【TLH-54】最終決戦への序曲
ルナサリアン絶対防衛戦略宙域の突破を図る"プラスチックスペース作戦"の成功から約8時間後――。
作戦終了を喜ぶ暇も無くスターライガMF部隊の面々及び特別参加のドラグーン隊はスカーレット・ワルキューレのブリーフィングルームに集合していた。
「みんな、昨日はお疲れ様。ルナサリアンが展開する複数の防衛ラインを抜けるために半日以上掛かったけど、こうして全員健在の状態で次の作戦を迎えられて何よりだわ」
各々の指定席に座っている仲間たちの顔を見渡すと、進行役のレガリアは初めに全員の健闘と生還を労う。
今回は犠牲者の発生も覚悟していたが、それは杞憂に終わり誰一人怪我すること無く帰って来てくれた。
「……しかし、地球側の損害も決して少なくはなかった。ルナサリアンの決死の抵抗で出血を強いられた結果、我々には19隻の艦隊戦力しか残されていない」
とはいえ、友軍の状況などを考えると戦術的勝利を手放しに喜ぶことはできない。
ルナサリアンが防衛戦のために用意した布陣は物量・戦闘力共に想定を遥かに上回っており、地球側に本土攻略作戦の中止を検討させるだけの大損害を与えていた。
「この規模の戦力で一国を攻め落とすのはハッキリ言って無謀だと私は思う」
主力艦を欠いた19隻の艦隊で敵国首都への直接突入を試みるなど、これでは事実上の特攻だとあえて明言するレガリア。
「だけれども、これ以上戦争を長引かせて泥沼化させるわけにはいかない。果て無き戦いの環の先に待つのは、地球と月の双方を不幸にする"黒い歴史"の始まりなのだから」
それでも彼女は"前だけを見て進むしかない"と不退転の覚悟を示す。
どちらにせよ地球へ逃げ帰るだけの燃料はもう残っていない。
生き残るためには死ぬまで走り続けて戦争を終わらせるしかないのだ。
「憎しみを晴らすために報復攻撃を行い、それで生まれた新たな憎しみが次なる報復を招く――そのような悲しい未来など誰も望んでいない」
そして何より、レガリアは憎しみの連鎖の末に二つの文明が共倒れになる可能性を危惧していた。
怒り、嘆き、悔やみ――そういった負の感情が世界に蔓延っている限り、平和な時代は決して訪れない。
「たとえこれがスターライガのラストミッションになるとしても、私たちは月へ向かわなければならない。戦争を終わらせる"切り札"を送り届けるために……!」
ルナサリアン本土決戦は過去最大の激戦が予想されるため、精鋭揃いのスターライガといえど無傷では済まされないだろう。
レガリアは戦争終結の"切り札"としてブリーフィングを見守るヨルハと一瞬だけ視線を合わせ、最終決戦のために持てる力を全て出し切るつもりだと述べる。
「総員、傾注! これより全軍による合同ブリーフィングを開始します!」
個人的な決意を話しているうちに予定時間がやって来た。
彼女は手元のリモコンでブリーフィングルームに設置されている大型スクリーンを操作し、合同ブリーフィング用の映像へと切り替えるのだった。
「――よし、全艦テレビ会議システムは機能しているな?」
ホストとして大画面で映し出されているサビーヌ中将は全艦の通信状態を確認し終えると、早速合同ブリーフィングの開始を宣言する。
「まずはこの場にいない乗組員たちも含めた全員に感謝の言葉を述べたい。よくここまで生き残ってくれた」
ブリーフィングへの参加が求められているのは各艦の司令官クラスまでだが、音声自体は艦内放送で全乗組員へ聞こえるようにしている。
今回に関してはブリーフィングでのやり取りを末端の将兵たちとも共有すべきだと判断したためだ。
「旅の終わりは近い。だが、決して弛むこと無く戦争終結のために最後まで……命ある限り戦い抜こう」
所属や国籍といった垣根を越えて共闘する全ての人々へ向けて語り掛けるように言葉を紡ぐサビーヌ。
「今回の合同ブリーフィングではいくつか話しておくべきことがある。一つ目は誰もが気になっているであろう、我々の艦隊を壊滅状態に追い込んだ攻撃についてだ」
個人的な想いを伝えた彼女はようやく本題に入る。
最初のテーマは大方の予想通り地球艦隊を壊滅させた"正体不明の攻撃"に関するものだった。
「偵察に成功した電子戦機が持ち帰ってきたデータの解析は既に完了している。データのコピーは後で作戦指令書と共に各艦へ送信するが、例の攻撃はやはりルナサリアンの超兵器によるものだったらしい」
最終防衛ラインを巡る戦闘がなし崩し的に終了した直後、サビーヌが指揮する正規空母アカツキは息つく暇も無く2機の"アークバード・EM07-A エレクトラ"電子戦機を強行偵察へ向かわせていた。
被撃墜のリスクが高い任務であったがこの2機は無事に帰投し、可能な限り超兵器へ接近することで極めて重要なデータを入手してくれた。
「ただ、この画像を見てもらえれば分かるが……超兵器と思わしき施設は崩壊した状態で月の周回軌道上に放棄されていた」
こう言いながらサビーヌはとある画像を開き、全員に見えるようそれを全画面表示へと切り替える。
電子戦機が航空偵察用カメラポッドで撮影した画像には、ボロボロになったメガストラクチャーの姿が鮮明に写されている。
「これが数年前から話題になっていた"月の周りを漂う巨大天体"の正体だろう。地球へ無事に帰れたら、天文学者たちに残念な報告をしなければならないな」
じつはこの超兵器、戦争が始まる数年前の時点でそれらしき物体が確認されていた。
当時は"月の衛星"ではないかと云われており、天文学界では世紀の大発見が期待されていたという。
もっとも、蓋を開けてみれば異星人の戦略兵器だったのだが……。
「とにかく、この超兵器の残骸には小規模部隊による調査チームを向かわせる。運が良ければルナサリアンの軍事機密などを発見できるかもしれない」
小規模とはいえ限られた戦力を割くのは調査だけが目的ではない。
重要拠点の跡地を押さえ、周回軌道上からルナサリアンにプレッシャーを与えることをサビーヌは狙っていた。
「そして、次の話題はもう一つの超兵器についてだ」
周回軌道上の超兵器は再利用困難と見られているので、こちら側が占領し続ければ脅威とはならないだろう。
問題は月面に設置されていると考えられる、もう一つの超兵器の方であった。
「先の戦闘の途中で我々を襲った超高速飛翔体のことは覚えているか?」
サビーヌの言う"超高速飛翔体"とは、ルナサリアンの防衛ラインを強行突破しようとする地球艦隊に対して放たれた砲弾のことだ。
艦艇の運動性では回避は極めて難しく、少なくない戦力がこの超長距離砲撃により失われた。
「それについても解析を進めた結果、発射地点は月面であること――その可能性が高い施設の発見に成功した」
スターライガを除く友軍艦隊が損害確認などに忙殺される中、オリエント国防海軍はその優れた情報収集能力を活かして"超高速飛翔体"の解析を行い、合同ブリーフィング時点で報告書作成まで済ませていた。
「そう、マスドライバーだ。この画像は偵察部隊が任務中に副目標として撮ってきたものだが、これもまたルナサリアンの超兵器と見て間違い無い。射出する物を変えれば軍事転用は比較的容易だからな」
自身の手元にある報告書の原本を確認しながら新たな画像を表示するサビーヌ。
偵察任務の副産物として撮影された画像なので写真写りはイマイチとはいえ、少しぼやけている被写体は誰がどう見てもマスドライバーだ。
しかも、オリエント連邦など大国に設置されている物よりも巨大なことから、これは超長射程――地球への直接攻撃を念頭に置いている可能性が高い。
「各艦の高級将校たち及びスターライガ首脳陣で議論を重ねた結果、我々はこの超兵器は可及的速やかに無力化すべきだという結論に至った」
情報を入手したサビーヌら司令部要員はすぐに緊急会議を開き、本来の予定には無い"特別軍事作戦"の実施を賛成多数で可決していた。
「本艦に所属する電子戦機が偵察を行った時点で、人員と物資の動きが活発化していたことが確認されている。第二次攻撃の開始は時間の問題だろう」
賛成派の筆頭だったサビーヌはその根拠として、マスドライバー及び関連施設の活動を挙げる。
人員と物資の出入りは次の攻撃に向けた準備だと予想したのだ。
「詳細な作戦内容は追って知らせることになるが、ルナサリアン本土攻略作戦と同時に少数精鋭の部隊による超兵器無力化作戦も急遽実施する」
38万キロの旅路本来の目的であるルナサリアン本土攻略作戦と現場判断で追加された超兵器無力化作戦――。
この二つは限られた戦力を割り振りつつ同時並行で実施される。
「後者は"ルナ・アセンション作戦"の陽動も兼ねているものの、重要度という点では大差は無い。作戦参加者には全力を以って任務遂行に当たることを期待している」
超兵器無力化作戦は現在急ピッチで立案が進められているが、合同ブリーフィング時点では未だ作成中であった。
それでもこちらへ参加させる予定の部隊は既に決まっており、サビーヌはその面々に視線を向けながら作戦の戦略的意義について語る。
「最後に……"ルナ・アセンション作戦"の指令書開封及び作戦目標について説明を始める」
20分以上に及んだ合同ブリーフィングも大詰めを迎えようとしている。
ここでサビーヌは地球出航前にオリエント国防軍総司令部より託された一封の白い封筒を取り出し、最重要軍事機密として扱われてきたルナサリアン本土攻略作戦の詳細をついに明かすのだった。
ブリーフィングルームの大型スクリーンに作戦フローチャートとルナサリアン月面都市群の地図が表示される。
「ルナ・アセンション作戦の目的は大きく分けて四つ。首都に置かれている敵司令部の制圧、ルナサリアン本土に駐留する防衛戦力の殲滅、ルナサリアン指導者層の拘束ないし抹殺、そして我々が地球へ戻るために必要な燃料の確保である」
ルナサリアン本土攻略作戦――コードネーム"ルナ・アセンション作戦"の概要について説明するサビーヌ。
「作戦は月の防空圏への侵入を以って開始される。第1段階では敵主力艦隊の拠点と見られる宇宙港及び各種軍事施設へ奇襲攻撃を行い、反撃態勢が整う前にこれを壊滅させる」
月の強固な防空網を発見されずに抜けるのは無理なので、ここは潔く強行突破を図る。
まずは本国へ逃げ帰り再編成中であろう敵残存艦隊に奇襲を仕掛け、作戦遂行における最大級の脅威を排除する。
「この時点で躓いたら敵戦力に包囲されてしまうだろう。最初にして最も重要なフェーズだと肝に銘じてほしい」
先の戦闘で多大な損害を与えたとはいえ、戦力比ではルナサリアン優位なことに変わりは無い。
敵艦隊の反撃や増援を許してしまった場合、物量作戦で逆にこちら側が押し潰される可能性が高い。
一般的に"攻撃側は防御側の3倍の戦力が必要"と云われている。
「第1段階の成功が見えてきたら小戦力を本隊から切り離し、別働隊として月面の燃料貯蔵施設へと向かわせる。これは補給線の遮断も意図しているがなるべく敵に悟られたくないので、プライベーターを中心とする少数精鋭たちに担当してもらう」
第1段階の成功を前提にサビーヌは説明を続ける。
補給線遮断及び自軍の燃料確保が目的だと判明した場合、ルナサリアンは"敵に資源を奪われるぐらいなら"と焦土作戦を実行する恐れがある。
そのリスクをできる限り抑えるべく、別働隊は中小規模プライベーター――具体的にはキリシマ・ファミリー、トムキャッターズ、ロータス・チームの三者へ任せることにした。
第2段階ではいよいよルナサリアン首都包囲戦に臨む。
「本隊がルナサリアン首都へ接近したところで第2段階へ移行する。ここでは正規軍が敵残存戦力の相手をしている隙に、スターライガ及びオリエント国防軍海兵隊が議会議事堂の制圧を図る。スターライガにはオブザーバーとして元ルナサリアン関係者が同行しており、彼女の影響力を以って国内の反体制派を勢い付けようという算段だ」
内容自体は各国が満場一致で可決したモノだが、オリエント連邦政府の密命を受けているサビーヌは機転を利かせた発言で"作戦の主軸はあくまでもスターライガである"と明確な立場を保証した。
これは地球出航前の時点では完全に伏せられていた事項であり、寝耳に水な他国の高級将校たちは当然ながら顔をしかめる。
「我々は敵国とはいえ都市を焼き払うような無差別爆撃、あるいは戦後賠償という名の下に行われる略奪など望んでいない……そう思わないか?」
サビーヌの一連の発言には日米欧に対する牽制が多分に含まれていた。
彼女は各国軍が自分と同じように政府の代弁者を担わされていることに気付いており、この言葉は彼らの背後にいる者たちに向けた警告でもあった。
「議会議事堂制圧後の最終段階ではおそらくアキヅキ姉妹と決着を付けることになるだろう。それについては……任せるべき者は決まっている」
敗戦が決定的になったとして、果たしてアキヅキ姉妹は素直に降伏勧告を受け入れるだろうか?
残念ながら"その可能性は限り無く低い"というのが大半の見方であり、それには総司令官のサビーヌも同意している。
「アリアンロッド大佐! そしてライガ・ダーステイさん! アキヅキ姉妹を討つ役目はあなたたち二人に託す!」
しかし、同時に彼女は僅かながら期待も抱いていた。
セシル・アリアンロッドにライガ・ダーステイ――。
アキヅキ姉妹と深い因縁を持つこの二人ならば、少しだけでも良い結末を見せてくれるのではないかと……。
【航空偵察用カメラポッド】
エレクトラは電子戦機として開発されたのでSIGINT(傍受)には対応しているが、高解像度航空写真の撮影には追加装備が必要となる。
航空偵察用カメラポッドはエレクトラのハードポイントに装備可能な撮影機器であり、戦闘機並みの機体性能と持ち前の電子戦能力を活かして対象の至近距離まで接近・撮影。
従来の偵察機や偵察衛星では困難な強行偵察を行い、より鮮明な航空写真を撮影する"前線偵察機"として運用できるのだ。




