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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
最終章 THE LAST HOPE

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【TLH-75】対峙する特殊工作員

 電力供給が意図的に止められ、非常誘導灯だけが光る通路をレンカたちは進んでいく。

彼女は一般人が立ち入れないホウライサン議会議事堂地下の構造も把握しており、一分一秒もタイムロスすること無く目的地を目指していた。

「議事堂の地下にここまで整備された空間があるとはな……」

「月生まれの私から言わせてもらうと、地球人は異常事態に対する備えや警戒心が足りないのよ」

立法権を担う施設としては破格の防災対策にフランシスが驚く一方、幼少期を放射能やスペースデブリといった脅威と隣り合わせで過ごしてきたレンカにとってはこれが当たり前のことだった。

「そりゃごもっともな意見で」

地球は普通に暮らしている分には頻繁に自然災害に晒されるわけではないが、それでも場合によっては未曾有の被害をもたらすことがあるし、最近は人災にも気を付けなければならない。

それを分かっているはずなのに同じ過ちを繰り返す地球人類の一人として、フランシスはとても耳が痛かった。

「ストップ、向こうから敵が来てる。規模は1個分隊」

通路の曲がり角に差し掛かったところで右手を挙げ、部隊を一時停止させるレンカ。

彼女は抜群の聴力と豊富な経験によって敵の存在を察知したのだ。

「あんなに足音立てやがって……さては素人だな?」

コンクリート造りの通路に複数人の足音が反響して響き渡る。

これでは自分たちの存在を主張しているようなモノであり、アマチュア感丸出しの行動にフランシスは思わず苦笑する。

「このままだと確実に鉢合わせすることになる。下がっても逃げ場が無い以上、やられる前にやるしかない」

「こっちは戦闘のプロだ、銃撃戦で素人には負けない」

しかし、地下区画はシンプルな構造ゆえ身を隠せる場所がほとんど無い。

地上のように部屋などを使ってやり過ごせないため、レンカは思い切って敵を迎え撃つことを決断する。

狭所での銃撃戦は少なからず危険を伴うが、フランシスら保安部員はC29カービンを構えて気合十分であった。

「敵があそこの角を曲がった瞬間、反応される前に先制攻撃で一気に制圧する」

隊形を整えさせながらレンカは前方の曲がり角を指し示し、先手必勝を心掛けるよう念を押す。

「今回は手加減する余裕は無いかもしれないわね」

勝負はおそらく一瞬。

"犠牲はなるべく最小限に"というヨルハの願いは守り切れないかもしれない。

「(足音が近付いている……確実に射線が通る角度は……ここだ!)」

命中精度を確保しつついざという時に緊急回避ができるよう、しゃがみ姿勢で敵を待つレンカ。

彼女はC29カービンのトリガーに人差し指を掛け、銃を構える角度も完璧に調整しておくのだった。


 コンクリートの床を蹴る音が徐々に近付いてくる。

「ッ! 敵だ!」

「ファイアッ!」

曲がり角を回った敵兵の姿が見えた瞬間、レンカの号令を受けた保安部員たちは一斉にC29カービンのトリガーを引く。

「ぐわぁッ!」

「うッ――!」

先制攻撃を受けるカタチとなった敵兵たちの多くは何もできないまま銃弾の雨に沈んでいく。

「くそォ! くそォッ!」

急所への被弾を免れ反撃に転ずる者もいたが、決死の思いで放った射撃は無情にもレンカの頬を掠めるだけに終わった。

「い……嫌ぁッ! 死にたくないッ!!」

圧倒的な戦闘力の差を前に敵兵の一人は正気を失い、死への恐怖を叫びながら(きびす)を返してしまう。

「敵前逃亡か! 逃がすかよ!」

自分たちの戦力を報告されることを防ぐため、すぐに追撃態勢へと移行するフランシス。

「背中を向けている奴を撃つのは趣味じゃないが……」

「やめなさい!」

必死に逃げ続ける敵兵に向けてフランシスがトリガーを引こうとしたその時、彼女の左肩を後ろから追い付いてきたレンカが掴む。

それが原因で敵兵には振り切られてしまった。

「同胞だから情けを掛けるのか!?」

「違うッ! 指令所を探るためにあの()を利用する!」

アドレナリンの分泌により少し興奮気味なフランシスを強い口調で制止し、"敵の逃避行動は上手く利用できるかも"と妙案を提示するレンカ。

「彼女は錯乱状態に陥っている! 距離を取って尾行すれば味方の所へと戻るはずよ!」

危機回避の本能に従い行動している状態だとしたら、おそらく味方が多い安全な場所へ逃げ込むはず――。

敵兵に誘導してもらうわけではないが、それに近いことをしようというのがレンカの考えだった。

「……それも一理あるかもしれん」

理論としては若干無茶苦茶っぽいものの、脳内物質が落ち着いたフランシスは意外にも納得してくれたようだ。

「急ぐわよ! そいつは死んでるから置いていきなさい!」

そうと決まれば敵を見失う前に移動を再開しなければならない。

レンカは暢気に死体を調べていた保安部員たちを呼び戻すと、まだ辛うじて後ろ姿が見えている敵兵を追いかけ始めるのであった。


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

兵士――と呼ぶにはあまりにも若く見えるルナサリアンの少女は、息を切らしながらも逃走本能だけで必死に足を動かし続ける。

「(早く……早く逃げなきゃ……殺される……犯される……!)」

"地球人は野蛮で凶暴な存在"だと教わってきた彼女の心は完全に恐怖に支配されていた。

「やった――ッ!?」

それでも彼女は特設指令室の扉まで辿り着き、キーパッドを正確に操作し電子ロックの解除に成功する。

この時は左脇腹に突然感じた鋭い痛みは特に気にならなかったが……。

「何これ……血……?」

パスワードを入力し終え落ち着いたところで先ほど痛みを感じた部分に手を当てると、生温かな赤黒い液体が(てのひら)にこびり付いていた。

その正体が傷口から出てくる自分の血だと分かった瞬間、少女は疲労も相まって糸が切れた人形のように倒れてしまう。

「あなたの操作のおかげで電子ロックを解除してくれてありがとう」

彼女が動かなくなった頃合いを見計らい、気配を消して尾行していたレンカが姿を現す。

本土決戦前に設けられた指令所の電子ロックのパスワードはさすがに分からないため、解除するのを待ってから無力化したというわけだ。

「(こんな訓練課程の初等教育も終わってないような()を招集するなんて……オリヒメ様、そこまでして戦争を続けたいのですか?)」

まだ辛うじて息がある少女の左脇腹からスペツナズ・ナイフの刀身部分を抜き取りつつ、相手の顔つきや体格を一目見たレンカは激しい嫌悪感を覚える。

このまま止血処置をしなければ失血死してしまうであろう少女は明らかに10代後半――ルナサリアンの法律ではギリギリ未成年だったのだ。


 扉の電子ロックが外部からの操作で解除されたことは特設指令室側でも確認できていた。

「おい、どうした新人! 何があった!?」

しかし、部屋に入ってくるはずの新兵がいつまで経っても来ないことにヤエヅキは不安を抱き始める。

「念のためこちらの操作で扉を閉め直す!」

外部で何かトラブルが起きている可能性がある――。

それに乗じた敵の突入を憂慮したヤエヅキは手元のコンソールパネルを操作し半開きの扉を再び閉ざそうとする。

「銃が引っ掛けられた!? これじゃ扉が閉まらないぞ!」

ところが、扉が閉まり始めたところへ突然滑るように銃が放り込まれ、これがつっかえ棒のようになったことで扉は物理的に閉まらなくなってしまった。

このトラブルは扉から離れた所にいるヤエヅキでは対処できない。

「自分が取り除きに行きます!」

そのため、たまたま扉に近い位置で待機していた兵士が代わりに対応を試みるが……。

「うん? この銃は――?」

月では見慣れない銃へ不用意に手を伸ばそうとした次の瞬間、彼女は右肩に激痛を感じその場にうずくまる。

恐る恐る右肩を押さえている左手を離すと、そこには生々しい銃創が出現していた。

「アクウ-ダンケ、ルー-ザゼンタ-ササラ(悪いけど、あなたを盾にさせてもらうわよ)」

見えない敵から逃れるべくこの兵士は痛む身体を動かそうとしたが、突如視界内に現れたルナサリア語を喋る敵――レンカの素早い不意打ちにより気絶させられてしまう。

そして、更に哀れなことに襟首をレンカに掴み上げられ"盾"として利用されるのだった。

「(味方が盾にされていたらさすがに撃てないか。気持ちは分かるけど、戦闘ではそれが命取りになる!)」

"盾"を構えつつ単身指令室へ突撃したレンカは、視界内に入った敵兵の右手首と左脚をハンドガンで撃ち抜きながら物陰に滑り込み、銃撃戦で身を隠せるポジションを確保する。

防衛部隊の準備は完全に裏目に出てしまっていた。

「あ、あいつ……同胞だ!」

盾にされている同僚への誤射を恐れた予備役の兵士は攻撃こそ断念したものの、突入してきたレンカの頭頂部から伸びるウサ耳に気付き声を上げる。

「(旧型銃じゃないの……まあ、ハンドガンよりはマシだけども)」

一方、元同胞たちのざわつきを尻目にレンカは盾扱いしていた兵士から短機関銃を奪い取る。

先ほどドアストッパー代わりにしたC29カービンよりも旧式で少々頼りないが、それでもハンドガン以上の火力を発揮できるだろう。

「お前ら、レンカさんのカバーに入れ!」

「「了解!」」

レンカの勇猛果敢な単独行動で撹乱(かくらん)された隙を突き、フランシス以下保安部員たちも一斉に突入。

フルオート射撃による圧倒的火力を以って練度不足の敵兵たちを圧倒していく。

「(あの地球人、"レンカ"と呼んでいたが……奴が地球に寝返った特殊工作員なのか?)」

堪らず身を屈めたヤエヅキは地球人(フランシス)の口から発せられた"レンカ"という単語を聞き逃さなかった。


「チウ! イクエス-スッ-ケッツ! マッサ-シュセ-イエ!(警告する! 勝敗は既に決した! 速やかに投降せよ!)」

遮蔽物に身を隠しながらの射撃で残敵を無力化しつつ、レンカは敵指揮官のヤエヅキに母国語で投降を促す。

「ミアレ-シゾペマリ-アルヨウ-ジョジ-ドウコウ-ヒユ! シュセ-ミラス-ナン!(我々は命令書の内容に従い行動している! 投降の予定は無い!)」

それに対してヤエヅキは"降伏勧告には応じられない"と同じルナサリア語で返答する。

「同胞に逆に問う! なぜ貴官は特殊工作員でありながら地球人に与している!?」

今度は彼女の方が銃撃を行いながら問い詰める。

なぜ地球人と行動を共にし、同胞へ躊躇い無く銃を向けられるのか――と。

「アキヅキ家による独裁体制に終止符を打ち、この戦争を終わらせるためよ!」

レンカの意思は明確だ。

王位簒奪(さんだつ)による権力掌握を経て道を誤ったアキヅキ家を打倒し、地球と月双方に平和を取り戻す。

「そうか……革命のために国賊にまで身を堕としたか」

「意外ね、アキヅキ家の信奉者には見えないあなたからそんな言葉が出るなんて」

その答えを聞いたヤエヅキはレンカのことを"国賊"と(さげす)むが、当のレンカはそれが本心から出た言葉ではないと瞬時に察していた。

「特殊工作員になるには演技力も必要だろう?」

ルナサリアンの特殊工作員には歩兵や諜報員としての能力だけでなく、信条や思想にも適性が求められる。

ヤエヅキが実際にそうしたように、選考で不利になることを避けるため訓練期間中は愛国者を演じる者が多いという。

大抵の場合は半端な演技がバレて落とされてしまうが、特殊工作員になれる逸材はそこを上手く誤魔化してボロを出さないのだ。

「(特殊工作員……一度実戦で殺り合ってみたかった相手だ)」

特殊工作員は1回の採用試験における合格率が平均1%未満と云われるほどの狭き門。

過酷な訓練課程を修了した者同士、本気で戦ってみたいというのがヤエヅキの本音だった。

「……投降を考えてもいい。ただし条件が二つある」

リロードのため銃声が一時的に収まったタイミングを見計らい、条件付きで投降の意思があることを告げるヤエヅキ。

「どういう風の吹き回し?」

「一つは生存している部下たちの安全の保障。そしてもう一つは……」

不自然な翻意を警戒するレンカをよそに、ヤエヅキは投降を受け入れるための条件を提示していく。

「貴官らの正しさを証明するため、この私に勝ってみせろ!」

もう一つの条件――。

それは指揮官たるヤエヅキを倒し、戦争を終わらせるための力を持っているか示すことであった。

【Tips】

ルナサリアンの法律では地球人換算で20歳以上が成人と見做される。

納税や勤労、兵役といった"国民の義務"は成人を迎えてから発生する。

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