【TLH-36】無用な殺生は戦争に非ず
一騎討ちの相手が変わってもなお、ヴァイルの戦意は衰えることを知らない。
「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
むしろ、本来の相手を取り逃がした鬱憤晴らしをするかのように攻撃は苛烈さを増していく。
「(何という攻撃力……! ホヲヅキさんはこんな相手と互角以上に渡り合っていたのね……)」
蒼いMFの試製ツインビームソードによる連撃を辛うじて切り払いつつ、同僚が戦っていた敵が想像以上に強いことに驚きを隠せない碧1。
更に恐るべきは、このレベルのMFドライバーを"蒼い悪魔"は6人も揃えているという事実だ。
「そこッ! 隙有りですわ!」
それでも碧1は"悪役令嬢"らしからぬ泥臭い健闘で粘り続け、ついにカウンター攻撃を仕掛ける唯一のチャンスを得る。
自身が間一髪のところで刺突をかわした結果、ヴァイルのオーディールM2は少なくない後隙を晒していた。
「くッ……光刃刀では光学盾を突破できない!」
このチャンスを確実にモノにするべく、光刃刀による斬撃をフルパワーで叩き込む碧1の試製オミヅヌ丁。
だが、蒼いMFが左腕のビームシールドで防いだことで攻撃は不発に終わってしまう。
ビーム同士は互いに反発し合う性質があるため、エネルギー量に余程の差が無ければ突破は難しい。
「リカバリーが遅い! これで決めるッ!」
巧みな防御技術を見せたヴァイルはすぐに態勢を立て直し、お返しと言わんばかりに試製ツインビームソードを紺色のサキモリの腹部に直撃させる。
「(まだ機体は動く……ならば、肉を切らせて骨を断つ戦法で!)」
幸いにも試製オミヅヌ丁にとって腹部はウィークポイントではなく、碧1は咄嗟に操縦桿を動かすことで蒼いMFに光刃刀を突き立てようとするが……。
「何ですって!?」
敵機の反応速度は碧1の予想を超えていた。
光刃刀が刺さる直前、蒼いMFは試製ツインビームソードを抜きながら素早く距離を取っていた。
「腹部に直撃を貰っても動くとは、しぶとい奴!」
そう言うヴァイルのオーディールも腹部に斬撃を食らった痕が残っている。
しぶとさに関してはどちらも同じぐらいだ。
「ヴァイル……いつの間にかあそこまで戦えるようになっていたのですね」
「部下の成長は大変喜ばしいことだけど、しかしな……」
同僚の見事な戦いぶりに感嘆するローゼルとは異なり、どうにも腑に落ちないといった感じを隠さないリリス。
「(一体何が彼女をあそこまで突き動かしているんだ?)」
「レーダーに反応! さっき逃げたヤツが戻って来た!」
彼女がここ最近のヴァイルの変化について考えようとしたその時、一騎討ちを静観しつつ周辺警戒も怠っていなかったアヤネルが敵機発見の報を告げる。
敵戦力の展開具合から察するに、さっき逃げたヤツ――リュウセンの試製オミヅヌ丁と見て間違い無い。
「ホヲヅキさん!? なぜ戻って来たのよ!」
「あなたを囮にして帰艦するわけにはいかないんです!」
命からがら逃がしてあげたにもかかわらず戻って来たことを碧1が強い口調で咎めると、リュウセンは珍しく毅然とした態度で"味方を見捨てることはしない"と切り返す。
「戦闘の真っ只中じゃねえか! 正気かよ!?」
もっとも、リュウセン機に相乗りしているユウキはさすがにビビっていたが……。
「イサミヅキさんを助けて……全く、本当に貴女という人は……!」
友人も同僚も可能な限り助ける――。
当たり前のことを戦場でも貫こうとする姿勢に対し、碧1は呆れながらも尊敬の念を抱く。
「蒼いモビルフォーミュラの女性……この勝負、預けましたわよ」
無理を承知で駆け付けてくれた味方の厚意を無下にはできない。
碧1はあえてヴァイルのオーディールに背中を向け、事実上の敗北を認めるのだった。
一騎討ちに限って言えば、片方が戦意喪失した時点で決着は付いたと判断できる。
「自分に都合が悪くなったら、一方的に休戦を要求するか……情けない奴!」
だが、ヴァイルは碧1の行動を"合意を得ない一方的な要求"と判断し、戦闘行為の一環として試製ツインビームソードを投擲する態勢に入る。
「やめろッ! ヴァイル!」
それを寸前で止めたのはセシルの声であった。
彼女が介入したことでヴァイルは反射的に操作を止めざるを得ず、その間に2機の試製オミヅヌ丁は離脱していってしまう。
「敵の背中に剣を向けるつもりか?」
「じゃあ、要救助者を利用した離脱を大佐は許せるのですか? それこそあなたが求める騎士道精神に反するのでは?」
戦いを放棄し背中を見せた者に剣を向けるべきではない――。
オリエンティア的騎士道に基づいた持論を述べるセシルに対し、"片方に利する第三者の介入は騎士道的では無い"と強く噛み付くヴァイル。
「ヴァイル! いくらなんでも言い過ぎですわよ!」
「……確かに、お前の指摘には一理ある」
この発言についてセシルを尊敬するローゼルはハッキリと不快感を示すが、当のセシル自身はあくまでも冷静に一定の理解を示す。
「これはあくまでも私個人の意見だが、敵のMFドライバーは無我夢中になっていただけのように見えた」
「同乗者がいるのを失念して渦中に飛び込み、味方機へ後退を促していた――というわけか」
そのうえで彼女は個人的見解として"敵機に一騎討ちを妨害する意図は感じられなかった"と述べ、それに同意するようにアヤネルも補足説明を付け加える。
「そういうことだ、ヴァイル。倒せる敵を取り逃がしたのは君自身としては不服だろうが、目の前の敵を闇雲に倒すだけが戦争ではない」
最後に直接的な上官であるリリスから厳しい叱責が飛ぶ。
「私たちは"この戦争の根源"を討つために月へ向かっている。それを忘れてはいけないよ」
「……自戒します」
リリスの諫言を受けたヴァイルはこの場では矛を収めたものの、その声音は明らかに不服そうであった。
「(ヴァイル……元々ナイーブなところがあったけど、今は随分と荒れているわね)」
そんな気まずい空気が広がる中、唯一言い争いに参加せず静聴するだけに留めていたスレイは、ヴァイルの精神面が不安定な状態であることを薄々ながら感じ取っていた。
「艦長! 空母イワナガヒメより入電! 『我ガ艦隊ノ航空隊ハ敵ノ迎撃ニヨリ被害甚大。航空攻撃ハ事実上失敗シタ』とのことです!」
一方その頃、ルナサリアン戦艦"ヤサカトメ"のCIC(戦闘指揮所)にはあまり嬉しくない報せが届いていた。
「チッ、鳴り物入りの精鋭部隊を多数投入しておいてそれかい……」
オペレーターの報告を受けたサクラ艦長は露骨な態度で失望感を示す。
イワナガヒメには純心能力者候補を擁する部隊も配備されていたはずだが、彼女らは大した戦果を挙げられなかったようだ。
「アサヅキ艦隊による航空支援には期待できません。このままでは逆に敵の航空攻撃に晒される危険があります」
「だが、砲撃戦に持ち込めばこちらの方が有利だ。進路及び速力を維持せよ」
副長の的確な助言に耳を傾けつつも、ここは砲撃戦で行くべきだと判断し現状維持を命じるサクラ。
ハナミヅキ艦隊は戦艦2隻を主軸とする水上打撃部隊であり、火力がモノを言う砲撃戦ならば優位に立つことが期待できる。
「弾幕を張れッ! 多少の攻撃なら耐えられる!」
サクラは自身が乗艦するヤサカトメと随伴艦の戦艦クズリュウを前に出し、濃密な対空砲火と重装甲を活かした陣形で着実に敵艦隊との距離を詰めていく。
「(あの航空戦艦が噂の"スカーレット・ワルキューレ"とやらか……艦長は歴戦の名将と聞くが、どんな相手だろうとここで退くわけにはいかない)」
敵艦隊の先頭に立っているのは航空戦艦スカーレット・ワルキューレ。
同艦を運用するスターライガにはかつてルナサリアンの内通者がいたこともあり、大まかな性能や艦長の戦歴はルナサリアン側にも多少は知られている。
ただ、その内通者は懐柔され二重スパイと化したため、情報提供が途絶えた現在では必ずしも最新の内容とは言えなかった。
「目標、敵艦隊旗艦! 戦力差で一気に押し流す!」
サクラは攻撃目標を地球側の戦力的・精神的中心であるワルキューレに絞り込み、戦力差を活かした"津波戦法"で真っ向から迎え撃つ。
「敵旗艦は正面から突撃してくるようです。戦力が劣っている状態での采配としては奇妙だと思いませんか?」
「それは航空支援との連携を想定しているからだろう! 砲撃戦用意!」
今になって思えば、この時の副長の指摘をサクラはもっと深刻に受け止めるべきだったのかもしれない。
ルナサリアン艦隊の航空攻撃を辛うじて退けた地球艦隊は、スカーレット・ワルキューレを旗艦とするオリエント・プライベーター同盟(O.P.A)を先頭に進軍を続けていく。
「敵戦艦部隊、本艦隊の針路を塞ぐように展開!」
オペレーターのキョウカの報告と共にCICの全天周囲スクリーンが一部切り替わり、別ウィンドウの映像として接近中の敵艦隊が映し出される。
「艦長、あの布陣の隙間を強引に抜けるのは不可能です」
操舵席の専用マルチディスプレイで映像及び周辺状況を確認したラウラは、艦長のミッコに対し強行突破は不可能だと告げる。
「ええ、あれではまるで壁ね……オリヴィア、迂回できるルートがあるかシミュレートしてちょうだい」
それについてはミッコも全面的に同意し、打開策を練るために必要な艦隊運動シミュレーションをレーダー管制官のオリヴィアに依頼する。
「――算出できました。ルートは数パターンありますが、いずれも大回りで艦隊運動を読まれる可能性が高いです」
「ふむ……正面突破も迂回も厳しいか」
すぐに作業に取り掛かったオリヴィアからシミュレーション結果を転送してもらい、専用タブレット端末に目を落としながら唸るミッコ。
正面突破を図れば集中砲火に晒され、かと言って迂回を試みてもルートを読まれ手を打たれるだろう。
「(また航空隊に負担を掛けるわね……しかも、その奇跡的な航空支援を以っても確実に突破できる保証は無い)」
頼みの綱はやはり航空隊だが、おそらく本土決戦でも必要となる彼女らをこれ以上消耗させるのは好ましくない。
やはり、エアカバーを受けながら進路を切り拓くしかなさそうであった。
「艦長さん、まだウチらには使ってない武装があるで?」
スカーレット・ワルキューレのブリッジクルーたちが腹を据えようとしていたその時、主任火器管制官のアルフェッタが意見具申を行う。
「艦隊決戦砲のことか? 私はあれを使うべき状況だとは思わない」
「誰もお前さんには聞いてへんわ!」
それに反応したのはミッコ艦長ではなくラウラだったが、当然ながらアルフェッタは"お前に意見は求めていない"と辛辣なツッコミを入れる。
「艦隊決戦砲?」
「大気圏を離脱した後、一旦コロニーに寄ったやろ? あん時に受領した装備や」
「その名の通り、艦隊戦において一撃で決着を付けるほどの――あるいはそれ以上にオーバースペックかもしれない武装です」
オブザーバーとして艦長席の隣に座っているヨルハが素朴な疑問を浮かべると、アルフェッタとラウラは二人揃って艦隊決戦砲の説明を始める。
こういう時に限って息が合う辺り、性格の違いなどを除けば本当は仲が良いのだろう。
「……必要最低限を除く全エネルギーを"ヴァルハラ"に回せ!」
ラウラが指摘しているように、艦隊決戦砲"ヴァルハラ"は艦隊戦を想定した強力過ぎる武装――。
過剰なまでの火力を使うか否かはミッコの判断に委ねられていたが、彼女の答えは既に決まっていたようだ。
「ヴァルハラ――ワルキューレによって選別された戦士の魂が集められる神殿ですね」
地球での亡命生活が非常に長かったためか、意外にもヨルハは北欧神話のことをそれなりに知っているらしい。
北欧神話においてワルキューレとヴァルハラは密接な関係にある。
「できれば対人戦では使いたくなかったけど……仕方ない! 敵艦隊の中央だけを狙って抉じ開ける!」
歴戦の艦長であるミッコと言えど、攻撃対象をチリ一つ残さず消滅させ得る武装の使用にはさすがに躊躇いを見せる。
しかし、彼女は"攻撃範囲を絞った一点集中"という条件付きで発射に踏み切るのだった。
【オリエンティア的騎士道】
近代まで騎士という存在が身近だったオリエント圏では、当然ながらヨーロッパとは異なる独自の騎士道精神が発達した。
共通する考え方が多数見られる一方、文化圏の違いなどによる差異も決して少なくない。
分かりやすい例えとして「ヨーロッパ的騎士道と日本的武士道の中間」と云われることもある。
騎士の末裔とされるアリアンロッド家においては、オリエンティア的騎士道が家訓のベースとなっている。




