【TLH-94A】信頼と友情と絆と
東の空を一瞬照らした蒼い光……。
その正体はMFの固定武装レベルのエネルギー量を持つ2本の蒼いレーザーだった。
「援護射撃ッ……!? ブランドルさんの娘たちか!」
それに辛うじて反応できたライラックのエクスカリバー・アヴァロンは左腕のシールド一体型レーザーライフルを犠牲に攻撃を防ぎ、横槍を入れてきた相手に向かって悪態を吐きながら一時離脱を図る。
どうやら彼女はブランドル――シャルラハロート姉妹の父親のことを知っているらしい。
「レガ! 2秒早かったわね!」
リリーの予想よりも2秒早くレガリア(とブランデル)は戦闘エリアに到着してくれた。
「クローネ機の回収はメディカルチームに任せてる! それよりもライガはまだ機体に戻っていないの!?」
「そろそろだと思うんだけど……!」
レガリアが撃墜されたクローネの状況を報告しつつライガ機が戦闘に参加していない件について尋ねると、リリーは直感頼みと思われるかなり適当な答えを返す。
幼馴染が戦線復帰してくることはイノセンス能力が無くとも確信しているのだが、具体的なタイミングまではさすがに断定できない。
「私たちで時間稼ぎをするぞ! 3人で袋叩きにすれば何とかなるだろ!」
「そうね……上手くタイミングを図ってライガ機と合流し、彼をリフターしながらトンネルへ飛び込む」
ともかく、今はブランデルの言う通りライガのために安全確保を優先すべきだろう。
彼が乗機パルトナ・メガミに乗り込む様子を確認したら、すぐにレガリアが次の行動へ移りパルトナと合流。
クラッキングにより入口を強制開放した秘密トンネルへと突入する。
「リリー、話は聞いたな? あの女を倒さなくちゃいけないという意思は、スターライガ全員の総意なんだ!」
「私たちはこんな所で足踏みしているわけにはいかない。ライラック博士との戦いは、この戦争を終わらせるための通過点でしかないのだから」
それぞれの役割に取り掛かる直前、ブランデルとレガリアは30年来の仲間の背中を押す。
母娘の対立は本来ならば当事者間で解決すべき問題かもしれないが、スターライガチームはラヴェンツァリ姉妹への支援を約束する――と。
「……うん! やっぱり、持つべきものは信頼できる友達だね!」
大勢の仲間たちとの固い友情、最愛の人から受ける深い愛――そして、妹や幼馴染との強い絆。
力強く頷いたリリーを取り巻く人間関係は多彩であった。
「フフッ、あなたたちは常に私の予測を上回ってくる……全く、そこまでされると怒る気にもなれないのよね」
それが娘にとって大きな力となっていることは孤高のライラックも認めざるを得ず、彼女は喜びと呆れが入り混じったかのような苦笑いを浮かべる。
「(こちらも悠長にはしていられない……ライガ、なるべく早く戻って来なさい!)」
戦力の均衡が崩れたことで緊張感が増していく中、レガリアは心の中で少しだけ戦友を急かすのだった。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
まずは機動力が高く一撃離脱戦法を得意とするレガリアの重機動型バルトライヒが、先ほど有用性を示した2本の蒼いレーザー――外付け式簡易連装レーザーキャノンによる牽制の域を超えた連射攻撃を仕掛ける。
「3人に勝てるわけないでしょ!」
回避運動に集中する白いMFに対して今度はリリーのフルールドゥリスが一気に間合いを詰め、真正面から大型ビームブレードで斬りかかる。
「はぁぁぁッ!」
「くッ……!」
相手の視界内に入った状態で繰り出した初撃は避けられたものの、それを見越していたリリーはすぐに機体を反転させ再攻撃を叩き込む。
目の前の敵機だけでなく、他の2機にも注意を払わなければならないライラックはオールレンジ攻撃によるカバーを以ってしても苦戦を強いられていた。
「リリー! どきなさいッ!」
激しく切り結び合うフルールドゥリスとエクスカリバーの膠着状態を破るべく、レガリアは同士討ち寸前のアグレッシブな援護射撃で2機のMFを無理矢理引き離す。
イノセンス能力者同士の微弱な感応はこういう時に地味ながら役に立つ。
「(連携で畳み掛けられると苦しいか……あと1機がいない!?)」
近距離はリリーのフルールドゥリス、遠距離ではレガリアのバルトライヒの猛攻に晒されているうちにライラックはあと1機――ブランデルのプレアデスを見失っていた。
レーダー画面上には時折機影が映るので、すぐ近くで攻撃タイミングを窺っていることは予想できるが……。
「よっしゃぁッ! 二人ともナイスアシストだ!」
「しまッ――ッ!?」
しかし、フルールドゥリスとバルトライヒの連携に翻弄された結果、実際に真紅の可変型重MFが動き出した時には遅かった。
完全に不覚を取られるカタチとなったライラックのエクスカリバーは、プレアデスの格闘戦用フレキシブルアーム"ヴァンパイアクロー"に捕らえられてしまう。
「やっと捕まえたぞ! もう逃がさねえからな!」
「ガハぁッ……!」
重量級MFらしいパワーでブランデルは白いMFをコンクリート壁に勢い良く叩き付け、機体と搭乗者双方に対する大ダメージを狙う。
ライラックの口から漏れ出た呻き声が衝撃の激しさを物語っていた。
「「やったか!?」」
「リリーには悪いが……このまま機体ごと真っ二つにしてやる!」
エクスカリバーの動きを完全に封じたことでレガリアとリリーは勝利を確信し、ブランデルはこれでトドメと言わんばかりにフレキシブルアームのクロー部分を締め始める。
「来いッ! サーヴァントッ!!」
だが、絶体絶命の危機にあってもライラックは決して諦めなかった。
前半戦で1基、対リリー戦で2基を失いながらもライラックのエクスカリバーは3基のオールレンジ攻撃端末"サーヴァント・デバイス"を残していた。
幸運にもコンクリート壁に叩き付けられた時は3基全て射出していたため、これらで真紅のMFを集中攻撃すれば危機的状況を打開できるかもしれない。
「ッ! ブランッ!!!」
「なッ……!?」
白いMFの不穏な動きに気付いたレガリアは咄嗟に妹の名前を叫ぶが、攻撃動作に夢中になっていたブランデルは不意打ちへの反応が遅れてしまう。
「いけないッ……!」
「ぐあッ! 何すんだよリリー!?」
彼女から最も近い位置にいたリリーはすぐに機体を加速させると、少しだけ加減した強烈なタックルでブランデルのプレアデスを無理矢理突き飛ばす。
この時点ではなぜ味方に邪魔されたのか理解が追い付かなかったブランデルだったが……。
「きゃああああああッ!!」
「り、リリーッ!!」
事実上自分の身代わりとなるカタチでオールレンジ攻撃を食らったリリーの背筋が凍るような悲鳴を聞いた瞬間、ブランデルはようやく状況を理解する。
それは自分の不注意による代償を仲間が支払ったことを意味していた。
「今だッ!」
「博士に逃げられる……あッ! いけないわッ!」
リリー機のタックルで生じた隙を突くようにライラックのエクスカリバーは全スラスターを最大噴射し、真紅のMFのフレキシブルアームを引き千切りながら離脱を図る。
妹と友人のフォローに入るつもりだったレガリアは完全に後手に回ってしまっていた。
「見ていなさい! あなたたちの親友の機体が破壊される瞬間を!」
白いMFの狙いは管理施設屋上に露天駐機されているパルトナ・メガミ。
これを地上撃破してしまえばライガから戦う力を奪い、スターライガチームの戦力を大きく削ることができる。
「撃てッ! 我が僕たちよ!」
活動限界が近い3基の端末を自機の前方へ飛翔させ、使い魔たちを使役するかのように一斉射撃を放つライラック。
「「ライガッ!!」」
現時点で行動可能なレガリアもブランデルも、今回ばかりは間に合わないことを覚悟していた。
「VSLC、スキャッターモード! ファイアッ!」
その時、いつの間にか機体に乗り込んでいたライガの声と連動するようにパルトナ・メガミはVSLC(腰部可変速レーザーキャノン)を後方へ向けると、レーザーをショットガンのようにバラ撒くスキャッターモードで発射。
自機を狙う3基の端末のうち2基を蒼い光の散弾で強引に撃ち落としてみせる。
また、レーザーの弾幕が射線を遮ることでエネルギーを相殺した結果、撃ち漏らした1基の攻撃も白と蒼のMFには届かなかった。
「防がれたッ!?」
「来いッ! レガッ!」
「……分かったわ!」
自身の計算を再び上回られたことに驚愕するライラックは一旦無視しつつ、ようやく動き出せたライガのパルトナは助走をつけてからメインスラスター最大噴射で一気に飛翔。
彼の行動と言葉で指示内容を理解したレガリアも同じように愛機バルトライヒを加速させ、放物線を描く軌道に入った味方機を丁度"リフター"できるよう合流を目指す。
「どきなさいッ!」
「ああッ……!?」
深紅の可変型重MFは強引な体当たりでライラックのエクスカリバーを吹き飛ばし、管理施設屋上を舐めるように通過しながら味方機との位置関係を調整。
パルトナが降下してくるタイミングで上手い具合に自機の上面に掴まらせると、態勢を整えるためスムーズに加速しながら高度を上げていく。
「待たせてしまってすまない……俺が手間取ったせいでリリーが……」
「彼女は大丈夫よ。機体へのダメージは少なからずありそうだけど」
概ね予定通りに行動しながらも幼馴染の被撃墜を許してしまったと悔やむライガを責めることはせず、自分が確認した限りリリーは全く問題無さそうだと励ますレガリア。
ただ、中破した機体では戦闘続行は困難かもしれなかった。
「こいつは私が引き付ける! その間に姉さんたちはトンネルへ飛び込め!」
「頼んだぞブラン! レガリア、トンネルの入り口を視認できているか?」
管理施設屋上ではブランドルのプレアデスが白いMFへ果敢に立ち向かっている。
エクスカリバーの相手は腕利きの彼女に任せ、ライガはトンネル突入前にレガリアと簡単な打ち合わせを行う。
「ええ、隔壁が開き始めているわね」
トンネル入り口の場所はブリーフィングで予め把握している。
そして、レガリアはコンクリート壁に擬装されている隔壁が現在進行形で開いていることを目視確認した。
「突入タイミングはお前に任せる。覚悟が決まったら始めるぞ」
「……振り落とされないようにしっかり掴まっていなさい!」
次のフェーズの開始タイミングをライガより一任されてから数秒後、既に覚悟を決めていたレガリアは推力制御を担う左操縦桿を前に目一杯倒すのだった。
【Tips】
イノセンス能力に相手の心を完全に読み取れるような便利機能は無い。
ただし、純化された思考と感覚――そして人生経験を駆使すれば心の機微は意外と分かるようになるらしい。
能力者同士の感応というのは、基本的に相手の気持ちを察する行為の延長線上にあると言っていい。
事実、最近の研究では「イノセンス能力を持つ者は共感性とエゴイズムが極めて高い水準で両立している」という結果を示唆するデータがいくつか挙げられている。




