【TLH-74】強襲! ホウライサン議会議事堂!(後編)
アンナ率いる別働隊との銃撃戦に夢中になっている敵兵たちに狙いを定め、レンカは忍者のように一気に忍び寄る……!
「て、敵――!?」
「ッ!」
奇襲に気付いた敵兵が振り向くよりも先にレンカのC29カービンが火を噴き、アサルトライフルを構えていた手首だけを正確に撃ち抜く。
これならば痛い思いはするだろうが死にはしないはずだ。
「行け行け行けッ!」
レンカの勇猛果敢な突撃に乗じてフランシスが指示を出した次の瞬間、一部を除く本隊の面々が敵部隊へと押し寄せる。
「第三班、援護を――!」
「アマチュアめ……気付くのが遅い!」
背後からの不意打ちに晒されながらも向かい側の味方に援護を求める敵兵もいたが、不幸にもこの兵士はステファニーのC29カービンで後頭部を殴られ気絶してしまう。
「本隊が合流してくれた! 総員、一気に敵を制圧する!」
颯爽と現れた本隊のおかげで別働隊のアンナたちも勢い付き、屋内階段を下りながら一気に攻勢へと転ずる。
「後退! 後退!」
「どこに退けばいいんだよ!?」
「こちら第二班、現在敵の大部隊と交戦中! 被害甚大、大至急援軍求む!」
元特殊部隊員や現役海兵隊員で構成される部隊と、予備役及び訓練兵の寄せ集め集団では実力差は歴然だ。
あらゆる面で不利な防衛部隊第二班は壊滅状態の第三班を見捨てて後退せざるを得なかった。
「くそッ、議会場の方向に逃げたか! あれだけは無力化しなければ!」
敵部隊を追い払えたのは良かったものの、よりによって自分たちの目的地方向へ後退していったことにレンカは眉をひそめる。
「アンナ! 後退した敵部隊を追撃してッ!」
「了解!」
彼女は議会場へ向かうルートの安全確保をアンナたちに任せる。
敵部隊は実戦経験不足を露呈していたため、大きな人的被害を出すこと無く容易に制圧できるだろう。
「私たちはどうするんだい?」
「今からここの防衛を指揮している奴の居場所を聞き出す」
一方、レンカ本人はフランシスの質問に答えつつ制圧された敵兵の姿を一人一人確認していた。
「ウサダッチ-イエ! ルー、ルク-アイブ-モット-アマツ-カクニ?(立ちなさい! あなた、見た感じ最上位者のようだけれど?)」
そして、ある敵兵を見つけた彼女は母国語で叫びながら襟首を掴んで無理矢理立ち上がらせると、ハンドガンの銃口を相手の額に突き付けるのだった。
「ワ、ワイト-テルヨ-アーク-ユウ-ヒア!?(な、なんで同胞が地球人の味方をしているんだ!?)」
自らに銃を突き付けている相手が同胞だと知った兵士が驚くのも無理はない。
「こちらの質問に答えろ! 議会議事堂の防衛を指揮しているのは誰だ?」
「軍事機密をそう簡単に答えるかよ……ましてや裏切り者などに……!」
珍しく殺気立った表情を浮かべるレンカの恫喝に兵士はあくまでも抵抗を続ける。
ルナサリアンの兵士を言葉で屈服させられるのは基本的にレンカだけだ。
「あら、見当は付いているから答えなくてもいいのよ? その場合……」
「ッ……!」
"もう答えは知っている"と笑ったレンカがハンドガンの撃鉄を起こす音が聞こえた瞬間、強気に振る舞っていた兵士は一転してゴクリと息を呑む。
「永遠に黙ってもらうだけだから」
「ひっ……わ……分かった分かった! 何でも話すから命だけは!」
レンカの人差し指がトリガーに力を込めようとしたところで兵士はようやくギブアップ。
軍人にあるまじき醜態を晒しているが、予備役ではこの有り様も致し方無いだろう。
「この建物には有事の際の避難場所を兼ねた地下が存在する。防衛戦のための指令所は地下の多目的室を利用している」
相手が口を開くよりも先に議会議事堂の構造について説明し始めるレンカ。
用心深い性格とされるルナサリアンはほぼ全ての建物に安全区画を設けており、議会議事堂の場合は地下フロア全域が相当する。
自分たちの動きを監視カメラ等で確認し、防衛部隊を適切に配置しようとしている指令所は必ずそこにあるはずだ。
「そして、練度不足の歩兵をある程度まともに動かせるのは相応の指揮能力を持つ高級将校――それも私と同じ特殊工作員である可能性が高い」
また、明らかに練度が低いにもかかわらず移動ルートを見越した待ち伏せだけは見事だった件について、彼女は敵指揮官が相当優秀なのだろうと分析していた。
「そ、そこまで知ってるなら尋問する必要無かっただろ!」
「ステファニー! あなたはB班と共にヨルハ様を護衛しつつこの場に待機! ついでにこいつらを武装解除させなさい!」
ド正論のツッコミを入れる兵士を少々乱暴に解放すると、レンカはステファニーに対し新たな任務を与える。
「フランシスはA班と一緒に私に付いてきて! ここの指揮中枢を掌握するわよ!」
彼女自身はフランシス率いるA班を引き連れて議会議事堂の地下へ向かい、迅速に指揮系統を潰すことを目指す。
「(敵部隊を指揮しているのは特殊工作員か……油断できないわね)」
ルナサリアンの精鋭たる特殊工作員は"一人特殊部隊"と評されるほど単独でも脅威的な存在。
実戦では過去に例が無い特殊工作員同士の戦いをレンカは警戒していた。
死傷者を出しながらも必死に後退を続ける敵部隊を追撃し、着実に追い詰めていくアンナたち。
「ただ後退するだけの奴らはもう終わりだ! このまま一気に叩く!」
彼女が指揮するスターライガ保安部C班及びD班の猛攻は凄まじく、地の利があるはずの敵部隊を完全に圧倒していた。
「スターライガばかりに良いカッコさせるな! 我ら海兵隊の力を見せてやれ!」
「ファイア! ファイア! ファイア!」
この勢いの良さは友軍の海兵隊にも好影響を与えたのか、こちらも負けじと援護射撃でアシストしてくれる。
「指令室、こちら第二班! 戦闘続行不能! 我々は投降します!」
遮蔽物が限られる通路にもはや逃げ場は無く、これ以上の徹底抗戦は無理と感じたのか敵部隊は意外なほどあっさりと投降を宣言した。
「よし……聞き分けが良くて助かる。海兵隊の皆さんは敵の武装解除をお願いします」
一連の行動が罠ではないと判断したアンナはハンドサインで"射撃中止"の合図を送り、投降した敵への対処を海兵隊に一任する。
「了解。"カグヤヒメ"も連れてきた方がいいか?」
「議会場の機材の操作は我々だけでは分からない。姫様にも演説の準備を開始するようお伝えください」
指示の意図を察した海兵隊隊長が"カグヤヒメ"――ヨルハとの合流について尋ねると、それを許可しながらアンナは議会場の扉の前に立つ。
「ここが第一議会場か……各員、敵の潜伏とブービートラップに気を付けろ」
手すりに触れただけで施錠されていないことを確認し、保安部のメンバーを集めて突入前の注意事項を述べるアンナ。
「敵の姿は……無い。広報用に綺麗にしているだけって感じだ」
意を決して議会場へ突入した彼女らはC29カービンに取り付けているウェポンライトで部屋中を照らす。
議会場の奥から天井まで強力な光を照射してみたが、敵兵やブービートラップといった脅威は特に見当たらなかった。
「バーチャライバーの配信アシスタントなんてしたことないけど、まあやるしかないか」
放送業務に関して素人のアンナは愚痴りながらも議会場中央の演壇へと近付く。
「一世一代の演説……それを戦争を終わらせるためのキッカケとする!」
議会場を見渡せる演壇からの眺めを体感した彼女は、これならばヨルハの想いを月面都市全域に届けられると確信を抱くのであった。
「第二班! 応答しろ! ……くそッ、勝手に投降しやがって!」
敵部隊と交戦していた第二班との通信が途絶え、何度も呼び掛けながら回線復旧を試みるヤエヅキ。
しかし、彼女の努力が実ることは最後まで叶わなかった。
「敵部隊は第一議会場に何かしらの目的があるようです。映像では確認しにくいですが……放送機材を調べています」
「放っておけ。電力供給はこちら側で止めているから、奴らには何もできまい」
数少ない現役兵士と共に監視カメラの映像を確認したヤエヅキは、議会場の敵部隊についてはまだ対処する必要は無いと結論付ける。
いくら放送機材を弄ったところで電源は入らないのだから。
「(しかし、すんなりと第一議会場へやって来たのは気掛かりだ。地球人にしてはやけに内部構造に精通しているように見える)」
それよりも彼女が気にしているのは敵部隊のスムーズな進軍についてだ。
左右対称なレイアウトでそこまで複雑ではないとはいえ、初めて訪れる建物の特定の部屋に迷わず辿り着けるのは奇妙ではないだろうか?
「指揮官! 1階大広間を通過する敵部隊を確認しました! 映像回します!」
引き続き敵部隊の動向を追跡調査していた現役兵士はヤエヅキを呼ぶと、ロビーホールに設置されている監視カメラの映像を上官が見やすい位置のモニターへ移動させる。
「別働隊か? 奴ら、関係者用通路に――ここを目指しているのか!」
ヤエヅキたちが眺めているモニターに映っているのは議会場とは別の敵戦力。
驚くべきことに奴らは関係者用通路への出入口に真っ直ぐ向かっていた。
「投降した連中がバラしたんだ!」
「私、射撃訓練なんて数えるほどしかしてないんだけど……」
「落ち着け! 第一班は速やかに戦闘配置に就け! 他の者も白兵戦に備えろ!」
初実戦の可能性を前に慌てる予備役や訓練兵たちを一喝しつつ、その中では多少まともに戦える第一班に迎撃を命じるヤエヅキ。
もっとも、第一班だけを敵を押さえ切れるとは思っていないので、指令室に残る兵士たちにも装備の準備はさせておく。
「ここが戦場になる可能性も否定できん。事前訓練通り、机や棚を移動させて遮蔽物を作るぞ」
これまでは"高級将校"としての振る舞いに終始してきたが、戦闘が始まるのであれば"特殊工作員"に戻らなければならない。
ヤエヅキは自分用の装備一式をガンロッカーから取り出し、部下たちと共に"戦場"の整備を開始する。
「(関係者用通路の存在を知っていて、電子錠の暗号も一発で解除してきた――間違い無い、やはり相手には私と同じ特殊工作員がいる)」
今は観光地扱いとはいえ、かつては月の立法権を担っていた議会議事堂のあらゆる部分を把握している――。
この瞬間、ヤエヅキの疑問は確信へと変わった。
【バーチャライバー】
所謂"Vtuber"のこと。
バーチャル(virtual)とライバー(liver)のかばん語であり、21世紀初頭に登場して以来ストリーマーの一形態として急速に市民権を獲得した。
それに伴い必要機材のリースなど周辺事業も充実しており、リリーのように趣味と実益を兼ねて個人活動する者も少なくない。




