【TLH-17】最初の関門
敵空母に対し近距離での雷撃戦を仕掛けるべく、ミサイル巡洋艦アドミラル・エイトケンと駆逐艦ヒュルケンベルグは2隻で突撃を敢行する。
「エイトケンとヒュルケンベルグはこのまま雷撃戦に持ち込むつもりか?」
「ゲイル1より各機、ベックス艦長の指示通り我々はエアカバーに回る! 自分たちの艦は自力で掩護するぞ!」
味方艦の下方から艦隊運動を見ていたアヤネルがその意図を察すると、セシルはメルトの指示を遂行するべく部隊を動かし始める。
「あと1回分ほど電子戦用ユニットを作動させるだけの電力が残っているから、空母のすぐ近くでジャミングを掛けてやる」
「空母自体は強力なレーダーと誘導兵器に依存している艦種だ。ジャミングは確かに有効だな」
敵味方双方のアビオニクスに影響を及ぼすほど強力な試製電子戦用ユニットを扱えるリリスの提案を承諾し、機体を左右に振ることで前に出るよう促すセシル。
「ブフェーラ各機、私たちは先行して敵空母の"目潰し"を行う! ブフェーラ2及び3は対空兵器を排除しろ!」
「ブフェーラ2了解!」
「ブフェーラ3、了解」
それを受けたリリスは僚機のローゼルとヴァイルを引き連れて加速。
3機のオーディールM2(SG-BOOSTER装備)は蒼い飛跡を残しながら敵空母へと向かっていく。
「隊長、私たちの役割は?」
「雷撃戦で攻撃できるのは敵艦の側面だけだ。対艦攻撃の手数を増やすため、我々は直上から高火力の一撃を叩き込む」
スレイからの質問にセシルは淡々と答えつつ、自身が率いるゲイル隊を敵艦よりも高い高度へと上昇させる。
「ゲイル1よりエイトケンCIC、"フレースヴェルグ"を射出してくれ! 3機分だ!」
その途中で彼女はアドミラル・エイトケンのCICに通信を繋ぎ、"フレースヴェルグ"なるモノの射出を要請するのだった。
DGN-123 フレースヴェルグ――。
オーディール系列機での運用を前提に開発されたレーザーバスターランチャーであり、大容量エネルギーキャパシタを内蔵することで機体への負担を軽減しつつ高出力化に成功している。
「フレースヴェルグの攻撃力ならば大型艦相手にも有効だが……しかし、あの装備はまだ完全にはアジャストされていないはずだ」
その優れた能力自体はシギノも知っているが、同時に実戦運用を想定した調整がまだ済んでいないことも指摘する。
「一度撃てるぐらいには調整済みだと聞いている! 一度使ったら返すから早急に決断してくれ!」
「無理を言ってくれるなよ大佐――」
「分かったわ! CICよりフライトデッキ、ゲイル隊用の"フレースヴェルグ"を速やかに射出してちょうだい!」
セシルの声が流れているスピーカーに向けてシギノが悪態を吐く一方、それを遮るように飛行甲板の要員に向けて自ら指示を出し始めるメルト。
「艦長……!」
「MF用の装備についてはあっちの方が精通しているはずよ……それに、私は彼女のことを信頼しているから」
その命令には承服しかねるといった感じでシギノは顔をしかめるが、対するメルトは"セシルに対する信頼"を根拠に指示を強行する姿勢を見せる。
「こちらハンガーのライコネン技術大尉です。こんなこともあろうかと、実戦レベルの信頼性を確保済みの状態まで仕上げておきましたよ。後はカタパルトで上空に送り届けるだけです」
時を同じくしてMF格納庫で作業中のミキからも内線電話で連絡があり、自分たちメカニックができることは済ませたという報告を受ける。
「カタパルトに接続済みとは随分と用意が良い……1から3番カタパルト、軸線合わせ!」
メルトの強引さとミキの用意周到ぶりにようやく折れたのか、苦笑いしながらシギノはオペレーターたちにカタパルトの最終調整を急がせる。
「軸線合わせ、よし!」
「ゲイル隊各機は現在の飛行状態を維持せよ!」
それなりに実務経験のあるエミールがコンソールパネルでカタパルトを操作しつつ、彼女の左隣に座るゼル・ガディス少尉が受け取り側のゲイル隊を丁寧に誘導する。
「"フレースヴェルグ"、全基射出!」
カタパルトの角度とゲイル隊の位置座標が適正であることを確認すると、メルトは張りのある声で"フレースヴェルグ"の射出を命じるのであった。
「隊長! 後方より接近する"フレースヴェルグ"を確認しました!」
アドミラル・エイトケンより射出された"フレースヴェルグ"にはトランスポンダが内蔵されており、スレイたちMFドライバーからも位置及び速度を確認することができる。
「高速飛行中の受け取り……ぶっつけ本番でやれるのか?」
「やるしかないぞ! 受け取り損ねたら宇宙の果てまで飛んで行くことになる!」
シミュレータでも数回しか試行していない"高速受け取り"の成功率に不安を抱くアヤネルに檄を飛ばしつつ、セシルは編隊のフォーメーションを整えていく。
「各機が受け取るべき"フレースヴェルグ"はHIS(ホログラム・インターフェース)上に表示されている。速度を調整しつつノーマル形態へ変形し、マニピュレータでグリップを保持しろ」
自らの独断で突如実行することになった"高速受け取り"のやり方を改めて説明するセシル。
フル装備且つSG-BOOSTER装着中のオーディールM2にハードポイントの空きは無いため、人型のノーマル形態による手掴みが必要となる。
「このシークエンスはOSにはプログラミングされていない。完全なマニュアル操作が必要になるぞ」
言うだけなら簡単だが、実際にはあらゆる制御をマニュアルでこなさなければならない。
並のMFドライバーの技量では成功率は50%を切ると思われる。
「そりゃ、あんたの腕なら何とでもなるだろうがな……」
「計器類と自分の感覚を信じろ。落ち着いてやればきっと上手くいく」
意外と慎重派ゆえ不安感を払拭できないアヤネルに対し、セシルは優しく語り掛けるように自分なりのアドバイスを与える。
「距離300……変形開始……軸線及び相対速度合わせ……機体姿勢安定……」
"フレースヴェルグ"が後方からそれなりの速度で近付いてくる。
隊長の説明通りあらゆるパラメータを考慮しながら機体をノーマル形態に変形させ、落ち着いてタイミングを計るスレイ。
「よし! 掴んだ!」
先にタイミングが訪れたアヤネルは持ち前の気合で自分用の"フレースヴェルグ"と接触し、本人の不安とは裏腹に見事一発で確保してみせる。
「あッ……!」
対照的にスレイは緊張気味の操縦が仇となってしまったのか、機体のマニピュレータで"フレースヴェルグ"のグリップを弾くというミスを犯してしまう。
「スレイッ!」
「いえ、大丈夫です! 一度掴み損ねた時はさすがに焦ったけど……」
自機の操作に集中しながらもそれを見ていたセシルは珍しく声を上げるが、幸いにもスレイは瞬時にリカバリーし2度目のトライで"フレースヴェルグ"の確保に成功する。
「お前たちならできると信じていたぞ。さあ、私たちも先行させているブフェーラ隊の所へ向かおう」
最後に危なげない動きで受け取りを終えたセシルは僚機たちに労いの言葉を掛けると、散開行動中のブフェーラ隊と合流するべく愛機オーディールM2を加速させるのだった。
「ブフェーラ2、ファイアッ!」
一方その頃、ローゼルたちブフェーラ隊は敵空母の対空兵器排除に尽力していた。
強力なジャミングにより敵味方共にロックオンが著しく困難であるため、細かく動き回れるMFの方が相対的に有利と言える。
「こちらゲイル1、ここからは私たちに任せてくれ!」
「やっと来てくれたか! こちらはバックアップに回る!」
巨大なレーザーバスターランチャーを携えたセシルたちの到着を確認すると、弾薬の消費が激しいリリスはブフェーラ隊の僚機を連れてアシストに転じる。
「対空兵器と飛行甲板にある程度ダメージを与えましたが、敵空母の戦闘能力は未だ健在です。やはり、MFの航空攻撃だけで撃沈するのは難しいかと」
「いくら私でも戦果を独り占めしようとするほど傲慢では無い。我々の航空攻撃と味方艦の雷撃によるコンビネーションでトドメを刺す」
ヴァイルからこれまでの戦闘の経過に関する説明を受け、空と海による連携無くして敵空母の撃沈は困難だと結論付けるセシル。
彼女は紛れも無く腕の立つドライバーだが、同時に現実とフィクションが全く別物であることも痛いほどよく理解している。
アニメや漫画の主人公みたく自分一人の力で無双を行い、戦局を動かせると思い込むほど自信過剰にはなれなかった。
「ゲイル2、3! "フレースヴェルグ"による一斉攻撃を仕掛ける! シミュレータでの訓練通りに行くぞ!」
「ゲイル2、了解!」
「ゲイル3了解!」
その代わり、セシルにはゲイル隊の頼れる部下たちが付いている。
彼女の指示に応答したスレイとアヤネルは隊長機との間隔を詰めつつ、急上昇しながら敵艦直上の攻撃位置を目指す。
「三つの心を一つにして……トリガーを引くタイミングを合わせるんだ!」
一斉攻撃で求められるのは、参加者全員の心が一つになるほどの強固なチームワーク――。
それは短期間のドライな関係で得られるモノではなく、何度も場数を踏み苦楽を分かち合うことで初めて完成する。
セシル率いるゲイル隊はこの戦争を通してようやくその領域に辿り着いていた。
「(頼むぞ、メルト……一撃で沈めるにはそちらの艦隊特攻も必要になる)」
敵艦の頭上約100mの高さから味方艦隊の動きを観察し、彼女は効率を最大化できるよう攻撃タイミングを慎重に計る。
「今だッ! ファイアァァァァァァァッ!」
アドミラル・エイトケンとヒュルケンベルグが雷撃戦の態勢に入った次の瞬間、セシルは魂を込めた叫びと同時に操縦桿のトリガーを引くのであった。
ルナサリアン空母のブリッジに3本の蒼い極太レーザーが降り注ぎ、高度な耐熱処理が施されているはずの構造物をいとも簡単に融かしていく。
「右舷艦対艦ロケット弾、全門斉射ッ!!」
「了解! ファイアーッ!」
それとほぼ同時にメルトは雷撃戦用のロケット弾発射の号令を出し、火器管制官のフランチェスカ・コバト中尉が指示通りコンソールパネルのボタンを押し込む。
「やったか!?」
エイトケンのCICが激しく揺さ振られる中、今回は落ち着いて状況報告を待つシギノ。
彼女はそろそろ戦闘中に立って指揮する癖を直すべきなのかもしれない。
「ゲイル隊の一斉攻撃の着弾、確認しました!」
「敵艦、爆発の衝撃により大きく傾斜しています!」
状況を確認できたエミールとゼルのオペレーターコンビによる報告が次々と上がってくる。
「取舵一杯ッ! 巻き込まれる前に離脱する!」
全天周囲スクリーンで大破炎上する敵艦を視認したメルトはすぐさま離脱を指示。
「了解! 推力最大!」
舵を任されているマオはF1マシンのハンドルのような操舵輪を左に目一杯回し、スロットルレバーによる速力調整と合わせて最大限の回避運動を試みる。
後続のヒュルケンベルグもドリフト走行に近い挙動で左旋回を開始しており、敵艦の最後っ屁に巻き込まれる事態は避けられそうだ。
「これで一隻――最初の関門には何とか対処できたわね」
第一防衛線に立ちはだかっていた敵空母を撃沈し、ようやく思い出したかのように私物の水筒へ手を伸ばすメルト。
「しかし、相手にとっては捨て石にできる程度の防衛戦力でもあった」
一方、副長席を離れたシギノは"ルナサリアンは主力部隊を温存している可能性が高い"と忠告する。
「この戦い……本当に長く苦しい展開が続きそうだ」
複数の防衛ラインを強行突破していく過酷な戦い――。
普段はあまり弱気な姿を見せないシギノだが、今回に限っては人目も憚らずタメ息を吐いてしまうのだった。
【Tips】
"フレースヴェルグ"の大容量キャパシタは莫大なエネルギーを貯蓄・放出できるため、この機能を発展させMF側へのエネルギー供給に応用する方法が研究されている。
ちなみに、同装備に使われているキャパシタは民生用の改良品である。




