【TLH-62】焦土作戦
牽制も兼ねてギリギリまで対艦攻撃を続けていたMF部隊は、蒼い極太レーザーが飛来する直前に退避行動へ移行。
敵艦隊が次々と光に呑み込まれていく様子を10km以上離れた場所から観測していた。
「相変わらずMF単体のモノとは思えない火力だな……おい! 全機健在か! 同士討ちに巻き込まれたヤツはいないな!?」
「事前情報で退避していたとはいえ、さすがにヒヤヒヤしますぜ」
マリンのスーペルストレーガの攻撃が収まったのを見計らい、ヤンはまず味方機の安否を確認する。
彼女の部下であるシンドルを含む全ての味方は無事であったが、僚機たちからは"敵じゃなくてよかった"という趣旨の感想が多く聞かれた。
「見て見て! 生き残った敵艦隊が撤退していくよ!」
実際問題、先ほどの強力な一撃は敵艦隊を戦意喪失に追い込むほど大きなダメージを与えたようだ。
ショウコのスパイラルC2がマニピュレータで指差しているのは、180度転進し逃げ帰るように撤退する敵艦隊の姿だった。
「怖気付いたか? あいつら、尻尾を巻いて逃げていくぞ」
「ざまあみろ! ルナサリアンの馬鹿野郎め!」
これは一時的且つ局所的な結果に過ぎないとはいえ、今は劣勢を覆して掴んだ戦術的勝利の余韻に浸るキリシマ・ファミリーのカリンとナイナ。
当分の間はルナサリアンが再び備蓄基地の奪還を試みることは無いだろう。
「……ヤンさん、妙だと思わないか?」
一方、自他共に認める"切れ者"であるナスルは敵艦隊の動きを奇妙だと感じていた。
「ああ、ただの敗走にしては撤退の判断が迅速すぎる。撃沈された僚艦の生存者すら見捨ててズラかるあたり、上からの命令でもあったんだろう」
それについては海兵隊出身のヤンも概ね同意し、特に引き際の早さと僚艦を見捨てる非情さが最も不可解だと言及する。
「予定通りならば本隊はルナサリアン首都の防衛ラインに接触しているはずです。おそらく、それを受けて急遽戦力を呼び戻したのかと」
また、彼女の意見をフォローするようにキリシマ・ファミリーのヨルディスが本隊のスケジュールについて補足説明を行う。
「このままだと本隊の背後に追い付いちまうぞ。俺たちも追いかけた方がいいんじゃねえか?」
「いや、あたしたちの目標はあくまでも"燃料備蓄基地の制圧"だ。奪還されないよう戦力を置いておく必要がある」
同じくキリシマ・ファミリーに所属するアレクサンダーのせっかちな提案を冷静に諭し、目標達成を最優先とする方針を改めて明確に示すヤン。
「ここは一つ、主力艦隊を信じてみようじゃ――」
彼女がスターライガやオリエント国防海軍第8艦隊を擁する主力艦隊がいるであろう方角へ視線を移したその時、予想はしていたが信じたくないことが起こった……。
「お、おい! 何だアレは!?」
地球人にとって最大の禁忌とされる大爆発は、母艦レヴァリエの甲板上に待機していたマリンからもよく見えていた。
「強烈な――で――不能!」
「よく聞こえないぞ! まさか……艦隊司令官殿の予想が的中しちまったんじゃないだろうな!?」
CIC(戦闘指揮所)のオペレーターが何か大事なことを言っているようだが、ノイズ発生を伴う通信不良のせいでマリンは肝心な部分を聞き取れない。
しかし、別行動前の艦隊司令官殿――サビーヌ中将の不吉な発言と、目の前で起こっている現象からマリンは全てを察していた。
「全く、サビーヌ司令のご慧眼は流石ね……」
CIC側で近距離用の通信回線を回復させることができたのか、ノイズが少ないローリエの声は辛うじて聞き取れる。
「爆発が発生した方角より強力な電磁パルス及び放射線が観測されたわ。前者の影響でほぼ全ての通信手段がダウンしている」
彼女の報告は先ほどの大爆発が"核の炎"であることを如実に物語っていた。
核爆発による作用は大気圏内外で若干変化し、空気が薄い高高度や宇宙空間では爆風よりも電磁パルス及び放射線の影響が特に強くなるのだ。
「くそッ……本隊の安否確認さえできねえのかよ……!」
「今は我慢するしかない……状況に動きがあったらすぐに連絡するから」
目に見える範囲の情報しか得られない状況に苛立ちを隠せないマリンを宥めつつ、"情報収集は随時行う"と伝えてからローリエは一旦通信を終える。
「(この戦争、みな狂ってやがるぜ……)」
近距離通信以外の回線が復旧するまでの間、どこまでも真っ暗な宇宙空間が広がる月の空を見上げるマリン。
指導者の独断専行で戦争を始めたルナサリアン、その報復という名の大義名分を以って逆侵攻を行う地球人類――。
戦時下という極限状況で未だに正気を保っている人間がどれほど残っているだろうか。
「(ルナサリアンめ……自分たちが造り上げた物を自ら破壊するほど、地球人の本土侵攻を許せなかったのかよ!)」
同時にマリンは焦土作戦を実行してでも地球側による占領は認めないという、ルナサリアンの破滅的で悲愴な覚悟に少なからずショックを受けていた。
そんなに地球人が極悪非道で残虐な侵略者に見えているのか――と。
「スターライガチームのみんな、無事でいてくれよな……」
敵の思惑をあれこれ考察していてもキリが無い。
マリンは自身の古巣にしてこの戦争を終わらせる切り札であるスターライガの無事を祈るのだった。
一方その頃、当事者である主力艦隊の状況は……。
「宇宙港方面の爆発、収まりました!」
問題の核爆発は艦隊旗艦アカツキのCDC(戦闘指揮所)からもしっかりと確認できていた。
幸いにも地球艦隊は宇宙港方面――つまり爆心地付近をとっくの前に通過しており、核の炎に包まれた味方はいなかった。
「見事なご決断でした、艦長」
まるで全てを見通していたかのようなサビーヌ艦長の作戦変更を称賛する副長のコーデリア大佐。
「観測データ内の数値は電磁パルス及び放射線の存在を示唆しています。やはり、あの爆発は戦術核兵器だと思われます」
彼女はアカツキに搭載されている観測機器が収集したデータを自身のタブレット端末に表示し、それをサビーヌに見せながら先ほどの爆発が核兵器によるものだと断言する。
「……」
軍帽を深く被って報告を聞くサビーヌの表情は窺い知れない。
ただ、悪い予感が的中してしまい複雑な心境であることは容易に想像できる。
「しかし、艦長のご英断により我が軍に損害はありませんでした」
「これ以上核兵器を使わせるわけにはいかないな。ましてや、敵軍の侵攻を食い止めるために自国内で起爆させるなど……!」
上官を気遣うようにコーデリアが穏やかな声音で語り掛けると、これで気持ちが切り替わったサビーヌは軍帽を脱ぎながら"如何なる理由でも核兵器の軍事利用は許容できない"という反核の意思を示す。
「全く以って仰る通りです。そのためにも我々は前方の敵防衛ラインを突破しなければなりません」
彼女の強い決意にコーデリアも全面的に同意し、それを有言実行するには目の前の敵を倒す必要があると告げる。
「前方に敵艦多数! 距離150! 間もなく交戦距離に入ります!」
「先の戦闘で艦隊旗艦を務めていた空母もいるか……よし、全艦に伝令!」
オペレーターによる状況報告と同時に全天周囲スクリーンの情報が更新され、敵艦隊の大まかな戦力及び布陣が直感的に分かりやすく表示される。
先の戦闘から引き続き旗艦を務めているであろう敵空母――ヤクサイカヅチの動向を注視しつつ、指揮下の全艦艇に命令を出すため骨伝導ヘッドセットの無線周波数を調整するサビーヌ。
「これより我々は防衛ラインを突破し、敵国首都中心部へ肉薄する! 目標はホウライサン議会議事堂!」
指示内容は極めてシンプルだ。
ルナサリアンの残存艦隊をほぼ全て出し尽くしているであろう防衛ラインの強行突破を図り、月面都市を保護するガラスドームを破壊してから首都へ一気になだれ込む。
「あえて言わせてもらおう……総員、ここまで来たのならば最後まで生き残れ!」
この戦い、下手をすれば全滅の可能性すらあり得るだろう。
それでもサビーヌは将兵たちとスターライガチームの実力ならば大丈夫だと信じていた。
ホウライサン――。
地球側で"静かの海"と呼ばれる平原を切り拓いて開発されたルナサリアンの首都。
1億2000万人という一国に匹敵する都市人口を収めるため、複数個のドームを接続したレイアウトを採用していることが特徴だ。
「――分かった、その報告はもういい。元より上手くいくとは思っていなかったからな」
本土決戦に備えてルナサリアンは総司令部を月の宮殿(ゴショ)とホウライサンの二か所に開設。
後者はアキヅキ家が所有する別荘兼迎賓館の地下に設置されており、少しでも前線に近い場所での指揮を求めるユキヒメが駐留していた。
「姉上には私から伝えておく。お前たちは引き続き情報収集を頼む」
皇族親衛隊のモミジから"レイセン宇宙港壊滅"の報告を聞いたユキヒメは呆れたように首を横に振り、自分には直前まで知らされていなかった焦土作戦への失望感を露わにする。
「りょ、了解しました……」
「待て、一つ聞き忘れていた。対空車両の配備状況はどうだ?」
気まずい空気を察したモミジが困惑気味に指令室を立ち去ろうとしたその時、ふと思い出したかのように彼女を呼び止めるユキヒメ。
「全小隊配置完了しています。予備役及び一般市民からの志願者で構成される"挺身隊"も同様です」
首都防空に当たってはモミジ率いる皇族親衛隊第2小隊を含む航空部隊はもちろん、地上配備の対空車両や生身の歩兵も多数投入される。
歩兵については戦況悪化に伴う人員不足を補うべく、これまで優先度が低かった予備役や志願兵なども招集せざるを得なくなっていた。
「できれば首都上空での水際迎撃は避けたかったが……この戦況では仕方あるまい」
「挺身隊には短期間の軍事訓練で操作可能且つ携行も容易な即席対空兵器が多数配備されています」
根っからの武人であるユキヒメは付け焼き刃の動員に否定的だったが、練度が高くない挺身隊でも扱える即席対空兵器の存在を推すことで遠回しに説得するモミジ。
「これは一発限りの使い捨てですが、直撃すれば装甲が施された目標に致命傷を与えることができます」
彼女の言う即席対空兵器とは所謂"携帯式防空ミサイルシステム"であり、一線級の部隊が装備するロケットランチャーの戦時設計仕様だ。
通常仕様と異なり耐久性は極端に低いが、それ以外の性能は変わらないことから安価な対空兵器としては役に立つと見られていた。
「もっとも……首都防衛線の突破を許しそうな場合は我々も出撃しますので、挺身隊の出番は無いでしょう」
ただし、ここまで説明したモミジ自身でさえ挺身隊にはあまり期待していなかった。
「うむ、我が方の艦隊が敵を壊滅させてくれるといいのだがな」
今度こそ部下を退室させたユキヒメは前線から送られてくる各種データに改めて目を通す。
「(敵の目標は間違い無くホウライサンだ。それはほぼ確実だが、より具体的にはどこを狙っている?)」
地球艦隊の目的がホウライサン制圧であることは明らかなものの、月の武人の戦略眼を以ってしてもそこから先は読めなかった。
「こちらホウライサン地下司令部――ああ、私だ。姉上を呼び出してくれないか?」
それについてはもう少し情報が出揃ってから考えるとして、ユキヒメは報告を行うためにもう一つの総司令部との通信回線を開くのだった。
【携帯式防空ミサイルシステム】
歩兵が一人で携行可能な地対空ミサイルランチャーを指す。
地球では英語表記のアクロニムから"MANPADS"と呼ばれることが多い。
有効射程は6~8km程度と決して長くないが、低空飛行中の航空機にとっては十分脅威となり得る。




