【TLH-91A】その魔剣は女神に刃向かう
ホウライサン近郊の開発予定地上空でいよいよ本格的な戦闘に突入する、スターライガα小隊とライラックのエクスカリバー・アヴァロン。
戦力比は4:1と比較にもならないが、エクスカリバーは単機での戦闘能力の高さで数的不利をある程度補っていた。
「オールレンジ攻撃ね……母さんと戦う以上、それは既に対策しているわ!」
「大体、敵意が端末から漏れ出しているのよ!」
白いMFの主兵装にして最も厄介なオールレンジ攻撃端末"サーヴァント・デバイス"の挙動を冷静に見抜き、様々な方向から放たれる蒼いレーザーをかわしながら確実に反撃していくサレナとリリー。
この二人は持ち前の高いイノセンス能力による空間把握に加えて、母親との決戦のためにシミュレータ等でオールレンジ攻撃対策を講じていたのだ。
「フフッ……!」
「何が可笑しい? ……まさかッ!?」
しかし、メインウェポンが通用しない状況にもかかわらずライラックは余裕の態度を崩さない。
それを感じ取ったライガは最初"ナメられている"と思ったが、すぐに彼女の意図に気付き僚機――シューマッハ(1号機)の方を振り向く。
「私は倒せる敵から叩く主義なのよね」
周りを敵に囲まれているライラックにとって最悪の展開は、4機に完全包囲されそのまま袋叩きに遭うこと。
彼女が勝利を手繰り寄せるためにはまず敵機を減らす必要がある。
「ッ! クローネッ!!」
「悪いけど、まずはあなたの若い後輩にご退場してもらうわ」
これから狙われるであろう最も若い部下の名を叫ぶライガを嘲笑い、彼の予想通り6基の使い魔のターゲティングを変更するライラック。
「マズい! 端末が一斉にクローネを狙い始めた!」
「あの娘の腕じゃ撃ち落としは無理かも……!」
サレナとリリーには超高速で動き回る小型物体を正確に撃ち抜く射撃技術は無い。
無理をすれば誤射を起こしかねない以上、この姉妹は母機を牽制することで端末コントロールの妨害を図る。
「くッ……!」
「機体のコンパクト化による高い運動性の獲得――良い設計コンセプトだけど、乗っている人間の力不足で性能を引き出せていないわね」
イノセンス能力を持たない"ノンセンス"ながら粘り強い回避運動を見せるクローネ――ではなく、ライラックはあくまでも機体の方だけを高く評価する。
「もう振り切れない……ッ!」
実際のところ彼女の指摘は間違っていなかった。
6基の端末がついにクローネのシューマッハを追い詰め、そのうち1基はコックピットを完全に捉えていた。
「やらせるものかよッ!」
白と青のMFを攻撃する直前、エクスカリバーの端末が蒼いレーザーに撃ち抜かれ破壊される。
中距離射撃を非常に得意としているライガのパルトナ・メガミ(決戦仕様)による精密射撃であった。
主兵装の専用長銃身レーザーライフルは命中精度が要求される場面でその能力を発揮していた。
「なるほど……模範的な精密射撃ね」
本来迎撃が難しい小型物体を一発で狙い撃つ、その卓越した射撃技術には素直に感心するライラック。
今回の彼女の評価対象は機体ではなく人物の方だった。
「ライガ! この調子で端末を全て撃ち落としましょう!」
「サレナ、あなたの計算式は間違っているわよ。この局面におけるオールレンジ攻撃の限界は完全に把握できた」
しかし、幼馴染のスーパープレイに勢い付く次女を窘めると、ライラックは"オールレンジ攻撃は万能の必殺技ではない"と自ら弱点を明かす。
「何を偉そうに! あんたの切り札は封じ込めてやるんだから!」
「そうね……切り札は最後まで取っておくから切り札と呼ばれる。私は急ぎ過ぎてオールレンジ攻撃を最初に使い、その結果貴重な端末を失った」
今更感のある発言に対する長女リリーのツッコミを受け入れるかのように、切るタイミングが早すぎた切り札をバックパック側面に戻すライラックのエクスカリバー。
「あなたたちのおかげで思い出させてくれてありがとう。この機体は搦め手に頼らずとも強いということを」
攻撃にエネルギー、姿勢制御全般に推進剤を消費する端末はそれらのリソースを定期的に補充しなければならない。
当然リチャージ中は別の武装で立ち回る必要があるため、ここでライラックはようやく温存していた力の一部を解放する。
「くそッ! やはり性能に余力を残していたか!」
自分たちの機体と同等以上の性能なら、まだ本気を出していないはず――。
そう予想していたライガも愛機パルトナの出力を上げて確実に食らい付いていく。
「この状況において最も優先すべきターゲットは……やはりあの機体ね!」
だが、本当に賢いライラックは機体性能込みでも苦戦は必至のライガや娘たちとの戦闘を避け、あくまでも与し易い相手に狙いを絞っていた。
「自分が狙われていると分かっていればまだ対応できる……!」
三次元的なオールレンジ攻撃に翻弄された先程とは異なり、今回は白いMFへ果敢に立ち向かおうとするクローネ。
「クローネ! 無理をしないで!」
「VSLC(可変速レーザーキャノン)、スキャッターモードにセット……もっと引き付けて……ファイアッ!」
アシストに回ったサレナが心配する中、クローネは敵機を近距離まで誘き寄せてから左右操縦桿の兵装発射ボタンを押し込むのだった。
パルトナ・メガミ及びシューマッハの腰部に装備されているVSLCは、発射するレーザーの集束率と発射速度の調節によってその特性を変えられる特殊な射撃武装。
クローネが咄嗟に使用したのはスキャッターモードと呼ばれる、低集束率で光弾化させたレーザーを至近距離にバラ撒く攻撃方法だ。
このモードは射程と引き換えに"面の攻撃範囲"を重視しており、有効射程内ならば火力も期待できるが……。
「端末射出! ビームウォール展開!」
光の散弾が命中する直前、ライラックのエクスカリバーから再び4基のオールレンジ攻撃端末が射出され、今度は自機の正面を守るように展開。
4基の端末で即座に蒼い光の壁を生成し、間一髪のところでスキャッターモードによる強力な攻撃を相殺してみせた。
「嘘ッ!? プリズムフィールドで防がれた……!?」
渾身の一撃を対レーザー用バリアフィールドに似た機能で防がれ、これには冷静な性格のクローネも思わず怯んでしまう。
「何とか間に合った! 今度はこちらの番よ!」
「ッ……!」
その隙を老獪なライラックが見逃してくれるはずが無く、彼女は北洋式大型光刃刀(大型ビームソード)で白と青のMFに襲いかかる。
クローネは若者らしい反射神経で辛うじて回避できたが、この"気合避け"をずっと続けられるとは考えにくい。
「複数の端末を発生器として、巨大なビームシールドを形成するとは……!」
端末の特性を応用した立体的なバリア展開は過去に例が無く、様々な兵器と戦ってきた大ベテランのライガでさえ驚いていた。
しかも、彼のパルトナ・メガミは光学射撃武装主体の機体であり、バリアフィールド持ちの敵とは相性が良くない。
「だったら、尚更端末を潰して攻撃力と防御力を削がないと!」
「そう簡単にできるなら苦労しないわ!」
新たに判明したエクスカリバーの特殊能力を封じるためには、とにかく端末を何とかしないといけないと意気込むリリー。
とはいえ、幼馴染でさえスーパープレイが求められる動きなど誰にも真似できないという、サレナの指摘も残念ながら事実であった。
「私はオールレンジ攻撃の基礎研究に取り組んできた。その過程で攻撃のみならず防御にも応用できることを発見したの」
パルトナ・メガミ、フルールドゥリス、そしてクリノスからの集中砲火をビームウォールで適度に防御しつつ、避けられる攻撃には上手く反応することでエネルギー消費を抑えるライラックのエクスカリバー。
自分自身で直接設計開発を行っただけあり、彼女は自らの力作の特性を最大限に活用していた。
「博士が関わった機体……ということは、"奴の機体"にも似たような防御機能が実装されているかもしれないのか!」
「それを確かめるにはここを突破して秘密トンネルを見つける必要がある。ただし、同志との最後の約束に基づき簡単には通さないつもりよ」
既に最後の敵――オリヒメとの戦闘を考えているライガに対し、そうはさせまいとライラックは攻勢に打って出る。
「一体あなたはオリヒメの何なんだ!?」
主兵装のレーザーライフルやVSLCではバリアフィールドの突破が難しいため、ここでライガは格闘武装のツインビームトライデントによる接近戦へと切り替える。
長柄武器を縦横無尽に振り回しつつ、的確な刺突を繰り出してくるパルトナ・メガミの槍捌きは並の相手では対応できないだろう。
「私に勝てたら教えてあげる!」
問題はライラックが技量が"並の相手"としては少々高すぎることだ。
彼女のエクスカリバー・アヴァロンは重量級MFに相応しいパワーを誇り、鋭い連続刺突を片手持ち状態の北洋式大型光刃刀で全てパリィしていく。
周囲が援護射撃を行えればいいのだが、下手な攻撃はかえって誤射を招くだけかもしれなかった。
「やはり、この人を倒さないと先に進めない……!」
今の状況でライラックに背を向けることはできない。
そして、本来ならばこの強敵に優位を取れるだけの戦闘力を持つライガは、オリヒメ戦に備えて機体を温存する必要がある。
今回の戦闘だけで格上相手に何度も苦しめられ、自らの力不足を痛感したクローネは一つの決断を下す……。
オリエント神話の主神の名を戴くパルトナ・メガミ。
アーサー王伝説を象徴する魔剣の名と伝説の地名を冠するエクスカリバー・アヴァロン。
この時代において共に傑出した性能を与えられた二機の直接対決は、意外なほど呆気無い結末を迎えようとしていた。
「おいおい、パワーが違い過ぎるじゃないか……!」
最高出力の差は如何ともし難く、元々出力を抑えて戦っていたライガのパルトナがついに力負けしてしまう。
「腕は良くとも機体がそれに追い付いてないのよね……!」
白と蒼のMFの体勢が崩れる瞬間を見逃さず、ライラックのエクスカリバーは北洋式大型光刃刀を両手持ちで振り下ろさんとするが……。
「クイックシルバー、アタック!」
その時、タイミングを見計らったかのようにクローネのシューマッハが抜群の加速力で一気に割って入り、専用ビームソードで斬りかかることで白いMFの攻撃動作を強引に中断させる。
「ッ……!」
意識外からの急襲にはさすがのライラックでも反応が遅れ、完全回避できず機体の左大腿部に掠り傷を負ってしまった。
「クローネか!? 援護するにしても突出し過ぎだ!」
「クローネ! 認めたくないけど、あんたが勝てる相手じゃないのよ!」
危険を冒してまで援護に入ってくれたのは大変ありがたいし、これまで手塩に掛けて育ててきた成果とも言える。
だが、"無謀と勇気を履き違えてはいけない"とライガはあえて窘め、一連の動きを見ていたリリーもこれに追従する。
二人とも決して怒っているわけではなく、純粋に若者を心配しているがゆえの指摘だ。
「私たちの勝利条件はライガさんを月の宮殿へ向かわせることです! ならば、彼以外の3人で時間稼ぎをすればいい!」
しかし、この戦争を生き延びてきたクローネは操縦技術以外の部分も大きく成長しており、年上の大先輩たちに畏縮すること無く自らの意見を述べる。
「……今はあの娘の方が冷静に状況を見ているようね。姉さんも少しは頭が冷えたんじゃない?」
戦闘しながら静かに話を聞いていたサレナは後輩の成長ぶりに感心を抱く一方、それとは対照的な姉に向けては結構ストレートな毒を吐く。
「……うん、家族問題に部外者を巻き込むのはあまりよろしくないかも」
マイペースなリリーも今回に限っては自身の弱点を認め、たった一人の相手にそこまで戦力を割くべきではないと深く自省する。
「(あの子たちの動きが変わった? フフッ……一番弱そうだと思っていたけど、じつはあのチームには必要不可欠な逸材なのかもね)」
自分たちの為すべきことについて意見がまとまった瞬間、α小隊の連携に大きな変化が表れる。
それを目にしたライラックはクローネに対する評価を改めざるを得なかった。
【Tips】
艦艇や一部を除く超兵器のプリズムフィールドは対象を覆うように展開するが、十分な効果時間と範囲を得るためには莫大なエネルギーが必要となる。
一方、エクスカリバー・アヴァロンのビームウォールはエネルギー量の関係で効果時間・範囲共に限定されるものの、運動性に優れるオールレンジ攻撃端末を発生器として用いるため、味方を庇うように展開させるなど応用が利く。




