【TLH-45】星の梯子
ルナサリアンの艦隊決戦砲の一撃により多大な損害を強いられてしまった地球艦隊。
艦隊総旗艦アカツキを含む主力艦が難を逃れたのは不幸中の幸いだったが、貴重な戦力を一気に失ったのはかなり手痛い。
「あれほどの攻撃となるとエネルギー消費も凄まじいはず……おそらく、短時間での連続発射が行われる可能性は低いと思われます」
「私たちの常識に当てはめればね。だけど、相手は異星人……こちらでは考えられないような手を打ってくるかもしれない」
アドミラル・エイトケンのシギノ副長が比較的真っ当な見解を述べると、それをスターライガの母艦スカーレット・ワルキューレのミッコ艦長は"少々楽観的な考え方"だと指摘する。
地球人の常識がルナサリアン相手に必ずしも通用するわけではないことなど、緒戦からここまでの戦いで痛いほど分からされてきたはずだ。
「ミッコ艦長の仰る通りだ。こちらは燃料弾薬に余裕が無い以上、戦いが長引けば長引くほど不利になる」
元上官であるミッコの慎重論に同意しつつも、敵の動向を警戒し過ぎて長期戦となるのは避けたいと語るサビーヌ艦隊司令。
補助艦艇がいないため洋上補給が不可能な地球艦隊と異なり、ルナサリアン側は本国まで戻れば速やかに補給を受けられる。
現状から更に長期戦となった場合、どちらが有利かは火を見るよりも明らかである。
「我々がこの宙域を抜けるには強行突破しかない!」
艦隊総司令官としてサビーヌが取れる選択肢はこれ以外に無かった。
「残りの敵艦隊は戦艦及び空母の両方を擁する大規模艦隊――これがルナサリアンの本隊と見て間違いありません」
彼女の判断を後押しするように敵戦力の状況について報告するアドミラル・エイトケンのメルト艦長。
「よし、全艦艇に通達! これより我々はルナサリアン最終防衛ラインの突破を図るべく、進軍を再開する! 再編成を終えた艦隊から航空母艦アドミラル・ユベールに続け!」
それを受けたサビーヌは骨伝導式ヘッドセットの無線周波数を調整し、生き残っている全艦艇に向けて艦隊前進の命令を下す。
「クヴィ中将、ラストスパートの先導は貴官に任せるぞ」
「ハッ! 栄えあるオリエント国防海軍の将官として、全身全霊でその任を務めさせて頂きます!」
続いて彼女は周波数を僚艦アドミラル・ユベールとの通信回線に切り替え、同艦の艦長であるクヴィに切り込み隊長の役割を与える。
「推力最大ッ! 後続艦の状況を見ながら前進する!」
積極的に攻め込む戦術が得意なクヴィにこの配役は適任であり、サビーヌの見立て通りアドミラル・ユベールは後続に注意を払いながら前進を開始してくれる。
「(この時点で既に被害状況が想定値に達しつつある。これ以上将兵を死なすわけにはいかない……!)」
ヘッドセットを外したサビーヌは愛用の水筒を手に取り、乾いた喉を潤しながら今後の厳しい戦いを懸念するのだった。
一方その頃、ルナサリアン艦隊総旗艦"ヤクサイカヅチ"の戦闘指揮所(CDC)では攻撃の結果分析が進められていた。
「状況分析急げ!」
「敵艦隊に甚大な被害を与えることに成功! ただし、主力艦は依然として健在の模様!」
オペレーターたちの分析によると、動力炉直結式外装型艦隊決戦砲"アメノハバヤ"は期待通りの性能を発揮していたらしい。
もっとも、性能が良いからといって必ずしも戦果を挙げられるわけではなかった。
「想定通りの成果は得られなかったか……艦長、第2射の発射は可能かしら?」
労力に見合っているとは言い難い結果を受け、艦隊決戦砲による再攻撃の可否について尋ねるオリヒメ。
「原子炉や砲身などの冷却が完了すれば可能です。現在各区画の強制冷却を行っていますが、敵艦隊の接近までに間に合うかは分かりません」
それに対してサトノ艦長は"準備時間を稼げれば再攻撃は可能"と答えたものの、実際に行えるかについては断定が難しいためか言葉を濁した。
「しかし、通常戦闘へ移行するほど距離が近いわけでもない。引き続き戦略兵器による攻撃を続行する」
地球艦隊との距離はまだまだ離れているため、オリヒメは戦略兵器による一方的な先制攻撃を重視する方針を継続する。
「戦略兵器……それならば"月光砲"の照射が最善かと思われます」
「通信士! 本国のアマツミカボシ管制室へ回線を繋いで!」
そこでサトノは"月光砲"なる超兵器の使用を提案するが、当のオリヒメは通信士の方を向きながら全く別の指示を出していた。
「え!? "星の梯子"を使うのですか?」
自分の意見具申を完全無視されたことはともかく、星の梯子――地球攻撃用大規模質量投射機"アマツミカボシ"の使用という判断に驚きを隠せないサトノ。
約2週間前に戦略兵器への改築が完了したばかりのマスドライバーであり、施設・人員共に未だ試験運用中と聞いていたからだ。
「攻撃範囲が広すぎる"月光砲"は自分たちを巻き込む恐れがある――と言いたいのね? それぐらい分かっているわ」
新兵器にありがちな各種懸念事項についてはオリヒメも十分把握している。
「だからこそなのよ。自滅しかねない戦略兵器をギリギリまで引き付けてから撃つなんて、普通は考えられないでしょう」
そのうえで彼女は"予測を超えてくる相手には相応のやり方で対抗すべき"だと付け加える。
「……意外性で相手の裏を掻くというわけですか」
サトノとしてはハイリスクな戦術は内心気が進まなかったが、判断自体には一理あると考え月の専制君主の方針を尊重することにした。
「それに、敵は間違い無く"アメノハバヤ"の2射目を警戒しているはず。いずれにせよ能量反応を探知されやすい大出力光線に必中は期待できないわね」
極太レーザーの飛来を恐れる敵艦隊の動きを読み、マスドライバーによる強力且つ正確な砲撃で主力艦を撃沈せしめる――。
果たして、部下の意見具申を退けてまでオリヒメが採用した戦術は上手く機能するのだろうか?
「――以上がサビーヌ艦隊司令が決定した今後の行動方針よ」
「分かりました。私たちは先行する機動艦隊の後に付いていけばいいのですね?」
CICの正面モニターに映っているミッコが艦長会議の内容の通達を終えると、その内容を復唱することでローリエは再確認を行う。
キリシマ・ファミリーの最高責任者はあくまでもマリンだが、彼女は現場に出ることが多いので頭脳派のローリエが代表代行を担うことも決して珍しくない。
「ええ、あなたたちのような中小規模のプライベーターはよく頑張ってくれているから。休める時に少しでも休むことが大切よ」
ミッコがこう述べている通り、本作戦におけるキリシマ・ファミリーら中小プライベーターの貢献は非常に大きい。
正規軍よりも予算や物資が限られているにもかかわらず、地球の未来のために厳しい戦いへ身を投じてくれているのだ。
おそらく、プライベーターの協力が無かったら正規軍の損害は今以上に大きくなっていただろう。
「ありがとよ。んじゃ、お言葉に甘えてこいつを休ませてもらうぜ」
同業者の話を立ち聞きしていたマリンは船長席に座るローリエの肩をポンッと叩き、本人の承諾無しに勝手に休憩時間を与えることを決める。
「わ、私はまだ大丈夫だから……」
「馬っ鹿野郎、身体が弱いのにあまり無理すんじゃねえ。見てるこっちが心配になるんだよ」
自分だけが先に休むわけにはいかないと遠慮するローリエに対し、病弱な身体で無理をするような恋人の姿は見たくないと告げるマリン。
「それに、この船は元々ボクの所有物だからな」
「はぁ……気遣いありがとう。部屋に戻るから、何か用事がある時は呼び出してちょうだい」
最後に彼女がいつも通りの軽口を叩いたところで、ローリエは苦笑いしながらゆっくりと船長席から立ち上がる。
「次は月面がよく見えるほど近付いた時に起こしてやるぜ」
入れ替わるように座席へ腰を下ろしつつ、CICを退室していく恋人に向かってマリンは微笑み返す。
「さーて、これで名実共にボクが"マリン船長"になったわけだな!」
モデルのように長い両脚を前に投げ出し、ふんぞり返りながら座る姿はやけに偉そうに見える。
"キリシマ・ファミリーの頭領"という立場なので偉いのは事実なのだが。
「あなたたち、一見すると凸凹コンビのようだけど物凄くお似合いね」
その姿――というよりバカップルのイチャイチャを映像越しに見守っていたミッコは、少々呆れながらも穏やかな表情を浮かべていた。
「そ、そうだろ? じつはさ……この戦争が終わったら一度ぐらいプロポーズしてみても――」
この指摘は普段男勝りなマリンでもさすがに恥ずかしかったのか、恋人との遣り取りを振り返ると珍しく顔を赤らめさせる。
かつて様々な女性と浮名を立ててきた彼女が、ようやく身を固めるつもりだと明かそうとしたその時……。
キリシマ・ファミリーの母艦レヴァリエの黒い船体が激しく揺さ振られる。
「ぐわぁッ!? くっそー、何なんだ今の衝撃は!?」
マリンのリアクションは些か大袈裟だが、身体が持っていかれそうなほど強い衝撃だったことは紛れも無い事実だ。
「超高速で接近する飛翔体を捕捉! 自己判断で回避運動を行います!」
彼女が指示を出すよりも先に副長兼操舵士のランス・グーは咄嗟に操舵輪を回し、全長211mのレヴァリエを力技で急旋回させる。
敵の攻撃の実態が掴めていない以上、指示待ちの回避運動では間に合わない可能性があった。
「マリン!」
「おい、悪いけどまだ休めそうにないぜ! 敵がよく分からない攻撃をしてきやがった!」
慌ててCICへ戻って来たローリエの方を振り向くと、マリンはこの数分間で起こった出来事を報告しながら恋人のために船長席を空ける。
「攻撃の解析はこちらでも行うわ! 今は針路を維持しつつ回避運動に専念して!」
「あいよ! ――ったく、簡単に言ってくれるぜ」
CICの正面モニターに映っているミッコとの通信を終え、力強い返答を見せたマリンはヘッドセットを外すや否や悪態を吐く。
「へッ、ミッコ艦長はあたしたちのことを信頼してんですよ」
もちろん、それが本心から出た嫌味では無いことをランスは分かっているつもりだ。
「それが買い被りにならないようにしないとな。ローリエ、やっぱり船長席の方は頼む」
「あなたはどうするの?」
「情報収集だ。空に上がってる連中と通信ができるか試してみる」
最も頼れる子分のフォローに不敵な笑みを浮かべつつ、ローリエを船長席に座らせたうえで自らはオペレーターたちの所へと向かうマリン。
「ちょっと使わせてもらうぜ」
彼女はオペレーターの一人を邪魔するように身を乗り出し、コンソールパネルを借りることで出撃中の仲間との通信を試みる。
「("超高速で接近する飛翔体"か……少なくともレーザーやミサイルの類じゃねえな)」
正確な情報が出るまで断定はできないが、この時点でマリンは攻撃の正体についておおよそ見当を付けていた。
【補助艦艇】
戦艦や空母といった戦闘艦以外の軍艦を指す。
観測船や救難艦、病院船、補給艦、情報収集艦など戦闘能力を持たない艦船が該当する(自衛用の武装の搭載は認められている)。




