【TLH-26】悪魔の双子艦隊(中編)
先遣艦隊が敵艦隊と接触していたその頃、スターライガの母艦スカーレット・ワルキューレは後方で態勢を整え直していた。
艦に目立った損傷は無いとはいえ、乗組員の小休憩や航空隊への整備補給が必要だからだ。
「――カブトムシ? 立派なモノを持っているという、温暖な地域に生息するあの昆虫のことか?」
「そうそう。話によると40メートル程度の宇宙戦闘艇で、火力と装甲と機動力がダンチらしいですぜ」
「奴らのせいで多国籍艦隊は大きな損害を被ったと聞いている。1機だけは撃破に成功したそうだが、また厄介な兵器が投入されたというのが正直な感想だ」
MF格納庫内の搭乗員待機室にはルナール、ルミア、サニーズといった小隊長たちが集まっており、これまでの戦闘に関する情報交換を行っていた。
彼女らの間で最も盛り上がっている話題は当然ルナサリアンの新兵器"カブトムシ"――正式名称"サイカチ"についてだ。
「……」
そんな仲間たちの遣り取りをライガは部屋の隅で水を飲みながら見守っている。
「ライガ、君に聞きたいことがあるのだがいいかな?」
「何ですか?」
「今回の戦いにアキヅキ姉妹は出てくると思うかい?」
元彼とも話をしたいルナールは自然な感じで歩み寄ると、ゼリー飲料を掻き込みつつライガの興味を引きそうな話題を振る。
「……彼女たちの"存在"は感じています。おそらく、どこかのタイミングで戦うことになるかと」
暫しの沈黙の後、自らのイノセンス能力により相手の存在には気付いていると答えるライガ。
「みんな、聞いてちょうだい。これよりオリエント・プライベーター同盟各艦は補給作業が完了次第、戦線へ復帰し主力艦隊の援護を行います」
その直後、和やかな雰囲気の待機室にレガリアが姿を現し、いつも通り手をパンパンと叩くことで注目を促してから今後の作戦目標を連絡する。
「私たちMF部隊も当然全力出撃よ。噂の"カブトムシ"とやらも気掛かりだからね」
戦士としての本能は誤魔化せないのか、やはりレガリアもサイカチの戦闘力を気にしているようであった。
戦艦同士の砲撃戦も含めた激しい戦いを展開する先遣艦隊とルナサリアン艦隊。
「フラッシュ1、FOX1!」
両艦隊の対空砲火で宇宙が覆い尽くされる中、フラッシュ1のF-35Eはその間隙を縫いながら空対艦ミサイル"AGM-84L ハープーン"を発射する。
「くそッ! 直撃弾だが大したダメージにはならないか!」
彼の機体が放ったミサイルは敵艦隊旗艦シタハルに見事命中したものの、直撃だったにもかかわらず明確な損傷は与えられなかった。
これは"ハープーン"の攻撃力が対ルナサリアン用に最適化されていないためだ。
「それになんて対空砲火してやがる! 仲間が……仲間が次々と落とされていく!」
その間にも敵艦隊の対空迎撃は更に激しさを増し、フラッシュ1が見ている前で僚機のMFが火の塊となってしまう。
「ちぃッ!」
打ち上げ花火のように迫り来る対空砲火を間一髪のところで回避しつつ、態勢を整えるため一旦敵艦隊上空から離れるフラッシュ1。
「(艦隊もかなり頑張ってはいるが……このままでは押し返されるかもしれん。それに、例の"カブトムシ"が再出撃してくる可能性も気になるな)」
彼の母艦である航空戦艦アイオワ以下先遣艦隊の奮闘は目を見張るモノがある。
ただ、戦艦を主軸としているルナサリアン艦隊の戦闘力はそれ以上だ。
そして何より、艦隊に50%近い損害を与えた"カブトムシ"もといサイカチの襲来を退けられる自信は無い。
「(ったく、ドラグーン隊が補給のため帰ったのも運が悪いぜ……)」
「隊長! 後方のオリエント軍艦隊の方向より接近する友軍機を確認しました!」
頼りになるオリエント国防空軍エース部隊の一時撤退をフラッシュ1が嘆いていたその時、部下のMFドライバーがオリエント国防軍所属と思わしき友軍機の加勢を告げる。
「後方だと? おい、識別信号は分かるか!?」
フラッシュ1たちの後方にはオリエント国防軍とスターライガなどプライベーターしかいない。
つまり、誰が来ても援軍としては"大当たり"だと言えるが……。
「確認します――ゲイル隊とブフェーラ隊です!」
「最高の援軍が来てくれそうだな……!」
識別信号を確認した部下がそう報告した瞬間、フラッシュ1は考え得る限り最高の結果になったと確信する。
「(先に逝った部下ども……俺はまだ飛び続けるぞ……!)」
開戦から今日までの戦いで数多くの上官、同僚、部下を喪ってきた。
彼らの死を決して無駄にしないため、もう少し踏ん張ってみようとフラッシュ1は操縦桿を強く握り締めるのだった。
フラッシュ1たちの予想通り、母艦より再出撃したゲイル及びブフェーラ隊は航空支援のため先遣艦隊の所へと急行していた。
「始まってるな……戦局はどうなっている?」
「友軍艦隊の進軍速度が鈍化しています」
ブフェーラ隊を率いるリリスが独り言のつもりでそう呟くと、頭脳明晰で分析力に長けるヴァイルが率先して現状報告を行ってくれる。
「さすがに戦力差が大きすぎますわね……」
「ああ、それを覆すには奇跡的な航空支援が必要だ。各機、気合を入れろよ」
敵艦隊の規模を見ればローゼルならずとも弱音を吐きたくなるだろうが、彼女の幼馴染にして中隊長のセシルは前向きな姿勢を崩さない。
「ゲイル2、了解!」
「へッ! 隊長に言われるまでもないさ!」
「よし、まずは友軍艦隊を狙っている敵艦の戦闘力を奪うぞ」
この戦争を通して経験を積んできたゲイル2――スレイと3番機担当のアヤネルは気合十分であり、それを確認したセシルは簡潔に自分たちがやるべきことを説明する。
「ゲイル2、3、先行しろ。射撃武装が追加されているお前たちの方が対艦攻撃力は高いからな」
格闘戦が得意なセシルは対空戦闘を想定した装備を持って来ているため、対艦戦闘向きのスレイとアヤネルを前に出す"Vフォーメーション"へと隊形を切り替える。
「ブフェーラ隊はフォーメーションを維持! ゲイル隊の攻撃を援護する!」
一方、リリスを含むブフェーラ隊は3機ともバランス重視の装備構成となっているので、隊長機を先頭とするオーソドックスな"Δフォーメーション"のまま戦闘態勢に入る。
「(敵艦隊は戦艦主体で航空戦力に乏しい……この胸騒ぎが杞憂ならいいんだが)」
ドラグーン隊などから予め聞いていた話とは裏腹に、ルナサリアン艦隊は妙に航空戦力を出し渋っている――。
例の"カブトムシ"が現れない状況をセシルはむしろ怪訝に感じていた。
「ファイア! ファイア! ファイア!」
リリス率いるブフェーラ隊は対空砲火を恐れずに突撃し、敵巡洋艦の甲板上に配置されている武装を次々と破壊していく。
「友軍艦隊はやらせませんわ!」
中破状態の敵艦が主砲で友軍艦隊を狙っていることに気付いたローゼルは、自機が装備している"試製攻防一体シールドシステム"の連装式小口径レーザーキャノンを素早く発射。
敵艦の砲撃を迅速な対応で封じてみせる。
「フッ、的が大きければ当てやすいってね!」
火力を奪ったら次は機動力だ。
ゲイル・ブフェーラ両隊で最も射撃が得意なアヤネルが敵艦の艦尾部分へ回り込み、ファイター形態の機体下面に吊り下げられた"試製MF用レーザースナイパーライフル"で推進装置を正確に狙い撃つ。
「(さすがだな……隊長機だけでなく、その僚機も良い動きをしている。ウチと違って平均的なレベルが非常に高いというわけか)」
「一隻一隻チマチマやっていたら埒が明かない!」
部隊規模での手際の良さを見たフラッシュ1が素直に感心している一方、当事者の一人であるヴァイルは現状の戦闘ペースに強い懸念を示す。
「敵艦隊の攻め上がり方は確かに強烈だな。こちらも効率的な攻撃で一気に叩く必要があるか」
「隊長! 新しく供与された巡航ミサイルを使わせてください!」
彼女の不安に同意したセシルがアプローチの見直しを示唆すると、意見具申の機会を窺っていたであろうスレイが新武装の使用を提案する。
「あれは最前線で撃つものではなくてよ。スレイさんほどのお方ならば分かっているはず――」
「よし、"広域制圧用巡航ミサイル"の使用を許可する!」
巡航ミサイルタイプの新武装について知っているローゼルは"この状況での発射は不適切"だと指摘するが、それを遮るかのようにセシルは二つ返事で使用許可を出してしまう。
「セシル姉さま!?」
「攻撃範囲は開発元のデータとシミュレーションで把握している。適切な使用方法であれば味方を巻き込むことは無いはずだ」
その判断に明らかに困惑しているローゼルへの説得も兼ねて、"広域制圧用巡航ミサイル"の性能は完全に把握できていると語るセシル。
「隊長のお墨付きだ! 私たちがアシストしてやるから、デカいの一発ぶちかましてやれ!」
中隊長直々の判断ということを受け、アヤネルは僚友の背中を全力で後押しするのであった。
味方を巻き込むリスクを減らすため単独行動に移行し、まずは敵艦隊を狙いやすい攻撃ポイントへと向かうスレイのオーディールM2(SG-BOOSTER装備)。
「(セーフティ解除、起爆タイミングを発射後7000m飛翔時に設定……)」
対空砲火は少々怖いが、敵航空戦力が不在ゆえ攻撃には集中しやすい。
初めて実戦投入する武装なのでスレイはいつも以上に慎重に攻撃準備を進めていく。
「方位3-3-3より複数の敵性航空機が接近中! おそらく"カブトムシ"と思われます!」
しかし、さすがに敵もエアカバーを行うべきだと判断したらしい。
友軍航空部隊の援護に回っていたヴァイルがそう報告した直後、戦闘宙域に11機の敵性航空機――サイカチが姿を現す。
「樹液の匂いに誘われて来たか……!」
「くそッ、また友軍艦隊の一部がやられた!」
再出撃してきたサイカチの戦闘力は相変わらず凄まじく、リリスとアヤネルが見ている前で先遣艦隊の主力艦たちが次々と屠られてしまう。
「今は味方よりも敵の方が多い! 躊躇わずに撃て!」
「"カブトムシ"は私たちがお相手いたしますわ!」
「(攻撃ポイントに到達、続いてターゲットの選定へ移行……)」
"諸々の懸念事項を気にする必要は無い"とセシル及びローゼルがフォローしてくれる中、広域制圧用巡航ミサイル発射に向けて最後のプロセスを開始するスレイ。
「包囲網を抜けられた! さすがに数が多すぎる!」
「マズいですわよ!」
だが、数機のサイカチは高い機動力と防御力を以って強行突破を図り、ヴァイル機とローゼル機の間に無理矢理進路を切り拓いていく。
「ゲイル隊はやらせるものか!」
その快進撃を阻んだのはフラッシュ1のF-35Eだった。
彼は非力な旧型戦闘機で新型兵器へ果敢に挑み、ターゲティングがスレイ機に集中することを防いでみせる。
「Our languages are different, but the reason to fight is the same!(言葉は通じなくても、戦う理由は同じだからな!)」
「Thank you, F-35のパイロットさん!」
母国語が異なるフラッシュ1とスレイは言葉での意思疎通は困難だが、同じ軍人として通じる部分が確かに存在していた。
「ゲイル2、シュートッ!」
簡単な英語で感謝の言葉を伝えると、スレイは自機の上面に増設された専用ウェポンコンテナごと2発の大型ミサイルを投げ飛ばすように発射するのだった。
【FOX1】
日米欧の戦闘機パイロットが特定の兵装を発射する際に使用する符丁。
対象となる武装は時代によって異なるが、現在は対地対艦ミサイルを指すことが多い。
なお、オリエント国防軍などオリエント圏ではMFドライバーと共通の符丁(ファイアやシュート等)を用いる。
【Vフォーメーション】
オリエント圏では本文中の通り"僚機の後方に編隊長が就く"隊形だが、日米欧では逆に"編隊長を先頭に僚機が追従する"隊形となる。
これは上から見た場合の進行方向の捉え方が異なるために起きる矛盾であり、合同演習などで齟齬が生じる原因となったケースも散見される。




