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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
最終章 THE LAST HOPE

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【TLH-59】プライベーター奮闘記(前編)

 燃料備蓄基地制圧の段取りは以下の通りだ。

まず、備蓄基地の敷地内に置かれているであろう制御室を白兵戦要員に押さえさせる。

供給路の根元に当たる採掘・精製施設を無力化するという手もあるが、ここは損害を与えると復旧に時間が掛かると思われるため、今回は攻撃対象から外すことになった。

「(本格的な破壊工作に移るのは制御室の制圧を待つべきだな。それまでは周辺警戒も兼ねて設備を上空から確認するか)」

スターライガ以外のプライベーターは実戦経験者は多くても、正規軍で戦略や戦術を学んでいる者は少ないと云われている。

任務遂行を可能とする適切な作戦の立案には、やはりヤンのように正規軍――最低でも士官としての軍事知識は有していた方が良いだろう。

「私たちは何をすればいいんだい? 元海兵隊員さん?」

「お前たちには母艦の直掩を頼む。その間にあたしとマリンでパイプラインを発見し、必要であれば破壊する」

民間出身者ゆえ戦闘技術はあっても作戦立案能力を持たないナスルから指示を請われると、ヤンは短時間で考えたであろう行動方針を手短に伝える。

「ちょっと待ってよ! パイプラインを壊したらボクたちが補給する時に困るよ!」

「安心しろ、後から修復できる程度にちょっとばかりイタズラするだけさ」

パイプラインが何かぐらいはさすがに知っているショウコの反論を受け、自身の言葉足らずを反省しながら補足説明を付け加えるヤン。

完全に破壊してしまうと自分たちが使う時に修復しなければならないため、実際にはパイプに切り口を入れて機能不全に陥らせるだけだ。

「お前と二人でランデヴーか。部下たちは置いていくのか?」

「大所帯で破壊工作をしに行くバカがいるかよ。シンドルたちには母艦の守りを任せる」

チームメイトとして指名を受けたマリンの質問にもヤンは首を横に振りながら答える。

「姐さんの言う通りだ。ちょっと考えれば分かるだろ宇宙海賊」

「相っ変わらず口が悪い野郎だな……まあいい、そうと決まったらさっさと行こーぜ」

母艦ケット・シーの直掩を任されたシンドルから理不尽に(なじ)られ、露骨な悪態を()きながらもヤンのハイパートムキャット・カスタムと編隊を組み始めるマリン。

「カリン! ボクが戻って来るまではお前が指揮を執れ!」

「シンドル、少しの間だけ指揮を頼むぞ」

彼女とヤンの"強力コンビ"はそれぞれが最も信頼する部下に指示を出しつつ、自分たちは備蓄基地から伸びるパイプラインの確認へと向かうのだった。


 キリシマ・ファミリー及びトムキャッターズの有志により構成される白兵戦要員は、母艦の接舷後速やかに備蓄基地へ上陸。

幸いにも会敵すること無く制御施設を発見し、想定よりも遥かに早いペースで目標地点に辿り着いていた。

「キーパッドの電子ロック、解除完了!」

「ここまで一度も敵に遭わなかったんだ。油断せずに行くぞ」

最後の関門となる電子ロックの強制解錠を待ち、キリシマ・ファミリー所属の"用心棒"アズハールは突入態勢を整える。

「3、2、1……突入開始!」

カウントダウンが始まると緊張感は否応無しに増す。

そして、アズハールの号令と同時に白兵戦要員たちが一斉に制御室へとなだれ込んだ。

「……!」

プライベーター御用達のAK-47(AKM)アサルトライフルに取り付けたウェポンライトで室内を照らすアズハールたち。

別のメンバーがすぐに部屋の明かりを点けるが、自分たち以外に人の気配は感じられない。

「なるほど……無人制御室というわけね」

「普段は無人で必要な時だけ人員を配置するみたいだな」

私物のSPAS(スパス)ショットガンを下ろしたトムキャッターズ所属の元シナダ軍人ユディタの感想に同意しつつ、ブービートラップに警戒しながらコンソールパネルを確認し始めるアズハール。

省力化を好むルナサリアンは制御室を無人運用できるようにしているらしい。

「ハッキング技術を持ってる新入りがいただろ? ええっと……名前がまだ覚えられんが」

「エルッキラ、バルテリ・エルッキラです」

メインシステムの物と思われるコンソールパネルを見つけたアズハールが頭を掻きながら部下たちの方を振り返ると、身長190cmには届くであろう金髪碧眼の青年――バルテリ・エルッキラが名乗りを上げる。

彼は民間企業のシステムエンジニアとして働いていたが、数か月前に出会ったとあるプライベーター関係者の影響を受けキリシマ・ファミリーへ転職。

移籍直後はレヴァリエの艦内構造や銃器の取り扱いなどについて研修を受けていたため、実務に就くのはルナサリアン本土侵攻作戦が初めてだった。

「よし、バルテリは私と一緒にシステム掌握を手伝え。他の連中は制御室内の安全確保と捜索、何人かは室外で見張りに就け」

元陸軍特殊部隊出身者として簡単なハッキングならこなせるアズハールはバルテリを呼び出すと、ユディタたちに対しては制御室内外の安全確保を命じる。

「まずはログイン画面か……青年、何とかなりそうか?」

「ブルートフォースアタック(総当たり攻撃)でパスワードを割り出せばいけます」

ハッキングの初歩にして最初の壁は端末へのログインだ。

これについてはアズハールの知識でも対応できるが、今回は実務能力のチェック及び経験値稼ぎも兼ねてバルテリに全て任せることにした。

「月面では何が起こるか皆目見当も付かない。慎重且つ迅速に作業を進めるぞ」

新入りの作業を見守りながらアズハールは腕時計で現在時刻を確認するのであった。


 白兵戦要員たちが制御室に突入し始めたその頃、ヤンとマリンは備蓄基地から伸びるパイプラインの行き先を上空より調査し、分岐点となっている箇所を発見していた。

「なーるほど、このパイプラインがさっきの宇宙港や拠点に繋がっているわけだ」

地球の6分の1の重力しかない月面にゆっくりと降り立ち、稼働中のパイプラインへ近付くマリンのスーペルストレーガ。

「目的地ごとに異なるパイプを使っているようだが、バックアップ用の供給路らしき物は確認できない。お前の目の前にあるそれを破壊すれば供給は止まると思われる」

上空から縦4段構造のパイプラインを視認したヤンはこれが事実上のメインパイプであり、このまま損傷を与えれば供給路を遮断できると睨んでいた。

「備蓄基地を制圧したら供給システムを無効化できるから、別に壊さなくてもいいんじゃねえか?」

「待て……たった今、白兵戦要員の方から連絡があった。制御室の制圧及びシステム掌握に成功したらしい」

しかし、マリンの方はパイプライン破壊はあくまでも最終手段だと考えているようだ。

それを後押しするかのようにヤンに対して白兵戦要員のアズハールから通信が入り、備蓄基地の施設制御を完全掌握したとの朗報が伝えられる。

「へッ、意外と楽勝だったな! さっさと仲間たちに合流してズラかろうぜ!」

「いや、パイプラインの数か所を壊しておけ。破壊工作は二重三重に――復旧に手間取るようにしておくのが基本だ」

同じ無線周波数で報告を聞いたマリンは速やかに撤退しようとするが、ヤンは彼女を引き留めると半ば強引にパイプラインへの破壊工作を命じる。

制御室だけを押さえてもそこを奪還されたら容易に供給を再開されるし、パイプラインも多少の損傷ならばすぐに修理できてしまうだろう。

結局、ハード・ソフト両面にダメージを与えなければ効果が出ないとヤンは判断したのだ。

「やれやれ……工兵たちには余計な仕事をやらせるハメになるな」

後で慣れない設備の修復をやらされるであろう正規軍の工兵たちに同情し、若干申し訳なさそうに肩をすくめるマリン。

「ま、やると決めたら派手に斬ってやるぜ!」

しかし、気持ちの切り替えの早さはさすがプロフェッショナルと言うべきか。

彼女のスーペルストレーガは腰部前面フレキシブルアームからビームブレードを発生させると、それを真下に振りかざすことでパイプラインを4段まとめて溶断してみせた。

「その辺りは任せたぞ! ただしやり過ぎるなよ! あたしはもう少し遠い場所に破壊工作を仕掛けてくる!」

復旧作業を面倒臭くさせるには複数箇所を破壊しておく必要がある。

機動力が高い可変型MFを駆るヤンはここから単独行動へ移り、枝分かれした後のパイプラインに狙いを定めるのだった。


「(今のところ作戦は順調に進行している……不気味なほどにね)」

レヴァリエCIC(戦闘指揮所)の船長席に深く座り込み、天井を眺めながら物思いに耽るローリエ。

レヴァリエを含む3隻の艦艇には強力な艦載レーダーを活かした周辺警戒という重要な役割があった。

「あんまり思い詰めてるとまた体調を崩しますぜ、ローリエ姐さん」

「ああ……ありがとう」

その時、休憩のため持ち場を離れていた操舵士のランスがCICに戻り、ホットティーが注がれた左手の紙コップをローリエに差し出す。

「親分が愚痴ってましたよ。『あいつは繊細すぎるんだよ』ってね」

ローリエが病弱なことは親分(マリン)経由でランスもよく知っていた。

「彼女は逆に図太すぎるのよ……まあ、そこが好きなのだけれど」

一方のローリエはマリンを"鈍感な女"と評しつつも、それと同時に恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「私ね、小さい頃――中学生ぐらいより前の記憶が無いの」

「……それは初耳ですな」

作戦中とはいえ今は余裕があるのか、突然自らの身の上話を始めるローリエ。

これについては恋人にさえ全く明かしておらず、ランスが知らないのも無理はなかった。

「一番古い記憶はマージ=カルテ郊外の森の中。泣きながら道路を見つけて森を抜け出した時、たまたま通りかかったパークレンジャーの人に助けてもらって、そのまま各種手続きを経てその人の養子になったの」

ローリエが自治体へ提出している住民票には生年月日など個人情報が記載されているが、これらは住民票取得及び養子縁組のために"作られた"データにすぎない。

実際のところ、正確な生年月日や来歴はローリエ自身でさえ知る術が無いのだ。

「所謂"カミカクシ"というヤツですか。近年では平行世界間の時空の不安定さが原因だとか、オカルト染みた研究が盛んに進められているそうで」

カミカクシ――。

オリエント圏においてごく稀に記憶喪失状態の人間や出所不明の物品が発見される現象。

大抵はランスのように訝しげな反応を示す人が多いものの、オリエント連邦ではカミカクシに遭遇した場合は対象を保護する努力義務が法律で定められている。

これは人道的観点に基づいた配慮に加えて、素性が分からない対象を放置することは大変危険であるからだ。

「科学誌に最近掲載されたアーデン博士の論文によると、元々オリエント圏は空間断層が集中していて――」

「船長! レーダー上に所属不明艦の反応を捕捉しました!」

少なくともオリエント人にとっては身近な問題かもしれないカミカクシ。

最新の研究情報に関して話そうとするローリエだったが、それを遮るようにレーダー管制員が敵艦隊発見の報を告げる。

「方位・距離・数の報告を!」

「方位は本艦から見て10時方向、距離はおよそ150km。数は最低でも……じゅ、16!?」

ローリエに更なる詳細報告を求められ、初動を決めるうえで重要な三つの情報を読み上げていくレーダー管制員。

最大の懸念事項は敵艦隊との圧倒的戦力差であった。

【マージ=カルテ】

オリエント連邦南西部の都市。

元々は「ヴォヤージュ市マージ」「ウェルメンハイム市カルテ」という異なる市に属していたが、20世紀に単独の市となるべく合併・独立した歴史を持つ。

地理的にも文化的にも南部及び西部の境目となっているほか、市域西側の山岳地帯にはウラル山脈を基準にロシアとの国境線が敷かれている。

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