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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
最終章 THE LAST HOPE

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【TLH-80】月は紅く燃えているか(中編)

 ジョスリン.C.ベイカー――。

アメリカ合衆国初の女性大統領の名前を与えられた、エンタープライズ級正規空母3番艦。

艦名の由来となったベイカー女史はアメリカを国際協調路線へ転換しようと尽力した偉大な人物であるが、彼女の名を冠した空母は残念ながら"本戦争の負の象徴"として記憶されそうだ。

「(攻撃は順調に進行中……ククク、良いぞ! 俺の故郷と同じように全て灰になってしまえ!)」

"レディ・ベイカー"の艦長を務めるこの男もまた、ルナサリアンのアメリカ本土侵攻で故郷を失い憎しみに憑りつかれていた。

「艦長! オリエント国防軍のネーレイス中将が通信回線を開くよう要求しています!」

作戦内容から逸脱した行動に対する抗議だろうか。

オペレーターの女性下士官は艦長の所へ近付くと、友軍のサビーヌ艦長から通信への応答を求められていることを報告する。

「発光信号で返信! 『本艦ハ通信装置ノ不調ニヨリ無線ハ使用不能』!」

それに対する艦長の答えは命令を一方的に無視する、軍法会議に掛けられてもおかしくない内容だった。

サビーヌの乗艦アカツキから無線通信を受信できている時点で、不調もクソもあったモノではない。

「本作戦の最高責任者はネーレイス中将でありますが……本当によろしいのですか?」

また、女性下士官が指摘しているようにルナサリアン本土攻略作戦の指揮権はサビーヌが有しており、階級もそちらの方が上だ。

これ以上の独断専行は地球艦隊の連携を乱し、敵に付け入る隙を与えてしまうかもしれない。

「ジョンストン上等兵曹!」

「は、はい!」

「君は忘れたのかね? 祖国を蹂躙され、大切な人々を奪われた合衆国国民の怒りを!」

しかし、憎悪で動く彼に部下の諫言は届かなかった。

それどころか彼は女性下士官――ジョンストンに向けてこの報復攻撃の正当性を説き始めるのであった。


「そして、この戦争で傷付き倒れていった戦友たちの無念を! それらを晴らすのが我々生き残った者たちの役目!」

ルナサリアンとの戦争で最も大きな犠牲を支払った国の一つがアメリカであることは事実だ。

緒戦から工業地帯と軍事施設とインフラ設備を中心に攻撃を受け、追い打ちを掛けるように農業地帯まで荒らされた結果、軍民問わずエネルギー及び食糧不足が発生。

日欧やオリエント連邦といった列強諸国から地理的に遠く離れていることが災いし、満足な支援を受けられないアメリカ国民の多くは今も瓦礫の山で飢えに苦しんでいた。

「あの女は……自分の国を焼かれずに済んだオリエント人共は全く分かっていないのだよ」

にもかかわらず開戦当初よりルナサリアンに特別扱いされ、本土空襲でも大した被害を受けなかったオリエント連邦は"他国の状況と心情を理解していない"と艦長は不快感を示す。

「(俺はルナサリアンが憎い! だから、GORECO(ゴゥコ)と接触しルナサリアンに復讐する唯一無二のチャンスを手に入れたのだ!)」

異星からの侵略者に復讐するだけなく、奴らに貸しを作ることで戦後世界のイニシアティブを握ろうとしている仮想敵国の野望を頓挫させたい――。

そのために彼は悪い噂が絶えないアメリカ政府再建委員会と接触を図り、自分に不利な条件を呑み込んでまでルナサリアン本土攻略作戦に参加できる地位を手に入れていた。

「艦長の仰ることも……あなたも戦争の被害者であることは理解しておりますが――」

「お話し中のところ申し訳ありません! 艦長、本艦に高速で接近する航空機を捕捉しました! 機数は……多数!」

これまで黙り込んでいたジョンストンがさすがに反論しようとしたその時、彼女の言葉を遮るようにレーダー操作員が大声で敵機の接近を告げる。

「艦載機は何をやっている!? 対空防御を厳とせよ!」

報告を受けた艦長は動きが鈍い航空隊に不満を漏らしつつも、ここは定石通り対空砲火による弾幕形成を命じる。

「(まだ沈むわけにはいかん! もっとルナサリアンを殺すまでは……!)」

彼も艦長である以上、自分の艦を沈ませたくないという気持ちは当然持ち合わせている。

ただ……その意気込みの原動力は誰の目に見ても分かる負のオーラだった。


 J.C.ベイカー所属航空隊の迎撃を退けたルナサリアン戦闘機部隊は一気に目標へ接近し、対艦攻撃の準備に入る。

「敵空母捕捉! よし、奴の懐はガラ空きだ!」

敵艦は各種対空兵器に応戦してくるが、一撃離脱を心掛ければそこまで脅威ではない。

空母は接近されると基本的に脆いのである。

「空対艦誘導弾、発射準備! 号令に合わせて同時発射を行う! 奴をこの炎に叩き込んでやれ!」

戦闘機部隊を構成する"キ-32 ヤタガラス"と"キ-36 スザク"が搭載しているのは対艦ミサイル。

これを全機で同時発射すれば対空迎撃を受けても数発は弾幕を突破し、敵艦にダメージを与えられるだろう。

飛行甲板とブリッジを破壊できれば最高だ。

「3、2、1……発射! 発射!」

隊長機による3秒のカウントダウンの(のち)、20機近い戦闘機から無数の空対艦ミサイルが放たれる。

「"オルファン"……直撃コースの対艦ミサイルだ……当たれぇぇぇぇッ!」

濃密な弾幕を抜けた多数のミサイルがJ.C.ベイカーに迫ろうとしたその時、間一髪のところで間に合ったイタリアンレッドのMF――リリカのνベーゼンドルファーから6基のオールレンジ攻撃端末が射出され、回避不能なミサイルの一部を次々と撃ち落としていく。

「数が多すぎる! 全部は迎撃し切れない!」

だが、彼女やメルリンの努力も空しく複数の対艦ミサイルが友軍空母に命中してしまう。

「リリカ、メルリン! 敵機の動きにも注意しろ! 私たちは目立つからな!」

同じく迎撃に奔走していたルナールは対艦攻撃を終えた敵機の反撃に注意を呼び掛ける。

「くそッ! 味方の対空砲火が邪魔だ!」

こういった乱戦で警戒すべきなのは敵の動向だけではない。

敵機と誤認されJ.C.ベイカーの対空機関砲に狙われたレカミエは珍しく声を荒げて抗議する。

「ッ……!」

一方、第2波攻撃に先手を打って対処しようとしていたリリカは、突如脳裏に奔った鋭い痛みに表情を歪ませる。

この感覚は間違えるはずが無い。

「あの紅いモビルフォーミュラ、また出てきたか……!」

彼女のイノセンス能力の予想通り、戦場に現れたのはウサミヅキのツクヨミ指揮官仕様だった。

同じ相手との再会にうんざりしているのは向こうも同様らしい。

「ウサミヅキ隊長、奴はおそらくスターライガの機体だ! あんたぐらいの腕が無いと太刀打ちできないぞ!」

「こっちは初期型のツクヨミなのに無茶を言うわね……敵空母は任せたわよ」

味方部隊からスターライガチームの相手を押し付けられ、肩を(すく)めるウサミヅキ。

機体の性能差はハッキリ言って絶望的だが、一人でも多くの仲間を守るためにはやるしかない。

「各機、スターライガは個々の戦闘力が極めて高い。小隊全機で1機に狙いを絞るぞ」

ウサミヅキは困難な戦いに付き合わせる僚機たちに連携を周知徹底させると、もはや腐れ縁と化したνベーゼンドルファーに狙いを定めるのであった。


「あなたの存在は味方に対する脅威だ! ここで排除させてもらう!」

「だからといって『はい、そうですか』と従うかよ!」

ウサミヅキ隊からの一斉射撃を最小限のスマートな回避運動でかわしつつ、今回ばかりはさすがに反撃へと転じるリリカのνベーゼンドルファー。

「各機、深追いはするな! 牽制して動きに隙を作らせるだけでいい!」

個々の性能と練度の差を分かっているウサミヅキは僚機の突出を禁止し、彼女らには牽制攻撃だけを任せる。

一瞬の隙を見つけて攻撃に踏み切れるのはおそらくウサミヅキだけだ。

「そういう戦い方……理に適っているがなんて厄介だ!」

複数方向からの同時攻撃で翻弄し続け、疲れ切って動きが乱れるタイミングを待つ――。

実力差を連携でカバーする戦術は論理的だと評する反面、それを相手取るリリカにとっては(たま)ったものではない。

「無粋な……騎士道を(わきま)えない相手ならば、こちらも相応の対応をさせていただく!」

オロルクリフ3姉妹で最高の技量を持つリリカといえど包囲されれば苦戦は必至なため、妹を支援するべく加勢を試みるルナール。

「おっと! お前たちの相手はこっちだ!」

「ウサミヅキ先輩の邪魔はさせないわよ!」

しかし、ルナサリアンのサキモリ部隊の増援によりルナールたちも敵に囲まれてしまう。

「これじゃリリカの援護に向かえないわ!」

「味方部隊にカバーしてもらうしかない! 一番近い小隊はどこだ!?」

メルリンとレカミエは懸命に敵機を迎え撃っているが、包囲網に穴を開けるのは大変そうだ。

「待ってろリリカ! すぐにこの包囲網を突破してやる!」

「こっちは短時間なら一人でも凌げる! 姉さんたちこそあまり焦るな!」

必ず再合流してみせると意気込み声を掛けてくるルナールに対し、自分はまだ持ちこたえられると返答するリリカ。

「行けッ! "オルファン"!」

不利な状況においても彼女は愛機νベーゼンドルファーの性能――特にオールレンジ攻撃の有用性に絶対的な自信を持っていた。


 オールレンジ攻撃――。

小型レーザーキャノンを内蔵した端末(フェアリア)による三次元的な立体機動は、ドライバーの技量次第で攻防両方に応用が利く。

「そっちが4機掛かりならば、こちらは1+6で対抗させてもらう!」

リリカのνベーゼンドルファーはエネルギー充填を終えた6基の"オルファンⅡ"を再射出し、それらに撹乱(かくらん)と母機のカバーを任せる。

νベーゼンドルファーの端末は超小型量子コンピュータと脳波コントロールシステムによって統合制御され、ここにイノセンス能力という"人間のチカラ"が加わることで更なる真価を発揮する。

「くッ……死角から!? 被弾したッ!」

最新兵器の縦横無尽な機動にウサミヅキ隊のツクヨミは全く対応できず、死角に入ったことで一瞬ロストした端末から手痛い一撃を貰ってしまう。

「損傷状況は!?」

「左脚部をやられただけです! まだ戦えます!」

「回避運動が遅い! このまま一気に畳み掛ける!」

ウサミヅキ隊長に損傷状況を尋ねられたエイシは戦闘続行可能と強がるが、不幸にも左脚部を失い推力が低下しているところをリリカに狙われてしまった。

「こ、これ以上は持たない! 脱――!」

赤い端末の集中攻撃で機体の全身を撃ち抜かれたエイシはすぐさま脱出を試みるも、その宣言を最後に無線はプツンと途切れる。

「一人やられた!」

「落下傘が開いたのは視認した。脱出後の回収は地上部隊に任せましょう」

僚機の被撃墜に動揺し始める部下を落ち着かせるべく、"今は自分が生き残ることに集中せよ"と冷静に諭すウサミヅキ。

不幸中の幸いと言うべきか射出座席の作動及びパラシュートの展開までは確認できたので、とにかく無事を祈るしかない。

「(地球側の"カムイ"はあそこまで生物的な機動ができるというの? まるで使用者の思考が反映されているみたいだわ……!)」

オールレンジ攻撃自体はルナサリアンでも実戦投入間近まで研究が進んでおり、月の言葉では端末のことを精霊を意味する"カムイ"と呼ぶ。

もっとも、"カムイ"はあくまでも戦術の幅を広げるサブウェポンに過ぎず、これと同タイプの武装をメインウェポンとして振るう姿にはウサミヅキも驚いていたが……。

「は、速い!? 隊長! 援護を!」

「(携行武装と同程度の大きさで、尚且つ母機に匹敵する運動性で動く物体はさすがに捕捉できない……でも、物理的な端末ならば理論上は撃ち落とせるはず!)」

ようやく勢い付いたνベーゼンドルファーの猛攻は凄まじく、今度は余力がある3基の端末で別のツクヨミに攻撃を仕掛けていく。

助けを請う部下を援護防御するには遠すぎるため、ウサミヅキは端末自体の迎撃に賭けてみることにした。

「ッ! そこかッ!」

攻撃対象は肉眼で捉え切れずロックオンも間に合わない、嘘のように鋭敏な小型物体。

それでも彼女は経験と直感を頼りに光線銃を向け、操縦桿のトリガーを3回引くのだった。

【Tips】

作中世界におけるコンピュータシステムの技術進歩は目覚ましく、特に量子コンピュータの実用化及び普及は良くも悪くも世界を大きく変えた。

なお、普及型量子コンピュータの研究に各国が本腰を入れ始めたのは、限られたスペースに高性能アビオニクスを搭載しなければならない、MFの登場が要因の一つと云われている。

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