【TLH-34】青よりも碧い蒼(中編)
高性能な少数量産機である試製オミヅヌ丁を与えられた"一定の条件"を満たす部隊ということもあり、碧部隊はルナサリアンの中では練度が高い方とされている。
にもかかわらず、"蒼い悪魔"との交戦で呆気無く貴重な人材と機材を失ってしまった。
「(碧3が一瞬で撃墜された? 決して弱くはなかった彼女が……?)」
「集中力を切らすな、碧1! ここは蒼部隊を利用して混戦状態を作るべきだ!」
これまで感じたことが無い危機感に動揺している隊長を一喝し、碧2はこの状況を脱するには蒼部隊との連携が必要だと意見具申を行う。
「……その提案は却下します。あの人たちに助けられるほど落ちぶれては――」
だが、蒼部隊を率いるリュウセンを嫌う碧1は素直に受け入れることができず、変に意地を張ってその助言を退ける。
「そんなワガママ言ってる場合かッ! こいつらは使えるモノを全て使わなければ――くッ、何だ!?」
碧2の怒りは至極当然だが、そんな彼女を後方からの攻撃が襲う。
「悪いけど狙い撃たせてもらう!」
正確無比な攻撃の正体はアヤネルのオーディールM2(SG-BOOSTER装備)の精密射撃だった。
「選抜射手め! くそッ、この私が直撃を受けて――!」
蒼い可変型MFのレーザーライフルによる牽制射撃でバランスを崩した碧2は機体を立て直そうとするが、そこに青い電流を纏った砲弾が襲い掛かる。
この砲弾を使用するMF用レールランチャー"EC-X718 ライデン"は一撃の威力が高く、紺色のサキモリは文字通りバラバラに砕け散っていた。
「ッ……!」
孤立無援となった碧1はここでようやく自らの判断ミスを激しく後悔する。
初めから蒼部隊と協力していれば無用な犠牲を出さずに済んだかもしれないのに、個人的な感情により取り返しの付かない事態を招いてしまった。
自責の念から戦意が萎えていくのが自分自身で感じ取れるほどに……。
「私とゲイル3で1機ずつか。あとはゲイル2が敵隊長機を撃墜すれば均等になるな」
敵部隊はもう終わりだと判断したセシルは撃墜スコアを均等に割り振るため、まだトドメを刺せていないスレイに敵隊長機の始末を任せる。
「こっちでも援護してやるとはいえ、お前の相手は隊長機だ。あまり気を抜くなよ」
「分かってる! スピードで分があるなら、一撃離脱で翻弄してから……!」
戦果を挙げるチャンスを譲られたスレイは僚機アヤネルの援護を受けつつ一撃離脱戦法を展開。
碧1の試製オミヅヌ丁を徹底的に追い詰め、得意のミサイル攻撃で確実に仕留め切れる状況を作っていく。
「今だ! ゲイル2、シュートッ!」
撃ち漏らし対策も含む準備は全て整った。
紺色のサキモリを完全にロックオンすると、スレイのオーディールM2は10発以上のマイクロミサイルを一斉に放つのであった。
「(回避運動! いや、間に合わない!)」
碧1は咄嗟にチャフとフレアを散布しつつ回避運動を行うが、全弾をかわし切ることはできず目を瞑る。
「うッ……!」
次の瞬間、横方向の鈍い衝撃が碧1の身体を激しく揺さ振る。
しかし、これはマイクロミサイルの着弾によるショックとは違う。
「大丈夫ですか!?」
「貴女は……!」
彼女が恐る恐る目を開けると、そこには自身の乗機と同型のサキモリ――リュウセンの試製オミヅヌ丁の姿があった。
この状況を整理する限り、間一髪のところで射線上に割って入ったリュウセンが助けてくれたらしい。
「早く機体を立て直してッ!」
「な、なぜ私を助けたのです? 援護を要請した覚えは……」
リュウセンの指示に従い碧1はすぐに機体を立て直すが、落ち着きを取り戻した彼女は取り乱しながらも強がる姿勢を崩さない。
実力に関しては優秀とされているだけに、こういった素直でない部分――精神面の未熟さが悔やまれる。
「――ってて」
「はい?」
無線の調子が悪いのかリュウセンの言葉を聞き取れず、怪訝な顔をしながら不明瞭な返事で応答する碧1。
「少し黙ってろって言ってるんだよッ! 敵は明らかにあなたを狙っている!」
「!?」
その直後、通信感度が回復した状態で聞こえてきたのはリュウセンの怒号。
これには"悪役令嬢"感のある碧1も驚きのあまり声が出なかった。
「さっきからあたしにしつこく纏わりついてくる人だ……せめて一矢ぐらい報いることができれば!」
固定式機関砲で残りのマイクロミサイルを撃ち落としたリュウセンは武装を持ち替え、しつこく纏わりついてくる人――ヴァイルのオーディールM2との戦いに戻るのだった。
互いに迷うこと無くヘッドオン勝負に挑む紺色のサキモリと蒼いMF。
「真っ向勝負とでも言うのか……!」
ルナサリアン標準装備のカタナを握り締めるリュウセンの試製オミヅヌ丁はレーザーを光学盾で防ぎつつ、カウンター攻撃のチャンスを窺う。
「ええい!」
カタナの刀身が太陽光を反射し鈍い銀色に光るが、紺色のサキモリのすれ違いざまの一閃は不発に終わる。
「そこだッ!」
もちろん、一度攻撃を外した程度で諦めていてはエイシなど務まらない。
リュウセンは例の"集中力"を再び発揮し、蒼いMFが接近して来るタイミングを見計らいカタナを投擲する。
「(カタナを投げた!? ホヲヅキ家の人とあろう者が……!)」
エイシにとってカタナは命と同じぐらい大切な、各個人の装備品として配備される特別な武器。
それを使い捨て感覚で扱うなど、碧1でなくても良い顔はしないだろう。
リュウセンのような良家出身者の行動ならば尚更だ。
「くそッ、ダメもとの投擲がクリーンヒットするなんて……!」
しかし、手癖が悪いと捉えられかねない投擲攻撃だが、この場合は最適解だったのかもしれない。
横回転しながら飛んでいった銀色の剣はヴァイルのオーディールに直撃し、蒼いMFの増加装甲に亀裂を刻み込んでいた。
「ブフェーラ3、増加装甲の損傷はどうだ? 程度によってはパージする必要があるかもしれない」
「ダメージは軽微ですが一部が外れかかってます。他の部位への悪影響を防ぐためパージします」
リリスから状況報告を求められ、自機のダメージとその対策について説明するヴァイル。
彼女は隊長の助言に従い、損傷が酷い増加装甲の一部を切り離す。
単純に防御力を発揮できないだけでなく、外れかかったパーツの干渉による損傷拡大を避けるための措置だ。
「君が戦っている相手は想像以上に手強いかもしれない。注意して戦ってくれ」
「こちらの敵機を撃破したらすぐに加勢いたしますわ」
蒼部隊の他2機を相手取っているリリスとローゼルの援護はアテにできない。
「了解」
増加装甲を一部パージしつつ、ヴァイルはドッグファイトの仕切り直しを図る。
「(さっきのはまぐれ当たりに決まってる! 実力も機体性能もこっちの方が上だって教えてやる!)」
これまでの戦いを通して鍛え上げられた技術に、それを活かせる最新鋭の高性能機――。
良い環境を与えられているヴァイルに負けは許されなかった。
「(相手は中距離が得意と見た。ということは、それ以外の間合いで勝負を仕掛けるべきだな)」
ここまでの戦闘からヴァイルは相手の得意距離を見極め、そこに踏み入らない戦い方を重視する。
「ブフェーラ3、シュート!」
まずは射程距離が長いマイクロミサイルで牽制し、敵機の回避運動を封じる。
これで勝負を決めることは難しいが、"本命"の命中率を高める方法としては効果的だ。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
続けてヴァイルのオーディールはレーザーライフルを連射。
今度は直撃を狙うつもりで激しい攻撃へ移る。
「くッ……!」
射撃攻撃のラッシュに手も足も出せず、回避に徹して凌ぐしかないリュウセンの試製オミヅヌ丁。
「(強いけど、あたしと同じぐらい若いみたいだ)」
だが、防戦一方の展開でもリュウセンは蒼いMFに対する分析を忘れていなかった。
相手に関する情報が何も無いにもかかわらず、彼女は戦い方を観察しただけで二つの特徴に気付いた。
「(勝てるかもしれない……!)」
特に重要なのは後者の特徴であり、経験値にはハンデが無いと感じたことでリュウセンは僅かながら勝算を見い出す。
「当たれ! 当たれぇ!」
蒼いMFの連続攻撃が途切れたタイミングを見逃さず、今度はリュウセンの試製オミヅヌ丁が改良型光線銃で反撃に転じる。
「動きが変わった……? こいつ、いい加減に落ちろよッ!」
弾切れになったレーザーライフルを投棄し、人型のノーマル形態による格闘戦を仕掛けるヴァイル。
「こっちも負けられないんだッ!」
それに反応して武装を改良型光刃刀へ持ち替え、技量差が如実に表れる剣戟に備えるリュウセン。
両者の実力は拮抗しており、やはり撃ち合いだけでは決着が付かなかった。
「新武装のパワーで一気に押し切ってやる!」
ヴァイルのオーディールが振り回しているのは、データ収集を条件に供与された試製ツインビームソード。
これはオーディール用のビームソードを2基連結した装備であり、通常のビームソードよりも高い出力と応用性を持つ。
ただし、試作武装ゆえに分離機能が無く、使いこなすには一定の技量を求められるのが欠点だ。
「(柄の両方から光刃を出力しているのか……だったら!)」
改良型光刃刀に打ち勝つパワーと隙を見せない堅い守りにリュウセンは手こずるが、ここで彼女は本日3度目となる"集中力"を発揮し始める。
「二刀流でぇッ!」
紺色のサキモリは右手の光刃刀で試製ツインビームソードを辛うじて受け止めると、空いている左手で予備の光刃刀をすかさず抜刀。
目にも留まらぬ速さで左手の光刃刀の先端部を蒼いMFの腹部に当ててみせた。
「掠った!? いや、やられたのは外装だけだ!」
予想外の反撃を受けたことでヴァイルは堪らず後退し、追撃を切り払いながら機体の損傷状態を確認する。
幸いにも間合いが若干離れていたことで直撃は免れ、ダメージは腹部の外装に切り傷ができる程度で済んでいた。
とはいえ、仮に生身の人間だったら腸が飛び出していそうな壊れ方ではあった。
「地球人がこんな所まで来て何になるんだ! あたしたちだって好きで戦ってるわけじゃないんだ……全滅する前に引き返してよ!」
今度はリュウセンが一転攻勢に打って出る番だ。
彼女の試製オミヅヌ丁は二刀流スタイルの強みである連続攻撃で一気に畳み掛けようとする。
「先に侵略戦争を仕掛けてきたのはそっちのくせに! お前たちのせいで大勢の地球人が死んだんだぞ!」
対するヴァイルのオーディールは試製ツインビームソードで斬撃を悉く切り払い、僅かな隙を突くように鋭い刺突を繰り返す。
「それに誰が好き好んで戦争なんてするか! 戦うためにこんな所まで来たくなかったのは私も同じだ!」
まともな人間なら戦争など望まない。
そして、願わくば戦争以外の目的で遠い宇宙を訪れたかった――。
戦争が起こらなければ宇宙飛行士を目指していたヴァイルの偽らざる本音だった。
「私たちは月へ行って戦争を終わらせないといけないんだ! 邪魔をするなら容赦しない!」
年齢的には同世代とはいえ、潜ってきた死線の数が異なるヴァイルの方が実力では勝るようだ。
蒼いMFの巧みなカウンターに斬撃を弾かれ、その反動を受け流し切れなかった試製オミヅヌ丁は姿勢を乱してしまう。
「先に探査機を送り込んで、領土侵犯をしたのは地球の方でしょ! あれは"月の資源盗掘の準備だった"って判明しているんだ!」
格闘戦では致命的と言える隙を晒しながらもリュウセンは何とか体勢を立て直し、戦争の発端は地球側の責任だと強く非難する。
「そういう物言いは侵略者の常套手段だな……!」
それを聞かされたヴァイルは表向きこそ平静を装っていたものの、内心では少しばかり違和感を抱いていた。
「(170年ぶりの月面着陸を目指し地球側が探査機を送り込んだのは事実。でも、それはあくまでも"月面探査"が目的とされていた)」
今から約8か月前、170年ぶりとなる月面探査プロジェクト"ムーントリップ計画"のために有人宇宙船が月へ向かい、着陸直後にルナサリアンの迎撃を受け全乗組員が殺害された悲劇は記憶に新しい。
無論、この計画は約130年ぶりに空間断層が安定化した月の調査が目的であり、軍事的な意図は優先されていなかったはずだ。
この手の話題に陰謀論が付きまとうのは仕方の無いことだが、ヴァイルを含む大多数の地球人はNASA(アメリカ航空宇宙局)の発表を事実として受け止めていた。
「(意図的か否かは分からないが、月では事実が捻じ曲げられ地球侵攻の大義名分としてプロパガンダに使われたのか)」
しかし、ルナサリアンは有人宇宙船の出現を領土侵犯と定義し、これを地球側の侵略行為だと捉えたらしい。
ここで重要なのはプロパガンダの一環として"事実の脚色"が行われたか否かだ。
もし、誰かが何かしらの目的のために事実を書き換えているとしたら……。
【Tips】
ムーントリップ計画は日米主導で進められ、NASAがオペレーションを担当した。
一方、オリエント連邦は他の列強諸国とは別に月面探査プロジェクトを計画していたが、こちらは開戦に伴い凍結されている。




