【TLH-66】閃光戦乙女
ルナサリアン局地戦用宇宙戦闘艇"サイカチ"を迎撃するフェルナンドたちに加勢し、彼の部隊からターゲティングを逸らしたのは深紅の可変型MF――重機動型バルトライヒだった。
「レガリア・シャルラハロート……! あんた、もっと前線で戦ってたんじゃないのか!?」
どことなく禍々しい増加装甲を纏うその機体のドライバーについては、彼女より遥かに若いフェルナンドでも名前ぐらいは知っている。
ただ、レガリア率いるスターライガチームはてっきり最前線で大暴れしていると思っていたので、超大物のサプライズ参戦に驚いただけだ。
「説明は行動で示します! 隊長機の相手は私が引き受けるから、君たちはそれ以外の2機に対処してちょうだい!」
フェルナンドたちが3機がかりで牽制していたサイカチを単独で翻弄しつつ、レガリアは本来指揮系統が異なる正規軍の面々に対し役割分担を提案する。
「お言葉ですが"カブトムシ"は高い防御力を持っています。いくらレガリアさんといえど、単騎での戦闘は厳しいかと……」
指揮系統云々については戦闘中という緊急性やレガリアの立場(筆頭貴族当主として連邦政府とパイプを持つ元国防空軍将校)を理由にすれば、いくらでも誤魔化しが利くだろう。
それは全く問題無いのだが、ニュクスは高い戦闘力を有するサイカチに単身挑むことへのリスクを純粋に心配していた。
相応の実力を持っていると自負する自分たちが6機の連携でようやく仕留めた相手を、たった一人で倒せるとはハッキリ言って信じられなかった。
「策があるからここへ来たのよ! お願いだから今回だけは私の提案に従って!」
「どうする? あの人に比べたら俺はガキだし、空軍の大先輩の意見は尊重したいが……」
"必勝パターンは既に出来ている"として自分の提案を受け入れるよう迫るレガリア。
無線越しでも分かる圧の強さにはフェルナンドもさすがにたじろぎ、あれこれと言い訳を並べながらニュクスに助言を求める。
「……了解しました。協力感謝いたします」
指揮系統どころか戦術にまで干渉されるのは困るのだが、少しだけ考えた末ニュクスは"レガリアの善意に基づく行動である"と判断することで助け舟とした。
最も有名なアルムナイ(退役軍人)の自発的協力ならば軍上層部も文句は付けられまい。
「ありがとう……こんな金と権力だけは持っているロートルのワガママを聞き入れてくれて」
上手く機転を利かせることで要求を呑んでくれたニュクスたちに感謝の言葉を述べると、それを強要させる要因となった自分の立場を自嘲しつつレガリアは戦闘行動に移る。
「(若い子たちにあそこまで見栄を切ってしまった以上、無様なマネはできないわね……!)」
たとえオリエント人の基準でさえロートル扱いされる年齢になったとしても、スイッチが入った時の彼女の気迫には並々ならぬモノがあった。
「各機、連携を密にしてください! 敵は孤立した機体から狙ってきますよ!」
一方、直掩の航空戦力相手に想定外の苦戦を強いられたエイシンは、これ以上の損害拡大を防ぐため生き残っている僚機たちに指示を飛ばす。
いくら重装甲を誇るサイカチといえど、複数のMFから集中攻撃を浴びたら長時間は耐えられない。
「(そうは言ったものの、敵はこちらへの対抗策を掴みつつある。この状況は宜しくありませんね……)」
そしてまた、エイシンはこの短期間でサイカチへの対抗戦術を編み出してきた、地球人の学習能力の高さも強く警戒していた。
対抗戦術が地球側に広く浸透したら、サイカチの新兵器ゆえのアドバンテージは完全に失われるだろう。
「機長! 4時方向より新たな敵影!」
「識別信号! ……やはりスターライガですか」
更に運が悪いのは対抗戦術など使わずともサイカチと渡り合える強者の存在だ。
後席に座るメジロから報告を受けたエイシンはすぐに識別信号を確認し、予想通りスターライガのMFが追い付いてきたことを認める。
「あの動き……間違い無い、隊長機ね!」
対するレガリアも鋭い機動を一目見ただけで隊長機だと気付き、本格的な攻撃態勢へと移行していた。
「くッ……!」
その時、コンソールパネルの画面を見ていたメジロの耳に針で刺されたかのような痛みが奔る。
「メジロさん? 大丈夫ですか?」
「ええ……少し耳鳴りがしただけです」
明らかに痛がっている声が聞こえたエイシンは前を向いたままそう尋ねるが、彼女を心配させまいとこめかみ付近を押さえながら強がるメジロ。
「(この精神的圧迫感……押し潰されてしまいそう……!)」
先ほどの耳鳴りは敵意を持った能力者同士が近付くと発生する"共鳴"であり、実際のところメジロは強烈なプレッシャーに晒され冷や汗を垂らしていた。
可変型重MFと局地戦用宇宙戦闘艇――。
分類が全く異なる兵器による異種格闘技は見る方は面白いが、当事者たちにとってはなかなかに大変だ。
「バルトライヒ、ファイア!」
「どこまでもしつこい敵……!」
後方にピタリと張り付くレガリアのバルトライヒの牽制射撃に苛立ちを隠さないエイシン。
簡易連装レーザーキャノンの攻撃はバリアフィールドがある限り痛くないとはいえ、心理的な追い込みまで防ぐことはできない。
「やむを得ません! 優先目標を"敵機の排除"に切り替えます!」
その結果、イライラが限界に達しつつあったエイシンはついに攻撃目標の変更を決断してしまう。
「それでは相手の思う壺です!」
「言われなくても分かっているわ! だから、短時間――遅くとも3分で決着を付けます!」
相手のペースに呑まれる可能性を危惧するメジロの忠告を退け、逆に"短期決着で終わらせてやる"と宣言するエイシン。
「(こちらの挑発に乗ってくれたわね……今度こそ仕留めてみせる!)」
メジロが危機感を示していた通り、これはレガリアにとって有利な展開だ。
「(射撃武装はあまり効果が無い。最も有効な戦術は至近距離での格闘戦になるか……)」
物理的な重装甲とバリアフィールドを併せ持つサイカチに射撃攻撃は効きにくい。
この場合はバリアフィールドを一方的に中和しつつ高熱で装甲を溶断できる、高出力なビーム刀剣類の使用が最適解と言える。
そして幸運なことに、レガリアと彼女の愛機バルトライヒはその扱いに長けるインファイターであった。
「(速度を落としたらその瞬間に食い付かれるでしょう。何かしらの方法で距離を取り、一撃離脱で対処する必要があります)」
もちろん、懐に飛び込まれたら弱い自機の性質はエイシンも十分理解しているので、持ち前の機動力を活かせる戦い方を心掛けている。
「メジロさん、光線砲以外の全武装の使用を許可します! 私は操縦に専念するので、あなたの判断で迎撃を!」
「り、了解しました!」
深紅の可変型MFの撃退に執着するエイシンから半ば強引に火器管制を一任され、若干困惑しながらも自席のコンソールパネルのモード変更を行うメジロ。
「連装光線砲を使います! もっと引き付けられませんか!?」
すぐ真後ろを飛ぶ敵機に対しては後方速射式連装光線砲を使うしかない。
"目標を狙いやすくしてほしい"とメジロが訴えると、返事こそ無かったがエイシンの方から操縦を修正してくれた。
「捉えた……発射!」
コンソールパネルのディスプレイ中央に映るレティクルと敵機影が重なった瞬間、メジロは兵装操作用サイドスティックのトリガーを引く。
この一撃は普通ならば確実に当たる感触であったが……。
「えッ!? かわされた……!?」
しかし、メジロの自信は深紅のMFのあり得ない横滑り挙動によって打ち砕かれてしまうのだった。
「(こちらの動きを読んできている……あまり長時間は構っていられないわね)」
MFならではの平行移動に近い回避運動で余裕を持って攻撃をかわしたレガリアであったが、相手は未熟とはいえ能力者だ。
自分の操縦の癖を学習する猶予を与えるのは望ましくない。
「(大きく失速する瞬間を何とか作り出さなければ……!)」
ドッグファイトに引きずり込みたいレガリアは敵機の動きを注視しながら策を練る。
「バルトライヒ、ファイア!」
無論、ただ待つだけでなく自らチャンスを切り拓くため、彼女は簡易連装レーザーキャノンによる徹底した牽制射撃を繰り返す。
「レーザーキャノンが……!」
ところが、相手の学習能力はレガリアの予想を少しばかり上回っていたらしい。
テール・トゥ・ノーズによる固定武装の撃ち合いの末、先に被弾したのは重機動型バルトライヒの方だった。
機体への直撃は免れたものの、蒼い光線が掠めた際の高熱により簡易連装レーザーキャノンは破壊されてしまった。
「(でも、今ので相手のレーザーキャノンの射角は把握できた! その範囲内に入らなければ直撃は無い!)」
しかし、収穫が無かったわけではない。
ここまでの攻撃を分析した結果、レガリアはサイカチの後方速射式連装光線砲の射角を完全に見抜くことに成功した。
「バルトライヒ、シュート!」
敵機の攻撃範囲外を維持しつつ、深紅の可変型重MFは増加装甲側に内蔵されたマイクロミサイルを鬼のようにばら撒き、回避運動を強いることで失速を狙う。
「(なるほど、あくまでも減速は嫌がるというわけか……)」
とはいえ、敵機もエースだけあって簡単には弱みを見せてくれない。
機体特性を理解した冷静沈着な戦い方を維持するサイカチの操縦士に感心を抱くレガリア。
「撃墜! 撃墜! 火力を集中させればざっとこんなもんだぜ!」
その時、別のサイカチと戦っていたフェルナンドの自慢げな撃墜報告が航空無線で聞こえてくる。
「(若い子たちも頑張っているわね。ああいう姿を見せられたら私も負けられない)」
それを耳にしたレガリアの闘志がより強く燃え上がるのに、そう長い時間は掛からなかった。
「(一気に加速した! やはり一撃離脱戦法――ヘッドオン勝負で来ると見た!)」
彼女の動きの変化を相手も察したのか、サイカチはこれまで見たことが無い"本気のフルスロットル"で間合いを取り始める。
どうやら不毛なテール・トゥ・ノーズを終わらせ、次の攻撃で確実にケリを付けるつもりらしい。
「(あちらのパイロットは技量に相当自信があるみたいね……だけど、それは私も同じなのよ)」
当事者双方が極めて高い命中率に晒される、空中衝突覚悟の直接対決――。
技量と度胸と運が求められる真っ向勝負にレガリアは受けて立つ。
「(空戦ならば尚更負けるわけにはいかない!)」
彼女は地球側で五指に入る実力を持ち、そしてワンオフの超高性能機を駆るエースドライバーの一人。
自分が最も得意とする分野で負けるつもりは全く無い……!
【テール・トゥ・ノーズ】
本来はモータースポーツ用語だが、MFの分野では「ある機体の真後ろに別の機体が長時間追随し続ける展開」を指す。
なお、これは和製英語であり正しい語順は"nose to tail"とされるが、本文中(地の文)では英語としての正確性よりも一般的な表記を重視していることを考慮されたい。




