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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
最終章 THE LAST HOPE

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【TLH-97】そして、疾風は吹き止んだ

 蒼き騎士が握り締めるは巨人と呼ばれた大剣。

その鉄の塊は一振りで広大な花畑を薙ぎ払い、正しき者が扱えば神も悪魔も一刀両断できるという。

大いなる力を手にした騎士―シ―は苦難の道程の末に自らの身体の一部とし、風よりも速く獣よりも力強い一撃で月の神を打ち破る。

それは……紛れも無い"英雄の誕生"であった。

(字が掠れている部分がある……)

※「新訳オリエント神話-第9章 砕月編-」より抜粋

 アキヅキ流第一奥義「睦月の太刀」――その派生技にあたる"二本差し"に勝負を掛けるユキヒメ。

「取ったぞッ!」

「うおおおおおおおッ!!」

彼女は自身を持って一気に間合いを詰めるが、対するセシルのオーディールM2も最後までキープしておいたカタナを抜刀しながら突撃。

白と赤のサキモリの鋭い刺突を髪が切れるほどの至近距離でかわしつつ、逆に懐へ飛び込み自らのカタナを敵機の右半身めがけて全力で突き入れる。

「何ッ……がぁぁぁぁぁぁッ!?」

「(コックピットは外したか……だが、ギガント・ソードを取りに行くなら今しかない……!)」

次の瞬間、2機の機動兵器は交通事故のように激しく接触。

コックピット付近に直撃を受け絶叫するユキヒメを尻目に、辛うじて転倒を回避したセシルのオーディールは折れたカタナの柄を投げ捨てながらフルスロットルで離脱を図る。

先ほど不本意ながら投棄したギガント・ソードを回収し、最後の打ち合いに備えるためだ。

「ぜぇ……ぜぇ……ちくしょう……右足を持って行かれたか……!」

まるで右足の神経が切り裂かれたかのような激痛の後、それがスッと消失したことに違和感を覚えたユキヒメは全てを察する。

機体の右横腹から右肩にかけて食い込んでいる銀色の刃が運悪くコックピットブロックをも貫通し、彼女の右足を切断してしまったのだ――と。

「(まさか……私が託したカタナが……自らの首を絞める結果になるとはな……)」

しかも、蒼いMFが振るっていたカタナは元々ユキヒメのかつての乗機に装備されていた物だ。

巡り廻ってきた皮肉な結果には寡黙な彼女も思わず苦笑いを浮かべる。

「(右腕部推進剤供給停止……推力制御を左足踏桿のみで行えるよう操縦系統を再設定……能量供給及び姿勢制御装置の動作を最適化……)」

大量出血の影響からか意識が遠のきそうになるのを精神力で何とか堪え、ユキヒメはフューエルカット及び操縦系統のコンフィグ再設定、そして出力配分とバランサーの動作も変更することでダメージコントロールを行う。

「(……姉さん……どうやら私は……死に場所を見つけたようだ……!)」

少しでも呼吸を楽にするためヘルメットを脱ぎ捨てたユキヒメは死期を悟ったのかもしれない。

初めから期待などしていなかったが、生きて姉オリヒメと再会することは叶わなさそうだ。

「(我が愛機イザナギよ……もう少しだけ……私に付き合ってくれるか?)」

それでも彼女の命尽きるまで戦い抜くという覚悟は揺るがない。

最期の瞬間まで"月の武人"としての責務を全うし、同時に月を戦争へ導いたアキヅキ家の人間としての罪を清算するために……。


「はぁ……はぁ……やっと見つけたぞ……」

満身創痍の機体を都市公園まで飛行させ、一面に広がる紅い花畑の中に落としていたギガント・ソードの回収に成功したセシル。

「(推進剤切れか……もう……空は飛べないな……)」

H.I.S(ホログラム・インターフェース)に表示されている推進剤残量は限り無くゼロに近く、現にスロットルペダルを踏み込んでもメインスラスターのノズルは空しく動くばかりだ。

ここから先は地べたを這い回る地上戦で戦うしかない。

「――マンジュシャゲの花畑とは、我々に相応しい死に場所じゃないか」

どうやら、足元に咲き乱れるヒガンバナのような花々は月の言葉で"マンジュシャゲ"と呼ぶらしい。

それを教えてくれたのは遅れて都市公園に到着し、自然のレッドカーペットの中へ降り立ったユキヒメであった。

「私は生きる! ここで死ぬのは……貴様だけだ!」

たとえ致命傷を負っていたとしてもセシルは生き残る意志を捨てていない。

彼女のオーディールは残された右腕で大剣を握り締め、その刃先で自機とは逆に右腕を欠いている白と赤のサキモリを睨みつける。

「言ってくれる……今度は左腕だけでは済まさんぞ」

膝から先が無いように見える自らの右足へ視線を移しつつ、次は"心の臓を抉ってやる"と宣言するユキヒメ。

「その言葉……そっくりそのまま――いや、倍返しにしてやる」

先ほどの攻撃で持って行かれた左腕を一瞬だけ見やり、この分の借りは倍返しにしてやると意気込むセシル。

「はぁッ!」

「ふぅんッ!」

西部劇を彷彿とさせる睨み合いの末、先に動き出したのは"星月の大太刀"を構えたユキヒメのイザナギだった。

対するセシルのオーディールはスラスターが使えないというハンデを負いながらも上手く立ち回り、片手持ち状態のギガント・ソードで強烈な斬撃を切り払ってみせる。

「推進剤切れか? 無様だな……飛べない鳥はすぐに楽にしてやらねば」

「貴様の翼も叩き切ってやる!」

蒼いMFがスラスターを使っていないことに気付いたユキヒメは攻撃の頻度を高めるが、セシルの方も負けじと白と赤のサキモリの背部及び脚部――メインスラスターがある部位を狙って反撃を繰り出す。

「くッ……!?」

「隙有りッ!」

左スロットルペダルに脚部の制御を集約しているユキヒメのイザナギは地上戦での動きが悪く、地面があまり固くない花畑も相俟って不自然な体勢の崩れ方をしてしまう。

その短時間ながら致命的な隙をセシルは決して見逃さず、白と赤のサキモリの背部を掠めるようにギガント・ソードを思いっ切り振り抜く。

「ぐあッ……推進装置をやられたッ!? しかし、脚部の推進装置はまだ生きている!」

バックパックを切り裂かれるという最悪の事態は免れたが、背部メインスラスターのノズルを見事に斬られたことでイザナギは総推力の約40%を喪失。

それでもユキヒメはまだ機能している脚部スラスターを活かし、ホバー移動しながら蒼いMFの胴体に一閃を叩き込もうとするが……。


 ユキヒメのイザナギは足回りに無理が生じ始めており、特にサイドステップなど横方向への細かい動きに難があった。

「横方向の動きが甘いッ!」

「なッ……かわされただとッ!?」

それを瞬時に見抜いたセシルは白と赤のサキモリの水平斬りを掻い潜るように避けると、ギガント・ソードを突き出しながら敵機の足元へと滑り込む。

「ッ……やはり直撃は難しいか……!」

「左脚部推進装置損傷――敵の機動力を削ぐのは基本的な戦術ではある」

ヘッドスライディングの如き無理な攻撃で体勢を崩し転倒するセシルのオーディール。

しかし、それほどのリスクを冒して繰り出した一撃はユキヒメのイザナギの左足を切り裂き、脚部スラスターを機能不全に陥らせていた。

これで2機の機動兵器はよりイーブンな条件に近付いたと言えるだろう。

「だが……転倒するほど大袈裟な動きは命取りだったな!」

幸いにも脚部へのダメージは内部機構に影響が及ぶほど深刻ではない。

ユキヒメはすぐに機体を反転させ、まだ体勢を立て直せない蒼いMFに向かって駆け足で接近。

立ち上がられる前に"星月の大太刀"を力一杯振り下ろした――はずだった。

「間に合えッ!!」

「くッ……!」

ところが、転倒した状態のままセシルのオーディールは咄嗟に右腕でギガント・ソードを振り上げ、白と赤のサキモリの渾身の一撃を切り払うことでこれを回避。

「とぉッ!」

更にはその勢いのまま大剣の刃先を地面に突き立てて固定し、つっかえ棒のように用いてスラスターが使えない機体の立て直しに成功する。

「あの状態から素早く立ち上がるとは……貴様の戦い方、ただの演武ではなさそうか!」

曲芸染みたリカバリーを目の当たりにしながらもユキヒメは特に驚かない。

"蒼い悪魔"の操縦技術ならばこれぐらいの芸当は造作も無いと知っているからだ。

「(さすがに隙を見せないか……決め手を打つには……とにかく攻めるしかない……!)」

「(こちらの予想を上回る動きで攻めてくる……フッ、最期の闘いに相応しい強敵だ……!)」

片腕だけでは保持が苦しい得物を握り締め、仕掛けるタイミングを互いに探り合うセシルとユキヒメ。

前者は徹底的な攻めのスタイルで臨むようだが、それに対して後者はどのように動くつもりだろうか。

「ゲイル1……アタックッ!!」

「……行くぞッ!!」

セシルのオーディールとユキヒメのイザナギ――。

両者が地面を蹴ったのは奇しくも全く同じタイミングであった。


「ッ……!」

「……!」

ギガント・ソードと星月の大太刀が激しく切り結ばれた瞬間、大量の火花が飛び散ると同時に紅いマンジュシャゲの花が舞い上がる。

2機の機動兵器は反動で少し弾き飛ばされ、攻撃前とほぼ同じ状況に戻る。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

両者共に大量出血による限界が近いのかもしれない。

セシルとユキヒメは同じように肩で息をしていた。

「(残りエネルギーを計算……攻撃チャンスはあと1回……次で絶対に決める……!)」

長期戦で機体・搭乗者双方の消耗が激しいセシルのオーディールは次の戦闘機動でおそらくラストだ。

自分が攻撃を外し、尚且つ相手がまだ動ける状態だったら敗北が確定する。

「(潮時だな……私もイザナギも……だが……全身全霊を……最期の力を振り絞る……!)」

一方、元々燃費が悪い大型機を駆るユキヒメも次が最期の一撃になると予感しており、それに自らの全てを懸けることを決意していた。

「やれるな……オーディール……!」

"巨人"の名を冠するギガント・ソードを右腕でゆっくりと構え直し、突撃による真っ向勝負の体勢を取るセシルのオーディール。

「アキヅキ流が第零奥義……『星月の大太刀』……!」

アキヅキ流の番外にして最強の奥義を繰り出すべく、その奥義に由来する号を与えられた大太刀を左肩で担ぐように構えるユキヒメのイザナギ。

「この一撃でッ!」

「我が大太刀にッ!」

先ほどと同じくオーディールとイザナギは全く同じタイミングで地面を蹴り、重く大きい得物を携えながら紅い花畑の中を駆ける。

「貫いてやるッ!!」

「断てぬもの無しッ!!」

セシルとユキヒメ、それぞれの勇気と魂を込めた一撃が交錯する!

この戦争を代表するエース同士の死闘の結末は……。


「……」

"星月の大太刀"を左側から受け、上半身と下半身を繋ぐ腰部を文字通り一刀両断されたセシルのオーディール。

「……ごふッ……見事……だ……!」

しかし、彼女が繰り出したギガント・ソードによる決死の刺突もイザナギのコックピット――つまりユキヒメの身体を貫いていた。

「……勝った……のか?」

心の臓を抉られた白と赤のサキモリの姿を目視確認したことで、セシルはようやく勝利の実感が湧き始める。

「……離れろッ……!」

だが、ユキヒメのイザナギは"星月の大太刀"を手放すと、最期の悪足搔きと言わんばかりに左マニピュレータで張り手を繰り出し、蒼いMFの上半身を強引に弾き飛ばす。

「うぐッ!? 何を……ハッ!?」

武人らしからぬ突然の不意打ちにセシルは思わず怯んでしまうが、その直後に起きた出来事で即座に意図を察する。

「(セシル・アリアンロッド……貴様は生き続けろ……それが勝者の責任だ……)」

オーディールのギガント・ソードで串刺しにされたダメージは予想以上に大きかったのかもしれない。

破損した電子機器の一部から火花が散っていることに気付いたユキヒメは、自機の爆発に"勝者"を巻き込まないよう最期の力を振り絞っていたのだ。

「(敗者は潔く去るのみ……姉さん……オウカ……すまない……)」

たった一人の肉親と愛する人へ先に逝くことを詫びた直後、電子回路のショートにより突如出火したユキヒメのイザナギは瞬く間に炎に包まれる。

緊急脱出は……もう間に合わないだろう。

「機体が……そうか……最期まで奴は……」

張り手の勢いで弾き飛ばされ、紅い花畑に転がり落ちた乗機のコックピット内から月の武人の最期を見届けるセシル。

彼女はそれを"自分への配慮"とも"機密保持のための壮絶な自決"とも受け止めていた。

「(綺麗な蒼い惑星(ほし)……私が生まれた星……こんなに遠くまで来たんだ……)」

おぼつかない手つきでシートベルトを外しながらセシルは月の夜空を見上げる。

おてんば娘だった子どもの頃、天体望遠鏡で眺めることしかできなかった場所に彼女は辿り着いた。

「(遠くなっていく……お父様……お母様……カリーヌ姉さん……)」

そして、ここは星の海――オリエント人の死生観で言う"天国"に最も近い場所。

左腕を失う重傷を負った身体を限界まで酷使していたセシルの脳裏に走馬灯が(よぎ)る。

「――シル! 無事なら応答して! 返事をしてッ!」

それを遮るように聞こえてくるメルト艦長らしき女性の声も幻かもしれない。

「(……みんなの声も……)」

その声が遥か彼方まで遠ざかってしまった時、"もう戻れない"と感じながらもセシルは静かに黒い瞳を閉じる……。


 こうして彼女の戦争は終わった。

人事不省に陥ったセシルが奇跡的に意識を取り戻し、戦争終結を知るのはそれから約2週間後のことであった。

【マンジュシャゲ】

ルナサリアンの国花且つアキヅキ家の象徴として世間には広く受け入れられており、特定の時期になると月面都市各地で紅い花を咲かせる。

なお、地球に咲くヒガンバナと呼ばれる花との関係性は不明だが、一説には「ルナサリアンがいた世界のヒガンバナを品種改良し、月面でも栽培できるようにしたのがマンジュシャゲ」と云われている。

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