【TLH-20】驚異の超音速巡航ミサイル(中編)
ライガ率いるα小隊はこれまで地味な役回りが続いていたが、ここに来てようやく重要な出番が回ってきた。
「α各機、今の説明でやるべきことは分かったな?」
高い速度性能を持つため追跡困難な超音速巡航ミサイルへの対抗策を説明し、念のため僚機たちに再確認するライガ。
「巡航ミサイルと接敵する一瞬のタイミングで撃ち落とす――こういうことでしょ?」
「その通りだ。こういう時は理解が早くて助かるぜ」
「こういう時!?」
リリーによる極めて簡潔な復唱をライガは褒めたつもりだったのだが、それが嫌味に聞こえたのかリリー本人は不満げなリアクションを返す。
「チャンスは一度だけ……やり直しが利かないハイリスクな方法ですね」
この二人による緊張感が無さそうな遣り取りの裏で、最も若く慎重派なクローネは不安感を隠せていない。
「だけど、失敗した分はワルキューレかエイトケンのどちらかがツケを払うことになるわ」
「直撃弾で轟沈だけはゴメンだからな。最低でも1~2発まで減らさなければ対空砲火での迎撃は難しいだろう」
彼女が懸念を示すのは当然のことだし、仮に立場が逆だったら年長者トリオも同じ意見を述べているはずだ。
その心情を汲み取ったうえで、サレナとライガは"これが自分たちにできる最善策"だとしてやんわりと窘める。
「受け持ちは一人一発ずつだ! ヘマをした奴は――いや、ヘマは許されないぞ!」
巡航ミサイルとの交錯まであと40秒――。
ライガは気の利いた軽口で仲間の不安を和らげようとしたものの、結局はいつも通り真面目モードに終始するのだった。
「(他の3人の技量なら大丈夫なはず……今は私自身の役割に集中しなければ)」
姉たちがしくじらないことに期待しつつ、とにかく自分がやらかさないよう集中力を研ぎ澄ませるサレナ。
彼女は愛機クリノスの長銃身3連装レーザーライフルを構え、得意の射撃で確実に撃ち落とす作戦を採る。
「(9、8、7、6――思った以上に速いかもしれない!)」
心の中で攻撃タイミングを計るサレナだったが、目標の速度変化を失念していたため致命的なズレが生じてしまう。
「くッ……!」
彼女が咄嗟に操縦桿のトリガーを引く直前、漆黒のMFの真横を白い超音速巡航ミサイルが通過していく。
「はぁ……コンマ1秒遅かったら間に合わなかったわね……」
巡航ミサイルのものと思わしき爆風に煽られる機体を立て直し、目標の撃墜を確認したサレナは肩の荷を下ろす。
「(ミスが許されない状況なんていつものことよ……レティクルにターゲットを捉えて、格闘攻撃を振ればいい)」
一方、別の巡航ミサイルの処理を任されたクローネは格闘攻撃で弾頭部を無力化する作戦を選んだ。
精密射撃よりも難易度は上がるが、得意な攻撃手段を用いた方が多少は気楽なのだろう。
「アタック!」
小型軽量ながらも従来通りの出力を持つ専用ビームソードを握り締め、すれ違い様の一瞬に全てを懸けるクローネのシューマッハ。
「(撃墜確認の時間も惜しい! 保険で再攻撃を仕掛ける!)」
巡航ミサイルを斬った手応えを操縦桿から得られたものの、より確実を期すためクローネは再攻撃でトドメを刺すべきだと瞬時に判断する。
「ファイア!」
スロットルペダルの操作で機体を素早く反転させつつ、左右操縦桿のダイヤルで武装をVSLC(可変速レーザーキャノン)に切り替えてからトリガーを引く。
「何とか上手くいった……!」
VSLCの狙撃モードで放った細いレーザーが命中したことを確認し、ようやく安堵の表情を浮かべるクローネ。
「あッ!? 今の絶対当たってたってば!」
ところが、その直後に無線で聞こえてきたリリーの声は明らかに"やらかした"それであった。
「やらかしたのはお前か! 攻撃判定ガバガバかよ!」
特に苦労すること無く巡航ミサイルを撃墜していたライガは幼馴染の言い訳に思わずツッコミを入れる。
「はあ? リリーはずっとキツキツなんですけどぉ?」
「ふざけてる場合じゃないわよ! 取り逃がしたミサイルを早く追いかけないと!」
それに対して下ネタと誤解されかねない反論を言い放つリリーを咎めつつ、サレナは姉に追撃態勢へ移行するよう促す。
「もうやってる! 追いつけそうにないけど!」
一応リリーのフルールドゥリスはすぐさま巡航ミサイルの背後に回っていたものの、最終加速シークエンスに入った目標との距離は見る見るうちに離れていく。
「俺のパルトナならまだ狙える距離だ! 何とかできるかもしれん!」
フルールドゥリスやシューマッハは接近戦を得意とする機体であり、一度離れた目標を攻撃する手段は乏しい。
だが、遠距離戦用の射撃武装を豊富に持つライガのパルトナ・メガミ(決戦仕様)ならば、辛うじて狙い撃てる可能性がある。
「この遠距離ではライフルでの精密射撃は不可能です!」
「こっちにはもっとロングレンジの武器がある!」
いくらエースとはいえ射程距離以上の攻撃はできないと警告するクローネに対し、自分の機体には専用レーザーライフルよりも長射程の武器があると答えるライガ。
「LBR……!」
彼の返事を聞いたリリーは出撃前の一コマを思い出す。
確か、その時点で幼馴染のMFの右肩には見慣れないレーザーバスターランチャーが装備されていたはずだ。
「(エネルギーを急速チャージすれば間に合うだろ……!)」
正確に計算したわけではないが、パルトナ・メガミ専用レーザーバスターランチャー"スターサファイア"ならば届くとライガは確信していた。
レーザーバスターランチャー"スターサファイア"――。
KNM106ウェポンモジュール装着時のみ運用可能な武装であり、他機(クオーレなど)のLBRと異なり右肩で担ぐように保持するスタイルを採用している。
このスタイルはただでさえ狭い射角が大きく制限されてしまう代わりに、射撃時の姿勢安定やエネルギー伝達効率という点でアドバンテージを持つ。
フルパワー発射時の攻撃力はVSLCをも上回る、単独で見た場合はパルトナ・メガミ最強の武装だ。
「(距離3000……もういい! これ以上のチャージは必要無い!)」
しかし、今回はフルチャージする時間的余裕が無いため、ライガはチャージ率を60程度で切り上げて照準を合わせ始める。
「ファイアーッ!」
巡航ミサイルが射程外で逃げる前に彼は操縦桿のトリガーを引き、進行方向を塞ぐように蒼い極太レーザーを撃ち込む。
チャージ率60とはいえその出力は決して低くなく、レーザーの高熱に晒された巡航ミサイルは文字通り蒸発してしまう。
「このまま薙ぎ払ってやる!」
白と蒼のMFは自機を回転させることで射角を大きく変更し、たまたま射程内に入っていた別の巡航ミサイルもついでに撃墜してみせた。
「うわッ! 何の光!?」
「落ち着け、俺だ! 低出力のLBRを撃っただけだ!」
戦場を切り裂くかのような蒼い光に驚いているショウコを落ち着かせ、今の攻撃について事情を説明するライガ。
「今ので低出力だぁ? ったく、冗談キツイぜ」
彼はチャージ率60を"低出力"と表現しているが、それを聞いたマリンは可笑しすぎて苦笑いせざるを得なかった。
「パルトナよりワルキューレCIC、残りはあと何発だ!?」
「巡航ミサイルの残存数2! いずれも本艦に向けて高速接近中!」
そんなマリンをよそにライガが残りの目標数を尋ねると、オペレーターのキョウカから"迎撃を免れた2発が接近中"との報告を返される。
「航空隊で追撃できる機体はいない……あとはそっちの対空砲火で何とかしてくれ」
「こちらワルキューレCIC。自分たちの身は自力で守れるから、航空隊は巡航ミサイルの発射元を急ぎ特定してちょうだい」
ここまで引き離されたら自分たち航空隊は手も足も出ない――。
そう嘆くライガに労いの言葉を掛けつつ、ミッコ艦長は航空隊に新たな作戦目標を与えるのだった。
「巡航ミサイル2発接近! 着弾まで20秒!」
「回避運動を取りつつ弾幕を展開!」
キョウカの報告を受けたミッコはすぐに回避運動及び迎撃を指示。
「くそッ……!」
「バリアフィールド以外の防御兵装を全部使わんかい!」
ラウラが操舵輪をロックするまで必死に回す一方、アルフェッタは同僚の火器管制官たちに防御兵装をフル稼働させるよう檄を飛ばす。
「総員、耐衝撃姿勢を取れッ!」
左旋回しながら対空砲火、近接防空ミサイル、チャフを全て駆使して回避を試みるスカーレット・ワルキューレだったが、迎撃し損ねた1発はかわし切れそうにない。
直撃弾を覚悟したミッコはCIC(戦闘指揮所)内のブリッジクルーたちに耐衝撃姿勢を命じつつ、自らも艦長席に掴まり身体を固定する。
「きゃあッ!?」
次の瞬間、大地震のように凄まじい衝撃と轟音がワルキューレのCICを激しく揺さ振る。
シートベルト着用状態でも座席から投げ飛ばされそうになったキョウカは珍しく悲鳴を上げてしまう。
「状況報告ッ!」
「じ、巡航ミサイルは至近距離で迎撃に成功した模様。これより船体の損傷チェックを行います」
ミッコから状況報告を求められたことで何とか体勢を立て直し、手元のコンソールパネルで確認作業へと移るキョウカ。
「間一髪だったな……これじゃ命がいくつあっても足らへんわ」
的確な判断で艦の生存に貢献したアルフェッタは"やってられへん"といったように肩をすくめる。
「巡航ミサイルの発射プラットフォームを排除しなければ、再び攻撃に晒される可能性がある」
また、ミッコが指摘している通り巡航ミサイルの第二波が飛来する可能性も否定できない。
「(だから航空隊のみんな、頼んだわよ……!)」
彼女はそれを見越して航空隊に別命を与えていたのだ。
【Tips】
"超音速"がどの程度の速度を指すのかは定義によって異なるが、概ねマッハ1.3~5.0の間とされている。
マッハ5.0を超える速度域は"極超音速"と呼ばれ、理論自体が別物の特殊な領域となる。




