【TLH-55】月はすぐそこにある
合同ブリーフィング終了後、作戦参加予定の各艦に対し電子化された指令書が転送され、同時に暫しの自由時間が与えられる。
「合同ブリーフィングへの参加、お疲れ様。次はスターライガ内でのブリーフィングを行うから、15分後にはまたこの部屋へ戻って来てちょうだい。以上、解散!」
もっとも、自由時間と言っても実際には作戦開始に向けた準備を進める必要があった。
進行役のレガリアはブリーフィング再開時間を連絡してからメンバーたちを解散させる。
「ヨルハさん、お伺いしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「私にお答えできることであれば」
「じつを申しますと、自分は戦闘中にアキヅキ・オリヒメと剣を交えました。その終わり際、彼女は『"ゴショ"で待っている』と言い残して撤退したのです」
仲間たちの多くが一斉に立ち上がりブリーフィングルームを出て行く中、ライガは席に留まっていたヨルハの所へと歩み寄る。
彼の目的はオリヒメが言い残した"ゴショ"という単語の意味について尋ねることだ。
「彼女の言う"ゴショ"とは何でしょうか?」
「オリヒメ様はお元気でしたか?」
「ええ……彼女からは強い決意を感じられました」
質問に質問で返されたライガは一瞬だけ面食らったものの、戦いの中で感じたモノを可能な限り言葉に変換して伝える。
イノセンス能力による感覚を言葉で表現することは極めて難しいが、ヨルハの反応を見る限りはある程度理解してくれたようだ。
「ゴショ――月の言葉で"宮殿"を意味する単語ですが、現在では専ら皇族の屋敷及びその一帯を指す固有名詞となっています」
彼女曰く"ゴショ"とは端的に言えばアキヅキ家の居城のことであるらしい。
時代の変化に伴い一般名詞から固有名詞へと意味合いが変えられた単語なのだろう。
「言い換えるならば皇居――彼女は自らのホームグラウンドで決着を付けるつもりか」
アキヅキ家はルナサリアンの間で"皇族"と呼ばれていることから、ライガが実践しているように地球の言葉ではゴショは"皇居"と意訳するのが適切だ。
「当然ながらゴショは強固な警備体制が敷かれており、本土空襲を想定し防衛戦力が配備されている可能性も考えられます。普通のやり方では侵入さえままなりませんよ」
かつてゴショに実際に住んでいた者として厳しいアドバイスを送るヨルハ。
戦時下ともなれば警備体制はより厳重になっていると覚悟した方がいい。
「……何か策があるみたいですね」
「構造が今も変わっていなければ――の話ですが」
ライガに考えを見透かされたヨルハは珍しく不敵な笑みを浮かべるのだった。
「月面は厳しい温度差やスペースデブリ、それに放射線といった脅威に常に晒されています」
近くで聞き耳でも立てていたのだろうか。
月面における生活の実態を語りながらレンカが会話に参加してくる。
「そういった過酷な環境から人々の命を守るため、全ての月面都市はドーム型の特殊な強化ガラスに覆われています。これは極めて高い耐久性を持っているので、MFの火力で破壊することは不可能かと」
彼女によるとゴショを含む月面の居住区域は特殊強化ガラス製のドームで保護されており、それを破壊するには少なくとも艦砲射撃の集中砲火などが必要だという。
「外部から力尽くで侵入するのは無理ってことだな」
「レンカ、あなたの方が最近の月の事情には詳しいでしょう? ゴショとホウライサンを繋ぐ隧道(トンネル)が今も残されているのなら、あれを使わない手は無いわ」
元々そうだろうと思っていたライガが諦観したように頷く一方、ヨルハはレンカに対し突然質問を投げ掛ける。
「塞がれたという話は聞いたことがありませんし、用心深いオリヒメ様の性格ならば避難経路として残している可能性が高いです」
実際のところレンカもルナサリアンを完全離反してから久しいのだが、トンネルはおそらく残っているだろうと答える。
その根拠はトンネル閉鎖に掛かる費用とオリヒメの性格だ。
「ルナサリアンの首都ホウライサンには一般開放されていない隧道――いえ、トンネルが3か所存在します。これらは私の曾祖父の代に掘削工事が行われ、ゴショの地下へと繋がる言わば隠し通路でした」
先ほどから元ルナサリアン関係者同士で話題に挙がっている"隧道"について改めて説明するヨルハ。
トンネル工事を行ったのはアキヅキ家に王位を簒奪される前の彼女の一族であった。
「なるほど……ホウライサン側にある入口を見つければ、そこから直接目標地点へ向かえるというわけですね」
前の権力が進めていた土木事業に足をすくわれるとはまさに皮肉だ。
土地勘に精通しているからこそ出てきたグッドアイデアにライガは思わず感心する。
「地上のドーム側に設置されている2か所のゲートを除くと、人造湖の下を通る水底トンネルが唯一の侵入経路となります」
一応ゴショには正門及び裏門に相当するゲートもあるが、ここは真っ先に警備が固められるため突破不能だと断言できる。
結局、ホウライサン側から隧道へ突入する以外に方法は無いと述べるレンカ。
「それはオリヒメ様も知っているはずですから、このルートを使うのはリスクと隣り合わせかもしれません」
そのうえでレンカは"トンネル内部では機動が著しく制限されるため、高速飛行には大きな危険を伴う"と指摘する。
あるいはオリヒメのことなので罠が仕掛けられている危険性を警告したいのかもしれない。
「お前の指摘は全く以って正しい。だが、俺はゴショに"招待"されているんだ。どんな罠が待ち受けていようとも、招待には応じないと失礼だろ?」
レンカの指摘は戦術的観点から見れば極めて適切だ。
それでもライガはオリヒメとの約束を守るつもりであり、時が来たらトンネルへ飛び込むことを既に決意していた。
「……その逢引、私も連れて行ってくれないかしら?」
比較的珍しい3人による話し合いを盗み聞きしていたのか、両手に紙コップを持ったレガリアまでもが会話に乱入してくる。
「おいおい、そんなんじゃねえよ」
彼女の左手からホットココアが入った紙コップを受け取ったライガは顔をしかめ、絶対に誤解を招きそうな言葉選びを窘める。
「お前には議会議事堂制圧作戦の指揮を執ってもらう。陣頭指揮はレンカやフランシスがやるにしても、航空支援のために上空から見守る奴が必要だ」
それと同時に彼はレガリアの頼みを拒否し、当初の予定通り航空隊の指揮を執るよう求めた。
議会議事堂制圧作戦は建物内へ突入する白兵戦要員との連携が必須であり、場合によっては制空権争いをしつつ迅速な航空支援を行わなければならないからだ。
「完全な制空権確保は難しいにしても、せめて航空優勢は欲しい。議会議事堂に爆弾でも落とされたら洒落にならないからな」
「それは言われなくても分かっているわ。ただ……改めてあの女と直接話してみたいのよ」
白兵戦要員の快適な任務遂行のためにエアカバーを重要視するライガの意見は十二分に理解できる。
だが、レガリアは更なる反発を覚悟のうえで彼の"逢引"に同行したい理由を明かした。
「アキヅキ姉妹と交戦した仲間たちから報告を聞いた結果、オリヒメが戦争を始めた理由はある程度把握できた」
「"地球への羨望"だろ? 歴史学的に矛盾は否めないが、ルナサリアンの先祖は元々地球に住んでいたと云われている」
彼女自身がオリヒメと直接戦った回数は数えるほどしかないが、ライガは言わずもがなスターライガチーム全体では意外なほど多くの交戦機会があった。
月へ追いやられる前に暮らしていたとされる蒼い惑星への帰還――それがルナサリアンの地球侵攻の目的であり、同時にオリヒメの個人的野望から始まったモノだったのだ。
「どうせ討たなければならないのなら、せめて答え合わせをしてからそうしたいの」
月の専制君主を説得する方法を模索しようとしているライガとは異なり、その危険性を警戒し討ち取る姿勢を明確に示すレガリア。
「はぁ……分かった分かった。足を引っ張らなければ好きにしろ」
戦友の頑固な性格を知っているライガは呆れたようにタメ息を吐き、"足手まといにならない"という緩い条件付きで同行を認める。
本音を言うと激戦が予想される局面に最強の仲間を連れて行けるのは嬉しいのだが……。
「ありがとう。オリヒメとの逢引は邪魔しないつもりだから」
「だ・か・ら! そういう勘違いされそうな言い方は――ゴホン!」
それはそれとして、気に入ったフレーズを繰り返すレガリアに我慢できなくなり大声を上げるライガ。
その直後、ブリーフィングルーム内の視線を察した彼はわざとらしい咳払いで何とか誤魔化す。
「あら? あなたが思っている以上にみんな察しているみたいだけど?」
レガリアが苦笑しながら指摘している通り、ライガとオリヒメの関係性はメンバーたちに意外なほど知れ渡っていた。
スターライガチーム――というよりオリエント人自体が時間厳守の国民性のためか、遅くとも3分前までには全員がブリーフィングルームへ戻って来ていた。
「みんな戻って来たわね? それではブリーフィングを再開します」
部屋全体を見渡しつつ私物のスマートフォンで時間を確認すると、レガリアは15分ピッタリの休憩を経てブリーフィングを再開させる。
「ここからは本作戦におけるスターライガチーム内での役割分担を説明するわ。まずは第1段階だけど……これは全力出撃での奇襲攻撃となるから詳細説明は要らないわね」
彼女は作戦の第1段階について早速説明を始めるが、ここに関しては極めて簡潔に済ませてしまう。
なぜならば第1段階は停泊中の敵艦隊に対する奇襲攻撃であり、細かいことを考えず総戦力をぶつける予定だからだ。
「肝心なのは第2段階よ。合同ブリーフィングで説明があった通り、議会議事堂制圧のために我々からは保安部を白兵戦要員として派遣する」
一方、スターライガが中核を担う第2段階では綿密な役割分担が求められる。
最も重要な仕事には白兵戦を得意とするスターライガ保安部を送り込み、オリエント国防軍海兵隊と共同戦線を張る。
「保安部の護衛にはレンカのΖ小隊を付ける。レンカ、あなたは上陸地点に到着したら保安部と合流し、彼女たち及びオリエント国防軍海兵隊を先導しながらヨルハさんを議場へお連れする――これは分かっているわね?」
「もちろんです。コマージ、私が不在の間は小隊の指揮代行を任せるわよ」
議会議事堂制圧に際しては同施設の間取りを把握しているレンカによる誘導が必須であるため、Ζ小隊は必然的に保安部と行動を共にすることになる。
それについてレガリアから改めて再確認を受けたレンカは力強く頷きつつ、僚機を務めるコマージの方を振り向き小隊長代理に任命する。
「何なら永久に小隊長を交代してやってもいいんだけどね」
いかにもコマージらしい軽口に笑いが起こる。
和やかな雰囲気はメンバーたちがリラックスできている証だ。
「Ζ以外の小隊の役割は単純明快です。議会議事堂周辺の航空優勢を確保しつつ、必要であれば地上に配備されているであろう対空兵器を排除してちょうだい」
全員が真面目モードに戻るタイミングを見計らい説明を再開するレガリア。
Ζ以外の6個MF小隊はとにかく戦場の安全確保に尽力してもらう。
そして全てが終わった後、彼女はライガと共にオリヒメとの最終決戦に臨むというわけだ。
「今更言うまでもないと思うけれど、市街地や一般市民への被害はできる限り避けるように」
その後もレガリアによるブリーフィングは長時間に及び、説明と質問を交えながら作戦の最終調整が進められていくのだった。
【Tips】
月面都市の防護に使われている特殊強化ガラスはルナサリアン独自の技術が用いられており、地球側の技術水準では再現不可能とされている。
この技術を地球へ持ち込むことができれば、建築業界に革命をもたらすと云われているが……。




