【TLH-37】試製ジェネレーター直結式艦隊決戦用レーザーキャノンユニット
試製ジェネレーター直結式艦隊決戦用レーザーキャノンユニット"ヴァルハラ"――。
スカーレット・ワルキューレが宇宙へ上がった際にベンサレムの研究開発センターから受け取った装備で、艦首下部に増設される着脱式モジュールという方式を採用している。
これは後から開発された超大型装備ということもあり、船体内部や甲板上にはどう頑張っても収まらなかったためだ。
その名の通り、2基の大型艦用核融合炉から直接エネルギー供給を受けるレーザーキャノンの出力は凄まじく、理論上はスペースコロニーすら破壊し得る攻撃力を有しているが……。
「艦首軸線、攻撃目標と同軸に調整」
"ヴァルハラ"は通常兵器としては世界最強の攻撃力を持っているはずだが、その代わり発射までには様々なハードルを越えなければならない。
まず、砲身が船体の中心軸上に装備されているため、ラウラのマニュアル操舵により艦首を攻撃目標に向ける必要がある。
「誤差修正右6!」
「了解、誤差修正右6」
最終的にトリガーを引くことになるアルフェッタと緊密な連携を取りつつ、操舵輪の操作に全神経を集中させるラウラ。
ここは艦艇の操舵及び出力制御を担う操舵士の腕の見せ所だ。
「セーフティ解除! エネルギーチャージ率80%突破!」
「120%までチャージしろ! 再発射に時間が掛かる以上、一撃で確実に決める必要がある!」
照準が合ったタイミングでアルフェッタがセーフティ解除及び現在のチャージ率を報告すると、ミッコは実用上の限界値である120%までは待つように指示を出す。
「艦長! 敵艦隊、速力を上げて本艦へ接近中!」
「主砲1番2番及び副砲1番2番、HEIAP(徹甲焼夷榴弾)装填! チャージ中の隙は実体弾による砲撃でカバーする!」
どうやら、敵艦隊もワルキューレの攻撃準備に気付いたらしい。
キョウカの報告と専用タブレット端末の画面を照らし合わせた結果、エネルギー消費を抑えられる実体弾による艦砲射撃で対応すべきだとミッコは結論付ける。
艦内の照明が一瞬落ちるほど大量のエネルギーが必要なうえ、チャージ中は大きな行動制限が掛かる点も"ヴァルハラ"運用時の課題と言える。
「エネルギーチャージ100、105、110――」
「主砲1番2番、2秒間隔で3連射! 撃ち方始めッ!」
「了解! ファイアッ!」
アルフェッタがチャージ率の読み上げを続けている中、ミッコは第2火器管制官のフィリアに主砲の操作を託す。
彼女は本来ミサイル類の担当だが、主砲及び副砲の運用を一応覚えさせたことが今回は役に立っていた。
「――エネルギーチャージ115……120!」
「発射10秒前! 総員、対ショック及び対閃光防御!」
チャージ完了を告げるアルフェッタと目が合った瞬間、全乗組員に対し適切な姿勢を取るよう命じるミッコ。
「5、4、3、2、1……発射ッ!」
「ファイアーッ!」
艦長自身によるカウントダウンにしっかりと耳を傾け、アルフェッタはいつも以上の気合を以って"ヴァルハラ"専用トリガーを引くのだった。
スカーレット・ワルキューレの艦首が蒼く光り輝いた時、ヤサカトメを旗艦とするルナサリアン戦艦部隊は不用心にも艦隊前進を続けていた。
もっとも、この段階で考えを改めたとしても既に手遅れであったが……。
「て、敵艦の能量反応増大――いえ、こちらに向けて放出されます!」
「遅かったか……! 取舵一杯、機関最大! 回避運動急げッ!」
オペレーターの切羽詰まった報告で采配ミスを悟ったサクラ艦長が回避運動を命じた次の瞬間、ヤサカトメのCIC(戦闘指揮所)に蒼白い閃光と大地震以上の凄まじい揺れが襲い掛かる。
通常兵器の被弾ではまずあり得ないほどの衝撃だ。
「クズリュウが……!」
座席に掴まったことで転倒を避けられた副長が目を開けると、ついさっきまで全天周囲スクリーンに映っていた僚艦クズリュウの姿がどこにも無い。
それどころかヤサカトメより右側に展開していた艦艇は全て消え去っており、その原因と思われる蒼い超極太レーザーが明らかに自分たちの方へと近付いていた。
「(なんて火力と攻撃範囲と照射時間をしてやがる……そっちの方がよっぽど超兵器じゃないか!)」
デブリの一片も残さない火力と艦隊の約半分を消し飛ばす攻撃範囲、そして十数秒以上の使用に耐え得る照射時間――。
これらの要素を航空戦艦というプラットフォームで実現していること自体が驚異的であり、一瞬にして半壊した艦隊の状況を確認しながらサクラは眉をひそめる。
「操舵士、何をしている!? 艦が引っ張られているぞ!」
「光線の吸引力が強すぎるんです!」
蒼い超極太レーザーから離れられない状況に彼女が業を煮やすと、懸命に操艦している操舵士から恐れていた答えが返ってくる。
光学兵器レベルの高エネルギー体が通過する時、圧力差の発生により周辺空間を引きずり込むような現象が発生すること自体はよく知られている。
しかし、今回のケースに限っては従来の経験則を大きく逸脱していた。
レーザー自体はスカーレット・ワルキューレの船体より少し太い程度にも関わらず、"吸い込み"の効果範囲は少なく見積もっても500mはあったのだ。
つまり、攻撃を回避してもレーザーから500m程度しか離れていない場合、前述の現象により攻撃範囲内へと引きずり込まれてしまう。
「艦長! このままでは危険です! 退艦命令の検討を!」
「いや……もう遅い……!」
仮に回避できても艦が持たないと判断した副長は総員退艦を求めるが、サクラの方は艦と運命を共にする覚悟を決めていた。
乗組員たちが望まずとも、残念ながらあの世への船路には全員で付き合ってもらうことになる。
「(全てを呑み込む浄化の光か……だが、それがお前たちだけのモノだと思うなよ……!)」
核融合炉にでも飛び込んだのかと錯覚するほどの真っ蒼な光が視界を包み込む。
記憶が途切れる直前、サクラが最期に感じたのは自分の身体が一瞬にして蒸発する感覚であった。
エネルギーチャージ120%で発射された"ヴァルハラ"の出力は凄まじく、ハナミヅキ艦隊を消し飛ばした蒼い超極太レーザーは更に後方のルナサリアン空母機動艦隊をも呑み込まんとしていた。
「くッ……何の光!?」
「極めて高い能量反応が通過して……ず、随伴艦の反応が多数消滅しました……」
イズミ艦長が指揮する空母イワナガヒメは幸運にも難を逃れたが、高エネルギー反応が通り過ぎた後にはチリ一つ残っていなかった。
もし、自分たちがあの閃光の中にいたらと思うと背筋が寒くなってくる。
「(今の大規模な光線砲……原理的には既存の物を拡大しただけだから、地球側が実用化しても不思議ではない。しかし……)」
戦略兵器レベルの強力な攻撃を一目見ただけで原理を特定し、同時にそれを撃ち合う状況に陥る可能性を危惧するイズミ。
さすがに文明を理不尽にも吹き飛ばすほどでは無いとはいえ、火力のインフレーションはあまり良いことではない。
「艦長! ハナミヅキ艦隊との通信途絶! おそらく、先ほどの攻撃で旗艦が撃沈されたものと……」
「ハナミヅキ艦隊を一掃するつもりで放った攻撃が、過剰な火力によりこちらまで届いたというわけね」
先行して敵艦隊に砲撃戦を仕掛けていたハナミヅキ艦隊は壊滅したのか、残存戦力含めて連絡が取れなくなっていた。
ほとんど減衰すること無く自艦隊まで到達したレーザーの威力にイズミは改めて戦慄する。
「間隔を広く取った輪形陣へ移行! 密集陣形のままだと一網打尽にされるわよ!」
第2射が自分たちを狙ってきた場合に備え、彼女はすぐさま生き残った全艦艇に対し陣形変更の指示を出す。
一撃で壊滅するリスクを避けるため、ここからは散開輪形陣で艦隊戦を行う。
「はい、イワナガヒメ艦長のアサヅキです――ハッ! 我が艦隊は順調に作戦遂行中であります!」
敵の動向を注視しながら艦隊の陣形変更を見守っていたその時、艦長席備え付けの受話器がバイブレーションで着信を知らせる。
オペレーターを介さない直接電話とはすなわち重要な連絡なのだが、受話器を取り上げたイズミは予想外の通話相手の登場に思わず姿勢を正すのだった。
「……了解しました。生存者の救助と航空隊帰投を――え? 確かに、オリヒメ様のご指摘は正論ですが……はい、分かりました」
通話相手はルナサリアンの指導者にして最高司令官でもあるオリヒメ。
彼女から電話口で直接伝達された命令に一度は疑問を呈するものの、結局は押し切られてしまい不本意なカタチで承諾せざるを得ないイズミ。
「艦隊転進! 撃沈された随伴艦の生存者救助を行いつつ、航空隊の帰艦を待ってから最終防衛線まで後退する!」
受話器を戻したイズミは骨伝導ヘッドセットマイクの周波数を調整すると、渋々といった感じで指揮下の全艦艇に指示を出す。
第四防衛線を放棄し、その代わり最終防衛線の本隊と合流することで戦線維持に尽力せよ――それがオリヒメ直々の命令だった。
「この防衛線を――生存者を放棄するのですか?」
「……総司令部の指示よ。私たちは敵艦隊の囮となり、最終防衛線の本隊と合流してから一気に叩く」
当然、二個艦隊で守ってきた防衛線の放棄――ひいては要救助者の見殺しを許容するような指示内容に副長は反発するが、イズミはあくまでも"総司令部の判断"だとして意思決定は覆らないと述べる。
「航空隊の状況はどうなっている?」
「たった今、帰艦命令を出したばかりですから……最も遠くに展開している部隊だと5~6分は掛かるかと」
「報告ありがとう。それならば、こちらも最大船速で移動しながら航空隊が追い付いてくるのを待ちましょう」
今は上層部の指示の是非について議論している場合では無い。
イズミと副長は気を取り直して展開中の航空隊に関する情報共有を行い、移動と回収を同時並行で行うべきという見解で一致する。
「(やはり慣れないわね……自分よりも若い兵士たちが先に死んでいくのには……)」
それでも不服そうな表情を隠せていない副長の業務引き継ぎを見送りつつ、サクラ艦長をはじめとする自分よりも若い者たちの犠牲に心を痛めるイズミ。
「(そして命令とはいえ、私たちは生きているかもしれない味方を見捨てて後退しようとしている。これでは地獄に落ちるのも致し方無し――か)」
戦争では"必要最低限の命"は目的達成のための必要コストとして計上されている。
だが、それはあくまでも戦争という異常な状況下での例外であり、人道的観点からは如何なる理由でも許されないことであった。
一方その頃、ここはルナサリアン側の最終防衛線に展開している艦隊総旗艦ヤクサイカヅチのCDC(戦闘指揮所)。
「全く……トンデモないモノを撃ってくれたな」
そこに設置されている大型正面モニターには、腕を組みながら呆れたように首を横に振るユキヒメの姿が映っていた。
「だが、これで我々も"艦隊決戦砲"を使う大義名分ができた。力というのはより大きな力に捻じ伏せられるのが常だ」
トンデモないモノ――"ヴァルハラ"による被害は甚大だと嘆きつつも、同時に自分たちが時間を掛けて開発した"艦隊決戦砲"のアプローチは間違っていなかったと自信を覗かせるユキヒメ。
「……姉上、聞いているのか?」
「え、ええ……」
しかし、妹の話をヤクサイカヅチの艦長席に座るオリヒメはぼんやりと聞き流していた。
「スターライガの連中はじきにこの防衛線へやって来る。場合によっては私たちも出陣する必要があるだろう」
ルナサリアン側が実戦投入予定の"艦隊決戦砲"を使えば勝利は時間の問題だが、敵の戦闘宙域侵入までには間に合わない可能性が高い。
戦闘の遷移次第では自分たちの出撃も検討すべきだとユキヒメは語る。
「姉上に余計な手間を掛けさせるつもりは無いが……一応機体の準備はしておくべきだと思う」
「そうね……今のうちに着替えてこようかしら」
彼女の発言はあくまでも提案だったものの、それを二つ返事で受け入れたオリヒメはゆっくりと艦長席から立ち上がる。
「少し席を外すわ。何かあったら艦内電話で連絡をしてちょうだい」
離席中の指揮を本来の艦長であるサトノに任せ、CDCから退室していくオリヒメ。
「(あの蒼い光を見た時に感じた胸の痛み……あれは人の命が溶けていく感覚なの……?)」
通路へ出たら人の往来が無いことを確認し、胸に手を当てながら先ほどの不快な感覚を振り返る。
オリヒメ自身は特に自覚していなかったが、これもまた"覚醒"が始まる兆候だったのかもしれない。
【HEIAP(徹甲焼夷榴弾)】
スカーレット・ワルキューレ及び同型の艦砲を搭載する戦艦で運用可能な万能砲弾。
大口径主砲用(510mm4連装砲)と中口径副砲用(152mm3連装砲)が存在する。
その名の通り徹甲弾、焼夷弾、榴弾の特性を全て併せ持つ優秀な実体弾だが、製造コストが高いことから弾数が少なく、使用は艦隊戦など重要な局面に限られる。
【ザンギュラ現象】
光学兵器のような高エネルギー体が通過する時、圧力差の発生により周辺空間を引きずり込む物理現象のこと。
名称は南オリエンティアの伝承に登場する"全てを吸い込む悪食の化け物"に因んでいる。
レーザーライフル程度のエネルギー量でも僅かながら影響が生じるほか、艦砲射撃レベルになるとMFの推力でも一時的に引っ張られるという。
なお、原理は解明されていないがビーム兵器の場合はエネルギー量に関わらず発生しないらしい。




