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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
最終章 THE LAST HOPE

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【TLH-71】月の都

 月の都――。

天空を越えた星の海に浮かぶその地には、かつて蒼い惑星を追われた"ウサ耳の人族"の子孫が暮らしているという。

迫害に苦しめられてきた民を導く指導者の名は――ヅキ――。

(字が掠れている部分がある……)

※「新訳オリエント神話-第9章 砕月編-」より抜粋

 スターライガの母艦スカーレット・ワルキューレから放たれた"ヴァルハラ"の火力は凄まじく、実用上の最小出力且つ照準を可能な限りずらしていたにもかかわらず、その高エネルギーの余波は月面都市の地上まで到達していた。

「ユキヒメ様ッ!!」

「高能量反応だろッ!? 何事だ――くッ!」

慌てて司令室に駆け込んできた皇族親衛隊員モミジの方を振り向いた次の瞬間、月震よりも激しい揺れに晒されたユキヒメは部下と共にその場に倒れ込んでしまう。

「大丈夫ですか!?」

「私のことはいい……それよりも今の衝撃は明らかに異常だった。安全に気を付けながら情報収集に当たってくれないか?」

揺れが収まるや否やすぐさま駆け寄ってくれたモミジの手を取りつつ立ち上がり、自分たちが置かれている状況に関する調査を命じるユキヒメ。

自然現象である月震は地下を震源として発生するので、今回のように上から共振するような伝わり方はしないはずだ。

「ハッ! 詳細が判明次第報告致します!」

「頼んだぞ。こっちでもできる限りの情報収集は進めておく」

足元に注意しながら司令室から出て行くモミジを見送ると、ユキヒメは先ほどまで眺めていたコンソールパネルのモニター画面たちを改めて確認する。

「(ヤクサイカヅチの識別信号が確認できん……撃沈されたにしては信号途絶が早すぎるが、如何せん今は情報が錯綜しているな)」

自軍の戦力を把握するための情報画面を見ていた彼女は、ここでようやく艦隊総旗艦ヤクサイカヅチ――姉オリヒメの座乗艦が見当たらないことに気付く。

識別信号も確認できないことから撃沈された可能性が高いが、正確な情報についてはもう少し待つ必要があるかもしれない。

「私だ――そうか、先ほどの衝撃はそれが原因で間違い無い」

この混乱の原因は意外なほど早く判明した。

コンソールパネル上の受話器を取り上げたユキヒメの通話相手は発令所の責任者で、曰く"艦砲射撃で月面都市を覆うガラスドームが破損した"という報告が相次いでいるらしい。

「貴様たちも自らの安全確保に努めながら任務に当たれ。危険な場合は自己判断での退避も許可する」

望んでいた情報を得られたユキヒメは発令所の面々を労い、それだけでなく軍隊としては異例の選択権すら与える。

「……地球艦隊の狙いはおそらく私と姉上の命だ。貴様たちまで巻き込むわけにはいかん」

通常は上官が許可するまで持ち場を離れることなど言語道断だが、既に敗戦を悟っていたユキヒメは少しでも多くの将兵を生き残らせる方針へと切り替えたのだ。

「(ついに首都への侵攻を許してしまったか……私もいよいよ腹を(くく)る時が来たのかもしれない)」

司令室の壁に掛けられている自分専用の戦闘服一式とヘルメット――。

おそらく自らの死に装束となるであろうこれらを見た瞬間、ユキヒメは生粋の武人として最期の出撃に赴く覚悟を決めるのだった……。


 首都防衛線を巡る激戦の末、地球艦隊はついに敵国首都ホウライサンへの道を切り拓いた。

先鋒を務めるのは当然スカーレット・ワルキューレだ。

「月面都市のガラスドームの破損を確認!」

「"ヴァルハラ"ユニットを切り離しつつ推力最大! これより目標地点へ一気に肉薄する!」

オペレーターのキョウカの報告を聞いたミッコは"全て想定通り"とほくそ笑みたくなる気持ちを抑え、あくまでも冷静沈着に指示を飛ばす。

「了解! "ヴァルハラ"ユニット分離及び自己破壊装置作動!」

まずはキョウカの操作で使用制限を迎えた"ヴァルハラ"をパージし、そのうえで鹵獲されないよう自己破壊装置も作動させる。

砲身や核融合炉の消耗を考慮するとこれ以上の発射は不可能なため、デッドウェイトとして残しておく必要性は無い。

「了解、推力最大!」

(ふね)の推力を制御するスロットルレバーの操作は操舵士ラウラの仕事であり、艦長の指示通り推進装置の基数分配置されているスロットルレバーを全て前に倒すことで推力を最大値にセットする。

「ミッコ先輩、敵艦隊は我々が食い止めます! エイトケンを護衛として付けるので、その間に議会議事堂の制圧をお願いします!」

さて、ここからがルナサリアン本土攻略作戦の第3段階だ。

事前のブリーフィング通りサビーヌ率いる主力艦隊とスカーレット・ワルキューレは別行動となるが、その代わりなのかサビーヌはエイトケン――重雷装ミサイル巡洋艦"アドミラル・エイトケン"を自由に使っていい戦力として貸し出してくれた。

「こちらアドミラル・エイトケン艦長のベックスです。微力ながらお供させて頂きます」

一般的にはゲイル隊の母艦としてのイメージが強いものの、エイトケン自体もメルト艦長以下優秀なクルーによって活躍してきた武勲艦である。

「心強い援軍ね……サビーヌ、これが最後の戦いよ。互いに生き残りましょう」

「もちろんです! 生きること自体が戦いなのですから!」

不慮の事故が原因で一度は離れ離れとなりながらも、20年の時を経て再び(くつわ)を並べて戦う機会を得られたミッコとサビーヌ。

軍人時代の先輩が何度も口にしていた信念は確かに後輩へと受け継がれていた。

「ベックス艦長、しっかりと付いてきなさい! 護衛戦力として働いてもらうわよ!」

「了解です! 貴女の戦いから多くを学ばせてください!」

自慢の後輩との通信を終えたミッコは回線を切り替えると、護衛戦力として預かることになった若手将校に向けて早速檄を飛ばす。

対するメルトも"歴戦の艦長からスキルを学びたい"と臆せず答えるなど、過酷な実戦で鍛えられた精神力を存分に発揮していた。


 スカーレット・ワルキューレ、アドミラル・エイトケン、そして議会議事堂制圧を支援するオリエント国防海軍軽空母"クルーゼ"の3隻はガラスドームが無くなった箇所から月面都市へ侵入。

近未来的なビル群を掠めるような低空飛行で目的地を目指す。

「街並みがよく見えるで……ラウラ、底を擦らんよう気ぃ付けて操舵せえや」

「フッ、狭い港への入港よりは簡単さ」

CIC(戦闘指揮所)の全天周囲スクリーン越しでも下界の様子が視認できる状況にアルフェッタが驚く一方、操舵技術に自信を持つラウラは珍しく余裕の笑みを浮かべている。

「レーダー管制官、周辺の状況は?」

「本艦の針路上に敵影無し。ただ、市街地はレーダー波の死角となる場所が多いので、奇襲の可能性は十分あり得ます」

もちろん、(ふね)の最高責任者であるミッコは基本的に慎重を期しなければいけない立場だ。

彼女から状況報告を求められたレーダー管制官のオリヴィアは、"敵影は確認できないが最大限の警戒は必要"だと答える。

市街地のように入り組んだ地形だと建造物でレーダー波が阻まれやすく、結果として至近距離にもかかわらず索敵範囲外という現象が起こってしまう。

「艦長ッ! 7時下方――いえ、複数方向から飛翔体接近ッ!」

「回避運動ッ!」

「ダメだ! 間に合わない!」

そして、オリヴィアの懸念はすぐに最悪のカタチとなって現れる。

報告を受けたミッコは即座に回避運動を指示するが、このタイミングではラウラの腕を以ってしても間に合わせようが無かった。

「……状況はどうなっている?」

「底部に複数の地対空ミサイルが命中した模様。損傷は今のところ確認されていません」

念のため対ショック姿勢で身構えたのはいいものの、被弾の衝撃はいつまで経っても来ない。

怪訝に感じたミッコが状況報告を求めたところ、一連の攻撃を分析したキョウカ曰く飛翔体の正体は地対空ミサイル――つまり対艦攻撃用の弾頭ではなかったらしい。

S.A.M(サム)……? 対艦ミサイルではないのね?」

「はい、対艦ミサイルならばもっと大きな被害が出ていたはずです」

「ふむ……」

対空ミサイルでも直撃すれば痛いとはいえ、航空機の撃墜に特化した攻撃力では戦艦に対する有効打とはなり得ない。

先ほどの攻撃について改めてキョウカに確認を取りつつ、敵部隊が不適切な迎撃行動に至った理由を推測し始めるミッコ。

弾頭の選定といい発射タイミングといい、明らかに素人臭い攻撃だったが……。

「ストラディヴァリウスよりワルキューレCIC、市街地方面から敵航空戦力の増援を確認した! 直ちに迎撃へ向かう!」

どうやら、敵は考える時間すら与えてくれないようだ。

前線で戦闘中のルナールから上がってきた報告は、ルナサリアンが首都の防備を徹底的に固めていることを示唆していた。


 同じ頃、スカーレット・ワルキューレの飛行甲板上ではヨルハと彼女を護衛する白兵戦要員たちを乗せた艦載艇――コールサイン"フライング・ダッチマン1"及び"フライング・ダッチマン2"が発艦準備を進めていた。

この2艇は友軍のオリエント国防海兵隊と共にルナサリアン議会議事堂へ乗り込み、同施設を制圧することを目的としている。

「――よくお似合いですよ、姫様」

白兵戦要員を率いる保安部総責任者のフランシス・ハートマンは、レディーススーツの上からボディアーマー一式を着込んだヨルハに向けてサムズアップを送る。

「貴女たちは……んっ、これほど重たい装備でも軽快に動けるのですね」

「それで命を守れるのならば軽いモノですから」

本来は"戦闘のプロ"の着用を想定したゴテゴテの装備に難儀しているヨルハに対し、着こなしている姿を見せつけるかのように自らのボディアーマーを軽く叩くフランシス。

「そのボディアーマーとヘルメットは小銃弾程度ならば十分防げます。とはいえ、防御されていない部分に命中した場合は致命傷を受ける恐れがあるので、あまり過信はなされないことです」

彼女は護衛対象であるヨルハにボディアーマーと戦闘用ヘルメットを貸し出していた。

これは銃撃戦に巻き込まれた場合の保険だが、当たり所が悪ければ死ぬ可能性があることだけは忠告しておく。

「承知しておりますわ。自分の身は自分で守れ――ということですわね?」

「我々の任務は姫様を議会議事堂へお連れし、貴女の演説を護衛すること。任務遂行のためならば命を懸ける所存であります」

護衛付きとはいえ今回の作戦が相当危険を伴うことをヨルハは理解してくれていると判断し、フランシスはそういう人間を守るためならば全身全霊を尽くすと宣言する。

「フランシスさん……その覚悟、確かに受け取りました。ですが、一つだけ約束してください」

彼女の決意を汲み取ったヨルハは改めて握手を交わす一方、真剣な眼差しで"一つだけ約束してほしい"と断りを入れる。

「貴女の命は貴女自身のモノ――どうかそれだけは忘れないで下さいまし」

「……当然です。スターライガの一員である以上、死体袋になって帰って来るつもりなどありません」

たった一つの自分の命は大切にしなさい――。

姫様(ヨルハ)の言葉にフランシスは力強く頷き返すと、任務を完遂しつつ護衛対象も自分たちの命も必ず守ると誓うのであった。

【不慮の事故】

2112年、オリエント国防海軍の艦隊運動の訓練中に発生した事故のこと。

オリエント連邦国内では事故を起こした艦隊の名から「第4艦隊事件」と呼ばれている。

"悪天候且つ無線通信が一切使えない"という悪条件下での実地訓練中に複数の艦艇が空中衝突し、駆逐艦2隻沈没・112人死傷・3人行方不明の未曾有の大惨事となってしまった。

事故原因は「悪天候に伴う視界不良」「気象条件を考慮しない訓練内容」の二点が主だと結論付けられたが、当時第4艦隊司令官を務めていたミッコは事故を誘発したとされる艦に乗っていた後輩サビーヌを庇うべく、全責任を負うカタチで艦隊司令の辞任のみならず国防海軍からも姿を消した。

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