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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
最終章 THE LAST HOPE

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【TLH-52】最後の超兵器

 ルナサリアン絶対防衛戦略宙域から遠く離れた月の周回軌道上には、超巨大パラボラアンテナとでも形容すべきメガストラクチャーが配置されている。

もちろん、これは電波を受信するための施設ではない。

「こちらニギハヤヒ管制室――ハッ! 号令があり次第いつでも発射準備を開始できます!」

"ニギハヤヒ"という名の施設の管制室に置かれている無線電話が鳴り響き、同施設の最高責任者であるカグヅキは受話器を取り上げる。

通話相手の声に気付いた瞬間、彼女は慌てて姿勢を正していた。

「了解しました! 攻撃目標は――オリヒメ様、この照準では味方艦隊を巻き込んでしまいます!」

電話越しにオリヒメから命令を受けたカグヅキはハキハキとした返事で答えるが、その内容を聞かされるや否やたちまち表情を曇らせる。

「……左様でございますか。ならば、そのお言葉を信じて発射準備態勢へ移行します」

しかし、ルナサリアンである以上は"月の専制君主"の意向には逆らえない。

詳細説明を聞かされたカグヅキは喉まで出掛かっていた言葉を飲み込み、粉骨砕身の気持ちで任務に当たる旨を伝える。

「予想攻撃範囲及び攻撃開始時間については射線が確定した(のち)、敵艦に傍受されないよう暗号通信でヤクサイカヅチへ送信いたします。通信内容確認後は速やかな艦隊運動をお願いします」

最後にニギハヤヒ-ルナサリアン主力艦隊間の交信方法などを確認し、カグヅキは電話越しに敬礼しながら受話器を元に戻す。

彼女はアキヅキ家の信奉者というわけではないものの、一軍人としてビジネスライクな忠誠心を示さねばならない立場にあったのだ。


「――諸君、ついに太陽光集束式決戦砲"ニギハヤヒ"の初陣が訪れた。皆も知っている通り、ニギハヤヒは太陽炉の理論を応用した新機軸の超兵器である」

通信を終えたカグヅキは手をパンパンと叩くことで管制室内の全員に注目を促し、ニギハヤヒの初陣に向けて訓示を述べる。

ルナサリアン内では"月光砲"というコードネームで呼ばれるニギハヤヒだが、その実態は太陽光を超強力なレーザー光線に変換する試作型戦略兵器である。

「現時点での完成度は7割にすぎず、最大出力での発射は事実上1回限りだ。しかし、その1回で攻撃目標を殲滅すれば何ら問題無い」

5年前に着工したニギハヤヒは工事作業が難航した結果、戦争が最終局面を迎えている2132年9月時点でも完成には程遠かった。

しかも、好条件が揃えば地球を直接照射可能とされるフルパワーでの運用には施設自体が耐えられないという有り様だ。

そういった多数の問題点に目を瞑れば、実戦投入可能なレベルには一応到達しているが……。

「これから行われるのはオリヒメ様直々の要請により放たれる一撃である。施設の建設作業を並行して進められてきた訓練を思い出し、祖国の命運に関わる重大任務に当たってほしい」

軍事武門の統帥権を掌握するオリヒメからの命令には誰も逆らえない。

それを理解しているカグヅキはあくまでも職業軍人としての任務に集中し、スタッフたちを鼓舞するべく(いささ)か大袈裟な発破を掛ける。

「総員、発射準備態勢へ移行! 訓練での最速記録を更新するつもりでやれ!」

彼女の号令と同時にニギハヤヒの発射シークエンスが開始される。

「太陽光集束装置、角度調整開始! 誤差修正左9、上2.5――よし!」

「急速集光、開始します! 予想完了時間は320秒!」

まずは施設自体の方向転換及び大型反射鏡の微調整によって太陽光を効率良く受けられる位置取りを行い、それから中心部の砲身兼エネルギー変換装置へと太陽光を集束させていく。

フルパワー発射の場合は莫大なエネルギーとそれを集めるための時間が必要になる。

「攻撃目標確認! 照準合わせ――戦艦シオヅチ!」

「ヤクサイカヅチへ暗号通信で打電! 『月ノ光ガ舞台ヲ照ラス。役者ハ速ヤカ二掃ケルベシ』」

エネルギーチャージの間に照準修正と味方艦隊に対する退避勧告も同時並行で進められていた。

「命中精度を確かなモノとするため、ギリギリまで制御を行うぞ! 管制室以外の部署は退避急げ!」

この段階まで来れば後は自動制御に任せることも可能だが、命中精度を高めるべくカグヅキは手動制御の併用を決断する。

その代わり、発射シークエンスに関わらない部署には総員退避を命じておく。

ニギハヤヒに戻ってくることは二度と無いだろう。

「我が方の主力艦隊、回避運動を開始しました!」

「いいぞ、敵は貪欲なまでに餌に食らい付いているな」

オペレーターからの報告に思わず笑みを浮かべるカグヅキ。

「(自動航行のシオヅチが良い囮になっている。このままならば間違い無く一網打尽にできる……!)」

チャージ完了まであと260秒――。

彼女は"きっと上手くいく"と自分に言い聞かせていた。


 管制室の完成以来シミュレーションを綿密に繰り返してきたおかげで、ニギハヤヒの発射シークエンスは大きなトラブルも無く順調に進行。

「充填完了まで200秒!」

「総員、ここまでよくやってくれた……自動制御への切り替えを完了した者から退避を開始しろ! 第三搬出入口のイカダ(救命ボート)に乗り込め!」

オペレーターの経過報告と発射シークエンスの進行状況を考慮した結果、カグヅキは手動制御による微調整は不要と判断し管制室のスタッフたちに退避を命じる。

ニギハヤヒには補給艦が来た時の連絡用として小型宇宙艇が多数用意されており、同時にこれは今日のような緊急時の脱出手段も兼ねていた。

「「「了解!」」」

16名のスタッフたちは力強い返事で指示に応じると、それぞれのコンソールパネルを操作し終えてから各個に退避を開始する。

「博士! あなたも急いでください!」

「私は機密資料を処分する義務がある! イカダは一隻だけ残しておいてくれ!」

一番最後に退室することとなったスタッフは各席を見回っているカグヅキにも退避を促すが、彼女には最高責任者として最後の仕事が残されていた。

無論、自壊することが明白な超兵器と心中するわけにはいかないので、"自分が乗り込むための小型宇宙艇は確保しておくように"とだけ伝えておく。

「分かりました! なるべく早くお願いします!」

「(さて……最大出力での発射時に全て吹き飛ぶかもしれないが、念には念を入れておくか)」

全てのスタッフの退室を確認したところでカグヅキはようやく最後の仕事に取り掛かる。

彼女が責任を以って行う最後の仕事――それはニギハヤヒに関する全データの抹消だ。

「(この超兵器の記録を後世に残してはいけない。こんな物を複数の勢力が実用化したら、いくつかの文明が完全消滅することになる)」

ニギハヤヒは太陽光という地球・月双方にとって共通の資源を間接的に軍事転用し、戦略兵器のエネルギー源として利用する禁忌を犯している。

しかも、これは最先端技術をそこまで必要としない信頼性の高い兵器だ。

断片的なデータさえ残っていれば地球の技術水準でも再現可能であり、それが更に拡散したら"星をも砕く超兵器"を相互確証破壊に利用する時代が訪れるかもしれない。

「(資料が失われている場合、当然開発や運用に携わった人物が狙われるだろう。彼女らの身の安全を確保する策も考えなければ)」

また、カグヅキはデータ抹消後にこの超兵器が地球側に発見された場合についても懸念していた。

人材という何物にも代え難い財産を保護するためには、国外脱出などあらゆる策を講じる必要がある。

「あと90秒……何とか間に合いそうだな」

紙資料をシュレッダーに掛けつつ電子データの削除プログラムを開始した時点での残り時間は90秒。

最後に管制室をもう一度見渡し、軍事機密の処分し忘れがないか確認するカグヅキ。

「(これが最初で最後の実戦だ……やってみせろよ、ニギハヤヒ)」

やるべきことは全てやった。

自らも開発に深く関わってきた超兵器に敬礼すると、カグヅキは駆け足で小型宇宙艇が待つ第三搬出入口へと向かうのだった。


 一方その頃、最前線での艦隊決戦はルナサリアン側の敗走というカタチで決着が付こうとしていた。

「防衛ラインを放棄した敵艦隊は二手に分かれて撤退を開始。反転して月方面へ針路を取っているのが主力艦隊と思われます」

スカーレット・ワルキューレのオペレーターであるキョウカが見ているモニターには、確かに敵艦を示す赤い光点が散開していく状況が映し出されている。

「しかし、アキヅキ・ユキヒメの座乗艦であるシオヅチ含む大型艦をあえて殿(しんがり)に用いるとは……ルナサリアンも随分と大胆な作戦に出たわね」

戦艦シオヅチなど高価値目標を"トカゲの尻尾切り"として利用する采配は明らかに奇策であり、これにはレガリアも驚きを隠さない。

「艦長! 空母アドミラル・ユベールより砲撃支援の要請が来ています!」

それを知ってか知らずか友軍艦隊の大半は追撃戦に移行しており、キョウカは友軍艦からの支援要請をミッコ艦長へ伝える。

「返信! 『貴艦ノ要請ニ応ジル。攻撃目標ノ指定ハソチラニ任セル』」

地球側にも少なくない損害が生じている今、航空戦艦スカーレット・ワルキューレは全軍における貴重なダメージディーラーとなっていた。

その期待に最大限沿うべく、ミッコは支援要請に応じる意向を示す。

「推力最大! これより本艦は主砲による砲撃を行いつつ前進する!」

「……」

ミッコの力強い指示を不安そうな表情で見守るレガリア。

「進んではダメッ!! 憎しみの光が……ありとあらゆるモノを融かしていく……!」

彼女の悪い予感は当たっていた。

その直後、本来は限られた者しか入れない戦闘指揮所に入室資格を持たないリリーが突然押し入り、まるで何かに取り憑かれているかのように声を荒げ始める。

「落ち着けリリー! 急に取り乱してどうしたんだよ!?」

「面舵一杯一杯ッ! 回避運動急げッ! 同時にオープンチャンネルで全艦艇に対し通達ッ!」

幸いにも荒ぶるリリーは追いかけてきたライガが取り押さえてくれたが、一連の混乱を見たレガリアは即座に指揮系統へ介入し回避運動及び敵味方全艦への連絡を命じる。

「レガリアさん!?」

「私の指示に――いえ、リリーの感覚を信じてやってください……!」

最高責任者とはいえ指揮系統を乱しかねない行為をミッコが咎めようとすると、レガリアは艦長の方を睨みつけながら"今だけは自分の言う通りにしてほしい"と告げる。

「り、了解! 面舵一杯一杯、回避運動へ移行します!」

「こちらスターライガ母艦スカーレット・ワルキューレ! この通信を聞いている全艦艇は戦闘を一時中断し、速やかに回避運動を行ってください! とにかく……とにかく散開です! 繰り返します――!」

ただならぬ雰囲気を察した操舵士のラウラとオペレーターのキョウカはすぐに新たな指示へ対応し、それぞれの仕事に取り掛かる。

「(あのリリーさんの動揺ぶり……絶対に悪いことが起きる。レガリアさんとライガさんは何となく予兆を感じているみたいだけど……)」

そして、予想外のハプニングに不安を覚えたのはオブザーバーのヨルハも同じであった。


 満身創痍のルナサリアン艦隊に地球側の主力部隊が殺到し、獰猛なシャチのように次々と敵艦を喰らい尽くしていく。

「敵残存戦力の7割を撃沈! 味方艦隊の一部が敵主力の追撃に向かっています!」

「よし、目の前の敵艦隊を排除したら我々も追い付くぞ!」

戦艦シオヅチを含む多数の敵艦を撃沈したという戦況報告を受け、オリエント国防海軍正規空母"アドミラル・ユベール"のクヴィ艦長は進路を切り拓くため敵艦隊の一掃を命じる。

「艦長! スターライガよりオープンチャンネルで入電です!」

「オープンチャンネルだと? 通信回線開け!」

その好調ぶりを遮るかのような(しら)せにクヴィは首を傾げるが、先ほど支援要請を送ったスターライガからの通信であることを考慮し回線を開かせる。

「『この通信を聞いている全艦艇は戦闘を一時中断し、散開しつつ速やかに回避運動を行ってください!』」

アドミラル・ユベールの戦闘指揮所内に若い女性――キョウカの切羽詰まった呼び掛けが響き渡る。

「どういうことでしょうか? 私にはこの通信の意図を理解しかねます」

「通信装置のトラブルでやむを得ずオープンチャンネルを利用しているのかもしれない」

スターライガ内での出来事を知らない副長とクヴィからすれば、事実上の戦闘中止を呼び掛けるこのアナウンスはハッキリ言って意味不明であった。

これについては戦闘終了後の合同デブリーフィングで議題に挙げる必要があるだろう。

「とにかく、彼女らの強力な砲撃支援は望めそうに無い。ここは日米艦隊との連携で一気に叩くぞ」

スターライガからの支援には期待できないと判断したクヴィは肩を落とすが、すぐに気持ちを切り替え敵残存戦力の掃討を続けていく。

「か、艦長ッ! 本艦の前方に強力な高エネルギー反応! これは……戦略兵器以上のレベルですッ!」

しかし、結果論で言えば彼女の判断は完全に間違っていた。

戦闘続行を指示したその直後、これまで見たことが無いレベルの高エネルギー反応に気付いたオペレーターが声を張り上げる。

「さっきの通信内容はこれか! くそッ、回避運動急げッ!!」

「ダメです! 間に合いませんッ! 衝撃に備えてくださいッ!」

専用タブレット端末で情報を共有したクヴィはすぐさま操舵士へ回避運動を求めるが、このタイミングではどう考えても間に合うはずが無かった。

「な……何の光――!?」

次の瞬間、アドミラル・ユベールの戦闘指揮所が蒼白い閃光に包み込まれる。

クヴィは最後の最期まで自分の身に何が起きたのか理解できないまま、(ふね)共々この世界から消え去っていった……。

【太陽炉】

レンズや反射鏡などを用いて太陽光を集光し、高温を作り出す装置。

ニギハヤヒにおいては砲身兼エネルギー変換装置の基礎理論に応用されている。

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