【TLH-44】天羽々矢
もっと早い段階で奴らと腹を割って話したかった。
奴らのように心の底から"穏便な戦争終結"を願う者がいることを知っていれば、私も行動を起こせたかもしれなかったのに。
……今となってはもう過ぎた話だがな。
地球人共は故郷や大切な人を奪われた恨みを晴らし、報復として私たちの母星を奪うべく着実に近付いて来ている。
単に立場が逆になっただけだ。
負けるわけにはいかない、私にも守るべき故郷と大切な人がいるのだから……!
「(少し喋り過ぎたな……そろそろ頃合いか)」
コックピットの計器投映装置に表示しているタイマーを横目で確認しつつ、ユキヒメは1対4の状況から一気に離脱するタイミングを計る。
正直なところ、敵とここまで長話をすることになるとは全く予想していなかった。
「おいッ! あいつ逃げるぞ!」
「くそッ、攻撃開始! 逃がすんじゃねえ!」
シズハの報告を聞いたルミアはすぐにΔ小隊全機に対し一斉攻撃を指示。
4機による包囲攻撃で白と赤のサキモリの撃墜を狙う。
「貴様らに忠告してやる。目の前の敵を倒すことではなく、自分たちの母艦の動向について注意を払うべきだ」
だが、ユキヒメのイザナギは冷静沈着且つ素早い回避運動でそれらを全てかわした末、捨て台詞を残しながらフルスロットルで戦域より離脱を開始する。
「奴は何を言っているんだ!?」
「初動が早い! ターゲットロスト……!」
リゲルのリグエルⅡは格闘戦特化なので追撃戦がそもそも苦手で、長射程に対応できるミノリカのクシナダも速攻で逃げられてしまっては狙いの付けようが無い。
わずか十数秒後にはイザナギの機影はレーダーの索敵範囲内から消え去っていた。
「……結局、お前の説得は無駄だったな」
状況が鎮静化したところで愛機シャルフリヒターの武器を下ろし、ミノリカに対して嫌味とも慰めとも受け取れる言葉を吐くルミア。
「ルミア! 言葉を慎め!」
「シズの言う通りだ。今はユキヒメの発言の意図について考える必要がある」
どちらの意味だとしてもこの場では不適切な発言にシズハは珍しく怒りを見せ、部隊内の調整役であるリゲルも今回に限っては彼女の肩を持つ。
「私たちじゃなくてワルキューレの方に言及していたけど……どういうことなんだろう?」
一方、自分への遠回しな批判をミノリカは特に気にしていないらしく、ユキヒメが残した忠告について推測を立てようとしていた。
同じ頃、ルナサリアン艦隊総旗艦"ヤクサイカヅチ"のCDC(戦闘指揮所)ではブリッジクルーたちの動きが活発化しつつあった。
「敵艦隊、"アメノハバヤ"の射線上に入ります!」
「味方戦力の退避状況は?」
「概ね完了しています。射線上に残っている味方艦隊は自動航行状態へ移行しており、乗組員は総員退艦済みとのことです」
各種報告を受けながらオリヒメが味方艦隊の状況を尋ねると、オペレーターは位置情報を根拠に"同士討ちのリスクは低い"と答える。
「戦闘宙域に留まっていたユキヒメ様のイザナギの識別信号もこちらへ向かっています。今ならば味方を巻き込むこと無く敵艦隊だけ一網打尽にできるかと」
「……アメノハバヤ、発射用意!」
それに加えてヤクサイカヅチ本来の艦長であるサトノからの意見具申も後押ししたのか、オリヒメはいよいよ動力炉直結式外装型艦隊決戦砲"アメノハバヤ"の使用を決断する。
「了解! シオヅチより能量供給開始!」
「動力炉回路切り替え!」
「艦内機能の維持に必要な能量以外は全てアメノハバヤへ!」
「能量充填90、100、110――」
彼女の指示を聞いたブリッジクルーたちはすぐにアメノハバヤの発射プロセスを開始。
この武装は強力な核融合炉を搭載する戦艦シオヅチがエネルギーアシスト、ヤクサイカヅチ側は残りのエネルギーチャージ及び発射時の管制という2隻での役割分担を必要としている。
単艦で完結させる方式に比べると1回の発射に要するコストが跳ね上がるものの、負荷を分散させることで攻撃力を重視した運用ができるメリットが見込まれている。
「総員、対閃光・対衝撃姿勢!」
フルパワーでの発射時にCDCを襲うであろう眩しい閃光や大きな揺れへ備えるよう促しつつ、自らもシートベルトの締まりを再確認するオリヒメ。
「――120! 充填完了!」
オペレーターからエネルギーチャージ完了の報告が上がる。
「(悪いのよ……私もあなたたちも……こうやって平気で人を殺すから……)」
地球側の艦隊が蒼く巨大な極太レーザーを放った時に感じた、人が融けていくようなあの嫌な感覚――。
あれと全く同じことをやろうとしている自分自身にオリヒメは自己嫌悪を抱く。
「アメノハバヤ、発射ッ!」
だが、この戦いに勝利しなければ贖罪の機会すら得られない。
彼女は勝つためにあえて心を鬼にし、一撃で大局を決し得る艦隊決戦砲の発射を命じるのだった。
所変わってこちらはオリエント国防海軍重雷装ミサイル巡洋艦"アドミラル・エイトケン"のCIC(戦闘指揮所)――。
「こ、高エネルギー反応確認!」
「回避運動ッ!!」
「ダメですッ! 間に合いません! 衝撃に備えてください!」
オペレーターのエミールの切羽詰まった声を聞いたメルト艦長はすぐに回避運動を指示するが、このタイミングではどう考えても間に合わない。
「きゃあッ!?」
「ッ……!」
次の瞬間、アドミラル・エイトケンのCICに蒼白い閃光と大地震のような衝撃が襲い掛かる。
艦長席に座っていたメルトは思わず悲鳴を上げ、副長のシギノも身体を持っていかれまいと歯を食い縛る。
「生き残れたか……状況報告急げッ!」
「通信回線不調! 全ての味方戦力の状況不明!」
「通信機能が回復次第、情報収集を行え!」
安全を確認したシギノはすぐに座席から立ち上がり、全てのブリッジクルーたちの無事な姿を見渡してから状況報告を急がせる。
しかし、オペレーター席のコンソールパネルを操作しているエミールの返答は"状況不明"という、一番対応に困る報告であった。
彼女には何ら非は無いとはいえ、レーダーどころかCIC全天周囲スクリーン用のセンサーカメラすら機能しない状況は非常に厳しい。
「艦長、今の攻撃はおそらく……」
「ええ……先ほどワルキューレが行った攻撃と同類の、極めて強力なレーザー照射と見て間違い無いわ」
髪を掻き上げながら副長席へ座り込んだシギノに対し、落ち着きを取り戻したメルトは攻撃の正体について自分の推測を述べる。
ついさっきまで可愛らしい悲鳴を上げていた女性と同一人物だとは思えない。
「メルト――いや、艦長! 今の衝撃は一体何だったんだ!?」
そこへCICのセキュリティドアが突然開かれ、元々ここを訪れるつもりだったセシルが入室してくる。
冷静沈着なセシルも今回ばかりは少々驚いているようだ。
「それは現在解析中よ。もっとも、通信不良のせいで得られる情報はほとんど無いけどね」
黒髪の女性士官の方を振り向くと、肩を竦めながら今の状況について説明するメルト。
「大佐自らが偵察に出て頂けるのなら話は別ですが」
シギノも周辺警戒さえ難しい現状に懸念を抱いているのか、"有人機による原始的な偵察が必要かも"と冗談を言い出す始末だ。
「その――は無い! ――艦長、応答――!」
電子機器の復旧が完了するまでは耐えるしかないと思われたその時、CIC内の正面モニターがノイズ混じりの音声と共に映像を流し始める。
「「「サビーヌ艦隊司令!?」」」
メルトとシギノとセシルの3人が全く同じ反応を示すと、正面モニターにはサビーヌ中将の姿が映し出されていた。
「現在、貴艦を含む全艦艇に対しレーザー通信で映像及び音声を送っている」
サビーヌによると例の攻撃の影響で無線通信が不調気味なため、有効範囲が限定されるかわりに高速・大容量なレーザー通信システムで交信を行っているという。
「エミール、こちらも送受信用にメインをレーザー通信システムへ移行して!」
「了解! メイン通信システムを切り替えます!」
バックアップ用レーザー通信システムはオリエント国防海軍の全艦艇が標準装備しているので、急遽メルトは通信システムを変更するようエミールに指示を出す。
これで少なくとも味方の状況は把握できるようになるはずだ。
「サビーヌ中将、先ほどの攻撃の解析が完了しました! 高エネルギー体の移動状況などがスカーレット・ワルキューレの艦隊決戦砲発射時と類似していることから、ルナサリアンの戦略兵器による同類の攻撃と思われます!」
この通信は当然ながら他の艦艇も参加しているらしい。
明るくハキハキとした声が特徴的なオリエント国防海軍第7艦隊司令クヴィ・トレール中将の姿がサブウィンドウに表示され、味方全軍との情報共有も兼ねたデータ解析の結果報告を開始する。
「クヴィ中将の説明通りだ。どうやら、スターライガとルナサリアン艦隊は共に似たような"カード"を切り札としていたらしい」
同僚の話を一通り聞いたうえで、"敵を倒すために考えつくことはどこも一緒だな"と嘆くサビーヌ。
「しかし、今の攻撃は完全に不意討ちでした。手負いの味方艦隊を囮にして、私たちを射線上へ引きずり込むとは……」
また、クヴィと同じくサブウィンドウに映っているミッコは、似たような"カード"でも使い方は相手が上手かったと遺憾ながら認めざるを得なかった。
「今回ばかりは敵の方が一枚上手だった。不運にも敵艦隊へ接近し過ぎていた味方戦力は全滅した」
サビーヌとの通信に参加している艦艇がやけに少ないと思ったら、奇襲攻撃によりいつの間にか壊滅してしまっていたらしい。
「艦長、センサーカメラの復旧完了しました! これより全天周囲スクリーンに映像を回します!」
ここで各種電子機器の復旧に集中していたサブオペレーターのゼルが作業完了を報告し、砂嵐状態が続く全天周囲スクリーンの再起動を行うことでようやく周辺映像が表示される。
「ッ! 何てことなの……!?」
自艦の周りの衝撃的な状況にメルトは両手で口を覆い、辛そうに何度も首を横に振る。
「こいつは酷いな……これだけの艦が一瞬にして沈められたのか」
「高エネルギーをまともに浴びたらチリ一つ残らない。存在していた痕跡すら消された艦だって……」
戦い慣れしているセシルもこの光景には耐えかねて目を瞑り、シギノでさえ"実際の損害は見えている以上かもしれない"と悲観的な感想を述べるほどであった。
【Tips】
艦隊決戦砲は極めて高い攻撃力と広大な攻撃範囲を有しているが、分類上はあくまでも"戦術兵器"に留まっている。
これは大量破壊兵器など"戦略兵器"と異なり、艦隊戦のような限定された戦場での使用を想定しているためである。




