【TLH-92A】モード11・ポジション5
ライガ率いるα小隊がライラックと死闘を演じていたのと同じ頃、それ以外のスターライガMF部隊はバイオロイドの大編隊を押さえ込むべく抵抗を続けていた。
「バルトライヒ、ファイア!」
「損傷甚大……戦闘続行不――」
最終決戦に備えて燃料弾薬を温存しつつ、レガリアの重機動型バルトライヒは簡易連装レーザーキャノンでバイオロイドのリガゾルドを撃墜していく。
ここまでの戦闘ではスターライガチームが常に優勢を保ち、正規軍の一線級部隊を凌駕する戦闘力を誇るバイオロイドたちを圧倒していた。
「敵脅威レベル、50%に低下! この調子ならば押し切れます!」
「このまま上手く行けば……だけどね」
敵脅威レベルの減少率を確認したヒナは作戦が順調に進むことを期待するが、彼女よりも用心深いレンカはそこまで楽観的ではない。
「上手く行きそうにないぜ! 方位0-0-0に新たな敵影確認!」
レンカの予想は正しかった。
愛機シャルフリヒターの主兵装ギガント・アックスで敵機を叩き潰していたルミアは、機上レーダーが捉えた敵増援の接近を仲間たちに告げる。
「バイオロイドめ! どれほどの戦力を隠し持っているんだ!?」
「……レガ、ここは私たちの総力を以って対処する! 貴様はライガと合流してこの戦争の元凶を討て!」
ルナールのε小隊と共にバイオロイドたちを迎え撃っていたサニーズは決断する。
当初の作戦プランを大きく変更し、レガリアのβ小隊を一気に動かすべきだ――と。
「サニーズ……分かったわ! 航空隊の指揮はあなたに任せる!」
付き合いが長い戦友の意図を汲み取ったレガリアは力強く頷き、"スターライガ第3のエース"にMF部隊の指揮権を譲り渡す。
冷静沈着なサニーズならば何があっても航空隊を問題無く統率できるだろう。
「β各機、これより戦域を移動しα小隊と合流する!」
「あいつらなら大丈夫だとは思うが……急いだ方がいい」
戦線の維持を頼れる仲間たちに任せると、レガリアは妹のブランデルたちと編隊を組み直して移動を開始。
「ソフィ! 私の機体に"リフター"しなさい!」
「了解!」
β小隊で唯一非可変機に搭乗するソフィを自機の上に掴まらせ、バイオロイドの親玉と戦っているα小隊の所へと急ぐ。
「行ってこい……うちの"リーダー"を手助けしてやってくれ」
機動力にモノを言わせて飛び去る4機のMFを見送りつつ、サニーズは戦友を追跡しようとする敵機に狙いを定めるのだった。
一方その頃、こちらはスターライガMF部隊が交戦中の場所から西に30kmほど離れた、作戦エリアの西端付近――。
「博士! 俺は貴女自身に恨みがあるわけじゃない!」
味方の動向をイノセンス能力で感じ取ったライガは隙を見て一気に離脱を図り、追い縋ろうとするライラックのエクスカリバー・アヴァロンに向けてマイクロミサイルを後方発射しつつ加速。
簡単には追い付けない距離まで逃げ切ることに成功した。
「……だから、より因縁が深いリリーとサレナの手を私の血で汚させると?」
正面から飛来するマイクロミサイルに対する緊急回避によって減速を余儀無くされ、ライラックは珍しく悪態を吐きながらそれ以上の追跡を中断する。
「親殺しが人間の犯し得る最も重い罪の一つだとしても、道を踏み外した母親を止めるためならば躊躇わない!」
「彼にあんたの穢れた返り血を浴びせるわけにはいかないの!」
そこへサレナのクリノスとリリーのフルールドゥリスが逆に追い付き、2機のMFは腰部に装備されているワイヤーアンカーを射出。
アンカー部分をバーニアで上手くコントロールしてカーボンナノチューブ製ワイヤーをエクスカリバーに巻き付かせ、白いMFの動きを完全に封じることに成功する。
「あなたたち! そういう風に躾けた覚えは無いわよッ!」
ライラックのエクスカリバーは非常に高い出力を持つ機体だが、軌道エレベーターにも使用されるほどの強度を誇るカーボンナノチューブ製ワイヤーを引き千切ることはさすがに難しい。
しかも、今回はそんなワイヤーが4本も機体に絡まっているのだ。
「相手が悪人とはいえ、リリーさんたちに親殺しの罪は背負わせない……私に決めさせてください!」
この戦場にいる機体で唯一フリーに動けるクローネのシューマッハは専用ビームソードを抜刀し、美味しいところを貰っていくつもりで機体を加速させる。
射撃武装で安全に攻めないのはエクスカリバーの防御兵装"ビームウォール"への警戒と、味方機のワイヤーアンカーが射撃に耐えてしまうほど頑丈で諸共破壊できないためだ。
「この程度の拘束など……E-OSドライヴ、フルパワーッ!!」
「「ワイヤーアンカーを振り解かれたッ!?」」
しかし、ライラックのエクスカリバーはまだ力を隠し持っていた。
彼女はE-OSドライヴの出力を一時的に170%まで引き上げることでワイヤーを無理矢理千切り飛ばし、リリーとサレナを全く同じ反応で驚愕させる。
「間に合えぇぇぇぇぇぇッ!!」
「ッ……!」
クローネのシューマッハの突撃に対する回避は間に合わない。
武器を構え直す猶予すら足りない中、ライラックが咄嗟に選んだ行動は……。
「「クローネッ!!」
「なッ……!?」
イノセンス能力で悪い予兆を感じ取ったラヴェンツァリ姉妹が叫ぶも時すでに遅く、クローネのシューマッハの刺突はエクスカリバーの右マニピュレータに食い止められる。
回避も切り払いも困難な状況でライラックが選んだのは、敵機の右手首を掴んで止めることだった。
「はぁぁぁぁぁぁッアアッ!」
拘束を振り解かれる前に彼女はシールド一体型レーザーライフルを装備している左腕を振るい、気迫のこもったシャウトを発しながら白と青のMFのコックピットめがけて直接打撃を叩き込む。
「うぐぁッ……!」
かなりの勢いで殴られたシューマッハは右上腕部とコックピットブロック右側面を激しく損傷。
右腕全体が衝撃を和らげるクラッシャブルゾーンとして機能したことでコックピットの完全破壊は免れたものの、それでも変形自体は小さくなくクローネが軽傷で済んでいるとは考えにくい。
「出てこなければ、やられなかったものを……チッ!」
散々手こずらされた敵機をようやく撃破したライラックだったが、息つく暇も無く今度はより強力な相手――自身が生み出した"最高傑作"との戦いに突入する。
「ランダムバラージィッ!」
「クローネッ!? 無事なら応答して! クローネッ!!」
超高速ローリングしながら拡散レーザーライフルを連射する必殺技"ランダムバラージ"を繰り出すリリーのフルールドゥリスを援護しつつ、クローネ機の墜落地点を目視確認したサレナは必死に呼び掛ける。
「――クローネに何かあったのか!?」
「母さんの反撃をもろに食らって……応答が無いの……!」
「彼女はまだ生きている! ライラック博士を引き離してから安否確認を行え!」
こちら側でのトラブルにかなり遠くまで離れたライガも気付いたらしい。
彼はサレナから極めて簡潔な状況説明を受けると、"クローネは無事だ"とだけ伝えて指示を言い残す。
「サレナ! ママの相手は私一人でやる! そっちはクローネの方をお願い!」
幼馴染の助言に従いリリーは単機で前進。
クローネ機の回収を妹に任せ、自らは母親とのタイマン勝負に臨むことを告げる。
「ええ……姉さん、母さんは本気で私たちを殺すつもりよ。だけど……できればどちらにも死んでほしくない」
「……私は本気で殺る。手加減するつもりは無いから」
サレナの偽らざる本音に自分の覚悟が揺るがないよう、あえて突き放すように淡々と答えるリリー。
「E-OSドライヴ、フルパワー……!」
愛機フルールドゥリスのリミッターを全て解除すると、彼女はスロットルペダルを踏み抜いて機体をフル加速させるのであった。
ここぞという場面で迷わない決断力が功を奏し、リリーのフルールドゥリスは白いMFをロストすること無く追撃態勢に入る。
「――リリー、私にはあなたの相手をしている暇は無いのよ」
「逃げるなッ!! あんたをライガの所へ向かわせるわけにはいかない!」
それを確認したうえで自分の相手をする素振りを見せないライラックを罵り、主兵装の拡散レーザーライフル"スプリングストーム"を構えるリリー。
「ターゲット、ロックオン……ファイア! ファイア! ファイア!」
「ぐッ……まだまだ狙いが甘いわね……!」
彼女は白いMFをロックオンした瞬間トリガーを3回引くことで拡散レーザーライフルを3連射するが、その蒼い光線の雨をライラックは鋭くも必要最小限の動きで全弾回避していく。
「ファイア! ファイアッ! ファイ――弾切れ……!?」
専用大型マガジンが必要となるなど拡散レーザーライフルは弾薬消費が激しい武器であり、今のリリーのような勢いで連射するとあっと言う間に弾切れになってしまう。
「感情に任せてトリガーを引くからそうなる! あなたはそこで己の未熟さを恥じていなさい!」
「射撃武装が無くったって、どこまでも喰らい付いてやるんだから!」
激しい連射が止んだことで弾切れを察知したライラックによる上から目線の挑発に対し、リリーは感情のままに更なる加速を試みる。
もっとも、スロットルペダルは既に最大まで踏み込んでいるため、乗り手の意志に応えるようなシステムでもなければ限界を超えることはできないはずだが……。
「メインアームズ2パージ、推進剤マッピングをリッチに変更……モード11・ポジション5!」
いや、フルールドゥリスにはまだ推力を上げる余裕が残されていた。
リリーは予備マガジンを使い切った拡散レーザーライフルを投棄すると、H.I.S(ホログラム・インターフェース)から推進剤濃度を最も強力な"モード11・ポジション5"へと切り替える。
通常は強力な順にリッチ、ノーマル、リーンと大雑把に変更した後は機体側が自動制御してくれるが、マニュアル操作を使えば「リッチマッピングの最大出力モード固定」といったリミッター解除中の微調整が可能なのだ。
「(月面都市には1G程度の人工重力が掛かってる。これを利用すれば高度と速度をやり取りして機動力に変換できる)」
月面には人工重力が存在しており、地球上とほぼ同じ感覚で操縦できることはブリーフィングや実戦で判明している。
当然、地球上に近い重力があるのならばE-M理論に基づいた急降下による加速などが利用できる。
母親譲りの皮肉な才能なのか、こういう時のリリーはとにかく頭の回転が速かった。
「(少し動きを変えてきた? 速度差が逆転して距離を詰められている?)」
緩やかな上昇と下降を繰り返す純白のMFの意図をすぐに見抜き、目視確認による直感とレーダー画面上の動きで状況変化を推測するライラック。
「(困ったわね……こっちは機体が重いから、推力が高くても速度を上げるのは難しいのよね)」
単純な総推力という点では大型高出力スラスターを装備する彼女のエクスカリバーの方が上回っている。
しかし、エクスカリバーは全備重量約4.5tの大型機であり、これはフルールドゥリスの約1.5倍という決して無視できない数値だ。
全スラスターを合計した総推力に同じく1.5倍もの大差があるとは考えにくいため、動力性能においてはフルールドゥリスの方がより効率的な機体と言える。
実際にはスラスターの配置や空気抵抗といった様々な要素も複雑に作用してくる以上、単純に結論付けられるモノではないが……。
「(……まあ問題無いわ。現状の速度差ならリリーに追い付かれる前にライガを捉えられるはず)」
このままでは遅かれ早かれ追い付かれる――それがライラックの導き出した結論であったが、同時に彼女は楽観的に構えていた。
おそらく、格闘戦の間合いまで詰め寄られる前に自分がライガに追い付けるのだから。
【人工重力】
地球人(より厳密にはオリエント人)から分かれた種族であるルナサリアンは、肉体の健全な成長に一定の重力を必要としている。
そのため、元々別の目的で研究されていた重力制御技術を月への植民開始時に持ち込んでおり、これにより最初期の移民も地球に近い感覚で健康的に生活することができた。
現在は低重力環境がメリットとなる特殊な施設を除き、月面におけるルナサリアンの活動範囲全域に約1Gの人工重力が常時掛けられている。
この1Gという数値はルナサリアンの祖先が暮らしていた母星と同じとされるが、詳細は不明である。




