【TLH-24】スペース・ビートル
自分の艦を没せしめんとする敵機の姿をその目に焼き付けるべく、バッセル大将は60代半ばとは思えぬ鋭い眼差しで前方を睨み続ける。
「……通り過ぎた!?」
ところが、彼の覚悟を嘲笑うかのように敵大型機はブリッジの真横をフライパスしていく。
攻撃態勢を中止したうえで急に離脱していったことから、相手にとっても不測の事態が起きたらしい。
「艦長! 友軍機が到着しました! 識別信号は……オリエント国防空軍機!?」
その理由は極めて明白であった。
オペレーターが報告している通り、援軍要請を行っていないにもかかわらず友軍機が間一髪で駆け付けていくれていた。
更に驚くべきは、友軍機の所属は後方に控えているはずのオリエント国防空軍だということだ。
「我々の後方に控えている"アドミラル・ユベール"の艦長が気を利かせてくれたのかもしれん。後で感謝の気持ちを伝えないといかんな」
友軍機は自分たちから最も近い位置にいるオリエント国防海軍正規空母"アドミラル・ユベール"所属だと判断し、同艦の艦長の柔軟な対応を称賛するバッセル。
「ただし、それはこの危機的状況を無事に切り抜けてからだ。我々は生き残ることを優先する必要がある」
自身を含む大勢の乗組員の命を救ってくれたことを考えれば感謝してもし切れないぐらいだが、援護に報いるには生き延びなければならないとバッセルは自らの考えを述べる。
「航空隊の態勢を立て直させろ! それと、オリエント国防軍の友軍機には好きにやらせるように! 彼女らはその方が上手く動いてくれる!」
まず、動きが良くない航空隊を隊長機フラッシュ1の下で態勢を整えさせる。
そして、各国軍隊について知見を持つバッセルならではの采配として、彼は友軍とはいえオリエント国防軍のMF部隊には干渉しないよう先遣艦隊全体に厳命しておく。
「よいのですか? オリエント軍に新兵器撃破の戦果を取られたと知ったら、上層部から小言の一つや二つあるかもしれません」
「今はそんなことを言っている場合ではあるまい」
ただでさえ厄介な軍上層部との対立を懸念する副長に対し、バッセルは毅然とした態度でバッサリと切り捨てる。
「(上層部――いや、今の政府は戦争も政治も理解しておらん。そんな無能が国家権力を握れるような国ならば、侵略者に国土を蹂躙されるのも当然の結果だろう)」
彼は古強者であると同時にラディカルな思想も持ち合わせており、祖国アメリカのみならず地球人類その物が変革を迎えなければならないと考えていた。
「何とか間に合ったか……」
航空戦艦アイオワの窮地を救ったのは、リティス・ドラゴナイト少佐率いるドラグーン隊による奇襲攻撃であった。
「あれがルナサリアンの新兵器か。前後逆にしたヘラクレスオオカブトみたいなフォルムしてるぜ」
ルナサリアンの新型宇宙戦闘艇に対する第一印象として、2番機を務めるフォルカー・モルダバイト中尉は極めて的確な例えを持ち出す。
「はぁ……」
「(隊長、全然興味無さそうだ)」
残念ながらそういう話にリティスは全く興味が無いらしく、彼女のタメ息を聞いた3番機のレンコ・カツラギ少尉は全てを察してしまう。
「とにかく、寄ってたかって来る"カブトムシ"どもを何とかしないと艦隊の被害が拡大する」
ただ、敵機をカブトムシ呼ばわりすることには納得したのか、いつもの調子に戻ったリティスは迅速な敵戦力の排除が必要だと述べる。
「やることは分かってる! さっさと撃破しちまおう!」
「各機、レーザーライフルで連携攻撃を仕掛けるぞ。装甲が厚い相手には光学兵器の方が有効だ」
その意図を理解したフォルカーたちと編隊を組み直し、敵の装甲厚の影響を受けづらい光学兵器による攻撃を決断するリティス。
「ファイア! ファイア!」
彼女の号令と同時に3機の"RM5-25A2 オーディールA2"は機体下面に装備したレーザーライフルによる一斉射撃を仕掛ける。
ところが、ドラグーン隊の連携攻撃を"カブトムシ"は蒼い光の壁を展開することで無効化してしまう。
「バリアフィールド!?」
「40m級の兵器なら積めないことは無いが……しかし、それはそれでどこまでも厄介だな」
大型戦闘機よりも一回り大きい程度の兵器がバリアフィールドを持つことにレンコが驚く一方、リティスはあくまでも冷静に"技術的には可能"だと返す。
もっとも、それを知っていたところで厄介な事実に変わりは無いのだが。
「地道にダメージを与えていくしかないみたいですね……」
実体弾もレーザーも効果的とは言えない以上、堅実な攻撃の積み重ねが必要になる――。
開戦時に新兵だったレンコは約半年間の戦いの中で確かに成長しており、この程度の判断は即座に行えるようになっていた。
「……! フォルカー、少しだけレンカのことを頼む!」
「くそッ、まーた単独行動が始まったよ!」
それに対してリティスの単独行動癖は全く変わっておらず、すっかり慣れてしまっているフォルカーは特に制止すること無く隊長を見送るのだった。
一方その頃、艦隊を直掩するMF部隊と合流したフラッシュ1は"カブトムシ"たちの駆除に当たっていた。
「格闘戦もできる"カブトムシ"とはな……全く隙がねえ」
彼は敵大型機の前方に展開されている2基のクローアーム――そこに挟まれている部下のピーコックの姿を見ながら忌々しげに呟く。
「隊長! 助けてください!」
「アームを攻撃して振り解け!」
若い部下が悲痛な声で助けを求めているが、フラッシュ1の乗機F-35Eにクローアームだけを正確に狙える武装は無い。
有効な援護攻撃を行えない代わりに、彼は部下自身にクローアームを壊させることで脱出させようとするが……。
「おい、応答しろ! ……気絶しているのか?」
フラッシュ1の指示に部下のMFドライバーは全く返事しない。
通信感度は良好であることから、強烈なGに晒され続けた部下の身に何かが起こっているらしい。
「そこのF-35、援護に入る!」
迅速且つ確実に助けられる手段を講じられない――。
頭の中に"諦め"という単語が浮かび上がったその時、それを一喝するかのように白黒ダズル迷彩の可変型MFが突然乱入してくる。
「俺の部下が"カブトムシ"に捕まっている! 彼を先に助けてやってくれ!」
名前は知らないが、制式塗装ではないオーディールを駆る彼女の実力を見込んだフラッシュ1は部下の救出を頼み込む。
「……了解した、最善を尽くしてみる」
「頼んだぞ、オリエントのエース。若い奴に先に死なれると、寝覚めが悪いんでな」
状況を把握したリティスから二つ返事で快諾されたことを受け、部下を喪いたくない理由を簡潔に語るフラッシュ1。
「その代わり、俺もできる限りのアシストはするぜ」
無論、困難な仕事を押し付けて高みの見物をするつもりは無い。
アメリカ海軍の"トップガン"としての誇りに懸けて、フラッシュ1も可能な限りアシストに努めることを宣言するのであった。
未だまともに撃破できていない"カブトムシ"相手にどう立ち回るのが正解なのかは分からない。
「(アームだけを破壊するには、格闘攻撃で直接斬り落とすのが手っ取り早いか)」
一つだけ言えるのは、時間を掛ければ掛けるほど友軍機のドライバーの死傷リスクが飛躍的に高まっていくということだ。
敵大型機に関する分析はとりあえず置いておき、今は現状で実現可能な手段を取るべきだとリティスは考える。
「F-35のパイロット! 牽制攻撃を仕掛けてほしい!」
「それは別に構わないが、何をするつもりだ?」
「敵機のアームを斬り落としてあんたの部下を助け出す。どちらかと言えば格闘戦には自信があるんでね」
彼女は"一撃離脱戦法で友軍機ごとアームを切り離す"というシンプルな答えに辿り着き、その実現に必要不可欠だとしてフラッシュ1に対し牽制攻撃によるアシストを求める。
「……その言葉、信じてみるぜ。言ったからにはやってみせてくれ」
リティスの発言が単なる虚勢ではないと判断し、早速行動へと移るフラッシュ1。
「お前のケツに付いたらダメなのは分かってるんだよ!」
これまでの戦訓を基に彼のF-35は敵機への接近を避け、後ろ向きに攻撃可能な連装パルスレーザー砲の射角外となる位置で様子を見る。
「機関砲の射程内……もらった!」
不意の一撃に気を付けながら間合いを詰めると、フラッシュ1は操縦桿のトリガーを引くことで航空機関砲を発射する。
「チッ! 25mmじゃ弾かれてしまうか!」
F-35Eは25mm4連装ガトリング砲を固定武装として搭載している。
これは航空機関砲としては必要十分な攻撃力を有しているものの、避弾経始に適した装甲形状を持つ"カブトムシ"にはあまり効果が無かった。
「そのまま牽制を続けてくれ!」
それでも敵機の集中力を乱すには有効であるため、フラッシュ1が牽制してくれている間にリティスは攻撃態勢を整える。
「アーマーパージ!」
増加装甲の一部を分離し、人型のノーマル形態に変形しながらビームソードを抜刀するリティスのオーディール。
「ドラグーン1、アタック!」
敵機と進路が重ならんとした瞬間、白黒ダズル迷彩のMFは蒼い光の刃を二刀流スタイルで振りかざす……!
「やったか……!?」
操縦桿のフォースフィードバックを通して確かな手応えを感じつつ、リティスは別方向へ飛び去って行った"カブトムシ"の姿を確認する。
「(あの速度域でアームだけを正確に斬りやがった……しかも、たった一度の僅かなチャンスを見逃さずにだ)」
客観的に見れば彼女の攻撃行動は"ほぼ100%"の出来であり、それは敵機のダメージとフラッシュ1の反応が如実に物語っていた。
「早く回収しろ! まだ"カブトムシ"を無力化したわけじゃない!」
「了解した! マクファーソン、ローライダー機の回収を頼めるか!?」
斬り落とされたアームと共に漂流しつつあるピーコックを速やかに回収するようリティスに促され、工作活動が可能なMFドライバーの部下を向かわせるフラッシュ1。
「分かった! 周辺の警戒は任せたぞ!」
「お前の相手はこっちだ!」
マクファーソンと呼ばれたドライバーが作業に当たっている間、リティスはその隙を狙わんとする"カブトムシ"を相手取る。
「マイクロミサイル、シュート!」
マルチロックオンを敵機に集中させ、若干不安定な姿勢から増加装甲内のマイクロミサイルを発射するリティスのオーディール。
「(射撃武装じゃダメか……だったら!)」
しかし、"カブトムシ"の装甲の厚さ――避弾経始の優秀さは言わずもがなで、運動エネルギー=攻撃力となりやすいMF用マイクロミサイルでは決定打を与えることができない。
「オリエントの!」
「チャージなどさせるものかッ!」
一転攻勢を狙う"カブトムシ"の強気な攻めに気付いたフラッシュ1が思わず声を上げる中、リティスは咄嗟に右マニピュレータのビームソードを投擲する操作を行うのだった。
【Tips】
ハリウッド映画で有名となったトップガン――正式名称"アメリカ海軍戦闘機兵器学校"は組織としては既に存在せず、戦闘攻撃戦術教官の養成コースとしてその名を残している。
ただし、22世紀においても海軍パイロットの間では"マーヴェリックな戦闘機乗り"に対する褒め言葉として使われているようである。




