【TLH-19】驚異の超音速巡航ミサイル(前編)
航空隊の活躍により破壊された宇宙トーチカの間を地球側の艦隊が通過していく。
先遣艦隊は強力な艦載レーダーを持つスカーレット・ワルキューレを先頭に配置し、最大限の注意を払いながら着実に前進していた。
「航空隊各機は本艦の前方約120km付近を中心に展開中。"宇宙トーチカ"以外の敵戦力は確認していないという報告が上がっています」
「航空隊の働きぶりには感謝しないといけないわね。彼女たちのおかげで私たちは安心して危険地帯を通過することができる」
オペレーターのキョウカから現状報告を受け、ミッコ艦長は航空隊様様といった感じで蓋付き紙コップを手に取る。
「オリヴィア、アグネス、レーダー画面からなるべく目を離さないで」
「もちろんです! それがあたしたちの仕事ですから!」
本日2杯目となるコーヒーを飲み終えたミッコに声を掛けられると、レーダー管制官のオリヴィアは若者らしく元気に返事する。
「艦長! レーダー上に高速で接近する飛翔体を捉えました!」
しかし、もう一人のレーダー管制官アグネス・ギムレットの返答は緊急事態の通報であった。
「目標識別――おそらく巡航ミサイルと思われます! 数は20!」
「20!? 奴さんはそこまでしてウチらを沈めたいんか!?」
今回総力戦ということでサブオペレーターとして参加しているファビア・オクタヴィアの追加報告を聞いたアルフェッタは些か大袈裟なリアクションを見せる。
「そりゃそうだ、敵から見たらこの艦は大将首だからな」
一方、操舵士のラウラは相変わらずクールに振る舞っていた。
「ワルキューレCICより航空隊各機、敵が巡航ミサイルを発射した! 手が空いている機体は直ちに迎撃に回れ!」
スカーレット・ワルキューレは対空兵器を満載しているとはいえ、多数の巡航ミサイルの迎撃は困難を極める――。
ミッコは骨伝導ヘッドセットのチャンネルを操作し、スターライガMF部隊を含む航空隊に新たな指示を下すのだった。
その頃、レガリア率いるβ小隊は宇宙トーチカ地帯の奥深くに展開。
脅威となるトーチカを排除しつつ航空優勢の維持に当たっていた。
「! レガリアさん、今の情報は本当ですか!?」
「ワルキューレのレーダーとそれを監視する管制官の能力は保証するわ」
巡航ミサイル投入の一報に驚くニブルスに対し、母艦の艦載レーダーは極めて正確だと断言するレガリア。
少なくとも彼女らの機体よりは探知距離が長く、しかも分析能力にも優れているからだ。
「じゃあさっさと巡航ミサイルを片付けに行こうぜ! 初動が遅れるほどこちらが不利になる!」
実戦経験豊富なブランデルは巡航ミサイルの厄介さを理解しており、早急に迎撃へ向かうべきだと意見具申を行う。
「一体どこから発射したのでしょうか……?」
「それは戦線を押し上げていけばじきに分かる。各機、戦術データリンクの更新を確認」
やっと"中堅MFドライバー"になったばかりのソフィはまだ重要ではないことを気にしているが、レガリアは適当にフォローしつつ小隊各機に戦術データリンクの更新を指示する。
「うへぇ、20発とかマジかよ……しかも狙いは先頭のワルキューレとエイトケンか」
HIS(ホログラム・インターフェース)のレーダー画面上に一斉に現れた赤い光点を見た瞬間、思わず情けない声が出てしまうブランデル。
最新の巡航ミサイルはそれなりに運動性が高く、それが20発も同時に飛来するというのは控え目に言っても厄介極まりない。
「大型艦はRCS(レーダー反射断面積)がどうしても大きくなる。優先的に狙われるのは仕方の無いことね」
レガリアが肩をすくめながら指摘している通り、どれだけステルス性に配慮したとしても戦艦や空母はレーダー画面に映ってしまう。
そういった高価値目標の破壊がいかに効果的かはルナサリアンも分かっているはずだ。
「ソフィ、私の機体に掴まりなさい! その方が速く飛べる!」
「了解!」
巡航ミサイル群となるべく早く接敵するため、レガリアは小隊内で唯一非可変機(=機動力が低い)を駆るソフィを愛機バルトライヒの上面に"リフター"させ、フルスロットルで予想接敵ポイントへと向かう。
「(宇宙トーチカの十字砲火と巡航ミサイルの波状攻撃で殲滅する腹積もりらしいけど、私たちはその甘いシミュレーションを超えてみせる……!)」
敵の作戦は用意周到且つ質実剛健で評価に値する。
しかし、そう簡単にやらせはしないとレガリアは心の中で決意を固めるのであった。
「目標の光跡、視認しました。ある程度の数が固まって飛行しています」
巡航ミサイルのエンジンノズルが放つ蒼白い光を複数確認し、それが編隊飛行中であることを報告するニブルス。
「いえ……見てください! 様子が変です!」
「くそッ、ここから分かれるのか! どこまでも面倒臭いことしやがる!」
ところがその直後、ソフィとブランデルが見ている先で巡航ミサイル群は突然散開。
2機を1セットとする最小規模の編隊に分かれ、広範囲に分散しながら目標への飛翔を続けている。
「全機散開! 分散される前に可能な限り落とす!」
これをある程度予測していたレガリアもすぐに僚機たちを散開させ、直ちに迎撃へ取り掛かるよう指示を飛ばす。
「了解! 逃がすかよ! シュートッ!」
可変機らしい機動力を活かして巡航ミサイルを捕捉し、マイクロミサイルによる撃墜を試みるブランデルのプレアデス。
だが、巡航ミサイルは予想以上に速度が出ているらしく、ブランデル機の攻撃は残念ながら振り切られてしまう。
「速い! ついていくだけで精一杯だわ!」
マイクロミサイルでさえ追いつけない相手に非可変機が追従できるはずが無く、ソフィのスターシーカーは完全に足手まといと化している。
「マイクロミサイルでは振り切られる!」
ニブルスのベルフェゴールもギリギリまで距離を詰めてからマイクロミサイルを発射するが、惜しくも命中には至らなかった。
「レーザーライフルを使え! 弾速が速い武器じゃないと届かないぞ!」
ミサイルでミサイルを撃墜するのは無理だと判断したブランデルは武装をレーザーライフルに切り替え、今度は光速に近い一撃で巡航ミサイルを狙い撃ってみせる。
「ダメです! スターシーカーの機動力じゃ追いつけない……!」
一方、機動力という点でハンデを抱えるソフィは音速を超えた戦いについていけず、機体トラブルを避けるためドロップアウトを余儀無くされる。
「超音速巡航ミサイル……普通の機体では迎撃は難しいか」
実用化自体は地球でも既に成されているとはいえ、実戦投入の記録が少ない"超音速巡航ミサイル"の登場に頭を悩ませるレガリア。
普通のMFでは迎撃どころか追従することでさえ難しい。
ただ、専用オプション装備を装着した重機動型バルトライヒならば話は変わってくる。
「姉さんッ! 一人で先走るんじゃない!」
「私のバルトライヒが一番速く飛べる! あなたはソフィとニブルスのフォローをお願い!」
トップレベルの機動力を最大限活かすべく、妹ブランデルの制止を振り切ってでも単独行動を開始するレガリアのバルトライヒ。
「(最初のコンタクトでは2機しか落とせなかった。ここは一番近いライガたちの加勢が必要ね……)」
とはいえ、さすがの彼女も自分一人でこの状況を打開できるとは自惚れていなかった。
重機動型バルトライヒは現行機種ではトップレベルの機動力を持ち、空気抵抗などのマイナス要素が減る宇宙空間では更に高い速度性能を発揮することができる。
「ファイアッ、ファイアッ、ファイアッ!」
最高速度に近い状態でピーキーな挙動が現れ始める愛機をコントロールしつつ、レガリアは操縦桿のトリガーを何度も引く。
今回から外付け式の簡易連装レーザーキャノンを運用可能となったため、その弾速の速さを活かさない手は無い。
「まだ増速できるというの!?」
だが、2機を撃墜されながらも巡航ミサイル群は次の加速シークエンスに移行。
驚愕するレガリアをよそに再び速度を上げていく。
「(もっと速く……バルトライヒの性能を引き出さなければ……!)」
「レガ! 巡航ミサイルの最終的な攻撃目標は分かるか!?」
「ライガ……!」
彼女は強烈な加速度に耐えながら推力制御用の左操縦桿を前に倒そうとしたが、ライガに突然声を掛けられたことでその操作を中止してしまう。
「それでどうなんだ!?」
「MFのコンピュータでの完全予測はできないけど、おそらく相手の狙いはワルキューレとエイトケンの2隻よ」
彼が珍しく声を荒げていることを受け、前置きを入れたうえで巡航ミサイル群の最終的な攻撃目標を説明するレガリア。
「つまり、分散している巡航ミサイルは最終的に同じ目標へ向かう可能性が高い――ということだな」
それを聞いたライガは納得したかのように一人うんうんと頷く。
「何か妙案を思い付いたみたいね?」
「後ろから追いつけないのならば、先回りして待ち伏せしようってわけさ」
巡航ミサイルを取り逃がしたことを内心悔しがっているレガリアから逆にそう尋ねられ、ある意味極めて単純な対策方法を提示するライガ。
「俺たちを含むいくつかの小隊が艦隊に近いポイントに待機し、タイミングを見計らって水際迎撃を図る」
目標が通過する可能性が高い場所を見極め、そこを通りかかる瞬間を狙う――。
彼のアプローチは奇しくも本作戦におけるルナサリアンの方針と全く同じであった。
【Tips】
MFは可変機の方が機動力(=速度及び加速性能)に優れる傾向があるが、別に変形したらといって総推力が変わるわけではない。
ファイター形態時にメインスラスターを後方に集中させ、推力のベクトルをまとめることで効率を高めているのだ。




