【TLH-28】挟撃
先遣艦隊の奮闘と強力な航空支援が相乗効果を発揮した結果、ついにルナサリアン艦隊の包囲網に大きな穴が生じる。
「敵艦隊の包囲網、突破しつつあります!」
「犠牲は少なくなかった。撃沈された艦から脱出した者たちの救助は難しそうだな」
「彼らを見捨てるつもりはありませんが……敵艦隊が健在な中での救助活動は自殺行為です」
オペレーターの報告を聞きつつ、主力艦の盾となって落伍していった随伴艦の犠牲に胸を痛めるバッセル大将と副長。
「後続艦が可能な限り救助してくれることに期待しましょう」
厄介なのは副長が指摘しているように、撃沈された艦の乗組員の救助が極めて困難なことだ。
退艦しても味方艦が確実に拾ってくれるとは限らないと分かった場合、将兵たちの士気に悪影響を及ぼす可能性は否定できない。
「艦長、敵艦隊旗艦が本艦に対し映像通信を求めています。要請に応じますか?」
そして、更に頭を悩ませる事実がオペレーターから告げられる。
先遣艦隊の突破を許した敵艦隊旗艦――戦艦シタハルが通信による対話を要求しているという。
「罠の可能性も考えられます。ここは慎重に判断すべきかと」
「うむ……回線を開きたまえ。東洋には"彼を知り己を知れば百戦殆からず"という言葉があるからな」
これを訝しんだ副長は慎重論を唱えるが、その意見具申を退けたバッセルは大胆にも要請に応じる意向を示すのだった。
「アヤヤヤヤ、イーフ-オリエンティア-チッガ-トチ-ココラガ-ドトウ-オノコシ!(いやはや、まさかオリエント連邦以外の国にこれほどの名将が残っていたとはなぁ!)」
航空戦艦アイオワのCIC(戦闘指揮所)の正面モニターに映し出されたのは、随分と上機嫌な様子で喜ぶルナサリアンの女性将官――ミネの姿。
母国語であるルナサリア語で喋っているため、残念ながら地球人の大半は内容を理解できない。
「ミア-イクルー-ドーロスタ-ヨコモレ-アクウ-ナン……ダンケ、ディイツ-キーク-イエ!(オレ様は勝者の行く手を阻むほど悪趣味では無い……だが、これだけは覚えておけ!)」
そんなことなど御構い無しに称賛の言葉で捲し立てたかと思いきや、突然冷静になって忠告を突き付け始めるミネ。
「ジイ-ルナサ-ユックゾ-オモンナ-ノウ! ディ-サキポ-ノミソ-ハゴ-キックソ!(そう簡単に祖国へ近付けると思うなよ! ここから先はせいぜい頭上と背中に気を付けることだ!)」
自分の艦隊は後れを取ったが、それが防衛線の瓦解を意味しているわけではない――。
そう言い残すとミネは一方的に映像通信を終えてしまう。
「か、回線途絶しました……」
「変な女だったな……」
敵将の不可解な行動を全く理解することができず、互いに顔を見合わせながら首を傾げるオペレーターと副長。
「(同じ船乗りだからこそ分かる……奴の戦艦と本気で撃ち合っていたら、こちらが負けていたかもしれん)」
他方、バッセルはミネの言動を誰よりも真剣に受け止めており、今回は作戦内容の関係で真っ向勝負とならなかったことに内心安堵していた。
「艦長?」
「人を見かけで判断するモノじゃない。あの女の艦隊指揮でどれほどの味方艦が沈められたと思っている?」
「ハッ、以後気を付けます」
ハイテンションの裏に隠された敵将の能力を把握できていない副長の浅はかさを咎めつつ、艦長席に深く座り込むバッセル。
「た、対空レーダーに反応あり! 敵航空機多数接近中!」
「機動艦隊が潜んでいたか……くそッ、戦艦部隊と挟み撃ちにされるぞ!」
しかしその直後、レーダー操作員から敵襲の報告を受けたバッセルは堪らず立ち上がり、全天周囲スクリーンを眺めながら歯を食いしばる。
「(陣形が崩れたのは想定外だとしても、そこから臨機応変に戦術を切り替えてくるとは……!)」
大胆さと冷静さを併せ持つ、敵に回したら極めて厄介な相手――。
バッセルがミネに対して抱いた印象は全く間違っていなかったのだ。
その頃、艦隊の最後方に位置しているオリエント・プライベーター同盟(O.P.A)の各艦はルナサリアン戦艦部隊の追撃に晒されていた。
「おい! 先遣艦隊が撃ち漏らした敵艦隊に回り込まれてるじゃねえかよ!」
「そりゃそうだ! 最低限の敵艦しか沈めてないからな!」
仕方ないとはいえ先遣艦隊(多国籍艦隊)の不始末に悪態を吐きつつ、マリンとヤンはそれぞれの部下たちと共にO.P.A艦隊の直掩に就く。
「戦艦に追い掛けられるなんて生きた心地がしないんだけど!」
「でも、後ろの連中を相手取っている余裕は無い。私たちは死ぬ気で前に進み続けるしかないぞ」
背後から戦艦部隊に狙われる状況にショウコは嘆きの声を上げるが、かと言って余計な戦闘回数を重ねることはできないとナスルは指摘する。
「くそッ、艦砲射撃が掠めていきやがった! ふざけやがって!」
「母艦からの報告によると、前方にも敵機動艦隊が現れたそうです。このままじゃ挟み撃ちになりますぜ」
だが、そんな事情など知ったことでは無い戦艦部隊は艦砲射撃を実施し、複数本の蒼い極太レーザーがナイナやシンドルたちの近くを掠めていく。
「艦隊の速力を下げることは避けたい。しかし、敵艦隊の方がわずかに足が速いこともまた事実――か」
「……ボクに良い考えがある。ワントライでいいから試してみたいんだが」
このままでは袋小路となる可能性に頭を悩ませるヤンに対し、現状打開のためにどうしても試してみたいことがあると提案するマリン。
「それはあたしに決められることじゃない。艦隊全体の指揮を執っているのはサビーヌ大将だし、O.P.Aの指揮権はレガリアさんとミッコさんに委任されている」
ヤンは自身が創設したトムキャッターズの代表を務めているものの、逆に言えばその枠を超越した権限は持ち合わせていない。
たとえマリンが革新的なアイデアを思い付いたとしても、共同戦線を張っている以上は他と歩調を合わせることが求められるだろう。
「ま、あたし個人としてはお前の"良い考え"とやらに興味があるがな」
もっとも、ヤン自身はここぞという場面で思い切りが良いマリンを気に入っており、初めから彼女の"良い考え"を後押しするつもりであった。
「ローリエ! フライトデッキに"シュペルクリーク"を準備させてくれ!」
マリンは早速自身の母艦レヴァリエと通信回線を開き、恋人兼艦長代理のローリエに"シュペルクリーク"なる装備の準備を要請する。
「あなたの考えは分からないけど、私はここが使い所だとは思えないわ」
「御託はいいから頼む! お前の不満はボクが結果で黙らせてやるからよぉ!」
今はその必要性を感じないとしてローリエは否定的な反応を示すが、リーダー権限と口説き文句で何とか要求を押し通してみせるマリン。
「――そういうわけだから、あんたには準備が済むまでの時間稼ぎを任せるぜ」
「どのくらい掛けるつもりだ? 返答次第では拒否するかもしれん」
そそくさと通信を終えた彼女は続いてヤンに話を振り、単刀直入に"シュペルクリーク"を準備するまでの時間稼ぎを頼み込む。
ただ、ヤンの方は条件次第だと珍しく予防線を張っている。
「親分! 私たちが頼りないと言うのですか!?」
「バッカ野郎、お前らもアテにしてるから援護を任せるんだよ! いわゆる適材適所ってヤツだ!」
共闘中とはいえ部外者へ仕事を任せたことに反発するマリータら子分たちを諭しつつ、マリンは装備受け取りのため一旦レヴァリエまで戻っていく。
「シンドル、お前は他の連中を率いてケット・シーの直掩に徹しろ。時間稼ぎはあたし一人でやる」
「了解。ったく、姐さんもマリンのワガママに振り回されて大変っすね」
一方、最も面倒な役割を押し付けられたヤンも部下のシンドルに別命を与え、同業者のワガママに付き合ってやることを決める。
「私たちもフリエータの守りに集中しよう。ヤンさんに付いていっても足を引っ張りそうだしな」
「認めたくないけど……ボクたちの実力差を考えると仕方ないよね」
特に指示を受けなかったナスルとショウコはいつも通り自己判断で動き、自分たちの母艦トリアシュル・フリエータの直掩を続行するのだった。
「(さてと、アイツのために何ができるかな……)」
愛機ハイパートムキャット・カスタム(S-1装備)をフルスロットルで飛ばしつつ、どうやって時間稼ぎを行うべきか考えを巡らせるヤン。
「(艦隊からあまり離れ過ぎるとあたしが帰れなくなっちまう。こんな所で漂流だけは勘弁したいところだ)」
ハイパートムキャット自体は極端に稼働時間が短いわけではなく、ヤンの省燃費操縦技術と合わせれば平均以上の航続距離は稼ぐことができる。
ただし、敵艦隊を攻撃する場合は味方艦隊と逆方向へ移動する必要があるため、実際の時間制限はかなり厳しいモノとなるだろう。
「(しかし、敵艦はいずれもバリアフィールドを装備している。生半可な攻撃は通用しない)」
更に厄介なのはルナサリアンの戦闘艦が標準装備しているバリアフィールド"ショウマキョウ"の存在だ。
これは対レーザー用のバリアフィールドなのでS-1装備時の最強武装となるレーザーキャノンが有効打とならず、迎撃されやすい実体弾射撃武器による攻撃を事実強要されることを意味する。
仮に迎撃されず直撃弾を与えたとしても、戦艦の重装甲を貫けるかは不確実だと断言できる。
「(そもそも、マリンのヤツと連携しなければならんわけだ。アイツがダメージディーラーだとするならば、自ずとあたしがやるべきことも決まってくる)」
そして何より、今回ヤンが時間稼ぎを引き受けたのはマリンの"良い考え"を実現させるためだ。
あくまでも本命はマリンのスーペルストレーガの一撃であり、ヤンに求められているのはその御膳立てでしかない。
「マリン、攻撃目標は敵艦隊旗艦に設定する! お前もそれに合わせろよ!」
「大物狙いか……面白れぇ! いいぜ、その案乗った!」
限られた攻撃チャンスで敵艦隊旗艦を狙うというヤンの提案を二つ返事で承諾し、それはそれは嬉しそうな声を上げるマリン。
「予想される所要時間は!?」
「初めて使う物干し竿だからな……2分ぐらいは掛かるかもしれねえ」
「もっと縮める努力をしろ! こっちだってあまり余裕は無い!」
同業者から返ってきた悠長な答えを一喝すると、ヤンは本格的に対艦戦闘の態勢へ移行し始めるのであった。
「くそッ、勝手が分からなきゃタイムを縮めようがねえんだよ」
そう文句を垂れ流しながら通信を終了しつつ、マリンは母艦レヴァリエの甲板上に搬出されている試製対艦用超大型レーザーバスターランチャー"シュペルクリーク"の準備に取り掛かる。
「エネルギー供給用ケーブルの長さは3200mです。限界に達するとロック機構が作動し、それ以上は伸びなくなります」
「格納庫内が始点になっていることを考慮すると、実質的な長さは3000mと言ったところか」
自身の専属チーフエンジニアであるシュド・カラベルから無線で説明を受け、その情報を基に射程距離の予想値を素早く計算するマリン。
「"シュペルクリーク"はMFとのジェネレーター直結による運用にも対応しています。スーペルストレーガからのエネルギー供給も合わせて最大出力で発射すれば、戦艦のバリアフィールドを容易に貫通できるはずです」
シュド曰く莫大なエネルギー量を必要とする"シュペルクリーク"は内蔵大容量キャパシタ及び母艦からのエネルギー供給による稼働を前提としているが、追加手順を踏めばこれにMFのエネルギーをプラスすることもできるという。
その場合の攻撃力は戦艦のような大型艦相手でも十分通用するらしい。
「ただし、最大出力で安全に発射できるのは1回だけです。シュペルクリーク本体はともかく、現状ではケーブルの耐久性に難があるので……」
同時にケーブルの耐久性の問題から最大出力での運用は1回しかできないとシュドは説明を付け加える。
「なーに、どちらにせよチャンスは1回限りなんだ。耐久性が確保されていたところで変わんねえだろ」
それを聞いたマリンは"元々1回で決めるつもりなので関係無い"と笑い飛ばすと、ケーブルの状態に注意しながら超巨大な得物を装備し始める。
超大型レーザーバスターランチャーを携えたスーペルストレーガの姿はまさに機動砲台だ。
「そうそう、念には念を入れておきたい。ボクの合図で艦尾側による艦砲射撃を頼む。正確に狙う必要は無いが、女の尻を追っかけ回すと痛い目を見るって教えてやらないとな」
再出撃前に彼女はもう一度レヴァリエのCICへ通信を繋ぎ、逃げ撃ちという名の援護射撃を頼むのだった。
【Tips】
ルナサリアンの侵攻から約半年ほど経過したこともあり、月の言葉(ルナサリア語)に関する研究は着実に進んでいる。
系統的に近いとされるオリエント語を参考にした語学勉強法も考案され、オリエント連邦では将来的な国交樹立を目指し希望者向けの語学講座を開催している。
これらに亡命希望者や潜伏ルナサリアンが貢献していることはあまり知られていない。




