【TLH-94B】巨人の刃
銀色の金属片――実体剣の刃先が光を反射しながら飛び散り、都市公園の天然芝に深く突き刺さる。
「ッ……!」
「……!」
激しい剣戟の末、上半分を失った得物を握り締めながら睨み合うセシルのオーディールM2とユキヒメのイザナギ。
「逃げるのか!? いや……だが逃がさん!」
この状況で先にアクションを起こしたのはセシルだった。
折れた試製ソリッドサーベルを投棄しながら飛び立つ蒼いMFに向けてユキヒメは固定式機関砲を発射するが、加速力が高いオーディールに命中弾を与えることはできなかった。
「CIC! フライトデッキに連絡! ギガント・ソードをカタパルト射出してくれ!」
もちろん、セシルは逃げるために一時離脱を図ったわけではない。
彼女は白と赤のサキモリの動向に注意しつつ母艦アドミラル・エイトケンの戦闘指揮所に通信を繋ぎ、オーディール系列機用オプション装備"ギガント・ソード"の射出を要請する。
「ギガント・ソードはそうやって使う物じゃないぞ!」
カタパルト射出は大きい力が掛かるため、それに対応していない物を無理矢理射出すると破損させてしまう恐れがある。
そもそもシギノが指摘している通り、MF用携行武装のギガント・ソードはカタパルトにセットできないのだが……。
「副長! ゲイル1の指示通りにやりなさい!」
「艦長……!」
「彼女なら空中キャッチぐらいできるはず! それに敵機は大剣タイプの武装を装備している可能性が高い」
アドミラル・エイトケンの最高責任者であるメルトの意見は違った。
困惑気味のシギノ副長を説得するようにメルトは"セシルの判断力と技量を信頼している"と語り、それに加えて戦闘データのモニタリング中に気になったワンシーンを自身の専用タブレット端末に表示して確認させる。
問題のシーンに映っているのはユキヒメのイザナギの後ろ姿で、解像度の都合で不明瞭だがバックパックにギガント・ソードに匹敵する大型実体剣を背負っているようだ。
「同等の武器を持っていないとアンフェアでしょう?」
一騎討ちを望む味方の邪魔をするつもりは無いが、オリエンティア的騎士道においては一騎討ちはあくまでも対等な条件でなければならないとされる。
そのため、自分たちの目の前で行われている決闘がそうではないと判断した場合、格差是正を目的とする"限定的な介入"であれば許容範囲内だという見解をメルトは示す。
「カタパルト射出が無理なら、私が自分で届けに行く」
「……CICよりフライトデッキ、ギガント・ソードを2番カタパルトにセットしろ!」
艦長の意見に全面同意し"自分でやる"とまで言い出したリリスの左肩を掴んで制止すると、周囲の熱意に負けたシギノは責任を背負うようにヘッドセットマイクに向かって叫ぶのだった。
「位置座標及び射出速度の設定は追って知らせる! 射出さえできるなら方法は問わん! 作業急げ!」
一方その頃、アドミラル・エイトケンの頭上では2機の機動兵器が空中戦を繰り広げていた。
「(何をするつもりかは読めないが……この距離ならば多銃身機関砲で牽制できる)」
逃げに徹する蒼いMFの目的は現時点では断定できない。
しかし、敵機の行動を牽制するためユキヒメのイザナギは回転式多銃身機関砲を構える。
「射撃開始!」
「ゲイル1、ファイア! ファイア!」
白と赤のサキモリが攻撃態勢に入った瞬間、ほぼ同じタイミングでセシルのオーディールもレーザーライフルを発射。
全弾撃ち尽くすつもりで反撃を仕掛け、ガトリングガンの照準を安定させる余裕を与えない。
「こちらアドミラル・エイトケンCIC、現在フライトデッキの作業員たちが2番カタパルトにギガント・ソードをセットしている!」
激しい撃ち合いを続けているとアドミラル・エイトケンCICのシギノ副長から通信が入り、先ほど要請した"支援物資"についての作業進捗が伝えられる。
「予想作業完了時間は!? こっちはたった今ライフルを全弾使い切った!」
「あと90秒は掛かる! 手順を多少飛ばせるとしても、これ以上は詰められない!」
予備マガジンまで使い切ったレーザーライフルを投棄しながら支援物資の配送予定を尋ねてくるセシルに対し、シギノは作業工程を限界まで切り詰めても最低90秒は必要だと返答する。
「遅いッ! その90秒があれば奴は私を殺せるんだぞッ!」
「くそッ! こういう時に限って他の機体は出払っている……!」
90秒はMF戦においては短いようで長い時間。
それをよく知るセシルが怒鳴るのも無理はないが、作業員たちは既に全力で作業に当たっているのでシギノがこれ以上できることは無い。
何より、一騎討ちには介入できずともサポートぐらいは可能であろう、セシル以外の面々が友軍艦隊支援のため不在なのはタイミングが悪かった。
「味方機は友軍艦隊の支援、フライトデッキはギガント・ソードの射出準備、そして私は生き残るための時間稼ぎ――それぞれの役割に集中すればいい!」
これまでと異なり"スーパーコンセントレーション"の領域に至っているセシルはすぐに頭を切り替え、どう足掻いても縮められない時間分だけは自力で生き延びることを宣言する。
各々が求められている役割を完璧に果たせば必ず良い結果に繋がるはずだ。
「(奴の母艦の飛行甲板で何か行われている? 発艦作業――にしては射出機に載せられている物体が小さすぎるし、角度も明らかにおかしいな)」
戦闘の最中、アドミラル・エイトケンの飛行甲板上空を通過したユキヒメは発艦作業に違和感を抱くが、この時点では何が行われているのかまでは見抜けなかった。
「いつまで逃げ惑っているつもりだ? 遅延行為とはらしくないな、セシル・アリアンロッド!」
艦上の動きには少しだけ注意を向けておくとして、今は逃げ一辺倒の蒼いMFの追撃を優先するユキヒメ。
「遠距離からガトリングで一方的に攻撃してくるお前も大概だろう? アキヅキ・ユキヒメ!」
彼女らしからぬ安っぽい挑発にセシルは全く動じず、高レートで発射される大量の鉛玉をかわしながら逆に皮肉を返してやるのであった。
「(セシル……頼む、もう少しだけ持ち堪えてくれ!)」
アドミラル・エイトケンのMF格納庫内から天を仰ぎ、自分たちの頭上で空中戦を繰り広げている蒼いMF――自分が整備及び調整を担当しているセシルのオーディールの戦いを見守るミキ。
「ライコネン技術大尉! ギガント・ソードの射出準備が完了しました!」
「CICからの指示は!?」
メカニックの一人に呼び掛けられた彼女は力強く頷くと、カタパルトのパラメーター設定に必要なデータはまだ来ていないのかと尋ねる。
「こちらCIC、これより位置座標及び射出速度の設定を指示する。フライトデッキは射出要員以外退避を開始せよ」
「射出要員以外は退避急げ!」
その遣り取りの直後、艦内放送でCICのシギノ副長からフライトデッキに対してアナウンスが行われ、それを聞いたミキは速やかに全メカニックへ退避を促す。
艦載機や機材に直接触れる彼女たちはこの短時間で可能な限りの工夫を凝らした。
ここから先は電磁式カタパルトを操作できる射出要員の腕の見せ所だ。
「目標位置は本艦の軸線上後方500m、高度100ft! 射出速度320km/h!」
シギノが指定している数値を正確に反映した場合、かなりの速度で打ち出されたギガント・ソードはアドミラル・エイトケンの真後ろ500m付近で頂点に達した後、放物線を描きながら緩やかに落下していく軌道を取ると思われる。
「了解! カタパルト方位及び仰角、ボルテージ設定値――入力完了! 数値チェック!」
「数値チェック――問題無し! 射出準備完了!」
カタパルト制御は飛行甲板を一望できる場所に設置されている航空管制室が担当しており、この部屋のスタッフ――フライトクルーたちは計算表を駆使しながらマニュアル操作で数値を入力する。
これはギガント・ソード単体での射出を想定したプリセットが存在しないためであり、入力されたパラメーターは別のフライトクルーによるダブルチェックを行うことでトラブルを未然に防ぐ。
「CICよりゲイル1、"お届け先住所"への移動を開始せよ。貴官なら最小限のタイムロスで受け取れるはずだ」
「ゲイル1、了解!」
フライトクルーから報告を受けたシギノはセシルに対し移動開始を指示しつつ、その受け取りの目安となるギガント・ソードの予想軌道を戦術データリンクで共有する。
これによりセシル機のH.I.S(ホログラム・インターフェース)へ割り込むように軌道が表示され、前例の無い空中キャッチを成功させる手助けになるはずだ。
「カウントダウン開始します! 10、9、8、7、6――」
艦載機を射出する場合は搭乗者にタイミング決定権を移譲するが、今回は無人機運用時の規則を適用しメインオペレーターのエミールがカウントダウンを行う。
「(敵機はこちらの介入に気付いていない……いえ、もしかしたら対等な勝負のためにあえて見逃しているのかもしれない)」
飛行甲板上での作業は上空からは丸見えのはずだ。
にもかかわらず敵機――ユキヒメが抗議の一つも入れてこないことに不安と安堵が織り交ざった表情を浮かべるメルト。
「――5、4、3、2、1……射出!」
10秒のカウントダウンの後、エミールはフライトクルーに射出の合図を送るのだった。
アドミラル・エイトケンの2番カタパルトから柄を進行方向にしたギガント・ソードが勢い良く射出される。
これは万が一セシル機が受け取り損ねた際に接触しても切り裂かれないよう、失敗時の安全性に配慮した工夫だ。
もっとも、一度きりのチャンスで失敗したらギガント・ソードは月面に落下し、その衝撃で破損してしまうかもしれないが……。
「(来るか……! そろそろ加速してポジショニングしなければ!)」
ギガント・ソードの射出を無線で確認したセシルはH.I.Sに表示されている情報と経験――そして勘を頼りに位置取りとタイミングを図る。
カタパルト射出された装備の空中キャッチなどシミュレータでさえやらないような曲芸だが、今は現実世界でやってみせるしかない。
「(一気に速度を上げた! 下の動きと連動しているのか!?)」
一方、蒼いMFの動きを見たユキヒメは先ほど視認した敵母艦の不審な動きを思い出すと、不覚を取らないためにも素早く行動を起こす。
「どういう魂胆か知らんが、これ以上好きにはさせん!」
左腕で保持したままにしていた回転式多銃身機関砲を再び発射するユキヒメのイザナギ。
「("お届け物"のコース上に入られないよう、上手い具合に撹乱したいが……)」
白と赤のサキモリの射撃の癖は既に見抜いているので、大口径弾の嵐については今更恐れる必要は無い。
それ以上にセシルが懸念しているのは空中キャッチのため位置を合わせた瞬間、予想軌道に割り込まれてしまうことだ。
「(横からタイミングを合わせて掠め取る!)」
後方より飛来したギガント・ソードと接触するように誘導し、撃墜のチャンスを作るのも悪い賭けではないだろう。
ただ、そのような勝ち方などセシルは望んでおらず、彼女はあえて"ユキヒメを巻き込まない"ことを意識したアプローチを選んだ。
「ゲイル1! 横では無理だ! 縦軸を合わせろ!」
「静かにしていてくれッ!」
想定外の動きを咎めようとするシギノを強い口調で逆に黙らせつつ、一度きりのチャンスに向けて集中力を高め直すセシル。
「(予想軌道を左手に捉えるよう調整! 距離300、200、100……今!)」
彼女は自機の針路とギガント・ソードの予想軌道が交差するよう正確に調整し、時速300km/h以上で突っ込んで来る"お届け物"の受け取り態勢を整える。
「(左手から飛翔体!? さっきの物体は巨大なカタナだったのか!)」
予想通り後方に食らい付いていたユキヒメもようやく敵母艦上で目撃した物体の正体に気付くが、運悪く回転式多銃身機関砲のクールタイムに入ったせいで妨害ができなかった。
「うぐッ……バランサー作動……姿勢安定! よし……行けるぞッ!」
次の瞬間、ギガント・ソードを文字通り受け止めるカタチとなったセシルのオーディールは強い反動でバランスを崩してしまう。
それでも蒼いMFは内部フレームによる衝撃吸収とドライバーの腕で素早く立て直すと、自機よりも巨大な実体剣を握り締めながら反撃の狼煙を上げるのであった。
【フライトデッキとフライトクルー】
主にオリエント国防海軍で使われる用語。
前者は”飛行甲板及び格納庫の作業員”、後者は”航空管制室のスタッフ”を指す。




