【BOG-30】翼の団結
「捉えた! 仕掛けてやる!」
右手首に内蔵されたビームソードを抜刀し、近くのツクヨミへ素早く斬りかかるリリスのオーディール。
だが、彼女の鋭い一閃は相手の巧みなディフェンスによって遮られ、鍔迫り合いの末に両者は一旦後退する。
「てやッ!」
少し下がった後すぐに再攻撃を仕掛けると、今度はツクヨミの左腕を肩から斬り落とすことができた。
反撃を避けるため右方向へローリングしながら離脱した直後、別方向からの機銃掃射によって白いサキモリは蜂の巣にされていく。
「カナダ軍の戦闘機か? 私じゃなかったら巻き添えだったぞ!」
墜ちていく敵機を見やりながら右手を挙げて抗議するリリス。
「すまない、俺かもしれん! レティクルへ捉えたから反射的にトリガーを引いちまった!」
どのCEF-18かは把握できないが、とりあえず謝っているパイロットがいることは分かった。
「……まあいいや、今の撃墜はあんたのスコアとして報告しなさい」
「いや、ゲイル隊との共同撃墜だよ。俺の撃墜数に小数点が付いちまうがな」
ふと周囲を見渡すと、リリス機へ向かってロックウィングで答えるCEF-18の姿を確認できた。
おそらく、あの機体のパイロットがフレンドリーファイア未遂を起こした男なのだろう。
「(私はゲイル隊じゃないんだけどなぁ……)」
心の中でそう訂正しつつ、リリスはセシルと共に次の敵機を探し求めるのだった。
一方、僚機から少し離れた位置で戦っているアヤネルは、敵機に追い掛けられるカナダ軍のスパイラルを助けようとしていた。
「ゲイル隊か!? 後ろの敵を追い払ってくれ! 今までの奴とは動きが全く違う!」
制空迷彩のスパイラルは機体を左右に振って逃れようとするが、運動性が高いツクヨミはその動きにしっかり追従してくる。
このままではいずれ叩き落とされてしまうだろう。
「Escape in a cloud!(雲の中に逃げ込め!)」
状況を見かねたアヤネルはカナダ軍機に対し低空へ逃げるよう促す。
そこまで流暢でない彼女の英語は何とか伝わったらしく、スパイラルは果敢にも雪雲の中へ突っ込んで行く。
当然、恐怖心を持たないバイオロイドが駆るツクヨミも獲物を追い掛ける。
「(あのツクヨミは敵機を上へ追い込むタイプと見た。たぶん、どこかのタイミングで雲の上に出てくるはずだ)」
敵機が再び姿を現すタイミングを計るため、HIS上の擬似スコープ越しに青空を見据えるアヤネル。
その直後、彼女の予想通り灰色のMFと白いサキモリがほぼ同時に雲の中から飛び出してきた。
「もらった! ゲイル3、ファイア!」
絶好のタイミングでアヤネルが操縦桿のトリガーを引く。
レーザーライフルから放たれる蒼い光線は敵機へ命中――せず、ギリギリのところで回避され光を失っていく。
有効射程を超えたレーザーは急速にエネルギーが減衰し、最終的には消滅してしまうからである。
「チッ……こっちに狙いを変えてきたか」
残弾を撃ち切るついでに2発ほど射撃を行うが、さすがにヘッドオンの状況で当てることはできなかった。
今はレーザーライフルのリロード時間さえ惜しい。
ライフルを股間部――ファイター形態時に機体下面となるハードポイントへ戻し、右手首からビームソードを抜刀する。
互いに格闘武器を構え、相対速度約1400km/hで交錯する蒼と白の機影。
2度に亘る短い切り結びの末、アヤネルが駆るオーディールMは一気に高度を上げる。
最初は雲の中へ逃れようと考えたが、愛機が蒼色であるためむしろ逆効果だと思い直したのだ。
雪雲の上に広がるのは、雲一つ無い北アメリカ大陸の青空。
オーディール系列機の蒼色はこういった環境において一定のカモフラージュ効果を発揮する。
「ゲイル3、そちらへ新たな敵機が向かっている! 注意しろ!」
「やれやれ、美人も楽じゃないな」
セシルからの通信を受けてレーダーディスプレイを見やると、確かに敵機を示す赤い光点が1つ増えていた。
目視でも遠方を飛び回るツクヨミらしき機影が確認できる。
「さてと……狙い撃ってやる!」
この合間にレーザーライフルのリロードを終え、アヤネルは再び擬似スコープを覗き込む。
敵機はこちらのことを警戒しているのか、あまり積極的に距離を詰めようとはしない。
射撃を得意とするアヤネルからすれば、相手が自ら間合いを維持してくれる状況は大歓迎だ。
トリガーを引くタイミングを彼女は待ち続ける。
「!? ゲイル3、ファイアッ!」
敵機影が蒼く光った瞬間、反射的に右手の人差し指が動く。
銃には銃を――どうやら、バイオロイドもまた攻撃の機会を窺っていたらしい。
相手の光線が真横を掠める一方、オーディールMのライフルから放たれたレーザーはツクヨミの胴体を貫いていた。
「(命中したか! でも、もう一発当てなければ!)」
人体なら一撃必殺の急所になり得る胴体だが、MFの場合は攻撃しても決定打にはならないことがある。
殆どの機体はコックピット真下を電子機器及び変形機構のスペースに割り当てており、損傷=撃墜に繋がるほど重要ではないためだ。
電子機器がイカれてもフォールトトレラント設計が適切なら一応動くし、変形機構が壊れたのなら使わなければいい。
その点ではサキモリもMFと共通の設計思想を持っているようだった。
「(これで決めさせてもらう!)」
縦横無尽な回避運動を見せるツクヨミを目で追いながら、深呼吸を行い集中力を高めるアヤネル。
白い機体をHIS上のレティクルが一生懸命追い掛けている。
そして、二つが重なるタイミングで右操縦桿のトリガーを引く。
今度の攻撃が命中したのは敵機の左脚であった。
「(まあ、この距離ならこんなモノかな)」
やはり直撃とは言い難いが、片脚を失うことによる推力及び姿勢制御能力の低下は全くシャレにならない。
手負いの状態で食べ残しておけば、後は誰かが処理してくれるのを願うばかりだ。
アヤネルがトドメを刺せないのには、ちゃんとした理由がある。
「ふむ……もうそろそろ潮時か」
コックピット内の補助計器盤に取り付けられたデジタル時計を確認し、ゆっくりと息を吐くセシル。
残念ながら、自分たちが戦えるのはここまでのようだ。
「ゲイル各機、撤退するぞ。これ以上の戦闘は帰りの航続距離を縮めることになる」
推進剤及び粒子量は出発地のチャーチルに辛うじて届く程度しか残っていない。
今回は空中給油機を手配できないため、燃費を抑えつつ自力で帰還する必要がある。
「ゲイル1よりカナダ軍へ、捕虜たちの救出は任せた。これ以上の戦闘は帰路に影響が出る」
本当は作戦成功まで付き合いたかったが、セシルは帰還しなければならないことを友軍へ伝える。
一昔前よりだいぶマシになったとはいえ、MFの航続距離は基本的に戦闘機よりも短い。
それを念頭に置いてフライトプランを立てないと、帰り道で推進剤不足を起こすハメになるのだ。
新兵ならともかく、ある程度経験を積んだドライバーがやらかすと非常に恥ずかしい。
「了解、ゲイル1。あんたたちのおかげで航空優勢を維持できそうだ。感謝する」
最高指揮官と思われるカナダ軍パイロットから通信が送られてくる。
基本的に冷静沈着なセシルとはいえ、感謝の言葉を頂けたらつい顔が綻んでしまう。
「『あまり働き過ぎると美容に悪いからな』」
追加で送信されたメッセージがこれである。
……余計なお世話だ、バカ野郎。
グレートベア湖から離れるに従って天候は穏やかとなり、チャーチルの町並みが視認できる頃には雲一つ無い夕暮れ空が広がっていた。
「二人とも、今日はありがとう」
リリス率いるブフェーラ隊の母艦はゲイル隊とは異なるため、着艦進入の都合上ここで別れなければならない。
「リリス少佐?」
「2~3年ぶりに僚機として戦い、ローゼルやアーダの気持ちが分かったよ……あの娘たちがどんな思いで私と共に戦ってきたかを」
精一杯の感謝を込めて機体を振った後、リリスのオーディールは編隊から離れ帰途に就く。
「……隊長、カナダ軍の連中は仕事をやり遂げたと思うか?」
降着装置を操作しながら隊長――セシルへ疑問を投げ掛けるアヤネル。
「今は彼らを信じるだけだ。やり遂げたのなら称賛に値するし、失敗したのなら所詮そこまでの軍隊だったということだ」
その質問に対しセシルはいつも通りの冷静な口調で答える。
もちろん、カナダ軍の失態を望んでいるわけではない。
捕虜救出に成功すれば地球側の士気が大きく向上し、今後の戦局に少なからず影響を与えるはずだ。
敵に捕まっても仲間がきっと助けに来てくれる――。
スターライガが救出した人物もまた、仲間のことを信じて待ち続けていたのだろう。
アドミラル・エイトケンへ無事着艦した2機のオーディールMは、エレベータで格納庫へと移動する。
ここでようやくドライバーたちは窮屈なコックピットから解放されるのだ。
「隊長、アヤネル! 大丈夫だった!?」
ヘルメットを脱いだセシルたちが水分補給用のスポーツドリンクを飲んでいると、先に帰艦し制服へ着替えていたスレイが出迎えてくれる。
一人で戦友たちの帰りを待つのはとても心細かったのだろう。
彼女は少しだけ泣きそうな目をしていた。
……率直に言ってしまうと、可愛い。
「ああ、大丈夫だ。バイオロイド如きに空戦で負けるワケが無い」
「……え? バイオロイド?」
セシルの発言に対しポカンとした表情を浮かべるスレイ。
そういえば、部下たちにはバイオロイド云々の話をしていなかった気がする。
「それについては後々詳しく説明するから、今は気にするな」
「はぁ……」
訝しげに見つめてくるスレイの右肩へ手を置くセシル。
「私たちはルナサリアンとの戦いに集中すればいい」
彼女の肩を優しく叩き、セシルは黒髪をなびかせながら更衣室へと向かうのだった。
ここはアメリカ国内の何処かにあるホワイトウォーターUSAの本部兼地下基地。
「失礼します」
ヨーロッパ系の男――ラウ・ズヴァルツは「S.Goto」というネームプレートが掲げられたドアをノックし、ゆっくりと部屋へ入室する。
「ラウ、楽にしたまえ」
立派な社長椅子に座っているS.Goto――ショーン・ゴトーは背中を向けたまま、ズヴァルツに対し肩の力を抜くよう勧める。
「我々WUSAは君の優れた操縦技術を持て余していたが、ようやく相応の仕事を与えることができそうだ」
いかにも高級そうなキューバ産シガーを燻らせ、灰を落としながら背中で語るゴトー。
その言葉の意味をズヴァルツは薄々ながら理解していた。
「ゲイルの小娘どもを血祭りに上げる時が来た――」
クルリと椅子を反転させ、ゴトーはオランダ人青年の顔を見る。
そして、彼は不敵な笑みを浮かべながらこう続けるのだった。
「戦時の英雄は『悲劇のヒロイン』になる……物語からそろそろ退場してもらおうではないか」
ロックウィング
飛行機が翼を振る動作の正式名称。
シガー
所謂「葉巻」のこと。
主産地である中南米諸国の治安悪化と世界的な禁煙運動が生産流通に悪影響を及ぼしており、現実世界よりも高級品として扱われている。




