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【BOG-2】ポチョムキンの階段

2132/03/17

16:22(UTC+2)

Odessa,Ukraine

Operation Name:ELRAN

 ミサイルアラート……!

「ダメだッ! 戦闘機じゃMFの運動性に太刀打ちできねえ!」

オデッサへ迫るルナサリアンの航空戦力を迎撃すべく、真っ先に交戦を開始したウクライナ空軍。

だが、同国が運用する全領域戦闘機「MiG-35M ハイパーファルクラム」を以ってしてもルナサリアンが投入してきたMFに追い縋ることはできず、背後を取られ一方的に撃墜される場面が目立っていた。

後方の敵機のレーザーライフルから放たれた蒼い光線がエンジンと主翼を撃ち抜き、翼をもがれたMiG-35Mは錐揉み状態で地上へ墜ちていく。

こうして、戦場に赴く兵士たちの命がまた一つ散っていくのであった。


 その頃、アドミラル・エイトケンから発艦したセシル率いるゲイル隊も戦闘空域へ到着していた。

「防衛線が全く構築できていない……! このままでは遅かれ早かれ押し切られるぞ」

友軍の無線で戦況を確認していたセシルは思わず嘆く。

べつにウクライナ軍やロシア軍の戦力を軽視しているわけではないが、彼らだけでもルナサリアンの部隊を押し返すぐらいはできるだろうと考えていた。

ところが、いざ戦闘が始まると追い詰められているのは地球人類の方である。

おそらく、戦闘機とMFの相性的な問題に加え、それをカバーできないほどの実力差が存在するということなのだろう。

「ゲイル各機、我々は敵戦力の中枢を速攻で叩く。戦闘が長引くということはそれだけ双方の犠牲も増えるということだ……いいか、今回の作戦はあくまでも防衛戦であるのを忘れるなよ」

セシルたちの眼下にはオデッサの街並みが広がっている。

人々の日常を守るのが彼女ら職業軍人の究極的な存在意義である。

軍人一族に生まれ育ったセシルは少なくともそう信じてきた。

「ゲイル2、了解!」

「ゲイル3、了解」

スレイとアヤネルの応答を確認したところでセシルは2人のルーキーへ指示を下す。

「11時方向上空の敵編隊へ下から噛み付くぞ! 武装の安全装置解除、射程に入ったら攻撃を浴びせてやれ!」

3機のオーディールMは一糸乱れぬフォーメーションを維持したまま加速し、悠々と飛行する敵編隊へ狙いを定めるのだった。


 無論、ルナサリアンのMF―彼女らの言葉でいう「サキモリ」の編隊も遊覧飛行をしに来たわけではない。

「隊長! 11時方向低空より高速で接近する敵戦闘機3を捕捉!」

「ああ、見えている……戦闘機にしてはやけに小さいな? だが、野蛮人の兵器とはいえ油断するなよ!」

部下の報告を受けた隊長―ヨミヅキ・スズランは冷静に僚機へ警戒を促す。

彼女に限らずルナサリアンの名前は日本語と同じくファミリーネームが前、ファーストネームが後になっている。

「敵機をしっかり引き付けろ……よし、各機攻撃開始ッ!」

次の瞬間、スズランの号令と同時に彼女を含む複数のサキモリ―正式名称「アメハヅチ・モ-01 ツクヨミ」による光線銃の一斉射撃がゲイル隊へ襲い掛かった。


「臆するなよ、レーザーの雨に突っ込めッ!」

一方、セシル率いるゲイル隊も最大推力で敵編隊へ肉薄し、空対空戦闘のために装備してきたマイクロミサイルを叩き込む。

「た、隊長……! ぬわーッ!!」

回避運動への移行がわずかに遅れた数機のツクヨミがマイクロミサイルの直撃を食らい、爆炎を上げながら黒海に墜ちていく。

それに対してゲイル隊の3機は思い切りの良い一撃離脱戦法が功を奏し、掠り傷も無くスズランたちの上を取ることができた。

「ええい! 野蛮人の中にもここまでデキる奴がいるとは……!」

部下を落とされた悔しさを滲ませるスズラン。

彼女の視線は敵部隊の隊長機―セシルのオーディールMに注がれていた。

地球侵攻作戦に先立つ諜報活動では「地球の技術水準は月よりも下」「練度においても大きな差がある」と報告されていたのに、あの連中は話が違うではないか。

「……各機、味気無い野蛮人の戦闘機狩りは終わりだ。我々の戦友を殺した蒼い機体を先に仕留める!」

「了解! 野蛮人如きが我々月の民へ触れてはならないことを教えてやります!」

冷静さを取り戻したスズラン隊は2機1組の小隊へ分かれ、いくつかのコンビを敵戦力の掃討へ割きつつ残りがゲイル隊の相手をすることになった。


「あいつら……ムキになって追い掛けてきた!」

後方から追従してくる複数機のツクヨミの姿を認めたスレイが叫ぶ。

「ゲイル3からゲイル1へ、散開して各個撃破することを提案します」

「ダメだ、お前たちの技量では対多数を相手取れる保証が無い」

アヤネルの意見具申をハッキリとした物言いで却下するセシル。

開戦直後の映像や今行われている戦いを見た限り、ルナサリアンの操縦技術はオリエント国防空軍の平均レベルと同等以上であると判断したからだ。

つまり、新兵に毛が生えた程度のスレイとアヤネルが互角に戦えるかは分からない。

隊長としては部下を被撃墜のリスクが高まる状況へ追い込むわけにはいかないのである。

「敵部隊の中に1機だけ色違いがいるだろ? おそらくアレが隊長機だと思うが……奴のマニューバは段違いに鋭いぞ」

セシルが指しているのはスズランが搭乗するツクヨミのことだ。

厳密にいうと彼女の機体は「指揮官仕様」と呼ばれる特別なタイプであり、通信能力の強化やリミッターの引き上げといった改造が施されている。

パーソナルカラーである群青色が追加されているため、敵から見ても識別しやすい。

これは腕利きが意図的に目立つことでターゲティングを集中させ、寄ってきた敵機から片付けるというオリエント圏の軍隊の手法と同じである。

脅威度が高い敵はエースドライバーが相手し、残りをルーキーに食わせることで経験値を与える。

「褒めて伸びるタイプ」が多いオリエント人は成功体験を得やすいやり方が適しているのだ。

……無論、増長されても困るので時には厳しく諭すことも必要だが。


「頭を落とせば敵部隊は瓦解すると見た……死にたくなければ私について来い!」

結局、セシルは僚機との連携で敵隊長機を追い込む作戦を選んだ。

彼女の意図を理解したスレイとアヤネルは頑張って自分たちの隊長に追従する。

「他の機体へ注意しつつ隊長機を狙え……今だ! ファイア! ファイア!」

号令と同時に僚機がマイクロミサイルを発射する中、味方の弾幕を背にしたセシル機は機体下面のレーザーライフルを連射しつつ敵機との距離を詰めていった。

「(奴の機体……スパイラルに似ているな)」

集中力を極限状態まで研ぎ澄まし、操縦桿のトリガーを引く。

だが、攻撃を察知していたスズランは機体を素早くバレルロールさせ、間一髪で回避に成功した。

「(攻撃に迷いが無かった……! もう少し反応が遅れていたらマズかったかもしれない!)」

彼女の額を冷たい汗が伝う。

もしかしたら26年の人生で最も危険なニアミスだったかもしれない。

自分を攻撃してきた蒼いMF―オーディールの搭乗員(セシル)は相当の実力者だと見た。

……上等だ。

これぐらいやってもらわなければ張り合いが無いというものである。

「(部下を墜とされた借りもある……貴様の命で支払ってもらうぞ!)」

武装を光線銃から光刃刀(こうばとう)―地球側で言うビームサーベルに持ち替え、ツクヨミは小型戦闘機のようなMFへ襲い掛かった。


「でやぁぁぁぁぁッ!!」

スズランは自らの刺突の命中を確信していた。

ところが、蒼い小型戦闘機は彼女の目の前で姿形を変え始める。

「なにィ!? サキモリ……いや、モビルフォーミュラへ変形できる機体だと!?」

驚愕するのも無理はない。

ルナサリアンは可変型の機体を運用しておらず、作業用重機から発展したサキモリに人型以外の選択肢は考えられなかったからだ。

一方、モビルフォーミュラは異星人の兵器をコピーして生み出された純然たる戦闘マシンであり、軍事目的以外の用途など誰も求めていない。

オーディール以外にもスターライガがいくつかの可変機を運用しているものの、そちらのデータは入手することができなかったらしい。

「あまり地球人を侮るなよ……ルナサリアンのエース!」

次の瞬間、セシルの声に応えるかの如く変形を遂げたオーディールの左腕が蒼い光に包まれる。

ツクヨミの光刃刀とオーディールの左腕の接触は眩い閃光を生じさせ、ビーム刀剣類の鍔迫り合いに近い状況を生み出した。


「(ミキが出撃直前まで調整していたビームシールド……思っていたよりは使えるな)」

左腕の輝きの正体はオーディール系列機の防御兵装「ビームシールド」である。

従来の実体シールドに代わる装備として同機が採用するビームシールドはビーム刀剣類の技術を発展させたものとなっており、発生器から高濃度ビームを平面状に展開することで物理攻撃を弾くほどの防御力を発揮できる。

オーディールには専用の実体シールドも用意されているが、実戦を経験したドライバーからは「ビームシールド一択」の声が上がっているという。

なお、セシルはビームシールドの信頼性を疑問視していたため、今回もミキに説得されるまでは実体シールドを装備するつもりだった。

「光の盾とは……貴様は勇者でも気取っているのか」

相対しているルナサリアン―スズランの声が聞こえてくる。

おそらく、混線により通信が届いていると判断したうえで話し掛けているのだろう。

……不思議なことに初対面の異星人同士にもかかわらず、セシルとスズランは互いの言語を多少は理解できた。

少なくとも、スズランがビームシールドを見て勇者云々と言っていることは分かる。

「いつの時代にも勇者は必ず現れるさ……だが、私は自らを勇者だとは定義していない!」

会話を一方的に断ち切ったセシルは左操縦桿を前へ押し出し、彼女の操作と連動するようにオーディールの左腕が光刃刀を押し返した。

「光刃刀の出力が負けているのか!?」

ツクヨミが光刃刀を再出力するよりも早くオーディールの斬撃が襲いかかり、左腕に装備していた実体盾を真っ二つに溶断されてしまう。

オーディールは両手首内側に1基ずつ専用ビームソードを収めているため、抜刀せずとも攻撃することが可能なのだ。

無論、防御態勢から即座に反撃へ移行したセシルの技量及び判断力も極めて大きい。

「この一撃で沈めてやる!」

「隊長! 大変よッ!」

ツクヨミのコックピットへ向けて刺突を放とうしていた時、スレイの呼び止めにより手元が僅かに狂ってしまった。


 敵を仕留めるチャンスを逃がしてしまったセシルだが、特にスレイを叱責することは無かった。

仮に上手く攻撃動作へ持ち込んでも防がれていた可能性が大きかったのが一つ、そして彼女の声がかなり緊迫感に満ちていたからである。

オーディールの刺突はツクヨミの左腕を貫いたものの、コックピットブロックからは大きく右に逸れている。

残念ながらスズランは無傷だ。

「友軍の動きがやけに鈍いが……何があった?」

ツクヨミの反撃を的確に切り払いつつ、セシルは改めて部下へ状況を問い質す。

「作戦本部からの指示……オデッサを放棄するって……!」

「何だと!?」

基本的に戦闘中は冷静沈着なセシルだが、こればかりは驚かざるを得なかった。

オデッサ防衛の失敗―よりも上層部の杜撰な判断に対してである。

「放棄するなら後で取り返せば良いとして……防衛戦力を無駄に失っただけじゃないか!」

戦域のど真ん中にいるゲイル隊は知る由が無かったが、撤退命令が出された時点で地球側は戦力の60%を既に損失していた。

……そう、作戦本部の決断はあまりに遅すぎたと断言できる。

あと10分早く撤退を指示していれば、どれだけ多くの将兵が生き残れただろうか?


「ゲイル3より各機へ、エイトケンは戦域の南側へ大きく迂回する針路を取っているようだ。第8艦隊の本隊もいつの間にか合流しているな」

アヤネルからの報告を聞いたセシルはそれだけで第8艦隊に与えられた「本当の作戦目的」をある程度察した。

どうやら、第8艦隊を激戦区の西ヨーロッパへ向かわせるためにオデッサは犠牲となったらしい。

「……撤退命令なら仕方あるまい。ゲイル各機、帰艦するぞ」

人型のノーマル形態で戦っていた3機のオーディールは飛行機型のファイター形態へ変形し、チャフとフレアをばら撒きながら離脱を開始した。

「(あれが地球の手練れ―エースドライバーというヤツか。面白いものを見れたな)」

遠ざかっていく蒼いMFの姿を眺めるスズラン。

その表情は心なしか笑っていたのだった。


 結局、地球側の防衛戦は失敗に終わり、オデッサは完全にルナサリアンの手に落ちた。

「―以上がオデッサを占領した部隊からの報告だ、姉上」

「オデッサとやらには我々が10年戦えるだけの資源があるらしいわね。まあ、野蛮人の貯えは私たちで有効活用してあげましょう」

通信映像に映る人物から「姉上」と呼ばれた女性は手元の資料を読みながらそう答える。

「……さて、貴女の手番よ? 『博士』」

彼女は紙の資料を机に置き、代わりにチェスのようなテーブルゲームの駒を手に取った。

その視線の先に座っていたのは、ルナサリアンの身体的特徴であるウサギ型の耳を持たない金髪碧眼の女性。

「野蛮人か……フフッ、私が言うのもアレだけど、地球人の底力はあまり軽視しないほうがいいわよ」

月の民(つきのたみ)

「ルナサリアン」というのは地球側が便宜的に付けた名称であり、彼女らが自らのことを指し示す時は「月の民」と呼称する。

なお、ルナサリアンの由来は月を意味する現代オリエント語の「ルナサリア」、またはオリエント古語の「ルナサ」であるとされる。

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