【TLH-21】驚異の超音速巡航ミサイル(後編)
ルナサリアンが用意周到に講じた攻め手は失敗に終わった。
「巡航誘導弾の反応、全て消滅しました! 敵艦隊に迎撃されたものと思われます!」
「いや、違う……! 対空兵器の射程よりも遥かに遠い位置で消滅した誘導弾もあった」
管制下の超音速巡航ミサイルが全て撃墜されたことを報告するオペレーターに対し、特設指揮艦アワナミの艦長は異なる見解を述べる。
敵艦へ肉薄できた2発を除くと、巡航ミサイルの大半は攻撃目標へ近付く前に撃墜されていた。
「スターライガめ……噂に違わず厄介な連中だな」
超音速に達する飛翔体を容易く迎撃してみせたスターライガMF部隊――。
地球上で幾度と無くルナサリアンを退けてきたその戦闘力を見せつけられ、怒るどころか逆に感心を覚えるアワナミ艦長。
「次の発射までに要する時間は!?」
「ハッ、最低でも4分は必要かと」
彼女が第二波攻撃の準備に掛かる時間を尋ねたところ、オペレーターからは4分という答えが返ってくる。
「遅いッ! 4分もあれば敵は本艦と発射陣地を発見できるかもしれないんだぞ!」
戦場における4分間はあまりにも長い時間であり、アワナミ艦長は可能な限り時間短縮に努めるよう要求する。
「今頃航空隊を飛ばして必死に索敵しているはずだ。対空警戒を怠るなよ」
今はただ、スターライガチームが索敵に手間取ることを願う他無かった。
「――あたしたちがやるべきことは分かったよ。んで、ミサイルの発射位置は目途が付いてるのかい?」
新たな作戦目標の説明を受けたリュンクスは自分なりに要点をまとめたうえで、作戦遂行にあたり気になる点を挙げる。
「巡航ミサイルが初めて捕捉された地点からシミュレートした結果、大まかな範囲は絞られている」
「問題は詳細な位置座標までは特定できていないということよ」
彼女の僚友パルトネルがそこまで突飛な場所ではないはずだと語る一方、小隊長のヒナはあくまでも確定しているのは"範囲"だけだと補足説明を加える。
「宇宙空間で一か所をピンポイントに探すってしんどくない?」
アレニエがこう指摘している通り、広大な星の海で特定の座標を見つけ出すことは極めて困難な作業だ。
「発射プラットフォームが艦艇や大規模な施設であればまだマシね。だけど、小惑星などに巧妙に擬装されていたら大変になるわ」
実際には巡航ミサイルを発射可能な設備なら多少目立つはずだが、それは相手の擬装次第だとヒナは語る。
「巡航ミサイルは短時間に連射が利く兵器ではない。すぐさま第二波が飛んで来ることは無いだろうが、早期発見ができればベストだ」
「それができれば苦労しないって……」
巡航ミサイルの連射は無いと踏んだうえで目標の早期発見に意気込むパルトネルとは異なり、今回は珍しく楽観的な様子を見せず首を横に振るアレニエ。
「さーて、どこにどう潜んでやがるかな。もうそろそろ手掛かりの一つや二つ欲しいところだが」
そんな仲間たちをよそにリュンクスは不審な場所が無いか目を光らせていた。
大きな動きが見られたのはその直後のことであった。
「コマージ、あれを見て」
「うん? あれは……ルナサリアンの艦かな?」
巡航ミサイル発射プラットフォームの捜索に当たっていたカルディアとコマージは、自分たちの遥か前方にて停泊中の艦影を確認する。
「こちらルーナ・レプス、何か見つけたの?」
「ルナサリアンと思わしき所属不明艦を発見した。巡洋艦級のようだけど……奇妙だな、こんな戦域の端っこに一隻で停泊しているなんて」
100kmほど遠方で別行動中のレンカから状況報告を求められ、現時点で分かる数少ない情報を共有するコマージ。
彼女とカルディアのコンビが担当しているのは主戦場から離れた宙域だ。
「……所属不明艦の姿をガンカメラで撮影して、その映像をこちらに送信してくれる?」
防衛線の後方で意味深に停泊中の巡洋艦――。
それを不審に感じたレンカはMFの火器管制システムと連動しているガンカメラで対象を撮影するよう指示を出す。
本来は戦闘行為の記録を残すための装置だが、味方機と視界を共有したい時にも活用することができる。
「了解、それはカルにやってもらうよ」
「私がやるの? まあ……いいけど」
実際の撮影は相方の機体を"リフター"しており操縦に集中しなければならないコマージではなく、上に乗っているだけで手持ち無沙汰なカルディアが担当させられるハメになった。
「もっと接近して」
「これ以上は敵に気付かれるかもしれない。この距離で我慢してくれよ」
カルディアは可能な限り近付かないと撮れ高にならないと文句をつけるが、対するコマージはこれが被発見ギリギリの距離だとしてリスク増加を拒否する。
「仕方無いわね……ガンカメラ、撮影開始」
結局、被写体が大きく映らない状況に多少の不満を抱きつつも、カルディアは愛機クオーレのレーザーバスターランチャーを所属不明艦へ向けるのだった。
「これは……特設指揮艦!?」
僚機のガンカメラの映像がH.I.S(ホログラム・インターフェース)のサブ画面に表示された瞬間、レンカの表情が一段と険しくなる。
「何だそれは?」
「指揮通信能力を重視した艦艇よ。もっとも、月の民の場合は新造艦として予算を出すまでもないとして、旧型艦からの改装が中心なのだけれど」
地球では聞き慣れないルナサリアン独特の軍事用語についてアンドラから解説を求められ、極めて簡潔に説明してみせるレンカ。
曲がりなりにも元ルナサリアン特殊工作員ということで、その辺りの情報にはある程度精通しているのだろう。
「さすがに詳しいんだな」
「まあね……それはともかく、個人的にはなぜ指揮艦が単独で作戦行動を――そうか!」
「急にどうした!? 何か分かったのか!?」
アンドラによる悪気の無い皮肉を軽くいなしつつ、この不可解な状況を考察しようとしたレンカは一つの結論に辿り着く。
「おそらく、巡航ミサイルの管制を行っているのはその指揮艦よ! そして、通信可能範囲内に別途発射プラットフォームを用意していると見た!」
特設指揮艦は高い指揮通信能力を持つが、サイズが嵩張る巡航ミサイル発射機の搭載スペースを確保することは難しい。
それを示す根拠として、巡航ミサイルの予想発射地点が敵艦の位置よりも大きく離れているというシミュレーションデータが既に挙がっている。
「コマージ、カルディア、話は聞いていたわね! 今すぐ敵艦を攻撃できるのはあなたたちだけよ!」
巡航ミサイルのコントロールを掌握している特設指揮艦を無力化すれば、次のミサイル攻撃を阻止できるかもしれない――。
レンカは一縷の望みをコマージとカルディアに託すのであった。
「私とカルだけで敵艦を沈めろだって!? いくら私たちを信頼してるにしても、それは無理強いってもんだよ!」
直接的な戦闘能力は高くないとはいえ、巡洋艦程度の船体を持つ特設指揮艦にたった2機のMFで立ち向かうのは分が悪いと主張するコマージ。
「こっちもすぐに合流するし、他の仲間たちにも援軍を要請しているわ! 本当はその到着を待つべきだけど、今回はそうも言ってられないの!」
その反論は至極当然だと理解を示しつつも、レンカは時間的余裕が無いとして迅速な作戦遂行を重ねて通達する。
「……そっちは何分ぐらいで合流できる?」
そんな中、普段は黙って話を聞いていることが多いカルディアが自ら質問を投げかけてくる。
「5分――いえ、4分は掛かるかもしれない」
「それじゃあ遅いッ! 3分間は私たちで頑張ってみるから、なるべく急いで!」
彼我の位置関係と乗機の機動力を基に比較的正確な所要時間を答えるレンカだったが、それを聞いた途端カルディアは人が変わったかのように声を荒げる。
「カル……分かったわ。必ず3分でそちらへ辿り着いてみせるからね」
突然且つ想定外の反応にレンカは呆気に取られたものの、これこそがカルディアなりの"本気モード"だと悟った彼女は口約束を交わしてから通信を終える。
「はぁ、自分の大声で耳が痛くなってきた……」
「あそこまで言い切ってくれたんだ。君の"彼氏"として私も全力を尽くさないといけないね」
自分自身の声量に驚いている"恋人"カルディアに触発されたのか、コマージもヘルメット越しに頬をペチペチと叩いて気合を入れる。
「よし、できることを精一杯やってやろうじゃないか!」
レンカが無理難題を頼み込んできたのは、自分たちの能力を信頼しているから――。
今置かれている状況をあえて前向きに捉えると、コマージたちはいつも通りのスタンスで対艦戦闘に臨むのだった。
「いいかい、カル? 最大火力はLBR(レーザーバスターランチャー)を装備している君の機体の方が上だ」
コマージの愛機クオリアは機動力に優れる反面、強力な固定武装を持っておらず攻撃力は平均レベルに留まっている。
「分かってる。コマージのクオリアを足代わりにして、私が攻撃を担当すればいいんでしょ」
逆にカルディアの乗機クオーレはレーザーバスターランチャーを扱える一方、動力性能はあまり高いとは言えない。
「操縦の方は任せてくれ。だから、君は攻撃に集中してほしい」
操縦技量に長けるコマージが文字通り移動手段に徹しつつ、カルディアがレーザーバスターランチャーの照準に専念する――。
二人しかいない状況では確かに最も理想的な役割分担だ。
「……まずはどこを狙えばいいの?」
「コントロールを奪うのなら、ブリッジに強烈な一撃を叩き込んでやればいい。CIC(戦闘指揮所)を潰すことができれば100点満点だね」
限られた時間の中で効率的な攻撃を求めるカルディアから質問を受け、CICを含む最重要区画に狙いを絞ることを提案するコマージ。
「じゃあ、100点を狙うから……!」
「そうそう、その意気だよ! 私もちょっと本気で飛ばすから、しっかり掴まっててくれよ!」
随分とやる気に満ち溢れている相方の言動に笑顔を浮かべつつ、コマージは左操縦桿を前に倒して機体を加速させるのであった。
【Tips】
ガンカメラには戦闘記録の保存のほか、"作戦行動の正当性を証明する際の資料"という重要な役目がある。
軍法会議や軍事裁判においてガンカメラの映像が証拠資料として提出された結果、判決が覆された事例は枚挙に暇が無い。
そのため、ガンカメラの記録装置を故意に停止させたり正当な理由無くデータ加工を行った場合、極めて重大な過失として厳罰を科されるという。




