【TLH-50】女神たちは引き金を引く
長い柄の両端から刀身を形成するツインビームトライデントを構えつつ、フルスロットルでの加速を開始するライガのパルトナ・メガミ(決戦仕様)。
「(奴が俺と同じ射撃系のドライバーであることは知っている。当然、"どういう動きをされると面倒か"もだ)」
ライガと奴――オリヒメはどちらも射撃戦を得意としており、だからというわけではないが苦手な戦法まで同じであった。
「(ここは真っ向から――増加装甲がカバーできない部分に一突きを入れる!)」
射撃系のドライバーが共通して嫌がるのは、真正面から迷うこと無く一気に間合いを詰めてくるインファイターだ。
ライガはインファイターではないものの、戦い方をある程度臨機応変に変えられるだけの技量は有している。
「迎撃は無理か……ならばッ!」
白と蒼のMFの動きを見たオリヒメは長銃身大型光線銃で迎撃を試みるが、取り回しが悪いこの武装で素早い目標を捉えることは難しい。
そこで彼女は別の武装に切り替えるべきだと判断し、長銃身大型光線銃を腰部ハードポイントへ固定しつつ新武装"試製光刃薙刀"を抜刀する。
「アタック!」
「間に合った……!」
次の瞬間、パルトナのツインビームトライデントとイザナミ重の試製光刃薙刀が蒼白い閃光を発しながら切り結ぶ。
武器単体での攻撃力は前者の方が上だが、機体側の出力では後者が勝っているので結果的に互角の鍔迫り合いとなっていた。
「また俺の知らない装備を出してきた!」
「何度でも言わせてもらうわよ! 私とイザナミは人機一体で進化し続けているの!」
初めて確認する装備――自機が持っている物と似たようなタイプの格闘武装に驚くライガに対し、その武装を振り回しながら"以前戦った自分とは違う"と主張するオリヒメ。
「あなたの知らない装備を見せてあげる!」
彼女とイザナミ重が過去の実戦データを基に大きく強化されていることは紛れも無い事実だ。
「拡散光線砲、発射ッ!」
リスクを承知の上でオリヒメは相手をギリギリまで引き付け、ここぞとばかりに腹部試製拡散光線砲を発射する。
「くッ……!」
前回の戦闘のデータが通用しない新武装に一瞬焦るライガだったが、エースドライバーとしての技量と経験――そしてイノセンス能力による先読みで辛うじて回避することができた。
「この近距離でかわすとはさすが――電探から反応が消えた!?」
好敵手の粘り強さに笑みを零したのも束の間、敵機の姿が視界にもレーダー画面上にも無いことにオリヒメは一転して戸惑いを抱く。
「(例の電波妨害と同じだ……まさか!)」
計器投映装置に表示されているレーダー画面のノイズを見た時、彼女はすぐさまライガの狙いに気付くのだった。
「(もし、私が彼の立場だったら……後方に回り込む!)」
そう考えたオリヒメは計器投映装置のサブウィンドウに表示しているバックビューモニターで後方を確認する。
彼女の予想通り白と蒼のMFはちょうど死角となる領域を移動しており、今まさに攻撃態勢へ入らんとしていた。
「そこねッ!」
振り向きざまに試製光刃薙刀を前方へ突き出し、ある程度余裕を持って攻撃を受け流すオリヒメのイザナミ重。
「チッ! 見切られていただと!?」
それなりに自信を持っていた一撃を完全に見切られ、しかも易々と切り払われたことにはライガも珍しく驚いてしまう。
「慣れない不意討ちは仕掛けるものじゃないな……」
「らしくないことをするからそうなるのよ。あなたは馬鹿正直に正々堂々戦う姿が性に合っているみたいね」
"正々堂々"という信条を捻じ曲げる戦い方は全く合ってないと自嘲するライガ。
それに同意するようにオリヒメもオープンチャンネルの通信で「今までのやり方を貫くべき」だと敵ながら助言を送る。
「心理戦抜きの褒め言葉かよ……言ってくれる」
最初は揺さ振りを狙った挑発かと身構えるライガだったが、イノセンス能力で噓偽りの無い言葉だと確信したことで少しだけ肩の力を抜く。
「(一撃を与えればチャンスは作れる。だが、今日のあいつは別人のように手強い。一筋縄ではいかないだろう)」
「(こちらの出方を明らかに窺っているわね。彼が痺れを切らすのを待つか、それとも私から均衡状態を動かすべきか……)」
ライガもオリヒメもリスクを冒さずに状況を静観している。
"先手必勝"という言葉があるとはいえ、ただ闇雲に動けばいいというものではない。
実力者同士――それも互いに手の内を把握しているなら尚更のことだ。
「仕掛けるッ!」
数十秒間もの睨み合いの末、静寂を破ったのはオリヒメの方であった。
彼女の愛機イザナミ重は試製光刃薙刀を握り締め、先ほどの助言を体現するかのように真っ向勝負を仕掛ける。
「ファイア! ファイア!」
こういう時は格闘戦で対応するのが普通と思われるが、卓越した技量と経験を持つライガの場合は違っていた。
間合いが詰まり過ぎないようフルスロットルで後退しつつ、白と蒼のMFはウェポンモジュール側のバインダーに吊り下げられた12連装ロケット弾を一斉発射する。
「警報装置が鳴らない誘導弾!? しかも彼を見失うなんて……!」
無誘導兵器ゆえミサイルアラートが反応しないロケット弾の嵐を何とか回避するオリヒメ。
だが、その代償として彼女はまたもライガのパルトナを視界から見失ってしまっていた。
右バインダーのロケット弾ポッドを切り離しつつ高速離脱していく白と蒼のMF。
「(ロックオン無しで発射できるロケット弾が役に立ったな……)」
元々は対艦攻撃用に持ってきた武装の特性が意外なカタチで活躍したことを受け、ライガは心の中で好判断を自画自賛する。
「(近接信管による起爆でダメージを期待しつつ牽制を行い、レールガンの最低射程を稼いでから本命を撃ち込む――これだ!)」
ただし、ロケット弾一斉発射はあくまでも牽制にすぎない。
本命はパルトナの左肩部に固定装備されている中射程レールガンだった。
「ファイアッ!」
レールガンの砲身に蒼い電流が迸った直後、同じように蒼い電流を纏った砲弾が目にも留まらぬ速度で発射される。
「しまった!? きゃあああああッ!」
弾速自体はレーザーより遅いとはいえ、中距離から不意討ち気味に放たれたら反応することは非常に難しい。
事実、イザナミ重は回避運動の出だしで大きく遅れてしまい被弾。
直撃弾を受けた右脚を増加装甲もろとも完全に粉砕され、強い衝撃で身体を激しく揺さ振られたオリヒメは思わず悲鳴を上げる。
「(な、何とか体勢だけは立て直さないと!)」
追撃を危惧した彼女は計器投映装置のダメージインジケーターで損傷状況を確認し、手負いの機体を庇いながら回避運動に専念する。
「(弾速が極めて速いレールガンならばバリアフィールドの影響を受けず、尚且つ増加装甲も力押しでぶち抜ける!)」
一方、戦況を一気に自分有利へ動かしたライガは早い段階で突破口を見い出していた。
決め手となったのは射撃武器の中でも性能が特殊なレールガン系武装の性質をしっかりと理解し、それを悟られないようにここぞというタイミングまで温存していたことだ。
性能差が以前より縮まっているのなら、技量と経験を最大限活用するように立ち回ればよい。
「次は外さん……コックピットを狙わせてもらう!」
明らかにバランス悪化に苦しんでいる白と紫のサキモリをHIS(ホログラム・インターフェース)のレティクルに捉え、次の一撃では照準を修正して必中を誓うライガ。
「(回避運動に集中? いえ、ただ動くだけでは確実に偏差射撃の餌食になるわね……)」
窮地に追い込まれたオリヒメは必死に策を練る。
回避運動に徹するのは悪くない判断かもしれないが、ライガのマークスマンばりの精密射撃には万全の状態でも苦労させられるのだ。
運動性が低下している機体では容易に狙い撃ちされてしまうだろう。
「(あの電磁砲の弾数は決して多くないはず。弾切れまで凌げばまだ勝機はあるかもしれない)」
この状況であえて活路を見い出すとしたら、それはレールガンの弾数だ。
プラズマ化などに耐え得る専用弾薬を使う関係上、レールガン系の武装は基本的に装弾数が少ない。
パルトナ・メガミの中射程レールガンはMFに搭載可能な程度のサイズなので、多くても5~6発だろうとオリヒメは予想した。
「(周囲が開けている宇宙空間ではいつもより感覚を鋭敏に……機体の装甲を素肌だと思って状況を感じ取れば……)」
その読みが正しければ3~4回ほど攻撃をかわせば弾切れを誘発できる。
オリヒメは気持ちを落ち着かせることで集中力を極限まで高め、本当の意味での"人機一体"を目指そうとしていた。
「捉えた! ファイアッ!」
「……見えるッ!」
HIS上のレティクルと敵影が重なった瞬間、不安定な姿勢から中射程レールガンを発射するライガ。
彼の優れた技量を証明するかのように正確な攻撃だったが、"ゾーン"に入り始めていたオリヒメのイザナミ重はこれを完璧且つ最小限の回避運動でかわす。
「発射ッ!」
そして、いつの間にか持ち替えていた長銃身大型光線銃で白と蒼のMFに狙いを定めると、これまで防戦一方だった彼女はついに反撃のトリガーを引く。
「ロケット弾ポッドに誘爆する!? うおッ!?」
蒼く太いレーザーがライガのパルトナの左腕をシールドごと呑み込み、その熱エネルギーにより左バインダーのロケット弾ポッドが一気に暴発してしまう。
ポッド自体に施されている耐熱処理も強力なレーザーの直撃には耐えられず、一瞬の出来事でパージも間に合わなかった。
「左半身のダメージチェック――まだ動けるのは不幸中の幸いだが、レールガンを潰されたのは痛いな」
ほぼ密着した状態で爆発に晒された白と蒼のMFは左上半身中破、追加装備及びバックパック損傷、左腰部VSLC及び左肩部中射程レールガン大破という、実戦投入以来最も大きいかもしれないダメージを食らっていた。
特にダメージソースとなり得るレールガンがやられたのは手痛いが、ライガの言う通り彼自身は負傷せず機体も動くのならば何とでもなる。
「(あの女、戦いの中で成長しているとでも言うのか? いや、あるいは奴も俺と同じ能力者なのかもしれない……)」
一転して劣勢へ追い込まれたライガの脳裏に嫌な推測がよぎる。
短時間で見違えるように戦闘力を向上させ、おそらく自身の限界を超える領域で戦っている――。
これはライガやラヴェンツァリ姉妹といったイノセンス能力を持つ者たちが経験してきた"通過儀礼"と同じだ。
「まぐれ当たりでいい気になるなよ! ファイアッ!」
彼は白と紫のサキモリから"チカラ"を感じつつも、さっきのはラッキーパンチだと自分に言い聞かせて右腰部VSLCによる攻撃へ切り替えるのだった。
当然ながらレーザーの弾速はレールガン(実体弾)よりも速い。
攻撃力についても集束率を高めればバリアフィールドの一点突破が可能なので、VSLCはレールガン系武装に次ぐ脅威と言えるだろう。
「("手に取るように"とまでは言わないけど、今までの苦戦が嘘のように鋭敏に動けている気がする!)」
もっとも、その攻撃も"覚醒"しつつあるオリヒメには通用しなかった。
彼女のイザナミ重は中破状態とは思えない鋭い回避運動を繰り返し、攻撃の悉くをかわしていく。
「そこッ!」
「ナメるなッ!」
イザナミ重の長銃身大型光線銃2丁とパルトナ・メガミの右腰部VSLCの一撃が交錯する。
「この短期間で随分と腕を上げたな……だが、そこまでだ!」
蒼く太いレーザーが掠めた際に融けてしまった愛機の右肩部装甲を目の当たりにしたことで、ライガはようやく相手の実力がフロックではないと認める。
「ショウマキョウの出力が低下している……!?」
しかし、その評価とは裏腹にオリヒメもかなり追い詰められていた。
これまで鉄壁を誇っていたバリアフィールド――正式名称"ショウマキョウ"の展開に必要なエネルギーが不足し始め、レーザーを完全に防ぐことができず被弾してしまったのだ。
対策無しでまともに食らうよりはマシとはいえ、防御兵装頼みの面があるイザナミ重にとっては良い状況ではない。
「(機体と私自身への負荷を考えると、もうそろそろ勝負を決めるべきかもしれないわね)」
また、無意識のうちに心身を酷使していたオリヒメにも疲労の色が見え始めていた。
肩で息をしなければならないほど呼吸が荒くなり、ヘルメットと戦闘服の中が汗でじっとりと蒸れていることが自分でも分かる。
「強力なバリアフィールドと言えど、無限に使えるわけじゃあるまい!」
バリアフィールド弱体化という千載一遇のチャンスに全てを懸けるライガ。
「その通りよ……だから、これで終わりにしてあげる!」
明確なアドバンテージを失い内心焦っていることを認めたうえで、おそらく最後となる一撃で決着を付けんとするオリヒメ。
西部劇のガンマンでも滅多にやらないような早撃ち対決が始まろうとしていた。
【Tips】
MF及びサキモリは構造上の関係で後方確認が非常に難しいため、コックピットから見て死角となる領域をカバーするように高解像度センサーカメラが設置されている。
カメラの映像はHIS(計器投映装置)に映し出すことができ、戦闘中の周囲確認などに用いられる。




