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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
最終章 THE LAST HOPE

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【TLH-88】ユキヒメ、黄昏に出撃す

 ルナサリアンの首都ホウライサン近郊に立地するカミシラサワ迎賓館――。

この建物の地下には本土決戦用の第二総司令部が設置されているだけでなく、少数機のサキモリを運用可能な隠し野戦飛行場まで設けられていた。

「ユキヒメ様ッ!」

格納庫内に駐機している自身の機体へ乗り込もうとしていたユキヒメを側近が呼び止める。

「落ち着け! ……報告か?」

「ハッ、良い知らせと悪い知らせの両方ございますが……」

「悪い方から聞かせてもらおう」

緊急性の高い報告なのか肩で息をしている側近を落ち着かせ、それから"悪い知らせ"とやらにウサ耳を傾けるユキヒメ。

彼女は好きな食べ物は最後まで残しておくタイプだ。

「つい先ほど皇族親衛隊第2小隊の反応が全機消滅しました。隊員の安否はまだ確認できておりません」

「……そうか、救難信号を受信でき次第救助部隊を向かわせろ」

悪い知らせはユキヒメの護衛として第二総司令部に配置されていた皇族親衛隊第2小隊の全滅。

それを受けて彼女は生存者の捜索を命じるが、この混乱した戦場では発信地点の特定さえ難しいかもしれない。

「良い知らせは我が軍の艦隊からです。敵の重雷装巡洋艦1隻を大破着底させることに成功した模様です」

「何ッ!? それは本当か!」

一方、良い知らせは敵艦隊を1隻大破着底させたというパッとしない戦果であったが、これが本当に意味するモノをユキヒメは知っていた。

地球側の艦隊戦力で重雷装巡洋艦に該当する艦艇は、この戦争で散々辛酸を舐めさせられたアドミラル・エイトケン以外にあり得ない。

「ハッ、首都上空に展開中の航空部隊もそれを確認しています」

「着底した敵艦の状況は分かるか?」

「中央公園の敷地内に擱座(かくざ)しつつも甲板上の兵装は健在。事実上の固定砲台として抵抗を続けています」

航空部隊も確認済みの信頼できる情報にユキヒメが食い付いてくると、側近は現時点で判明している敵艦の状況について追加報告を行う。

「(例の重雷装巡洋艦は"蒼い悪魔"の母艦だ。さすれば、奴らは帰る場所を守るために必ず現れる……!)」

アドミラル・エイトケンはルナサリアンの間でも広く知られている"蒼い悪魔"――ゲイル隊及びブフェーラ隊の母艦である。

(ふね)がまだ生きているのならば、奴らの仲間想いな行動を利用できるとユキヒメは確信した。

「ナヅキたちがいなくなったから、ここに残された機体は私のイザナギで最後だな」

第二総司令部に一人取り残された愛機を見上げながら彼女は少し寂しそうに呟く。

そしておそらく、イザナギも今回が最後の出撃となるかもしれない。

「第二総司令部は放棄する。私が出撃したら機密資料を全て破棄した(のち)、人員と資材を前線飛行場へ移動させろ。もうここに戻ることは無いだろう」

コックピットへ向かうためのタラップを上る直前、ユキヒメは側近に対し第二総司令部の今後の扱いについて指示を出すのだった。


「総員、私は第二総司令部最高責任者のアキヅキだ。作業中の者は手を止めなくていいので、話に耳だけを傾けてほしい」

愛機イザナギの狭いコックピットに乗り込んだユキヒメは無線装置を起動すると、その周波数を館内放送と同じものに合わせてから"第二総司令部最高責任者"として話を始める。

「まず、諸君らの今後の処遇についてである。私の出撃を以って第二総司令部は全権限を第一総司令部へ移譲し、指揮系統を統一する。つまり……ここは放棄するということだ」

一つ目は先ほど側近に耳打ちした第二総司令部の今後についてだ。

彼女は側近以外の整備兵などにも本施設の放棄を通達し、この戦略的判断に対する理解を求めた。

「諸君ら及び利用可能な資材はホウライサン郊外の前線飛行場に受け入れさせる。戦争が終わる瞬間まで諸君らには整備兵として働いてもらう」

突然の決定にどよめく非戦闘員たちを落ち着かせるように、施設放棄後の行き先には目途が立っていることを伝えるユキヒメ。

前線飛行場の方では今も多くの航空戦力が稼働しており、主に整備兵の人手を必要としていた。

「……そして、私個人としてこの声が聞こえている全ての者に謝罪したい。我々アキヅキ家は民意を無視して開戦に踏み切り、その結果先祖代々の国土に異星人を呼び寄せてしまった。諸君らの中には愛する人や親友を喪った者もいるかもしれないが、それはひとえに私と私の姉オリヒメの責任である」

二つ目の話題へ移る前に"これは個人的な意見である"と前置きしたうえで、ユキヒメは初めて戦争責任は自分たちの一族にあると公的に認める。

彼女とその姉オリヒメは一貫して地球側を非難していたことを考えると、私見とはいえこれは極めて重要な発言だ。

そして、最後の一言からは姉の国家運営に対する明確な不満が滲み出ていた。

「これより、私は自らが犯した過ちを清算するために出陣する。この程度の善行では地獄に墜ちる結果は変わらないとしても――だ」

クーデターによるフユヅキ家からの権力簒奪(さんだつ)を筆頭に、アキヅキ家の人間としてユキヒメは数多くの過ちを犯してきた。

それらは全て月の民の未来を案じるがゆえの行動だったが、その結末は無益な流血と地球人による本土侵攻であった。


 シートベルトを締める前にコックピットから身を乗り出し、たった一人の出撃準備のために駆け回る整備兵たちの姿を見下ろすユキヒメ。

「このような詫び方しか知らない女で……本当にすまない」

自身の姿に気付いた若い整備兵と目が合った瞬間、ユキヒメは格納庫内の全員に向けて深々と頭を下げる。

幼少期から"アキヅキ家を護る懐刀"として武術を学んできた彼女は、戦いに命を懸ける以外の責任の取り方が思い付かなかった。

「……私たちが整備した機体です。必ず戻って来て下さい」

自分勝手で一方的な謝罪に糾弾さえ覚悟していたユキヒメに対し、彼女に長年付き従ってきた専属チーフエンジニアはいつも通りガッチリと手を組みながら激励の言葉を送る。

「こちら管制塔、進路上の安全確認! 敵に勘付かれないうちに発進を!」

管制塔の職員も普段と変わらない調子で業務に当たっているが、声を聞くと気合の入り方が少し違うように感じられた。

「総員、ユキヒメ様の最後の出撃に向けて敬礼……!」

側近の呼び掛けで手の空いている人員が一斉に誘導路上へ集まり、タキシング中のイザナギを敬礼で見送る。

「貴様たちも命を無駄にするなよ! たとえ敗戦により地球人の占領下に置かれたとしても、月の民としての誇りだけは失うな!」

自分が築いてきた人望に感極まったユキヒメは堪えるようにヘルメットのバイザーを下げつつ、残される者たちに月の民の未来を託す。

戦争というのは武力の問題だけでなく、産業や教育――そして思想さえ侵略させるかもしれない。

だからこそ、変わるべきか否かを見定める判断力が必要になるのだ。

「周辺空域に敵影無し! ユキヒメ様、発進どうぞ!」

「全作業員は滑走路より退避せよ! 繰り返す、全作業員は滑走路より退避せよ!」

ユキヒメのイザナギが滑走路へ進入した直後、管制塔からのアナウンスにより作業員たちが駆け足で退避を開始する。

第二総司令部の野戦飛行場は地下に巧妙に隠蔽されているので、上空から発見することは難しいだろう。

「イザナギをよくぞここまで仕上げてくれた……本当にありがとう」

専属メカニック総出で徹底的な調整が行われた愛機イザナギはフィーリングが大きく改善されており、操縦桿とスロットルペダルを動かすだけでも違いがよく分かる。

ユキヒメは呟くようにチーフエンジニアやメカニックたちに感謝の気持ちを告げると、表情を引き締め自機の進行方向に視線を移す。

「……アキヅキ、出るぞッ!」

滑走路端を守るシャッターが完全に開き切る前からユキヒメのイザナギは加速を開始。

これによりシャッターの完全開放とほぼ同時に離陸可能速度に到達し、滑走路が危険に晒される時間を最小限に抑えることができる。

「(首都での戦闘は住宅地域を巻き込み、泥沼化の様相を呈していると聞く。あの光景は我らアキヅキ家がもたらした結果だ)」

離陸直後の無防備なタイミングを狙われないよう、低高度を維持しながら戦闘空域へと向かうユキヒメ。

彼女の紫色の瞳には敵味方の戦闘のものと思われる閃光や爆炎が映っていた。

「(私の過ちを斬ってくれる運命の相手は、あの空に向かえば必ず現れる)」

一つ心残りがあるとすれば、幾度となく(しのぎ)を削ってきた"運命の相手"との決着がまだ付いていないことだろうか。

「(そうだろう? セシル・アリアンロッド)」

月の武人と蒼い悪魔――。

緒戦の頃よりも互いに大きく強化された二人の強者が出会う時、果たして何が起こるのか……。


 同じ頃、こちらは月の宮殿の最下層に存在する秘密格納庫。

この広大な地下空間は月面で最も強固なサキモリ運用施設であり、そしてホウライサン市内へ繋がる3本の秘密トンネルの始点となっていた。

「――そう。あの()が出たということは、この戦争もそろそろ終わりかもね」

自分にあてがわれた整備兵から"第二総司令部のユキヒメが出撃した"という報告を聞き、特に根拠は無いが戦争終結がそう遠くないことを悟るライラック。

「さてと……私も最後の仕事に取り掛かろうかしら」

愛機エクスカリバー・アヴァロンのコックピットに乗り込んだ彼女はシートベルトを締め、機体を起動させるために必要なチェックリストを手早く確認していく。

「チェックリスト、コンプリート! アンビリカルケーブル、パージ!」

全項目問題無しと判断したライラックはヘルメットのバイザーを下ろして気合を入れ、それと同時に電力及びエネルギー供給用ケーブルを機体から切り離す。

「博士ッ! 隧道(すいどう)内を飛行することは大変難しいので、輸送列車で出口付近まで移動すべきです!」

「あの直径なら多少の余裕を持って飛べる! 今は一分一秒が惜しい!」

同じく機体の最終チェックを進めていたスズヤは出撃する気満々のライラック博士を止めようとするが、当のライラックは"専用輸送列車が通れるトンネルなら問題無い"として言うことを聞かない。

「操縦技量に自信があるのですか!?」

「隔壁は全て開いているわね!?」

「……責任は取りませんよ! ったく、地球人ってのはこんな無茶苦茶な人ばかりなの……!?」

しかも、質問に質問で返されてしまってはどうしようもない。

結局、説得を断念したスズヤは盛大に愚痴りながら拗ねてしまう。

「コースクリア! スロットルレベル100……ブレーキリリース! 滑走開始!」

不貞腐れている皇族親衛隊隊長をよそに地上ブレーキを掛けながらフルスロットルにする"スタティックテイクオフ方式"でエネルギーを溜め、白いMFは一気に加速をつけた短距離離陸でトンネルへと飛び込む。

「(忠告どうも。だけど、私はそれなりに腕に覚えがあるのよね)」

秘密トンネルは複線鉄道による物資輸送にも使われるため空間には余裕があり、"それなり"と謙遜するライラックの技量でも安定して高速飛行できる。

「(トンネル出口付近に敵影無し。フフッ、トンネルの具体的な位置はまだ特定できていないみたいだわ)」

出口まで3000mを切ったところで彼女は機上レーダーの出力を最大まで上げ、出る瞬間を狙われないよう索敵を行う。

幸いにも敵は激戦区で足止めを食らっているのか、秘密トンネルの出口がある地区には近付けていないらしい。

「(リリー、サレナ――そしてライガ。あなたたちが鍛えて育て上げた"チカラ"、その途中経過を見させてもらうわよ……!)」

機上レーダーを定格出力に戻したライラックは不敵な笑みを浮かべる。

2人の娘とライガが持つ"チカラ"――イノセンス能力がどこまで高まったかを見定める絶好の機会だからだ。

【スタティックテイクオフ】

飛行機やMFの離陸方法の一つ。

降着装置のブレーキを掛けたままスロットルを開けることでエネルギーを溜め、その状態でブレーキを解除して一気に加速する。

短距離離陸が必要だが垂直離陸は困難な場面(屋内など)で有効なテクニックである。

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