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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
最終章 THE LAST HOPE

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【TLH-79】月は紅く燃えているか(前編)

 ヨルハの演説に感化された反政府組織"春の嵐"の面々は以前軍事武門の駐屯地からくすねた装甲兵員輸送車に乗り込み、首都中心部のホウライサン議会議事堂を目指していた。

「(上空では戦闘が続いている……軍人たちはヨルハさんの言葉に何も感じなかったのか?)」

放射能やスペースデブリから地表を守るためのガラスドームが割れている空を見上げ、人知れず不安げな表情を浮かべる"春の嵐"のリーダー。

「ねえ! あっちの方……街が燃えてるわ!」

しかしその時、実働部隊の最年少メンバーが遠方の市街地を指差しながら声を上げる。

「あの地域に軍事施設は無いはずだ! くそッ、無差別攻撃か!」

手持ちの双眼鏡であの地域――第三十二区の様子を確認した別のメンバーは憤りを隠さない。

「地球は80近い国家による寄り合い所帯と聞く。それだけ派閥が分かれていると意思統一も難しいのだろう」

一方、多くのメンバーたちと異なりリーダーは冷静であった。

大学院卒業相当の学歴を持つ彼女は豊富な知識を有しており、地球の統治システムについても多少は知っていたからだ。

多様性は時に価値観のすれ違いとなり、それが意見対立として表面化することも珍しくない。

「そんな有り様でよくあそこまで文明を発展させたっスね。その途中で内部分裂を起こし、自滅しても不思議ではないのに」

仮に月の民が多様性を広く許容する文化だったら、月面という過酷な環境ではとっくの昔に立ち行かなくなっていただろう――。

一見すると軽いノリが特徴的なメンバーは、その口調からは想像できない冷静沈着な分析で地球人類のあり方をこう評する。

「今は我々という共通の敵がいるからな。そう、今のところはな」

そこにリーダーは補足説明を付け加える。

地球を脅かす脅威に晒されている間は一致団結しているだろう――と。

「……急ごう」

「同志! 頭上にサキモリがいる! このままじゃ追い付かれる!」

上空の様子を気にするリーダーは兵員輸送車を速く走らせるよう指示するが、運転手は先ほどからしつこく追跡してくるサキモリ部隊が気になるようだ。

「脇道に入れ! 我々は社会階級の爪弾き者だ……同胞といえど捕まれば安全は保障できないぞ!」

上面ハッチの隙間から追っ手の姿を視認すると、リーダーは運転手の肩を叩いて狭い脇道へ逃げ込むよう促すのだった。


「そこの兵員輸送車! 速やかに戦線へ復帰せよ!」

"春の嵐"の装甲兵員輸送車を捕捉していたのはリュウセン率いる蒼部隊。

彼女はこの車両が盗難されているとは思っておらず、軍用無線にて戦線復帰するよう呼び掛けを行う。

蒼部隊に味方を処分する督戦隊(とくせんたい)のような権限は無いが、相手が本当に脱走兵ならば敵前逃亡を思い止まらせるべく説得すべきだからだ。

「あいつの動き、奇妙じゃないか? まるで素人が運転してるみたいだ」

「ああ、それを今から確かめたいんだ!」

狭い路地をもたもたと走る兵員輸送車に違和感を抱いたユウキに同意するように、リュウセンは乗機試製オミヅヌ丁を車両へ接近させる。

「ちょっと! ホヲヅキさん!?」

「停車しろ! 貴官が適切な作戦行動を取っているのか確認したい!」

一歩間違えれば地面に衝突しかねない無茶な操縦にミヤビが狼狽える中、機体を兵員輸送車の上面に取り付かせながら停車を指示するリュウセン。

「こいつ! 無茶苦茶なことをする!」

「無線機を貸せ!」

バランスを崩しそうな車両を何とか制御する運転手を邪魔しないよう気を付けつつ、リーダーはダッシュボードに装備されている無線機を取り上げる。

「後ろから敵が!」

「下手なハッタリを! 半径5カイリ(約9.2km)以内に敵はいない!」

彼女は"上空に敵機がいる"と嘘をつくことで振り落とす隙を作ろうとしたが、索敵能力が高いのかリュウセンは全く引っ掛からなかった。

「くッ……やむを得ん、停車するぞ」

結局、逃げも隠れもできないと判断したリーダーは大人しく指示に従うことを決める。

「同志!?」

「騒ぎを大きくしたくないというのもあるが……個人的には相手の顔を見てみたいんだ」

その決断に驚く運転手の方を振り向き、眼鏡の位置を微調整しながら"降参するわけではない"と微笑むリーダー。

「見慣れない新型機に乗っているエイシ、声がやけに若かったと思わないか?」

彼女は知識量だけでなく洞察力にも優れていた。


「サキモリのエイシ、聞こえるか? これより責任者である私が上面乗降口より出る」

手に持っている無線機を介してリーダーは投降の意思を示す。

「弁明の機会が無いまま死ぬのは(しゃく)なのでな。それに、声を聞いたところ若そうな貴官に"今から殺す相手の顔"を刻みつけてやりたいのだ」

「……了解した。武器を持たずに出てこい。少しでも不審な動きをしたら車両ごと破壊する」

彼女の発言を受けたリュウセンは他の面々には責任追及しないことを承諾し、いくつかの条件を出したうえで姿を見せるよう要求する。

「ッ! 民間人……!?」

ところが、宣言通り上面ハッチから現れた人物の姿を見たリュウセンは目を丸くする。

何かしらの理由で逃げ遅れた民間人が軍に保護されている――というわけではなさそうだ。

「その通りだ。まあ、疎開令に従わずここにいるということは訳アリだがな」

全高約5mの試製オミヅヌ丁が目の前に立ちはだかっているにもかかわらず、余裕の表情で自分たちの正体を示唆する"春の嵐"のリーダー。

「リュウ! 民間人なら保護しないといけないんじゃないか!?」

「お待ちなさい! 自分たちを"訳アリ"と自嘲する民間人は不審ではなくて?」

周辺警戒も兼ねて隊長の行動を見守っていたユウキは民間人の保護を進言するが、それに対してミヤビは"相手の言動は信憑性に欠ける"として慎重になるべきだと反論する。

「……」

「……」

互いに相手が信頼に値するか否か見定めているのだろうか。

リュウセンと"春の嵐"のリーダーは無言のまま睨み合い続ける。

「……軍人と政府関係者を除く全国民には疎開令が出ている」

先に沈黙を破ったのはリュウセンの方だった。

彼女は国民保護を目的とする戦時疎開令について触れると、特に手を下すこと無く試製オミヅヌ丁を立ち上がらせる。

「ホウライサンに一般市民はいなかった。各機、作戦行動に戻るぞ」

疎開令が出されているホウライサンに一般市民は残っていない――。

そう判断したリュウセンは装甲兵員輸送車を解放し、蒼部隊の面々にこの一件はこれで終わりだと告げる。

「いいのかよ?」

「存在しない民間人に構っていても仕方ないさ」

意図が掴めない行動に戸惑うユウキの質問に苦笑いしながら答えるリュウセン。

とにかく、誰が何と言うと"兵員輸送車に乗っていたのは民間人ではない"のだ。

「(反政府組織の皆さん、最適の健闘を)」

スラスター噴射に巻き込まないよう機体を動かす直前、リュウセンは当事者間にしか聞こえない接触通信で"春の嵐"にエールを送る。

「フッ……本物の能力者というわけか」

それを聞いたリーダーは若干驚くような仕草を見せつつも、同時にどこか満足そうな笑みを浮かべていた。


 第三十二区――。

ホウライサンの開発時から存在する最も古い地区の一つで、現在は首都中心部に程近い中流階級用の住宅地が広がっている。

当然、ここには軍事施設など全く存在しないのだが……。

「くッ……地球人! 戦争とはいえここまでやるかッ!?」

ウサミヅキ率いるサキモリ部隊が到着した時、第三十二区は既に地獄のような光景となっていた。

もし、一般市民の疎開が行われていなかったら、どれほどの人的被害が生じていただろうか?

「チクショウ! 地球人の豚野郎め!」

「住宅地域に絨毯爆撃なんて正気の沙汰じゃない!」

僚機のエイシたちもこの様相には強い怒りを示している。

たとえ無差別攻撃で市民に犠牲が出なかったとしても、これでは彼女らの帰る家が全て失われてしまう。

「援軍か!? 手を貸してくれ! 今は少しでも戦力が欲しい!」

元々第三十二区付近に展開していた別のサキモリ部隊の小隊長は、ウサミヅキ隊の機影に気付くとすぐさま支援を要請する。

無差別攻撃を止めるべく更に多くの味方が集まると思われるが、それにはもう少し時間が掛かるかもしれない。

「重装備の航空戦力に対艦攻撃をさせたいけど、護衛機が邪魔で接近できない!」

「了解した! 敵機の相手は対空装備の我々が引き受ける!」

市街地を蹂躙する敵空母に大打撃を与え得る戦闘機部隊は護衛戦力に阻まれ攻撃態勢に入れないらしい。

その報告を聞いたウサミヅキは自分たちが対空戦闘を担当することを提案し、味方の返答を聞くよりも先に行動へ移る。

「各機行くぞ! 操縦席を狙え……生かして帰すな!」

「「「了解!」」」

ウサミヅキ隊は隊長以外は未熟で未だに初期型ツクヨミを運用する二線級の部隊だが、祖国の危機的状況ともなれば隊員の士気は非常に高い。

「Damn it! 速いヤツが出てきやがった!」

「民間施設を狙う卑怯者共がーッ!」

一般市民が疎開してしまっている以上、地球側の無差別攻撃はただ敵愾心を煽るだけに終わった。

アメリカ海軍所属の"FM-10A ピーコック"のドライバーは慌てて格闘戦へ移行しようとしたものの、次の瞬間怒りに燃えるウサミヅキのツクヨミ指揮官仕様に一刀両断されてしまう。

「(卑怯者の血糊……やはり汚らわしいわね)」

敵機のコックピットブロックを切り裂いた際にカタナに付着した赤黒い汚れを払い落とすと、ウサミヅキは別の敵機と交戦状態に入った僚機の援護へ向かうのだった。


「友軍の支援要請の発信源に到着した」

それから数分後、アメリカ軍の支援要請を受けたスターライガMF部隊の一部が第三十二区へ到着。

戦争犯罪に加担するようでルナールは全く乗り気でなかったが、敵に包囲されている同胞を見殺しにはできない。

「なんて(むご)い……! 戦争映画をリアルでやったらダメでしょ!」

「奴らも酷いことしやがる……争いにもルールはあるだろうに!」

「やはりおかしいですよ! 下には住宅街しかない!」

火の海と化した住宅街を前にメルリンとリリカ、レカミエは一様に怒りと抗議の声を上げる。

この光景は戦禍に巻き込まれたエドモントン、ワシントン、マンチェスターと同じだ。

「『民家にカモフラージュされた軍事施設である可能性が極めて高い』」

「え?」

「ヤンキーならこう言い訳するだろうな。あいつら、そういう時だけは口と頭がよく回りやがる」

彼女たちと比べたらルナールはまだ平静を装っているように見えるとはいえ、リリカとの遣り取りでは明らかに友軍を名指しで非難している。

「そんな屁理屈、いくらなんでも無茶苦茶よ!」

「しかし、憎しみに身を浸し続けたら、正常な判断ができなくなってしまうのが人間です」

ただ、姉が例として挙げた弁明の内容に憤るメルリンに反論するわけではないが、レカミエはアメリカ軍の常軌を逸した行動に少しだけ同情していた。

「……敵も味方もそうなってしまったら、もはや収拾が付かなくなるぞ」

「リリカの言う通りだ。我々は戦争を終わらせに来たんだ……断じて復讐や報復攻撃のためではない」

今繰り広げられているような報復のエスカレートを危惧するリリカの意見に同意し、自分たちの目標はあくまでも"最小限の犠牲による戦争終結"であると明言するルナール。

「(自分が嫌だと思うことを他人にするな――怒り、嘆き、悔やみ、そして憎しみは白銀律さえ忘れさせてしまうのか)」

やはりオリエント人はメンタリティ的な意味で潔癖症なのかもしれない――。

それは外国人にとっては美徳にして融通の利かなさでもあると、ルナールは心の中でそう愚痴っていた。

【接触通信】

音を伝搬させるための大気が無い状況(宇宙空間など)で、尚且つ無線の使用も制限されている時に使われる通信方式。

理屈自体は骨伝導ヘッドセットに用いられている技術とほぼ同じであり、装甲などを介して直接音を伝える。

物理的に繋がっていない相手とは交信できないが、裏を返せば通信相手を絞れるため秘匿性に優れるとも言える。

衝突事故にならない範囲で接触を図る必要がある都合上、微細な姿勢制御が可能なMFやサキモリに適した通信方式である。

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