【TLH-60】プライベーター奮闘記(中編)
燃料備蓄基地に異常が発生したことを感知されたのだろうか。
ルナサリアン首都ホウライサンがある方角に突然敵艦隊らしき反応が多数現れ、それらはオリエント・プライベーター同盟との距離を着実に詰めていた。
「(敵が施設防衛のために戦力を割くことは想定していたが、まさか16隻もの艦隊を派遣してくるとはな……)」
敵艦隊に最も近い位置にいたヤンは引き続き単独行動を取り、対空ミサイルにロックオンされないギリギリの距離から偵察を試みる。
敵戦力の出現自体は予想できていたものの、ここまで大戦力を投入してくるとは正直考えていなかった。
「(あれだけの数を真っ向勝負で押し返すのは不可能だ。ならばどうする?)」
敵艦隊の艦種は巡洋艦以下が中心となっているが、彼我の戦力比は16:3と非常に大きい。
まともに戦ってもあっという間に全滅するのがオチだ。
「(……状況打開のために使える物は使う。それが海兵隊流のやり方だ)」
ヤンがかつて所属していたオリエント国防軍海兵隊は、敵前上陸やゲリラ戦といった高度なスキルが求められる精鋭部隊である。
その時の経験はMFドライバーへ転向した今も彼女自身の戦闘教義として受け継がれていた。
「シャンマオよりレヴァリエCIC、聞こえるか!? 白兵戦要員の収容が完了次第、ガスホルダー群を盾にするように艦艇を配置しろ!」
ヤンは後方で投錨中のキリシマ・ファミリーの母艦レヴァリエに通信を繋ぐと、圧倒的戦力差に対抗すべく遮蔽物を利用して布陣するよう指示を出す。
単独での情報収集活動はもう必要無い。
「自軍にとっても重要な設備である以上、流れ弾を恐れて攻撃してこないことに期待するのね?」
「フッ、賢明な相手の方が行動は予測しやすい」
「了解しました。レヴァリエ、ケット・シー、フリエータの3隻は指示通りに展開します」
レヴァリエの指揮を執っているローリエは持ち前の頭脳でヤンの意図を理解してくれたらしい。
彼女は敵艦隊との交戦に備えた作戦指示を承諾し、僚艦2隻に対してその内容を伝令する。
艦隊を動かすのはローリエに任せておいてもいいだろう。
「マリン! お前の子分たちを少し貸してもらうぞ!」
「おい! 勝手に人の部下を連れて行くんじゃねえ!」
続いてヤンは一足先に後退したマリンの僚機たちを一時的に借りようとするが、"最強コンビ"の片割れからは当然猛反発を受ける。
「機動力が高い航空隊で敵をかく乱する! お前は"シュペルクリーク"とやらで艦隊を吹き飛ばす準備をしてろ!」
「んだよ……そうしてほしいなら、最初からそう言えってんだ」
しかし、ヤンの簡潔な説明を聞いたマリンは一転して肯定的な反応を示し、腐れ縁の同業者へ部下を一時的に託すことを承諾した。
「野郎ども、話は聞いたな? ヤンの気が済むまで付き合ってやってくれ」
「親分の知り合いの頼みならしょうがねえな」
マリンが改めて一時的な指揮系統の変更を通達すると、カリン以下キリシマ・ファミリーのMFドライバーたちは"仕方ない"といった感じで行動を開始するのだった。
緊急事態が発生した燃料備蓄基地へ向かっているルナサリアン艦隊の戦力は、巡洋艦3に駆逐艦13という水雷戦隊を寄せ集めたような構成だ。
これは元々首都防衛線に配置される目的で集結していたにもかかわらず、軍事武門の統帥権を持つオリヒメの気まぐれにより別命を与えられたためである。
もっとも、結果的にはこの独断が良い方向に――いや、オリヒメが感情だけで艦隊戦力を動かしたとは考えにくい。
「敵艦隊、煤気鼓(ガスタンク)を背にするように展開中!」
「あいつら……考えたわね。あそこまで至近距離に居座られると、こちら側が精密砲撃を行っても流れ弾になる危険性がある」
作戦変更の裏でどのような思惑が働いていたかなど、最前線で戦う将兵たちには関係無い。
レーダー管制官の報告を聞きながらルナサリアン巡洋艦"ミクマリ"のホロヅキ艦長は戦術を練り始める。
優秀な砲射撃指揮装置を搭載するルナサリアン艦艇の艦砲は許容誤差を平均12m程度に収めているが、それでも様々な要因により砲撃が大きく逸れてしまう可能性をゼロにはできないのだ。
「(いざという時は施設を焼き払えと言われているけど……)」
また、燃料備蓄基地の奪還が不可能な場合は焦土作戦の実行すら許可されていたものの、ホロヅキはそれはあくまでも最終手段だとして内心否定的だった。
「敵艦隊の戦力は?」
「ハッ、巡洋艦2に駆逐艦相当の小型艦1であります」
ホロヅキから敵艦隊の編成について尋ねられ、現在レーダー画面上で確認できる艦影の数と種類をそのまま答えるオペレーター。
「こちらには航空戦力が無いから、サキモリ部隊による強襲攻撃はできない。かと言って艦隊を接近させたら砲撃戦で損害が発生するかもしれない。難しい話ね」
制約が少ない状況であれば特に苦戦しない相手だろう。
ところが、ホロヅキ艦隊は艦載機運用能力を持っていないため、航空機を戦術に組み込むことはできない。
そうなると敵艦隊への攻撃手段は砲雷撃戦に限られるのだが、それは自分たちも被弾するリスクを背負うこと意味していた。
「(首都防衛線の方も気になる。何とかして敵艦隊を誘き出せないかしら……)」
そもそも、敵艦隊はルナサリアン側が最も手を出したくない施設の近くに陣取っている。
迂闊に接近すれば"人質"のガスタンクを破壊されるかもしれない――ホロヅキはそう考えていた。
「艦長! 対空電探に感あり! 敵航空機が多数接近中!」
一方、敵艦隊は小規模ながらそれを補えるほど強力な航空戦力を有しており、その証拠としてレーダー管制官が見ている画面には敵性航空機を示す赤い光点が大量に表示されている。
「やはりモビルフォーミュラか……よし、全艦に伝令! 対空警戒を厳としつつも交戦距離は70カイリ(約130km)を維持! 対艦誘導弾による精密攻撃で敵艦隊だけを確実に殲滅する!」
光点の速度及びサイズから敵機はMFだと断定したホロヅキは、骨伝導ヘッドセットを操作しながら指揮下の全艦に指示を飛ばす。
敵艦隊との間合いを取りつつ、攻撃対象だけを正確に狙い撃つ――。
その方法は対艦ミサイルによる地道な遠距離攻撃であった。
「(始まったか……時間稼ぎは頼んだぜ)」
味方航空隊を迎撃する敵艦隊の対空砲火を心配げに眺めつつ、別目的を与えられたマリンは母艦レヴァリエの甲板上で試製対艦用超大型レーザーバスターランチャー"シュペルクリーク"の発射準備に取り掛かる。
「ケーブルをこっちに寄越せ!」
作業員たちから投げ渡されたエネルギー供給用ケーブルをマニピュレータで掴み取ると、それをシュペルクリーク側のソケット1に接続するマリンのスーペルストレーガ。
シュペルクリークは外部からエネルギー供給を受けなければ発射することができない。
「E-OSドライヴ及びレヴァリエ核融合炉との接続、よし!」
続いて黒と白のMFは自機の右横腹にあるメンテナンスハッチを開放し、そこに収められているエネルギー供給用コードをシュペルクリーク側のソケット2へと繋ぐ。
これにより核融合炉~E-OSドライヴ~内蔵大容量キャパシタという極めて強力な直列回路が完成する。
「エネルギーチャージ150――」
「待ってマリン! もっとチャージ率を抑えないとレヴァリエの原子炉がシャットダウンしてしまうわ!」
だが、ここで想定外のトラブルが発生してしまう。
マリンが前回と同じノリでエネルギーチャージを始めようとしたその時、レヴァリエCICのローリエから緊急通信が入る。
激戦の連続で核融合炉の調子が悪く、これ以上負荷を掛けたらセーフティモードへ強制移行するかもしれないという警告だった。
セーフティモード中は出力が大きく制限され、必要最低限の艦内機能以外は停止してしまうのだ。
「マジかよ? 敵艦隊を驚かすには150……最低でも140ぐらいは必要だと思うぜ?」
「そうね……ガスホルダーから少しだけエネルギーを拝借できないかしら」
発射時のエネルギーを抑えると火力を出せないと嘆くマリンに対し、そう反論されるだろうと予想していたローリエはすぐに打開策を提案する。
ガスタンク群の中身は艦艇用核燃料、サキモリ用E-OS粒子、推進剤のいずれかであるが、推進剤以外の二つはシュペルクリークのエネルギーに転用することができる。
「ッ! お前天才だな! ガスホルダーには注入口があったから、そこにケーブルを繋げば使えるかもしれねえ!」
恋人の天才的発想に感嘆したマリンはポンッと手を叩き、同時に彼女はそれを実現し得る方法を閃く。
通常、ガスタンク内への充填作業には備蓄基地地下に張り巡らされた配管を利用するが、これが不可能な状況を想定したのかルナサリアンのガスタンクには頂点部にケーブル接続型注入口が設けられている。
つまり、ケーブルさえ何とかすればタンク内の核燃料やE-OS粒子を盗めるというわけだ。
「そうと決まれば味方機に――って、MFは全部敵艦隊の牽制に向かわせたじゃねえか!」
エネルギー供給の制御を行わなければならない自機の代わりに味方へケーブル接続を任せようとするマリンだったが、子分たちは全てヤンに預けたことを思い出し些か大袈裟に頭を抱える。
「くそォ、自分で目当てのガスホルダー探しとケーブル接続をしなくちゃいけねえのかよ」
"物干し竿"と揶揄されるほどの大型武装ゆえ、取り回しが非常に大変なシュペルクリークを手放すことを露骨に嫌がるマリン。
「……いえ、私に良い考えがあるわ」
彼女の扱いについてはさすがに手馴れているのか、ローリエはマリンを無駄に動かさなくて済む"良い考え"を咄嗟に思い付くのだった。
全領域作業ポッド――。
大気圏内でしか飛行できない従来型ヘリコプターの代替として運用される汎用小型宇宙機。
MFのモノを発展させた姿勢制御技術を採用していることからVTOL機並みの機動が可能であり、近年は大気圏内でもヘリコプターが飛行困難な場所を中心に活躍を広げつつある。
元々は軍事目的やスペースコロニーの保守作業のために開発されたが、現在は軍から払い下げられた機体などが民間でも普及が進んでいた。
「ヘクセ1、チェックリストコンプリート。システムオールグリーン」
キリシマ・ファミリーも限られた予算の中から頑張って費用を捻出し、1~2人乗りのマニピュレータ付き小型機"アークバード・SB03-C スペースアングラー"を4機導入している。
これらには"へクセ+数字"という形式のコールサインが割り振られており、操縦資格を有する"アビエイター"により運用される。
「着艦拘束装置、解除!」
「ヘクセ1、リフトオフ!」
機体を甲板上に繋ぎ止めるための拘束装置が解除された瞬間、アズハールの乗り込むスペースアングラー"ヘクセ1"がゆっくりと離昇していく。
軽量なMFよりもパワーウェイトレシオで劣っており、あまり機敏な動きはできないためだ。
「続けてヘクセ2の発艦急げ!」
今回の作業は2機で行った方が安全且つ確実と思われるため、2機目のスペースアングラーであるヘクセ2も投入される。
「月面は地球とも宇宙とも勝手が違う。操縦感覚の違いに気を付けろ」
「こちらヘクセ2、了解」
地球の6分の1の重力という特殊な条件下における操縦について注意を促しつつ、ガスタンク群の真上を掠めるように通過していくアズハールのスペースアングラー。
「親分も人使いが荒いな。さて、このエネルギー供給用ケーブルをガスホルダーに差してこいとのことだが」
帰って早々に今度は作業ポッドでの出動を命じられたことを愚痴りながらも、彼女はヘクセ2と共に目的のガスタンクを捜索し始める。
「目標を確認……ご丁寧に放射能標識まで付けられていやがる」
幸いにも探し物はすぐに見つかった。
アズハールたちの目の前のガスタンクに充填されているであろうヘリウム3は一応核燃料への利用を想定しているためか、外部から容易に識別できるよう放射能標識が描かれていた。
「というか、違う文明だとケーブルの規格は合わなさそうな気がするが……うん?」
そもそも地球製ケーブルがルナサリアンの建造物に対応しているのかという疑問があるが、とりあえずコックピット内の放射線検出器の数値に注意しながら作業へ取り掛かるアズハールたち。
「(同じだと? この注入口はオリエント圏の工業規格と同タイプだ! しかも、今持ってるケーブルのサイズと完璧に一致している!)」
しかし、彼女の心配は杞憂に終わった。
ガスタンク頂点部の注入口はオリエント圏の工業規格で定められている形状と酷似しており、そこにスペースアングラーのマニピュレータで掴んでいるケーブルを差せばそのまま核燃料移送が可能だったのだ。
「(ミリ単位での違いも無いとは……ここまでだと逆に不自然だ)」
「どうしたんだ?」
「いや、何でもない。これよりガスホルダーの注入口にケーブルを接続する。そっちは作業補助を頼む」
あまりにも都合が良すぎる展開にアズハールはあっけらかんとしていたが、ヘクセ2に呼び掛けられたことですぐに集中力を取り戻した。
「急ぐぞ! 航空隊が手練れといえど時間稼ぎには限界がある!」
放射能漏れに気を付けながら彼女たちは手際良くケーブル接続作業をこなす。
ここからは時間との戦いだ。
【Tips】
ヘリコプターはローターの回転で揚力を得る関係上、大気が無い場所では浮かび上がることすらできない(電気推進スラスターを持つ全領域ヘリコプターは例外)。
ちなみに、"V-22 オスプレイ"などティルトローター機も基本的には大気圏内用の航空機だが、これらはエンジン換装等による全領域化が比較的容易とされている。
一つだけ言えるのは、大気の存在を前提とした兵器は時代遅れになりつつあるということだ。




