【TLH-93A】Cracking to the Gate
主戦場を離れてから約2分後、レガリア率いるβ小隊はライガのα小隊がつい先程まで戦っていたエリアに到着。
「クリノスと"ミハエル"の機影が停止している……何か異常があるのかしら」
最初に異変に気付いたのはニブルスだった。
彼女はレーダー画面上に表示されている緑色の光点――サレナのクリノスとクローネのシューマッハ(1号機)がその場から動いていないことを確認し、何かしらのトラブルに見舞われている可能性を懸念する。
「ッ! ライガさんとリリーさんは!?」
「こちらバルトライヒ! 状況を――クローネは一応無事なのね?」
それに加えて本来いるはずの二人がいないことをソフィが指摘した直後、まだ何も見聞きしていないにもかかわらずレガリアは通信回線を開いて状況報告を求める。
「もっと近付かないと分からないが……いや、損傷は酷そうだな……」
「彼女は生きているわ! 意識もあるけど、私一人じゃ外に引きずり出せない!」
ブランデルが大破したクローネ機を目視できる距離まで接近したところでサレナはようやく通信に応じ、僚友が置かれている状況を簡潔に説明する。
「……身体の一部が挟まっている可能性もある。機体もクローネも無理に動かさず、メディカルチームを呼んで対応させましょう」
機体全体を覆う増加装甲を装備している関係で変形できないため、レガリアの重機動型バルトライヒは緩やかに降下しつつ失速寸前の速度域まで減速。
白と青のMFのコックピット付近を重点的に確認すると、メディカルチームの派遣を要請すべきだと結論付ける。
上空からだと詳細情報は得られにくいが、少なくとも素人による救出作業は賢明な判断とは言えないだろう。
「ニブルス、ソフィ! あなたたちは味方機の墜落地点の安全確保に回って!」
レガリアはニブルスとソフィを安全確保のためここに残し、自分と妹の二人で更に西進することを決めた。
「んで、私たちは予定通りライガの援護に向かう――というわけだな」
「ええ! 急ぎましょう!」
ブランデルのプレアデスとエレメントを組み直すと、レガリアは左操縦桿を前に押して愛機バルトライヒを加速させる。
「(私たちが追い付くまでの時間稼ぎ……頼んだわよ、リリー!)」
シャルラハロート姉妹の搭乗機はどちらも機動力に優れる重可変機。
単独行動中のリリーの頑張り次第で追い付けるはずだとレガリアは期待していた。
一方その頃、ホウライサン近郊と月の宮殿を繋ぐ秘密トンネルのコントロールルームにライガの姿はあった。
彼は工作活動に必要な道具一式を携えながら機体を降り、トンネル入り口及び内部隔壁を強制開放するためのクラッキングを試みていた。
「(ええっと、ここに挿し込めばクラッキングツールが自動起動して……これだな)」
完全無人化されている施設を難無く制圧したライガはクラッキングツールが保存されたUSBメモリを取り出すと、それをコンピュータの接続口に挿し込んで起動を待つ。
このUSBメモリは元々レンカがスパイ活動用に使用していた、ルナサリアン側の規格に適合した補助記憶装置である。
「(後はリリカさんが用意してくれたマニュアルに従えば――おいおい、謎解きゲームじゃあるまいし)」
クラッキングツール自体はコンピュータ技術者であるリリカが突貫作業で開発した物で、同じく即席感溢れる紙のマニュアルを見ながらライガは早速クラッキングに取り掛かる。
「(なんでこのプロセスも自動化してくれなかったんだよ……まあ愚痴っても仕方ないか)」
最も重要な部分が自動化されていないのは正直言って面倒だが、USBメモリもクラッキングツールも専門知識を有する仲間たちが提案・用意してくれたモノ。
それが本当に幸運であることはライガも十分理解しており、彼は内心感謝しながら淡々と慣れない作業を進めていく。
「(ッ! 5分……いや、3分だけでいいから何とか持ちこたえてくれ!)」
その時、脳裏に二つの殺気が奔る……。
これが何を意味しているのか感じ取ったライガは、外部で戦っている幼馴染に向けて念じるように祈るのだった。
「(フフッ、見つけた……! 露天駐機されているパルトナを破壊し、戦う力を奪ってあげる!)」
時を同じくして秘密トンネルに到着したライラックは監視塔屋上に停められている白と蒼のMFを発見。
機体へ乗り込まれると大変厄介なため、彼女はここで先手を打って地上撃破する作戦に出る。
「飛べぇッ!!」
しかし、ライラックの巧妙な破壊工作はギリギリ追い付けたリリーのフルールドゥリスによって未然に防がれた。
「速いッ!? 予想よりも早く追い付かれたか……!」
自機から見て死角となる角度から投擲された大型ビームブレードへの反応は困難だが、それでもライラックのエクスカリバー・アヴァロンは緊急回避で辛うじてかわしてみせる。
「パルトナは彼にとって大切な機体! こんな所で破壊されるわけにはいかない!」
「全ての武器を捨てた機体で何ができるのかしら? あなたが徒手空拳を挑んだとしても、私は剣と銃とオールレンジ攻撃を使うわよ?」
強い決意を持って現れた娘リリーに対し、携行武装を使い切った機体ではまだ余力を残している自分には勝てないと断言するライラック。
一応リリーのフルールドゥリスには固定式機関砲があるのだが、牽制・威嚇用の低威力武装では決定打は与えられないだろう。
「私にはたくさんの仲間がいるの! そして、将来を共に歩んでくれるパートナーにも巡り会えた!」
それでも100歳という年齢を考えれば驚異的な成長曲線を描き続けているリリーの覚悟は揺るがない。
今のリリーは妹や幼馴染を筆頭とするスターライガチームの大勢の仲間たちと、その中の一人にして愛を誓い合った相手に恵まれていた。
「傲慢不遜で誰とも解り合えず、いつまでも一人ぼっちで孤独なあんたとは違う!」
「……あなたに私の何が分かる? 私が生まれてきた理由、歩んできた人生の何パーセントを知っている?」
娘からの理不尽な口撃にも全く動じなかったライラックの表情が一瞬だけ歪む。
まるで、"知ったような口を利くな"と強く訴え掛けるかのように……。
「やっと本性を現したわね……あんたのことなんて結局分からないし、知りたいとも思ってない」
「所詮、人は己の知ることしか知らない――悲しい正論、認めたくない真理ね」
その一方で相互理解を頭ごなしに否定しているリリーの言動を咎めることはせず、それもまた人間の性なのだろうと諦観するライラック。
「この戦争が終わったら結婚して、お腹の中の子どもたちを産んで母親になるの!」
リリーがこれまで以上に母親を激しく否定し、ここで親子関係を清算しようと躍起になっているのには大きな理由があった。
そう……妊娠検査はまだ受診していないものの、リリーは自分の中に宿る新たな二つの命を感じ取っていたのだ。
「だから、もうこれ以上……私たちの人生を邪魔しないでッ!!」
これから生まれてくるであろう双子たちに明るい未来を見せるため、この場に不在の妹の分までリリーは戦う覚悟を決意していた。
「別にあなたやサレナの邪魔をしているつもりは無いんだけど……ねッ!」
バックパック側面から5基のオールレンジ攻撃端末"サーヴァント・デバイス"を射出するライラックのエクスカリバー。
明らかに矛盾した言葉と行動のうち、後者が本音であることは明白だ。
「(まずはビームブレードを回収しないと! あと40秒!)」
武装が無いリリーはその状態を解決するべく、先ほど投擲した大型ビームブレードの回収を優先する。
自分が稼ぐべき時間は40秒……それを凌げば状況は変わると彼女はイノセンス能力で確信していた。
「飛べッ、我が僕たち! 敵を追い詰めなさい!」
「(あんな所に落ちてる! あと30秒!)」
主たるライラックの号令で一斉に動き始めた端末には目もくれず、秘密トンネルの入口付近に落ちている得物を取りに向かうリリーのフルールドゥリス。
「さっき投げつけた武器を回収するつもり? そう簡単に事は運ばせないわよ!」
「取ったぁッ! あと22秒!」
娘の意図に気付いたライラックは端末を追い掛けるように自機を前進させるが、白いMFが攻撃態勢に入る前にリリーは機体の足先で大型ビームブレードの柄を蹴り上げて回収。
「ファイアッ!」
「ッ!」
その直後、5基の端末から一斉に放たれた蒼い光線をリリーのフルールドゥリスは振り向きざまに全て切り払ってみせる。
「精密射撃ができなくたってぇッ!」
「くッ、端末を一気に2基も叩き落とされるとは!」
純白のMFの勢いはこれだけに留まらず、固定式機関砲と大型ビームブレードの連携で連射が利かない"サーヴァント・デバイス"を立て続けに撃墜。
愛機と自分の能力に絶対の自信を持つライラックを少なからず驚愕させる。
「これでもう例の巨大ビームシールドは使えないでしょ!」
そして、端末の喪失はリリーの言う通り巨大ビームシールドこと"ビームウォール"の使用不可も意味していた。
「(多少の被弾では怯まず、動きにも躊躇いが無い……守るべきモノの存在が彼女を戦いの中で成長させているのね)」
シールド一体型レーザーライフルによる反撃をものともせず突っ込んで来る娘の気迫に感心しつつも、大人しく斬られるつもりは無いと格闘戦の準備に入るライラック。
「アタァァァック!」
「端末の射線上に私が出るように動くことで、オールレンジ攻撃を封じる魂胆か……!」
フルールドゥリスの大型ビームブレードとエクスカリバー・アヴァロンの北洋式大型光刃刀が交錯する。
この場面でリリーは非常に賢いポジショニングを行っており、自機と端末と敵機を同軸線上に置くことでライラックにオールレンジ攻撃を躊躇わせていた。
無理な攻撃は自分で自分を撃ち抜く結果になりかねない。
「(あと5秒……レガ、援護射撃お願い!)」
約40秒という短いようで長い時間は十分に稼ぎ出せた。
パワーの差が如実に表れる鍔迫り合いに苦戦するリリーが念じた次の瞬間、それに応えるかのように東の空が蒼く光る……!
【Tips】
"ハッキング"と"クラッキング"は同一視されることが多いが、オリエント語では全く別の行為として明確に区別されている。
これは「外来語の発音と原義はなるべく尊重するべきである」という暗黙の了解が存在するため。
ちなみに、前者は"高い技術力によるコンピュータ・ソフトウェアの研究調査"、後者は"ハッキング知識を悪用したコンピュータ・ソフトウェアへの干渉"といった意味合いを持つ。
作中におけるライガの場合、やむを得ない事情とはいえ行動自体は明らかにクラッキングである。




