶対に散開させる!)」
敵と同じように攻め手を変えることも考えたが、自分の技量と戦術に自信を持つレガリアはあくまでも得意の一撃離脱戦法を貫く。
「(残弾4……これで決めさせてもらうわよ!)」
使い捨て前提の外付け式簡易連装レーザーキャノンの弾数は残り4。
連射速度をカバーするには早い段階から攻撃態勢に入る必要があるが、それは相手に回避及び反撃の猶予を与えることを意味する。
かと言って前回と同じ距離で操縦桿のトリガーを引き始めた場合、中途半端に弾を残した状態ですれ違ってしまう。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
「同じ技など通用するものか! その増加装甲を全て引き剥がしてくれる!」
結局、レガリアのバルトライヒは前回よりも少しだけタイミングを早めて攻撃を開始。
彼女の攻撃パターンを完全に見抜いたスズヤは僚機と共に一斉射撃で反撃するが……。
「くッ……!」
一斉射撃に飛び込むカタチとなったレガリアのバルトライヒの増加装甲が次々と剥がれ落ちていく。
「被弾したッ!?」
だが、彼女が臆すること無く放ったレーザーキャノン3連射のうち、3発目はアリヅキのツクヨミ(皇族親衛隊仕様)の左腕を盾ごと撃ち抜いていた。
「アーマーパージ!」
「増加装甲が……!」
自機の攻撃の命中を確認したレガリアは即座に増加装甲をパージ。
上空から攻撃を仕掛ける高度差の利点を活かし、パージした増加装甲を雨のように降らせることでアリヅキに対する撹乱として利用する。
増加装甲の一つと接触したアリヅキ機は堪らずバランスを崩してしまう。
「取ったッ! ファイアッ!」
絶好のチャンスにもかかわらず一度はそのまますれ違うレガリア。
しかし、それは彼女の巧妙な時間差攻撃の仕込みであり、深紅のMFは機体上面のレーザーキャノンを旋回させると最後の1発を後方に向けて発射。
「しまった――!?」
「レーザーキャノン、パージ……!」
テクニカルな攻撃に気付くも時すでに遅く、背部に直撃弾を受けコックピットを撃ち抜かれたアリヅキのツクヨミは瞬く間に炎に包まれる。
それを目視確認したレガリアは弾切れとなったレーザーキャノンをパージし、残敵からの追撃を避けるため高速で離脱していく。
「は、速い……あのアリヅキが遊ばれていただと!?」
「増加装甲は何とか分離させたけど……くそッ!」
一瞬にして実力者であるアリヅキが撃墜されたことに驚きを隠せない親衛隊員とスズヤ。
2人の部下の犠牲と引き換えに得た成果は未だ微々たるモノであり、素の口調が出ているスズヤの焦りは明白だ。
「(なかなかにやるわね……これで増加装甲に頼った戦い方はできなくなった)」
もっとも、増加装甲という"保険"を失ったレガリアも決して気を抜ける状況ではない。
「(奴へ確実に切り込む機会を作るにはどうすればいい……?)」
「(でも、このペースを維持できれば勝てるわね)」
それでもスズヤの迷いをイノセンス能力で感じ取ったのだろうか。
レガリアは"どのような経過になろうとも、この戦いは絶対に勝てる"という確信を抱くのであった。
【Tips】
スターライガ製MFやライラックのエクスカリバー・アヴァロンが使用する"フェアリア"と、オリヒメのイザナミ決の"カムイ"はほぼ同じ技術が用いられている。
これは別にデータ漏洩が起きたわけではなく、オールレンジ攻撃端末を開発するために採ったアプローチがたまたま同じだっただけである。




